いつか思い出して泣いてしまうのなら

キズキ七星

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好きという気持ちは、罪を犯すことである

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 二十五年八月三十一日。初めての県外デートの日。朝に寝て昼に起きる僕が、早寝早起きをした日である。
 彼女を駅へ迎えに行き、約二時間かけて目的地へ足を運んだ。雲一つない晴天の中、ただでさえ眩しい日差しに彼女の笑顔が重なって、さらに輝かしい天気となった。見てみたいから着て欲しいと言った服があり、似合わないから絶対に着ないと断言していたのだが、僕を喜ばせようとしたのか、サプライズの如く着て来てくれた。だから、僕は少し大袈裟な反応をして喜んだ。
 彼女が行きたいと言った場所を、時間が許す限り訪れた。自分にはデート場所のリサーチ能力が無いので、彼女の行きたいところに行くことにしていたが、どこもかしこも楽しいところであった。しかし、おそらく、場所が楽しいのではなく、愛する人と行くことが楽しいのであったのだろう。
 駅に帰ってきたのは、日を跨ぐまで残りわずかな時間であった。「終電まで駐車場にいたい」と言う彼女に従い、僕は車を駐車させ、残り三十分を過ごした。「帰りたくない」と言う彼女と「帰られたくない」という僕の気持ちが重なり、親に嘘をついて駅の近くにある漫画喫茶に宿泊することにした。交際を始めてから、初めて罪を犯した気分になった。
 始発の時間に彼女を駅に送り、僕は家に戻った。彼女も僕もアルバイトの予定があり、へとへとのままアルバイト先へ向かった。ただ、僕はとても上機嫌であった。


 メニュー画面に『二十五年八月三十一日』と書かれた項目がある。僕はそれを選択して、[選択した記憶をメモリアを保存しますか?]という質問に「はい」と答えた。目を瞑り、三分程すると「ピピー」という音がなり、作業の終了をお知らせした。メモリア専用カプセルには『二十五年八月三十一日』と書いてあるが、その日に何をしたのか思い出すことはできなかった。
 この【メモリア】という商品は、賛否両論はあるが一部ではとても人気な商品らしく、記憶の整理に使う者もいれば、辛く苦しい思い出を消すために使う者もいるそうだ。やはり、人類は記憶に感情をコントロールされる生き物なのだ。記憶は、素晴らしいものでありながら残酷なものでもあって、生きる糧ともなり得れば、死にゆく理由にもなる。この差は、当人がどう受け止めるかという問題でもあるが、大抵は環境や周りの人間からの刺激である。人間の感情や記憶なんてものは、自身の受け取り方以外にも、周りの人間からの刺激で簡単に覆されるものであるのだ。良いほうへ転化したにせよ、悪い方へ転化したにせよ、頭から取り出すという行為に価値があるのか無いのかと問われれば、とても価値ある行為なのではないかと思う。

 僕は、大学生時代から喫煙者であるため、何となく煙草に関わる会社に就職した。本社に勤めているのだが、各階に喫煙所があり、喫煙者にとっては楽園みたいなものであった。残業後、煙草を喫いながら窓越しに景色を眺めていたら、恋人から電話があった。
「まだ会社?」申し訳なさそうな声をしている。
「うん。やっと残業が終わったところ。少し休憩したら帰る」
「そっか。ご飯は食べて帰るよね?それとも既に食べた?」
「食べた」
「そっか」
 そう言った彼女は少し黙った。僕も黙っていた。何か優しい言葉の一つでもかけてあげられれば良いのだが、やはりそんな言葉は思いつかない。
「先に寝るね」
 分かった、と言ってから僕は電話を切った。我ながら冷たい態度を取っている。彼女のことは好きではあるが、やはり心の底から好きになってはいなかった。

 自宅へ帰る途中、メモリアを使用した。四年前の恋人と付き合った当日の記憶を保存したのだ。

 二十五年五月二十日。初めて会った時に一目惚れをした彼女に告白をした。それまで女性と付き合ったことがないわけではなかったが、恰も告白をしたことがなかったかのように緊張をしていた。彼女が自分を好いてくれていることは確信していたので、確認するように告白をしたのだった。彼女は「はい」と答え、「先輩、よろしくお願いします」と言った。角田すみた美咲。彼女の名前だ。「美咲、よろしくね」僕はそう返した。

 二十五年五月二十日と書かれたカプセルをスーツのポケットに押し込み、静寂に包まれた街を歩く僕に一人の男が尋ねた。
「メモリアですかい」
 サイズの合ってないスーツを着た男は、僕がメモリアを使用するところを見ていたのだ。
「一部のメモリア使用者の中では、記憶の売買が行われていてね。興味ないですかい」
「何か危なそうな匂いがしますね」
「いやぁ、危ないってこた無いですよ。ただ、他人の記憶って割と面白いんですよ。まあ、売ったら二度と戻ってくることはないですがねぇ」
 取り出した記憶はもう必要ないだろうと思った僕は、その男について行くことにした。これで四年前の恋人を忘れることが出来るのではないかと思ったからだ。

「その記憶を死ぬまで手放す覚悟はお有りですかな?」
                      続
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