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第4話 森の魔狼との契約
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森を抜けた先には、小さな谷が広がっていた。雨上がりの空気が清らかで、濡れた草が朝日に光っている。鳥の声が蘇り、先ほどまでの瘴気が嘘のように静謐な世界が広がっていた。だが、カイの胸中は穏やかではなかった。
「フェンリルト。」
名を呼ぶと、魔狼が振り返った。その金色の瞳は、どこか深く人を見透かすようだった。
「昨日のあれ……俺の力で腐敗の沼を浄化した。だけど、もしあれが“世界”を変えてしまったのなら、俺はどうすればいい。」
「お前は変えたのではない。」フェンリルトの低い声が答える。「正したのだ。歪んでいたものを、本来の形に戻した。それが世界適応の本質。心配するな。」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、俺は……怖い。」
リュミナがそっと近づく。「怖がることは、きっと正しい感情よ。力に飲み込まれないための大事な心。」
「……力そのものより、自分が何を選ぶか、ってことか。」カイは深く息をつき、空を仰いだ。白い雲が流れていく。それを見て少しだけ心が軽くなった。
麓の道を進むと、小さな街が見えてきた。木造の家並みと市場の喧騒。人々が笑い合い、子どもが駆け回っている。
「ここが……アルメリアか。」リュミナが微笑む。「この地方では最大の交易町。冒険者ギルドの分室もあるはず。」
「とはいえ、俺は追放者だ。名前を出せばすぐに噂が広まる。」
「問題ない。偽名を使えばいい。」フェンリルトが淡々と言った。「我が主の名を隠すなど、狼らしくはないが仕方あるまい。」
「じゃあ、“カイト”でいくか。」カイが冗談めかして言うとリュミナがくすっと笑う。「安直だけど可愛いじゃない。」
「おいおい、真面目に言ったんだけど。」
そんな軽口を交わしながら、三人はギルドの扉を開けた。
中は木造の梁がむき出しで、冒険者たちの笑い声と酒の匂いに満ちている。受付には茶髪の女性が座っており、書類を書きながら顔を上げた。
「いらっしゃい、新規登録? それとも依頼掲示の閲覧?」
「新規登録をお願いしたいんです。冒険者名は、カイト。」
カイが淡々と答えると、女性が微笑んだ。「本人確認だけさせてもらうわ。」
水晶板の端末に手を置くと、淡い光が走る。スキルが自動的に書き取られる仕組みだ。
一瞬、カイは焦った。このままでは“世界適応”の本質が見抜かれるかもしれない。
だが光が収まると、表示された文字はこうだった。
【職業:雑用士】
【スキル:雑用(レベル4)】
「へぇ、“雑用士”か。珍しいけど、サポート寄りね。」受付の女性が感心したように言う。
「でも、3人パーティでフェンリルトって魔獣を連れてるんだ? ペット登録しておく?」
「ペットじゃない。契約仲間だ。」カイの声に、フェンリルトが満足げに尻尾を振る。
「契約ね……珍しいわね、魔獣が自ら契約を望むなんて。」
「まあ、いろいろあったんですよ。」
登録が終わると、カイは依頼掲示板の前に立った。初級討伐や薬草採取の紙がずらりと並ぶ。
「これなんかどう?」リュミナが指した紙には「森狼三体の討伐」の文字。
「おい、狼相手に狼が行くのか?」カイが笑う。
フェンリルトが鼻を鳴らした。「同族だからこそ、示すべき牙がある。」
三人は東の狩猟区へ向かった。
森に入ると、すでに野生の狼の遠吠えが響いていた。フェンリルトが耳を立てる。「近い。群れだ。」
「俺、戦闘経験あんまりないんだけど……。」
「問題ない。お前は指揮を取れ。」フェンリルトが前に出る。その背中は頼もしく、黄金の毛並みが朝光にきらめいていた。
茂みの向こうから三体の狼が姿を現した。唸り声とともに牙を剥く。フェンリルトが威嚇の一歩を踏み出した瞬間、カイの視界に光の文字が浮かぶ。
【環境異常を検知】
【状況最適化──戦闘支援を展開】
風が一瞬で吹き変わり、敵の視界が霞む。フェンリルトの足元の地面がしなやかに締まり、跳躍力が倍増した。
「うおっ……!」フェンリルトの巨体が舞うように狼の群れに飛び込む。牙が走り、一体、二体と動かなくなった。
リュミナが光の矢を放ち、残った一体の脚を貫く。その瞬間、カイの腕の紋章が輝いた。
【対象:敵意低下/行動停止】
最後の一体が怯え、尻尾を巻いて逃げ去った。
息を整えたカイがフェンリルトに近寄ると、狼がひとつ咆哮を上げ、静かに頭を垂れた。
「見事だな。お前の力があれば、戦の形を問わずに勝てる。」
「いや、あれは偶然の……。」
「偶然ではない。」フェンリルトが断言した。「感じた。お前のスキルが戦場そのものを制御していた。世界を味方につけるような力だ。」
リュミナがそっと笑みを浮かべる。「それが、あなたの“世界適応”。生死を超えて調和させる力。」
「でも、まだ完全に制御できてない。」カイは拳を握った。「今は偶然頼みだ。訓練しないと。」
三人は討伐証拠を回収し、街に戻った。ギルドでは受付の女性が目を丸くした。
「この短時間で森狼三体!? 一体どうやって?」
「依頼の要領通りに、ちょっとした運が味方しただけですよ。」カイは曖昧に笑い、報酬袋を受け取った。
「初日でこれなら、すぐ昇級できるわね。雑用士でも侮れないわ。」
ギルドを出ると、夕暮れが街を朱色に染めていた。
「……こうして再び冒険ができるなんて、少し夢みたいだ。」
「夢じゃない。」リュミナが微笑む。「あなたが選んだ、現実。」
フェンリルトが空を見上げる。「カイ、我の契約を本契約に変えよう。」
「本契約?」
「我が魂をお前に結ぶ。戦のたび、力を分け合い、共に在る。代償は、お前の一部の魔力だ。」
「……そんな大事なことを、簡単に決めていいのか?」
「我は感じた。お前こそ、我が主にふさわしい。」
カイは迷った。だが、彼の中で何かが応えた。
「いいよ。俺も、お前を信じる。」
次の瞬間、二人の足元に金の陣が浮かんだ。風が巻き起こり、空気が震える。
「浄き契約により、力を交わす。名を呼べ、主よ。」
「――フェンリルト!」
光が爆ぜ、契約の証が両者の体に刻まれた。カイが息を吐くと、視界に新しい文字が現れる。
【新スキル派生:契約融合】
【補助効果:共闘時、能力値上昇・精神同調】
リュミナが目を見張る。「本当に魂の契約……こんな事例、聞いたことがない。」
「これで我らは一心同体。次の戦いでは、お前の力を我が爪が具現化する。」フェンリルトが誇らしげに胸を張った。
カイは笑った。かつて“無能”と呼ばれた自分が、いま最強の魔狼と対等の契約を交わしている。その事実が、胸の奥を熱く満たした。
「ありがとう、フェンリルト。これからも、頼む。」
「当然だ。我がお前の影となり、爪となろう。」
リュミナが二人の隣で、静かに頷いた。「これで、私たちはようやく“チーム”になれたのね。」
彼女の笑顔が、黄昏に照らされて美しく光っていた。
(続く)
「フェンリルト。」
名を呼ぶと、魔狼が振り返った。その金色の瞳は、どこか深く人を見透かすようだった。
「昨日のあれ……俺の力で腐敗の沼を浄化した。だけど、もしあれが“世界”を変えてしまったのなら、俺はどうすればいい。」
「お前は変えたのではない。」フェンリルトの低い声が答える。「正したのだ。歪んでいたものを、本来の形に戻した。それが世界適応の本質。心配するな。」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、俺は……怖い。」
リュミナがそっと近づく。「怖がることは、きっと正しい感情よ。力に飲み込まれないための大事な心。」
「……力そのものより、自分が何を選ぶか、ってことか。」カイは深く息をつき、空を仰いだ。白い雲が流れていく。それを見て少しだけ心が軽くなった。
麓の道を進むと、小さな街が見えてきた。木造の家並みと市場の喧騒。人々が笑い合い、子どもが駆け回っている。
「ここが……アルメリアか。」リュミナが微笑む。「この地方では最大の交易町。冒険者ギルドの分室もあるはず。」
「とはいえ、俺は追放者だ。名前を出せばすぐに噂が広まる。」
「問題ない。偽名を使えばいい。」フェンリルトが淡々と言った。「我が主の名を隠すなど、狼らしくはないが仕方あるまい。」
「じゃあ、“カイト”でいくか。」カイが冗談めかして言うとリュミナがくすっと笑う。「安直だけど可愛いじゃない。」
「おいおい、真面目に言ったんだけど。」
そんな軽口を交わしながら、三人はギルドの扉を開けた。
中は木造の梁がむき出しで、冒険者たちの笑い声と酒の匂いに満ちている。受付には茶髪の女性が座っており、書類を書きながら顔を上げた。
「いらっしゃい、新規登録? それとも依頼掲示の閲覧?」
「新規登録をお願いしたいんです。冒険者名は、カイト。」
カイが淡々と答えると、女性が微笑んだ。「本人確認だけさせてもらうわ。」
水晶板の端末に手を置くと、淡い光が走る。スキルが自動的に書き取られる仕組みだ。
一瞬、カイは焦った。このままでは“世界適応”の本質が見抜かれるかもしれない。
だが光が収まると、表示された文字はこうだった。
【職業:雑用士】
【スキル:雑用(レベル4)】
「へぇ、“雑用士”か。珍しいけど、サポート寄りね。」受付の女性が感心したように言う。
「でも、3人パーティでフェンリルトって魔獣を連れてるんだ? ペット登録しておく?」
「ペットじゃない。契約仲間だ。」カイの声に、フェンリルトが満足げに尻尾を振る。
「契約ね……珍しいわね、魔獣が自ら契約を望むなんて。」
「まあ、いろいろあったんですよ。」
登録が終わると、カイは依頼掲示板の前に立った。初級討伐や薬草採取の紙がずらりと並ぶ。
「これなんかどう?」リュミナが指した紙には「森狼三体の討伐」の文字。
「おい、狼相手に狼が行くのか?」カイが笑う。
フェンリルトが鼻を鳴らした。「同族だからこそ、示すべき牙がある。」
三人は東の狩猟区へ向かった。
森に入ると、すでに野生の狼の遠吠えが響いていた。フェンリルトが耳を立てる。「近い。群れだ。」
「俺、戦闘経験あんまりないんだけど……。」
「問題ない。お前は指揮を取れ。」フェンリルトが前に出る。その背中は頼もしく、黄金の毛並みが朝光にきらめいていた。
茂みの向こうから三体の狼が姿を現した。唸り声とともに牙を剥く。フェンリルトが威嚇の一歩を踏み出した瞬間、カイの視界に光の文字が浮かぶ。
【環境異常を検知】
【状況最適化──戦闘支援を展開】
風が一瞬で吹き変わり、敵の視界が霞む。フェンリルトの足元の地面がしなやかに締まり、跳躍力が倍増した。
「うおっ……!」フェンリルトの巨体が舞うように狼の群れに飛び込む。牙が走り、一体、二体と動かなくなった。
リュミナが光の矢を放ち、残った一体の脚を貫く。その瞬間、カイの腕の紋章が輝いた。
【対象:敵意低下/行動停止】
最後の一体が怯え、尻尾を巻いて逃げ去った。
息を整えたカイがフェンリルトに近寄ると、狼がひとつ咆哮を上げ、静かに頭を垂れた。
「見事だな。お前の力があれば、戦の形を問わずに勝てる。」
「いや、あれは偶然の……。」
「偶然ではない。」フェンリルトが断言した。「感じた。お前のスキルが戦場そのものを制御していた。世界を味方につけるような力だ。」
リュミナがそっと笑みを浮かべる。「それが、あなたの“世界適応”。生死を超えて調和させる力。」
「でも、まだ完全に制御できてない。」カイは拳を握った。「今は偶然頼みだ。訓練しないと。」
三人は討伐証拠を回収し、街に戻った。ギルドでは受付の女性が目を丸くした。
「この短時間で森狼三体!? 一体どうやって?」
「依頼の要領通りに、ちょっとした運が味方しただけですよ。」カイは曖昧に笑い、報酬袋を受け取った。
「初日でこれなら、すぐ昇級できるわね。雑用士でも侮れないわ。」
ギルドを出ると、夕暮れが街を朱色に染めていた。
「……こうして再び冒険ができるなんて、少し夢みたいだ。」
「夢じゃない。」リュミナが微笑む。「あなたが選んだ、現実。」
フェンリルトが空を見上げる。「カイ、我の契約を本契約に変えよう。」
「本契約?」
「我が魂をお前に結ぶ。戦のたび、力を分け合い、共に在る。代償は、お前の一部の魔力だ。」
「……そんな大事なことを、簡単に決めていいのか?」
「我は感じた。お前こそ、我が主にふさわしい。」
カイは迷った。だが、彼の中で何かが応えた。
「いいよ。俺も、お前を信じる。」
次の瞬間、二人の足元に金の陣が浮かんだ。風が巻き起こり、空気が震える。
「浄き契約により、力を交わす。名を呼べ、主よ。」
「――フェンリルト!」
光が爆ぜ、契約の証が両者の体に刻まれた。カイが息を吐くと、視界に新しい文字が現れる。
【新スキル派生:契約融合】
【補助効果:共闘時、能力値上昇・精神同調】
リュミナが目を見張る。「本当に魂の契約……こんな事例、聞いたことがない。」
「これで我らは一心同体。次の戦いでは、お前の力を我が爪が具現化する。」フェンリルトが誇らしげに胸を張った。
カイは笑った。かつて“無能”と呼ばれた自分が、いま最強の魔狼と対等の契約を交わしている。その事実が、胸の奥を熱く満たした。
「ありがとう、フェンリルト。これからも、頼む。」
「当然だ。我がお前の影となり、爪となろう。」
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