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第一幕 二節
とんとんとん、
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とんとんとん、一定のリズムで音がなる。室内――厨にはなんとも食欲をそそる香りが満ちていた。
「紅葉さん、お椀出しておきます」
「うん、ありがとう」
紅葉賀は厨を仕切るうちのひとりだ。見廻り組を任されたりもするが、基本的には食事当番を主に任されている。主様たる蒼の食事を用意しているのも紅葉賀だ。
夕食は豆腐とネギの味噌汁。甘辛ソースに絡めた唐揚げ。緑菜の和え物。少し柔らかめの白米。蒼はあまり食べることに積極的ではないけれど、甘辛いソースに絡めた唐揚げを出したときだけとても目を輝かせるのを紅葉賀は気づいていた。肉や揚げ物はあまり好きではないみたいだけど、この唐揚げだけはいつも口いっぱいに頬張って、幸せそうにとろけた笑みを浮かべるのだ。
お手伝いの子が「広間の準備してきますね」と出て行ったのを見計らって、懐に忍ばせた護身用の小刀を取り出す。
「――」
ぷつ、と肉を断つ感触と鈍い痛み。鉄臭いにおいが辺りに漂う。
ぽたり、ぽたり
主様用に、とひとつだけ分けたお椀に入った汁物に赤色が滲んでいく。毎日欠かすことのない儀式だった。
じわり、じわり、と滲んでやがて元通り。
小刀は布でくるんで懐に。切りつけた指先はぺろりと舌で舐めとれば、傷なんてどこにもない麗しい指先だけがそこにある。蒼は気づいていない。だって、一番初めに食べたときからやっているんだもの。最初からこの味だったのだから、味が変わったとか気付けるわけがない。
それに、夢浮橋に比べたら自分なんて可愛いほうだ。触れ合うたびに自身の神気を注ぎ込んで、蒼を眷属にでもするつもりなのだろうか。
「遅くなってすまない。もう来ていたのか……ってほとんど準備終わっているじゃないか」
「あぁ、賢木。宴君が僕よりも早く来てたみたいでね、ほとんど下ごしらえが終わっていたんだ」
「そうか……。ところで、紅葉」
じゃー、と手を水道で手を洗う賢木は思い出したように言葉を紡いだ。
賢木は紅葉賀よりほんの少しだけ先に楼閣塔へとやってきた神様だ。喰らい赤色のふわふわした髪に、じゃらじゃらと装飾品を付けた派手な神様である。紅葉賀と同じく厨番を任されることが多く、さすがに料理をするときは邪魔なのか華美な装飾品を外してきていた。
「それ、いつまで続けるんだ?」
それ? と首を傾げる。賢木がなんのことを言っているのかわからない。
「主様に血液を与え続けているだろう。そのことだ」
「……気づいていたんだ」
「ふん、当たり前だろ。僕の鼻はキミたちよりも何倍も優れているのだからね」
目を眇め、すんすん、と鼻を鳴らした。
棚から食器を出し、米を炊いている釜を確認している。それ以上、何か言うつもりはないのだろうか。中途半端に開いた口を閉じて、皿に取り分け、盛り付けていく。
「で?」
「………やめるつもりはないよ」
咎めるような視線を向けられるが、それ以上何かを言うこともない。きっとわかっているのだろう。それを指摘して悪い方へ悪化してはいけないから、とあえて口に出さないのだ。あぁ、まったく、よく、自分のことを分かっている友人だ。
「僕のことよりも、夢浮さんのほうがヤバいんじゃないかな」
「あの人は、ほら……僕が言ったとしてもやめるとは思えないし、その前に塵にされてしまうだろ。怖い神だからね、あの人は」
あぁ、こわやこわや、と肩を竦めた賢木に苦笑を漏らす。
はて、もし、夢浮橋に事がバレたらどうなるのかなあ。
くすくす、と嗤いを零した紅葉賀は後頭部をべしっと賢木に叩かれた。
「紅葉さん、お椀出しておきます」
「うん、ありがとう」
紅葉賀は厨を仕切るうちのひとりだ。見廻り組を任されたりもするが、基本的には食事当番を主に任されている。主様たる蒼の食事を用意しているのも紅葉賀だ。
夕食は豆腐とネギの味噌汁。甘辛ソースに絡めた唐揚げ。緑菜の和え物。少し柔らかめの白米。蒼はあまり食べることに積極的ではないけれど、甘辛いソースに絡めた唐揚げを出したときだけとても目を輝かせるのを紅葉賀は気づいていた。肉や揚げ物はあまり好きではないみたいだけど、この唐揚げだけはいつも口いっぱいに頬張って、幸せそうにとろけた笑みを浮かべるのだ。
お手伝いの子が「広間の準備してきますね」と出て行ったのを見計らって、懐に忍ばせた護身用の小刀を取り出す。
「――」
ぷつ、と肉を断つ感触と鈍い痛み。鉄臭いにおいが辺りに漂う。
ぽたり、ぽたり
主様用に、とひとつだけ分けたお椀に入った汁物に赤色が滲んでいく。毎日欠かすことのない儀式だった。
じわり、じわり、と滲んでやがて元通り。
小刀は布でくるんで懐に。切りつけた指先はぺろりと舌で舐めとれば、傷なんてどこにもない麗しい指先だけがそこにある。蒼は気づいていない。だって、一番初めに食べたときからやっているんだもの。最初からこの味だったのだから、味が変わったとか気付けるわけがない。
それに、夢浮橋に比べたら自分なんて可愛いほうだ。触れ合うたびに自身の神気を注ぎ込んで、蒼を眷属にでもするつもりなのだろうか。
「遅くなってすまない。もう来ていたのか……ってほとんど準備終わっているじゃないか」
「あぁ、賢木。宴君が僕よりも早く来てたみたいでね、ほとんど下ごしらえが終わっていたんだ」
「そうか……。ところで、紅葉」
じゃー、と手を水道で手を洗う賢木は思い出したように言葉を紡いだ。
賢木は紅葉賀よりほんの少しだけ先に楼閣塔へとやってきた神様だ。喰らい赤色のふわふわした髪に、じゃらじゃらと装飾品を付けた派手な神様である。紅葉賀と同じく厨番を任されることが多く、さすがに料理をするときは邪魔なのか華美な装飾品を外してきていた。
「それ、いつまで続けるんだ?」
それ? と首を傾げる。賢木がなんのことを言っているのかわからない。
「主様に血液を与え続けているだろう。そのことだ」
「……気づいていたんだ」
「ふん、当たり前だろ。僕の鼻はキミたちよりも何倍も優れているのだからね」
目を眇め、すんすん、と鼻を鳴らした。
棚から食器を出し、米を炊いている釜を確認している。それ以上、何か言うつもりはないのだろうか。中途半端に開いた口を閉じて、皿に取り分け、盛り付けていく。
「で?」
「………やめるつもりはないよ」
咎めるような視線を向けられるが、それ以上何かを言うこともない。きっとわかっているのだろう。それを指摘して悪い方へ悪化してはいけないから、とあえて口に出さないのだ。あぁ、まったく、よく、自分のことを分かっている友人だ。
「僕のことよりも、夢浮さんのほうがヤバいんじゃないかな」
「あの人は、ほら……僕が言ったとしてもやめるとは思えないし、その前に塵にされてしまうだろ。怖い神だからね、あの人は」
あぁ、こわやこわや、と肩を竦めた賢木に苦笑を漏らす。
はて、もし、夢浮橋に事がバレたらどうなるのかなあ。
くすくす、と嗤いを零した紅葉賀は後頭部をべしっと賢木に叩かれた。
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