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第4章④
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マサさんと約束した日になった。滝廉太郎の『花』だと思っているが、違った場合はまた一から考え直しだ。
人通りが少なくなってきたのを見計らって、奏子さんが柱の方に向って手を振った。
「マサさん。今なら誰もいない、こっちへ来て!」
奏子さんには絶対に俺に触らないと約束してもらっている。見えたら怖くて、精神状態が荒れまくるからと必死で理由を説明したら、しぶしぶ頷いてくれた。
「マサさんの思い出の曲、恐らくこれだろうと思う曲を見つけたんだ」
奏子さんが見上げるような仕草で話している。俺には見えていないけれど、目の前に大きなマサさんがいるはずだ。見えていなくても、勝手に威圧されているように感じてしまう。
「では、聞いて下さい」
奏子さんは俺の方を向くと、小さくうなづく。それを合図に俺は伴奏を弾き始めた。そう、今日の俺は伴奏だ。
前奏が終わり、軽やかに奏子さんの歌声が響き始めた。明るく華やかで、楽しそうに弾むメロディー。春を謳歌する気持ちを朗々と語る歌詞。奏子さんも学校でこうやって歌ったのだろう。
心地良いと思った。自分の奏でるピアノの音に、奏子さんの声が乗る。混ざり合って一つの曲になって、学校で歌った懐かしい気持ちも蘇ってくるようだ。
あ……この感覚はと思った瞬間、俺は桜が満開の川縁にいた。
現代のように舗装もされていない、草花が土手に咲き土の匂いがする。そこを歩く袴姿の女性、後ろ姿しか見えないけれど身なりは裕福そうだ。彼女から一歩下がった位置に作業着姿の男性がいる。大きな風呂敷包みを持っているから、彼女の荷物持ちだろうか。
彼女の足取りは軽やかで楽しそうだ。春を喜んでいるのか、もしくは出掛けるのが嬉しいのか。滝廉太郎の『花』を口ずさみながら歩いている。やはり、マサさんの思い出の曲は『花』だったんだ。
見ているだけで甘酸っぱい気持ちになる二人を俺は眺めた。裕福そうな出で立ちの彼女と、作業着の男性はマサさんで間違いないのだろう。当時は今よりも身分差が厳しかったはずだけど、二人の心は通じ合っているように見える。
一気に時間が進んだ。桃色が散り緑色が目立ち始めた桜の木の下を、花嫁道中が進んでいく。道の端っこでそれを見送るマサさんがいた。唇をかみしめ、拳はぎゅっと作業服を握りしめている。
そうか、彼女は別の人のところへ行ってしまったのだ。報われなかったマサさんの心は、あの幸せだった瞬間を大切にしまったのだろう。死んでも忘れないくらい、大事に。
また見てしまった、他人の大切な記憶のかけらを。胸がいっぱいになるほどの愛しさと、どうしようもないやるせなさを味わい、俺はしばらく放心していた。
「おい、ふみ君」
奏子さんに肩を掴んで揺さぶられた。
「なんで、え、ちょっと触らない約束で……」
ハッと我に返り非難するも、奏子さんが涙を流していることに気付く。
「見て、ふみ君」
奏子さんが指す方を向く。すると、あれだけ大きかったマサさんが普通サイズになってほんのり光っていた。
「マサさんは大切にしまっていたものが思い出せなかったと言っていた。ずうっとそれを抱えて彷徨っていたから、思いが膨張してあんなに大きくなっていたのかもしれないな。『思い出した、これだったんだ』って言った途端に、今の大きさになったんだ」
「じゃあ、マサさんの未練は無くなったってことですか」
「そうみたいだ。ほら、清美ちゃんの時みたいに光り始めたぞ」
先ほどよりもさらに光の粒が集まり、マサさんを取り囲んでいく。光がすべて包んだかと思うとゆっくりと薄くなっていった。
「二人とも。ありがとうな」
乱暴な登場とは反対に、消えるときはとても穏やかに、そして笑顔でマサさんは消えていく。生きているときは結ばれず、死んでも思いを抱えたまま彷徨っていたマサさん。幸せだったのかは分からない。けれど、幸せな瞬間を思い出す手伝いが出来たのは、純粋に嬉しいと思った。
人通りが少なくなってきたのを見計らって、奏子さんが柱の方に向って手を振った。
「マサさん。今なら誰もいない、こっちへ来て!」
奏子さんには絶対に俺に触らないと約束してもらっている。見えたら怖くて、精神状態が荒れまくるからと必死で理由を説明したら、しぶしぶ頷いてくれた。
「マサさんの思い出の曲、恐らくこれだろうと思う曲を見つけたんだ」
奏子さんが見上げるような仕草で話している。俺には見えていないけれど、目の前に大きなマサさんがいるはずだ。見えていなくても、勝手に威圧されているように感じてしまう。
「では、聞いて下さい」
奏子さんは俺の方を向くと、小さくうなづく。それを合図に俺は伴奏を弾き始めた。そう、今日の俺は伴奏だ。
前奏が終わり、軽やかに奏子さんの歌声が響き始めた。明るく華やかで、楽しそうに弾むメロディー。春を謳歌する気持ちを朗々と語る歌詞。奏子さんも学校でこうやって歌ったのだろう。
心地良いと思った。自分の奏でるピアノの音に、奏子さんの声が乗る。混ざり合って一つの曲になって、学校で歌った懐かしい気持ちも蘇ってくるようだ。
あ……この感覚はと思った瞬間、俺は桜が満開の川縁にいた。
現代のように舗装もされていない、草花が土手に咲き土の匂いがする。そこを歩く袴姿の女性、後ろ姿しか見えないけれど身なりは裕福そうだ。彼女から一歩下がった位置に作業着姿の男性がいる。大きな風呂敷包みを持っているから、彼女の荷物持ちだろうか。
彼女の足取りは軽やかで楽しそうだ。春を喜んでいるのか、もしくは出掛けるのが嬉しいのか。滝廉太郎の『花』を口ずさみながら歩いている。やはり、マサさんの思い出の曲は『花』だったんだ。
見ているだけで甘酸っぱい気持ちになる二人を俺は眺めた。裕福そうな出で立ちの彼女と、作業着の男性はマサさんで間違いないのだろう。当時は今よりも身分差が厳しかったはずだけど、二人の心は通じ合っているように見える。
一気に時間が進んだ。桃色が散り緑色が目立ち始めた桜の木の下を、花嫁道中が進んでいく。道の端っこでそれを見送るマサさんがいた。唇をかみしめ、拳はぎゅっと作業服を握りしめている。
そうか、彼女は別の人のところへ行ってしまったのだ。報われなかったマサさんの心は、あの幸せだった瞬間を大切にしまったのだろう。死んでも忘れないくらい、大事に。
また見てしまった、他人の大切な記憶のかけらを。胸がいっぱいになるほどの愛しさと、どうしようもないやるせなさを味わい、俺はしばらく放心していた。
「おい、ふみ君」
奏子さんに肩を掴んで揺さぶられた。
「なんで、え、ちょっと触らない約束で……」
ハッと我に返り非難するも、奏子さんが涙を流していることに気付く。
「見て、ふみ君」
奏子さんが指す方を向く。すると、あれだけ大きかったマサさんが普通サイズになってほんのり光っていた。
「マサさんは大切にしまっていたものが思い出せなかったと言っていた。ずうっとそれを抱えて彷徨っていたから、思いが膨張してあんなに大きくなっていたのかもしれないな。『思い出した、これだったんだ』って言った途端に、今の大きさになったんだ」
「じゃあ、マサさんの未練は無くなったってことですか」
「そうみたいだ。ほら、清美ちゃんの時みたいに光り始めたぞ」
先ほどよりもさらに光の粒が集まり、マサさんを取り囲んでいく。光がすべて包んだかと思うとゆっくりと薄くなっていった。
「二人とも。ありがとうな」
乱暴な登場とは反対に、消えるときはとても穏やかに、そして笑顔でマサさんは消えていく。生きているときは結ばれず、死んでも思いを抱えたまま彷徨っていたマサさん。幸せだったのかは分からない。けれど、幸せな瞬間を思い出す手伝いが出来たのは、純粋に嬉しいと思った。
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