いつか思い出して泣いてしまうのなら

キズキ七星

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やはり、思い出は断片的にして美化されている

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 イヤフォンからは、聞いたこともない売れてなさそうなバンドが歌っている曲が流れている。昨日購入した、割と値段の高いイヤフォンで奏でられる、まるで雑音のようなその歌声はとても煩わしい。次第に腹立たしく思えてきたので、イヤフォンを耳から外し、スマホをベッドに投げて部屋の窓を開けた。秋の涼しいそよ風が僕の髪を撫でる。一人で過ごす夜は嫌いだ。あと二時間もすれば、一人の夜がやってくる。そんな夜、僕は決まって四年前の記憶を思い出しては気を沈め、視界に波を打ってしまう羽目になる。思い出して泣きたくなるような記憶なんてものは、必要が無い。いっそ取り出してしまいたい、なんて思ってしまう。
 三年前、僕は壊れた。最悪の形で最愛の人を失ったことで精神が崩壊し、良からぬことを考えては勇気が出ず、しかし命を断つことを幾度となく考えた。最愛の人とは、大学時代に交際していた女性の事だ。免許を取り、自動車を手に入れた頃だったため、様々な場所へ二人で出かけた。一年も続かなかった恋愛だったが、僕の二十五年の人生の中では最大級の大恋愛だったことに違いはない。来月で二十六歳になるのだが。
 最愛の人を失った当時の僕は、夜な夜な思い出を彷徨い、深い深い海底へ潜り込んで心を閉ざしていた。スマホから写真を全て消してさっぱりしたと思いきや、パソコンの写真フォルダに保存されていたり、スマホの画像編集アプリに保存されていたりと、なかなか記憶から出て行ってはくれなかった。交際していた期間には、良いことばかりではなく苦しいこともたくさんあったのだが、やはり、思い出というのは美化されてしまう。そのことに気付いていても、その美化に目を瞑って巡ってしまう。断片的にしか覚えていないのではなく、断片的にして覚えているのである。
 破局後、半年程経った頃に彼女と会うようになった。しかし、やはり上手く関係性を形成することが出来ず、再び音信不通になり、大学で見かけても話しかけることもなかった。それから三年が経って、話すこともなければ連絡先も知らないが、心の奥底に彼女がいることは感じていた。
 今の僕の支えになっているのは、半年前に出会った、今では婚約者の恋人だ。彼女は良き理解者となってくれており、僕の心の奥に四年前の恋人がいることも知っていながら「それでもいい」「私が忘れさせてあげる」と僕を受け入れてくれた。そんな彼女は、僕の一つ歳下であるが僕より大人な考えを持った人間である。四年前の恋人も一つ歳下であったが、全く比べ物にならない程の大人な女性だ。

 さあ寝よう、とテレビを消そうとした時、午前三時のテレビショッピングに視界を奪われた。チャンネルは同じはずなのに、いつも見ているのとは雰囲気が違うその番組では、興味深いものを紹介していた。
「小さな形をしておりまして、取り外しが簡単なんですよ。コードの片端をこめかみの部分にセットして、もう片端をこの【メモリア】にセット。すると、視界にメニュー画面が開きますから、そこで保存したい記憶を選択するだけ。これだけで頭の中の記憶を保存することが出来ます。メモリアに保存した記憶は、残したいものであれば保管するもよし、消したい記憶であればメモリアを壊せば完全に消えることとなります。今なら特別にメモリアを五個セットで二万円になります」
 こめかみにセット?何だそれは、と思いながら自身のこめかみに人差し指を近づけると、小さな音と共に小さな穴が空いた。
                      続
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