ピアノの地縛霊は今日も間違っている

青によし

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第4章②

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 確かに俺はあまり女の人に慣れているとは言えないが、手くらいは握ったことあるから。断じて手を握られて(正確には手首だが)恥ずかしがっているわけではない。奏子さんが触れていると、霊感のない俺でも幽霊を認識してしまうから放して欲しいだけだ。

「いつまで乳繰り合ってんだよ。俺の話を聞け!」

 先ほどの怒鳴り声とともに、頭上から何かが振り下ろされた。
 ゴォンと地響きが鳴り響く。

「マサさん、それは誤解だ。もう、せっかちなんだから。ふみ君が驚いて椅子から転げ落ちてしまったよ」

 奏子さんは俺を見下ろして笑った。

 乳繰り合うとか誤解過ぎるが、もはやどうでも良かった。それより手が離れる直前に一瞬だけ見えた肌色は何だったんだ。大きな拳のように見えたけど、サイズ感がおかしくないか。しかも上から伸びてきたとしたら、腕が長過ぎだろう。待って、もしかして幽霊だからそういうものアリなの?

 一気に疑問が頭の中を駆け巡る。だが、幽霊といっても奏子さんみたいに生きていた姿と同じとは限らないのだ。奏子さん以外には清美さんしか知らないが、清美さんは痛々しい姿だったし。

 奏子さんが拳が降ってきたあたりを見上げて会話している。

「なぁ、ふみ君。マサさんがこう言ってるんだけど、お願いを聞いてくれないかな」

 当たり前のように話を降ってきたが、全然分からないです。もう怖くて泣きたいし、そもそも帰りたい。

「あの……奏子さん。とても言いづらいのですが、霊感のない俺には何にも聞こえてないんです。例外として、奏子さんが触れているときだけ存在を見聞きすることが出来るようですが」
「え、そうなのか? なら早く言って……え、もしかして手を離してって、そう言う意味か?」

 奏子さんの眉間にしわが寄った。どうやらご機嫌を損ねたようだ。

「えぇ、まぁ……」
「信じられない。照れて可愛いなーって微笑ましく思っていた私に謝れ!」
「なんで謝らないといけないんですか」

 勝手に誤解したのは奏子さんだし。

「あっ、申し訳ないマサさん。そうだな、ちょっと待ってくれ」

 幽霊のマサさんに何か言われたのか、奏子さんが椅子から降りて俺の方に歩いてきた。ピアノから離れたら触れられないはずだからと、思わず逃げを打とうと踏ん張った。だがその足をすくい取られて地面に転がってしまう。

 奏子さんの片手はピアノの側面に、長い足は円を描いて元の位置に納まった。奏子さんの華麗な足技にやられたらしい。だから、幽霊のくせに足癖悪すぎるって。

「ふみ君、逃げるな。ほら、こっちに来い」

 にっこりという擬音が聞こえてきそうな程の笑みを浮かべて、奏子さんが手招きをしている。もう降参だと、俺は言われた通りに奏子さんの前に行った。

「悪あがきして、すみませんでした」

 小さく頭を下げると、奏子さんは満足げに頷く。そして、俺の腕を掴んで引き寄せたかと思うと、カップルのように腕を組んできた。ぬくもりはないけれど、柔らかい感触があった。うん、あんまり深く考えちゃいけない。

「さぁマサさん、申し訳ないが、もう一回説明してもらっていいかな」
「仕方ねえな。俺も頼む立場だし」

 ドサッと音がしたと思ったら、目の前に大男がいた。胡座をかいて座っているのに、立っている俺が見上げるほどなのだ。立ち上がったら五メートルくらいあるんじゃないだろうか。でも細い。なんか縮尺間違ってませんかと言いたくなるくらい細い。きっと、このマサさんて幽霊にもいろいろあったんだ、それでこの姿なんだと思うことにした。怖いからあまり深入りはしたくない。

「お前さん、音楽やってるんだろ。俺の記憶にある曲を弾いて欲しいんだ」

 なるほど。そうだと思いました。清美さんのときも思い出の曲が聴きたいってリクエストだったし。

「曲名を伺っても?」

 俺が訪ねると、奏子さんとマサさんとやらが顔を見合わせた。そして、奏子さんが申し訳なさそうに切り出す。

「マサさんは曲名を知らないんだそうだ。だから今からマサさんが歌ってくれるから、それで特定してほしい」

 ちょっと待って欲しい。そこからなの? 突然の難曲リクエストも辛いけど、それ以上に曲の特定からとかハードル高すぎるだろう。

「悪いな。俺音楽とは縁が無い人生を送ってきてよ。だけど、この曲だけは頭から離れないんだ。この曲がなんなのか分かんなくてずうっともやもやしてんだよ」

 マサさんが細長い体を折って、頭を下げてきた。ぬーんと近寄ってくる大きな頭に若干びびりながら、俺は出そうになった悲鳴を何とか飲み込む。

 奏子さんにきゅっと腕を引き寄せられて体が傾いた。より奏子さんとの密着が増し、別の変な声が出そうになるが必死に我慢する。

「ね、ふみ君。思い出の曲を特定出来たら、マサさんは成仏出来るかもしれない。清美ちゃんの時みたいにな」

 内緒話するように、奏子さんが小声で俺に耳打ちしてくる。その可能性は俺も思った。だけど、奏子さんとの距離の近さに心臓が変なリズムを刻んでるから、ちょっと冷静になるために離れて欲しい。うん。

「奏子さん? えっと、ちょっと距離が近すぎるようなので離れていただきたいというか」
「はぁ? 駄目だ。離れたらマサさんが認識できなくなってしまうだろ」
「そうなんですけど――――」

 俺がむりやり距離を取ろうとすると、奏子さんはさらにしがみついてきた。

「だからおめえら、いちゃつくのは俺の話の後にしろよ!」

 マサさんの拳が床を叩いた。振動で一瞬体が浮いたような気がする。

「ご、ごめんなさい」

 俺と奏子さんはユニゾンで謝るのだった。

 どうやらマサさんは気が短いらしいので、とっとと話を進めた方が良さそうだ。何で俺がやらなきゃいけないんだという文句はありつつも、目をつけられた時点で逃げ道はない。ふと、数日前に出会ったオカルト少女が思い浮かんだ。いろいろ知ってそうだったし、幽霊についての付き合い方とか聞けば良かった。

「じゃあマサさん、歌ってみてくれ」

 奏子さんの言葉にマサさんはうなずくと、あーあーと喉の調子を整えだした。そんなに声を張り上げて歌うような曲なのだろうか。

「ふーふふーん、ふふふふーふぅ――――」

 マサさんが歌い出した。どうやら歌詞は覚えてないのか、もしくはもともと無いのか、鼻歌での披露だった。ならばあんなに喉を整える必要は無かったんじゃ……という突っ込みは止めた。そんなことは些細なことだった。

 何故ならば! マサさんは、超絶音痴だったからだ!

 やばい。全然分からない。どう考えても今俺に聞こえている旋律が本来の曲の旋律なわけがないと思う。調もぐっちゃぐちゃで訳が分からん。

 絶望しつつ横の奏子さんを見る。いつでも飄々としているあの奏子さんも唖然としたまま固まっていた。それでも俺の視線に気がつくと、奏子さんは笑みを浮かべた。口の端を引きつらせながらだが。

 とにかくヒントを探ろうと、歌いきったらしいマサさんに質問をする。歌詞はあるのか、ジャンルは、と質問を重ねるも、ほぼ覚えていないと返されてしまう。

「じゃあ、マサさんの生きていたのは、いつですか? 昭和、平成」
「何だ、しょうわ、へいせいって」
「年号ですよ。もしかして、明治、大正かな」

 マサさんの服装は着物ではない。作業服みたいなものを着ているから、さすがに江戸時代まで遡ることはないだろう。

「めいじとかたいしょうは聞いたことあるな」

 大きなヒントだ。マサさんは昭和を生きて迎えてない、と予想される。

 明治に入っていれば、いろんなものが外国から入ってきている。音楽もクラシックを聞いている可能性はあるけれど、現代の曲がすべて省くことが出来たのは大きい。もし現代まで含めたら音楽が至る所にあふれ過ぎている。クラシック、洋楽、Jポップ、今ならKポップを入れてもいいかもしれない。こういった曲として完成されているもの以外にも、映画やドラマ、アニメなどでBGMとして使用される楽曲もあるし、CMでも音楽が垂れ流されていてきりがないのだから。

「どんな場面で聞いたとか、何か覚えてないですか? 些細なことでもいいんです」

 俺には好きな曲はいくつもあれど、忘れられない曲なんてない。ないけれど、ないからこそ、こうやって死んでも執着してしまう曲があるってすごいと思う。それに、マサさんはせっかちですぐに拳を振り下ろしてくるちょっと怖い幽霊だけど、必死にハミングしている姿は全然怖くなかった。だから、ちょっとだけ親しみを持ってしまったのかもしれない。

 マサさんは生前のことをあまり覚えていない。それなのに、その曲だけはずっと頭の片隅にこびりついて消えないってことは、とても大事なものなんだろう。結局、すぐには分からないので一週間後にもう一度会う約束をしてその日は終わった。

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