アイドルは年を取らない

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(ホラー短編2)アイドルに年を取らせない

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『トントン』
 肩を叩かれ、振り返ると男性がいた。

 ファンだな。と分かった。
『面倒だな』
 その考えが頭をよぎったのは仕方ない――アイドルもプライベートの時間は欲しいのだから。

 しかし内心はともかく、実際の私は彼にニッコリ微笑んで見せた。
 これから言うべきことを頭の中で練習しつつ――『あ、ごめんなさい。サインとか写真は駄目なんです。事務所で決められていて。あ、握手だけなら』

 すると、
「あなたのファンです」
 彼が少しだけ微笑んで言うので、私は笑顔をさらに明るくして言った。
「ありがとうございます!」

 それから
「……」
「……」
 訪れる、沈黙。
 
『それじゃあ……』と笑顔で去れば良いのだろう。
 しかし、それでは冷たいかなと恐れた――SNSを皆やっている今の時代『ファン対応』を誤ると怖いのだ。

 なので手を差し出した。
「あの。もし良かったら。握手……」

『もし良かったら』と言いつつ、断られるとは思っていなかった。
 声をかけてきた時点で何らかのアクションをこちらに期待していたはず。

 彼はしばらくじっと私の手を見ていた。

『変な人だな』とは思った。
 でも私は大人しく待った。
 ここはヒトもたくさん行き交う場所だ。
 滅多なことはない、あってもすぐに助けを呼べると思った。

 彼はスッと背筋を伸ばすような仕草をすると、上着のポケットの中に入れていた右手を出して、私に差し出した。

 私は反射的にその手を見つめ、ビクッと固まった。
 その手にはナイフが握られていた。

 恐怖がサーッと全身を走り、身体が強ばった。

『握手』しようと差し出したまま固まっている、私の右手を通り過ぎ、彼の右手が、身体が私の身体に向かってきた。

 ドス……

 衝撃とパニックと痛みが身体を走り抜けた。
 彼はしばらく私のお腹に刺したナイフの柄を持ったまま呆然としていたが、私がふにゃふにゃと足下に崩れ落ちていくとき、ナイフから手を離した。

 その場に倒れた私。
 周りの人が訝しげに見て、ナイフに気付く。
 明るい色の服を着ていて良かった――血が見えやすかったのだろう。

 倒れ込む私の周りに人が集まってきた。
 電話をかけてくれる人、
『救急車が来るまで、ナイフはこのままにしておいた方が良い』と言う人、
『頑張れ』励ましてくれる人。

 色々な声が聞こえる中、こんな声が聞こえてきた。
「りんりん!」
 大きな声――興奮した声。

『りんりん』
 私のアイドル時の、あだ名だ。

「りんりん! 死んでくれ!」
 
「黙れっ!」
 そう制す声と格闘する声の後、再び聞こえる、興奮した正気じゃない声。 

「俺が好きな!
可愛い、純粋な、17歳のりんりん!
死んだら、ずっと、永遠に、今の君で居てくれる!
劣化もせず、彼氏を作って俺を悲しませることもない!
お願いだ、死んでくれ!」

「何言ってんだ!」
「おまえが死ね!」
 そんな怒声が聞こえた後、もうその声はしなくなった。
 どうやらしゃべれなくしたようだ。

「がんばれ!」
 私の周りの人は声をかけてくれた。
「大丈夫! あまり血が出ていないよ!」
「病院へ行けば、必ず助かるからね!」

 そんな有難い励ましの声を聞きながら……
 それでも私は『あの声』を思い返していた。

『俺が好きな!
可愛い、純粋な、17歳のりんりん!
死んだら、ずっと、永遠に、今の君で居てくれる!
劣化もせず、彼氏を作って俺を悲しませることもない!
お願いだ、死んでくれ!』

 あはは。
 私は心の中で、笑った。 

『純粋』!?

 バカか。
 おまえらに見せる姿が、私の本当の姿だと思っているのか。『全て』だと思っているのか。
『演技』がいっぱい含まれていること、お互い分かっていて、お互いの立場を楽しむ、それが『アイドルとファン』なんじゃないのか?

 私は『純粋』なんかじゃない。
 少なくともおまえが思っているほど『純粋』ではない。
 おまえの周りに居たこともあるだろう、普通の、17歳女子だ。
 性格も結構キツいと思うし、ときにはファンの陰口を言うこともある。
 こっそり付き合っている彼氏もいる。

 だからこれから『死ぬ』にしても、おまえの望み通り、『純粋なまま死ぬ』わけじゃない。

 つまり、おまえの望みは叶わない。
 ざまあみろ!
 おまえの夢は私ではそもそも叶わないんだよ!
 自分の人生これからを捨ててまでこんなことして、その結果がこれだよ。ばーか!

 はあ……。

 心の中でため息後、
 死にたくない、な。
 と思った。

 それから考えたのは、自分の『今まで』のことだった。

 私が悪かったのかな。と思った。
 彼氏もいるのに、アイドルをしていた。
 実際は普通なのに、ピュアな振りをしていた。

『夢』を見せていた――『偶像アイドル』を演じていた。
 
 それが悪かったのだろうか……
『演技』だから、『罰』が当たったのかな……

『アイドル』を演じていたのが、駄目だったのかな……

 そんなことを考えているうちに、意識が霞み始めた。

 死ぬんだ、と思った。

 
 ――

 その後。
 私は一命を取り留めた。
 しかし傷は深かった――身体だけではなく、心の方も。
 誰もが私はアイドルを辞めるだろう、そう予想した。

 しかし私は半年ほどの休養後、アイドル活動を再開させた。
 何年か経った今も、元気にアイドルしている。

 何故アイドルを続けているか。
『目標』ができたからだ。

 アイツに私が年を取るところを見せてやる。
 結婚して、子どもを産むところを見せてやる。

 私が夢を叶えることで、おまえの夢を壊してやる。

 そんな『復讐心』から私はアイドルを続けているのだ。

『「アイドル」を演じていたから罰が当たった』
 刺された直後はそんな風にも思った。

 今の私はアイツに見せてやりたいと思っている。
 演技では隠しきれない『アイドル』の人生これからを。




 ――終――
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