浮気の末に国外逃亡!

白霧雪。

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第二幕 月の章

てふてふとゆめの神様2/2

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 主様の傍仕えとなった夜から、蒼と夢浮橋は同衾している。桐壺にバレたら怒髪天を突くに違いない。もしかしたら首を跳ね飛ばされるかもしれない。
 それでも夢浮橋は床を共にすることを止めなかった。
 蒼が、夢を見て魘されるから、という立派な理由もあった。

「……まだ、忘れられぬか」

 夢浮橋はずっと蒼の魂を追いかけていた。蒼が人の世に生を受けるずっとずっと前から、追い続けていた魂が今目の前に、手の届く距離にあることが嬉しくてしかたがない。
 スルり、と手のひらをささやかに膨らんだ胸の上にあてる。常であれば上下しているはずのそこは、静かに息を潜めていた。死んでいるのではない。心が、意識が、魂が遠いところで微睡んでいるのだ。蒼が、依弦が無意識の内に逃げ出そうとしているのだ。
 嗚呼、なんと憎い。
 白玉の肌に、かぐや姫も驚く艶やかな射干玉の髪。意識がはっきりとしていれば勝気に吊り上がる瞳。最近は眠気に耐えられないのかうつらうつらとけぶる睫毛が影を落としている。美しい蒼玉は、

 ぐ、と胸の中に手を沈める。ずぶずぶと、音を立てて沈んでいく。
 とくん。とくん。とくん。大きな手のひらが、小さく鼓動を立てるそれを柔く包んだ。

「嗚呼、なんと愛い……」

 はくり、と息を吐き出す。手の中に包み込んだそれは、たやすく片手に納まり、自分の気分しだいで潰してしまえるという事実に大変興奮した。ゆるぅりと、頬を緩め、はんなりと笑む。花が咲き乱れそうな美しい笑みで、少女の体を暴いている。
 握る力を、ほんのちょっとだけ強くすれば蒼はぎゅうっと眉根を寄せて息を溢れさせた。
 ――まだ、まだだ。取り出すにはまだ早い。神気は浸食しているが、まだ染まりきっていない。彼女の元々の素質か、神の気に身を落とすのに長い長い時間を要した。だから、眠らせる必要があった。元の世――現世うつしよになんて到底いられないくらい、蒼は染まりきっている。真名を握ってしまうのが早いのだが、少女に加護を与える何処ぞの神の仕業か、どれだけ神気が入り込んでも真名を明かそうとはしなかった。
 だから新しい名を与えた。

「……蒼」

 蒼、蒼、俺の蒼。

「深く深く眠っておくれ」

 眠りが深くなればなるほど、夢浮橋の干渉率は高くなる。
 夢とてふてふちょうちょうの神様。
 夢を売り、蝶々を飛ばすのが役割だ。ほんの少しだけ、心の臓に引っかき傷をつけて神気を流し込む。胸から引き抜いた手にはべっとりと血の赤がついている。瞬きをした次の瞬間には、空気に解けるように消えて行った。
 もったいない、とでもいうかのように指先に残った真紅を舌先で掬った。

「ふむ……なんと、甘美であるか」

 甘くとろける美味なる味は、いつしか口にしたちょこれゐとなるものと似ている。直接、口を付けて啜りたい衝動を抑え込む。

「――み、さぁ……」
「蒼?」

 つくよみさま、と鈴のように愛らしい声が音を紡いだ。
 つくよみ、ツクヨミ、月詠様。嗚呼、月の神とは素奴のことか。
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