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第4章③
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「私が思うに、マサさんの時代からすると、クラシックの線はないんじゃないかな」
椅子に座る俺、奏子さんは横に立って鍵盤を撫でながら考えている。
奏子さんの練習はいったんやめて、マサさんの思い出の曲を探すべく奏子さんと相談しているけれど、これといった候補曲はまだ上がっていない。
「どうしてです?」
明治大正なら、西洋の文化も入ってきているはずだ。初っぱなから除外して良いとは思えない。
「おそらく西洋の文化って、一部の人しか触れることが出来なかったと思うんだ。だから学校とかで習う童謡とかじゃないだろうか」
「確かにクラシックを演奏するとなると金持ちでしょうけど、聞く機会はまた別じゃないですかね」
マサさんの服装は明らかに作業服だったから、労働者階級だろう。あまり階級的な分け方は失礼だからしたくないけれど。
ただ着物ではなかったことからすると、田舎にこもって農業をやっていたというより、ある程度西洋文化にも触れる機会のある場所にいたんじゃないだろうか。仮に田舎暮らしだとしても村の外に出てくる機会はあっただろう。だとしたら、逆に仕事先とかで耳に入る可能性だってあると思うのだ。
「だが、マサさんの鼻歌から想像するに、あまりクラシックっぽくなかった気がする」
「……あの鼻歌でよく分かりますね」
音程が乱高下して、変な半音だらけで、リズムもはたしてあっているのか謎な鼻歌だった。
「なんとなくだ、なんとなく。日本の曲らしい雰囲気がした」
原型をとどめていないと思われる鼻歌で、よくイメージできるものだ。
ふんふーん、と奏子さんが思い出しながらハミングする。俺はそれを真似してピアノでそれを弾いた。
おそらく奏子さんによってある程度予測補正されているのだろう。なんか聞いたことあるようなメロディーになってきたけど、これ何だっけ? 懐かしい響き、確かに奏子さんの言うとおり童謡的かもしれない。音楽の教科書に載っていそうな、きっと有名な曲のはずだ。マサさんが死んでも忘れられないくらいの曲なんだから。
俺が考え込んでいると、珠樹の声がした。
「それ滝廉太郎?」
珠樹は動画の一件以来、ちょくちょくここに顔を出すようになっていた。
「滝廉太郎……『花』か!」
「それよ!」
奏子さんがうれしさが爆発したみたいに抱きついてきた。勢いがよすぎて椅子から落ちそうだ。珠樹の目には一人で勝手に椅子から落ちそうになっているように見えているに違いない。奏子さんの肩以外を触らないように慎重に押し、素知らぬ顔で座り直した。
滝廉太郎、明治の有名な作曲家だ。『荒城の月』とかも有名だが、若くして亡くなってしまった人でもある。
『花』は時代的にも合致しているし、クラシックではなく日本人の心に響くメロディーだ。明治時代に愛された曲だし、マサさんの記憶に深く刻みつけられていたとしてもおかしくない。
「文晶がクラシック以外を弾いてるのって珍しいな」
珠樹はリュックを下ろして、俺の横にむりやり座ってくる。奏子さんが慌ててどいた。
「くっついてくるなよ」
男が二人って、ベンチタイプの椅子とはいえ狭い。
「仕方ないだろ、椅子は一つしかないんだから」
「そうだそうだ。ふみ君は文句が多い」
何故か奏子さんまで乗っかって不満をぶつけてきた。が、無視だ。
「な、それより珠樹、さっきの滝廉太郎の『花』だと思うか」
「そうじゃないのか?」
「いや、実は思い出の曲をリクエストされたんだけど、曲名が分からなくてさ。こういう曲だって鼻歌で歌ってくれたんだけど、すごく音痴な人だったから困ってたんだ」
「じゃ、今弾いてたのは何だよ」
「音痴なことを考慮した上で、こんな感じかなぁって弾いてた」
「なるほど。でも、俺は文晶が弾いてるメロディーを聞いた瞬間、滝廉太郎だって思ったから、たぶん『花』で正解だと思うけど」
そう言って、珠樹はタブレットを取り出すと検索しだした。そして何やら操作して楽譜を表示させると、譜面台に置く。
「んじゃ、弾くぞ。俺は伴奏弾くから文晶はメロディー弾いて」
俺の返事も聞かず、息をするように珠樹は伴奏を弾き始めた。あまりのことに俺はぽかんと固まったままだ。
「文晶、ぼーっとすんなよ。ほら、ここからいくぞ」
珠樹が指す場所を目で追い、しぶしぶ弾き始めた。
しぶしぶ弾きだしたとしても、この曲の朗らかさに気分が勝手に上がっていく。
明快な歌謡メロディーが心地良い。時が新しくなるにつれ、メロディーは複雑化してテンポも速くなっている。だからこそ、この時代ののどかな響きが逆に新鮮に思えた。
珠樹が途中で楽譜に書いていないアドリブを入れてきた。おかげで手がぶつかってしまう。けれど、珠樹は悪びれることもなくそのまま弾いていく。邪魔をされて俺は嫌なはずなのに、珠樹のアドリブに対して単純に面白いなと思っただけだ。そんなふうに弾くんだなと続きが気になってしまう。
今まで誰かと連弾をするという機会がなかった。ピアノの先生にやってみるかと声を掛けられたこともあったけれど断った。だって、相手の足を引っ張るもの嫌だったし、逆に相手に引っ張られるもの嫌だったから。一人で弾いて入れば、自分のペースで弾けるし、失敗しても自分のせいだ。気が楽だと思ったし、相手に振り回されたくもないと思った。
だけどこうして一緒に弾いてみて、ちょっと違うのかも知れないと気がついた。もちろん、俺が嫌だと思った側面はあると思う。だけど一緒の時を楽しむ、音の響きを味わうって、それはそれで面白いことなのかも知れない。はじめて、そんな風に思った。
「文晶、どうした?」
連弾に対する気持ちの変化に戸惑っている俺を、珠樹が不思議そうにのぞき込んできた。その珠樹の顔の近さにびびって、今度こそ椅子から転げ落ちる。奏子さんの笑う声が聞こえた。
椅子に座る俺、奏子さんは横に立って鍵盤を撫でながら考えている。
奏子さんの練習はいったんやめて、マサさんの思い出の曲を探すべく奏子さんと相談しているけれど、これといった候補曲はまだ上がっていない。
「どうしてです?」
明治大正なら、西洋の文化も入ってきているはずだ。初っぱなから除外して良いとは思えない。
「おそらく西洋の文化って、一部の人しか触れることが出来なかったと思うんだ。だから学校とかで習う童謡とかじゃないだろうか」
「確かにクラシックを演奏するとなると金持ちでしょうけど、聞く機会はまた別じゃないですかね」
マサさんの服装は明らかに作業服だったから、労働者階級だろう。あまり階級的な分け方は失礼だからしたくないけれど。
ただ着物ではなかったことからすると、田舎にこもって農業をやっていたというより、ある程度西洋文化にも触れる機会のある場所にいたんじゃないだろうか。仮に田舎暮らしだとしても村の外に出てくる機会はあっただろう。だとしたら、逆に仕事先とかで耳に入る可能性だってあると思うのだ。
「だが、マサさんの鼻歌から想像するに、あまりクラシックっぽくなかった気がする」
「……あの鼻歌でよく分かりますね」
音程が乱高下して、変な半音だらけで、リズムもはたしてあっているのか謎な鼻歌だった。
「なんとなくだ、なんとなく。日本の曲らしい雰囲気がした」
原型をとどめていないと思われる鼻歌で、よくイメージできるものだ。
ふんふーん、と奏子さんが思い出しながらハミングする。俺はそれを真似してピアノでそれを弾いた。
おそらく奏子さんによってある程度予測補正されているのだろう。なんか聞いたことあるようなメロディーになってきたけど、これ何だっけ? 懐かしい響き、確かに奏子さんの言うとおり童謡的かもしれない。音楽の教科書に載っていそうな、きっと有名な曲のはずだ。マサさんが死んでも忘れられないくらいの曲なんだから。
俺が考え込んでいると、珠樹の声がした。
「それ滝廉太郎?」
珠樹は動画の一件以来、ちょくちょくここに顔を出すようになっていた。
「滝廉太郎……『花』か!」
「それよ!」
奏子さんがうれしさが爆発したみたいに抱きついてきた。勢いがよすぎて椅子から落ちそうだ。珠樹の目には一人で勝手に椅子から落ちそうになっているように見えているに違いない。奏子さんの肩以外を触らないように慎重に押し、素知らぬ顔で座り直した。
滝廉太郎、明治の有名な作曲家だ。『荒城の月』とかも有名だが、若くして亡くなってしまった人でもある。
『花』は時代的にも合致しているし、クラシックではなく日本人の心に響くメロディーだ。明治時代に愛された曲だし、マサさんの記憶に深く刻みつけられていたとしてもおかしくない。
「文晶がクラシック以外を弾いてるのって珍しいな」
珠樹はリュックを下ろして、俺の横にむりやり座ってくる。奏子さんが慌ててどいた。
「くっついてくるなよ」
男が二人って、ベンチタイプの椅子とはいえ狭い。
「仕方ないだろ、椅子は一つしかないんだから」
「そうだそうだ。ふみ君は文句が多い」
何故か奏子さんまで乗っかって不満をぶつけてきた。が、無視だ。
「な、それより珠樹、さっきの滝廉太郎の『花』だと思うか」
「そうじゃないのか?」
「いや、実は思い出の曲をリクエストされたんだけど、曲名が分からなくてさ。こういう曲だって鼻歌で歌ってくれたんだけど、すごく音痴な人だったから困ってたんだ」
「じゃ、今弾いてたのは何だよ」
「音痴なことを考慮した上で、こんな感じかなぁって弾いてた」
「なるほど。でも、俺は文晶が弾いてるメロディーを聞いた瞬間、滝廉太郎だって思ったから、たぶん『花』で正解だと思うけど」
そう言って、珠樹はタブレットを取り出すと検索しだした。そして何やら操作して楽譜を表示させると、譜面台に置く。
「んじゃ、弾くぞ。俺は伴奏弾くから文晶はメロディー弾いて」
俺の返事も聞かず、息をするように珠樹は伴奏を弾き始めた。あまりのことに俺はぽかんと固まったままだ。
「文晶、ぼーっとすんなよ。ほら、ここからいくぞ」
珠樹が指す場所を目で追い、しぶしぶ弾き始めた。
しぶしぶ弾きだしたとしても、この曲の朗らかさに気分が勝手に上がっていく。
明快な歌謡メロディーが心地良い。時が新しくなるにつれ、メロディーは複雑化してテンポも速くなっている。だからこそ、この時代ののどかな響きが逆に新鮮に思えた。
珠樹が途中で楽譜に書いていないアドリブを入れてきた。おかげで手がぶつかってしまう。けれど、珠樹は悪びれることもなくそのまま弾いていく。邪魔をされて俺は嫌なはずなのに、珠樹のアドリブに対して単純に面白いなと思っただけだ。そんなふうに弾くんだなと続きが気になってしまう。
今まで誰かと連弾をするという機会がなかった。ピアノの先生にやってみるかと声を掛けられたこともあったけれど断った。だって、相手の足を引っ張るもの嫌だったし、逆に相手に引っ張られるもの嫌だったから。一人で弾いて入れば、自分のペースで弾けるし、失敗しても自分のせいだ。気が楽だと思ったし、相手に振り回されたくもないと思った。
だけどこうして一緒に弾いてみて、ちょっと違うのかも知れないと気がついた。もちろん、俺が嫌だと思った側面はあると思う。だけど一緒の時を楽しむ、音の響きを味わうって、それはそれで面白いことなのかも知れない。はじめて、そんな風に思った。
「文晶、どうした?」
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