ひきこもり生活を満喫していたら異世界JKと異世界ネコが押しかけてきた件について

汗茄子w8

文字の大きさ
83 / 87
扉の外

79話 やかんの正体

しおりを挟む
 
 にやりと笑うペレゾに、全員が注目した。

「無事というか……あの室内農場のことなら、俺たちでほとんど食べちゃっただろ。残ってるのは木やつるばっかりで、食べられそうなところなんてもう無いぞ?」
「まあまあ。行ってみようぜ、小森。オレに考えがあんだ」

 ペレゾは小森たちの飛ばす疑問符をのらりくらりと避けながら、秘密の地下室を目指した。ぐちゃぐちゃになった船長室へ入り、その床下のはしごを降りると、相変わらずの煌々とした太陽灯が小森たちを出迎えた。
 小森たちが食べてしまったので当たり前なのだが、地下室は果実や野菜も綺麗さっぱりと無くなっている状態だった。

「お前さんら、大食いだなぁ……。一晩ですっからかんじゃねぇか。野菜も果物も綺麗に無くなっちまって」

 ジョンは残念そうというより、満足そうに小森たちに言った。

「おう、ごっそさんだったよ。次実るのに、どれくらいの時間がかかるんだ?」
「あー。早いので一ヶ月くらいだな」
「……絶望的だな」
「まぁ、おれは一ヶ月くらいなら水だけで凌げるがな。船室も深いとこにゃフナムシがいるだろうし」

 ジョンは大きな目玉をぎょろりとさせて笑った。

「オイ、ゲテモノ食い。飲み水も奪われたんだぜ? 忘れたのか」
「――ああっ! しまった。そうだった。水が無ぇ! 雲も流れてこなきゃあ、雨もふらん! 海水を汲むのは藻の化け物が恐ろしいし……くそう」

 ザルドの言葉に、皆よりワンテンポ遅れて絶望的な顔をする船長。自分だけは助かるという自信があったのだろうが、それはもはや打ち砕かれてしまった。

「水……水か。そういえば、俺たちには『魔法のやかん』があったよな」

 小森は『穴の世界』で手に入れたアーティファクトの事を思い出していた。いくつもある豪華な宝の中からヌーが選んだ、大容量の水が収納されている小汚いやかんを。

「あ、でもそれはヌーさんが……」
「ん? ここにあるぜ。ちょうど使おうと思ってたんだ。勘がいいな小森は。……しかし、やかん扱いなのか。これ」

 ペレゾはカバンから『やかん』を取り出した。相変わらずサビやシミで妙な色になっている。

「おお、ヌーから預かったのか? 早くそれをこっちに――って、おい! 水を無駄遣いするな」

 ペレゾはニヤニヤと笑いながら、プランターに水をこぼし始めた。

「こいつはだぜ。ヌーから聞いてなかったみたいだな。んっふっふ」
「いや、例えじょうろだったとして、今プランターに水をやる必要が無いだろ! 毎日水をやっても食えるのは――んん!?」

 小森の反論は遮られた。
 めき、めき、というあまり聞き覚えのない音によって。

「なんだこりゃ……」
「ただのじょうろじゃねーんだって。『魔法のじょうろ』だぜ。特性は大容量の水の収納。そして、その水を成長促進の魔法の水に変えるってことだ」
「成長促進ってレベルじゃないだろ、これ……」

 プランターの植物が蠢いていた。めきめきと音を立てながら太い幹がうねり、しゅるしゅると音を立てながら、細い枝が踊る。
 小さな種子が見る見るうちに膨らみ、熟れる。そして、どさりと床に落ちた。

 ペレゾ以外の皆が口をあんぐりと開けながら一部始終を見ていた。それは1分にも満たない出来事だった。

「んー。ちょっとやりすぎたかな。腐っちまった」
「こ……こりゃすげぇ! これがあれば、食料に困ることはねぇぞ!」
「やるじゃねェか! さっそく量産といこうぜ」

 6人は活気付き、次々と水を与えては収穫を繰り返していった。
 とくに栄養価の高いリンゴが多く作られて、樽いっぱいに溜め込んだあとは小森たちの部屋に運び込まれた。

 作業は夜まで続いたが、その間に風が吹くことは一度もなかった。
 海面は相変わらず、不動の様相を呈している。

「食料がどうにかなっても、これじゃあな……」

 小森は海を見ながら呟いた。
 昼の間は一つの絶望から救われたことで舞い上がっていたが、まだまだ何重にも問題が積み重なっているのだ。

「ここ。本当に海なんでしょうか……」

 あかりがそう言うのも無理はなかった。
 今夜の月は遠く小さく、ほとんど光を届けてくれない。
 海面は微動だにせず、夜空の暗い色をそのまま受けて、まるで固まったタールのようだった。
 タールはずっと昔から形を変えずにそこにあって、こんなところに船があることの方が異常なのだ。

 あかりだけではなく、皆がそのような妄念に取り憑かれていた。
 それほどまでに、静寂と無風は皆の精神を蝕んでいた。

「ヌーが待ってるってのに……くそっ」
「小森……。これ、持っておくか?」

 ペレゾは申し訳なさそうな顔をして、小森に『じょうろ』を手渡した。

「ああ……あいつ、これ大事そうに持ってたからな。形見代りにしておくか」
「死んだみたいに言うなっ!」

 小森はペレゾのツッコミを受けつつ、じょうろの匂いを嗅いでみた。ヌーの残り香なんかを期待しながら。

「鉄くさい……」
「そうだろうな……錆びてるし」

 いつもの漫才のようなやり取りも、どこかキレが悪い。ザルドたちはさっさと部屋に戻り、あかりが苦笑しているだけだった。

「音が無いというだけで、こんなに寂しくなるものなのですね……」
「ん。普通はどこに行っても環境音とかあるしな。最果ての駅だって耳をすませば迷人おばけの息遣いが聞こえて少しは気が紛れたもんだ」
「環境音か……」

 音の発生源が自分たちしかいないという孤独。それは他に生き物がいない事を示している。
 小森は大嫌いだったセミの鳴き声を思い出していた。

 ただ暑さを増幅させるだけのように感じていたセミの声。
 彼らは次の命を育むために、自らの寿命を削って大きな音を出すことに尽くしていた。
 一匹一匹別の場所にいても、音で繋がっていた。
 もし、今その音が聞けたのなら。
 当たり前のように聞き流していた、その音が聞こえたのなら──。

「ああ! 聞こえてるじゃねーか!」
「うおっ。なんだいきなり」

 小森は背中の卵を床に下ろし、布を剥ぎ取った。
 飛竜の卵は船上のわずかな明かりを吸い込み、増幅させて発光している。まるで月が手元にあるかのようだった。

「ゴルゴンゾーラが居るじゃないか。ずっと俺たちに元気をくれていたゴルゴンゾーラが!」
「えっと……確かに、どくんどくんと鼓動はしていますね。そう考えると、完全な無音というわけでもないですけど……」

 だからどうした? とその先の台詞は出てこない。あかりは優しいのだ。

「ククク……」

 小森は薄気味悪い笑みを浮かべ、金色に輝く卵の上にじょうろを掲げる。

「こうだっ!」

 そして、じょうろを傾け水をかけ始めた。

「あー、小森。残念ながらそれは植物にしか効かねーんだ」
「む。そうなのか……。これだと思ったんだが」

 小森は諦めきれず、そう言いながらもまだ光る卵に水をかけ続けていた。
 包み込むように流れる水が絶え間なく光を屈折させて、きらきらと輝いている。

「でも、すごく綺麗ですね……これずっと見ていたいかも」
「たしかに。何だか気持ちが安らぐな」

 寂しい船上に現れた幻想的なイルミネーション。
 夜に見る焚き火のような暖かさと、まだ自分が形になる前から聞いていたかのような原初の音。
 三人は目が離すことが出来ず、しばらくの間ずっとそれを見続けていた。

「う、腕がしびれてきた……」
「小森さん。わたし、もうちょっと見ていたいです……」
「オレからも頼む」
「だれか変わってほしいな……」
「……」
「……」

 口数は少なくなっていき、三人は飽きるどころか、より一層卵に集中していた。

 そして、卵の鼓動が一瞬乱れ、ひときわ大きく振動した。
 卵を覆っていた水がパンッと弾けて小森たちに降りかかる。

「うおおお!?」
「こっこれは」
「きてます! きてます!」

 卵の鼓動が少しずつ大きくなっていく。
 心音のように穏やかだった音は、いつの間にか和太鼓を叩くような力強い音に変わっていた。

「はあっ、はあっ、どうしよっ、水このまんまでいいのか? もっと増やすか?」
「そのままが良いと思います! 増やしたらびっくりしちゃうかもっ」
「んん、こんなことあるのか……」

 卵が鼓動するたびに、水を浴びることになる。
 それでも三人はくっつきそうなくらいに卵に近づいていた。
 鼓動の音は雷が鳴っているかのように聞こえるほど。

「くっそー! がんばれーっ! がんばれーっ!」
「ひっひっふーっひっひっふーっ」
「あかりが息んでもしょうがないだろ……」

 卵は暴れるように動き始める。
 三人は示し合わせたように三方向に別れ、できるだけ優しく卵を抑えた。
 優しくといっても卵は力強く、気を抜けばそのまま転がって海に飛び込んでしまいそうだった。

 やがて、鼓動と同時にミシッミシッ、という新たな音が聞こえ始める。

「おいっ! うまれるぞ! ゴルゴンゾーラうまれる!」
「ひーっひーっひーっひひひ」
「ぐぬぬぬっ、すごいあばれるっ」

 ミシッ、ミシッ、メキッ。
 バリッ。

 バリバリッ。

『ピギャーッ!』

 卵の上半分がひび割れ、勢いよく飛竜のヒナが頭を出した。

「うおおおおおおやったーーーー俺がお母さんだぞおおおおゴルゴンゾーラああああ!!」
「私もお母さんですよー!!」
「えっ。じゃあオレもお母さんで」

 ゴルゴンゾーラは殻から這い出ると三人の顔を順番に見つめて、もう一声鳴いた。

『ピギャーッ!』

 ヒナと言えども、その大きさはあかりほど。故にそのいななきは船の帆を十分に震わせた。
 体色は朝日を受けて白銀に輝き、金色のたてがみは潮風になびいている。
 三日目の新しい朝が始まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y
ファンタジー
竜は、災害指定生物。 見つけ次第、討伐――のはずだった。 だが俺の前に現れたのは、 震える子竜と、役立たず扱いされたスキル―― 「スーパーのビニール袋」。 剣でも炎でもない。 シャカシャカ鳴る、ただの袋。 なのにその袋は、なぜか竜を落ち着かせる。 討伐か、保護か。 世界の常識と、ひとりの男の常識が衝突する。 これは―― ビニール袋から始まる、異世界保護ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...