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淑女の嗜みはガトリングですわ
在庫がゼロ?なら市場ごと買いますわ!
しおりを挟む北域の荒野を「更地」へとリフォームし終えたセシリアは、鼻歌混じりに愛用の日傘を回しながら、王都『シュトラール』の巨大な城門へと辿り着いた。
そこは、このゲーム『WOK』の最大拠点。数万人のプレイヤーがひしめき合い、常に喧騒の絶えない「文明の象徴」である。
『はぁ……。やっと着いた。オークの野郎どもに追い回されて、死ぬかと思ったぜ……』
『おい、並べよ! 入城チェックにあと三十分はかかるぞ!』
門の前には、泥にまみれ、装備をボロボロにしたプレイヤーたちの長蛇の列ができていた。
彼らは一日の冒険で得た微々たる素材を換金し、明日のポーション代を捻出するために、苛立ちを隠せずに並んでいる。
そんな「平民」たちの列を、セシリアは一瞥すらしない。
「あらあら……。あのような場所で、わざわざ立ち枯れるのを待つなんて、皆様は随分と忍耐強いなんですのね」
セシリアが向かったのは、一般の入城門から大きく離れた場所にある、一面が純金で装飾された「特殊な門」だった。
『おい、見ろよ。あのお嬢様、まさか……』
『バカ言え、あれは『黄金の特急レーン(ゴールド・パス)』だぞ! 一回の通行料だけで|百万ゴールドも持っていかれる、運営の悪ふざけみたいな場所だ!』
ざわつくプレイヤーたちを余所に、セシリアは門の前に設置された魔法の認証盤に、細い指先を滑らせる。
【ようこそ、VIP、セシリア様。本日二度目のご入城、誠にありがとうございます!】
空中に展開されたのは、虹色に輝く最高級の決済ウィンドウ。
セシリアが躊躇なく「一括決済」のボタンをタップすると、重厚な黄金の門が、まるでお嬢様を歓迎するように軽やかな音を立てて開いた。
『百万ゴールド……。俺たちの半年分の稼ぎが、一瞬で……』
『……あのお嬢様、ログインしてるだけで国家予算が動いてるんじゃないか?』
絶望と羨望が入り混じた視線を背中で受け流しながら、セシリアは一歩、王都の石畳を踏みしめる。
彼女にとっての百万ゴールドは、道端に落ちている石ころとさして変わらない価値しかない。
「一万発撃ち尽くした後は、やはり喉が渇きますわね。……ですが、お茶をいただく前に、まずはガトリング砲のチャージを済ませませんと」
彼女は優雅に日傘を差し直し、王都で最も「金に汚い」と言われる職人の住む、裏通りへと足を進めた。
王都『シュトラール』のきらびやかな表通りから外れ、薄暗い路地裏にひっそりと佇む一軒の店。看板には『鉄と魔力の天秤亭』と刻まれている。
その店は、伝説級の武器や、扱いが難しすぎて「産廃」と名高い魔導兵器のメンテナンスを引き受ける、知る人ぞ知る超高級工房だった。
「ごめんあそばせ。……少し、お掃除用具の機嫌が悪くなってしまいましたの。最高級の『弾丸』を頂戴したいのですけれど」
カツン、とヒールを鳴らして入店したセシリアに対し、カウンターの奥で巨大な鉄槌を振るっていたドワーフの店主、バレットは顔も上げずに鼻で笑った。
『……見かけねえ顔だな。ガキの遊び場じゃねえんだ、帰りな、お嬢ちゃん』
だが、セシリアがインベントリからドスンと『ミリオネア・ジャスティス』を突き出した瞬間、バレットの目が点になった。
『……ッ!? おい、そいつは公式が『運営の嫌がらせ』で実装した、機動力ゼロの欠陥品じゃねえか。……正気かよ。そんな金食い虫の産廃を動かす特注弾なんて、王都中の在庫をかき集めたって百発もありゃしねえ。一分もありゃ空っぽだ。悪いが、うちじゃ扱えねえよ』
バレットは吐き捨てるように言い、再び作業に戻ろうとする。
だが、セシリアは怒るどころか、扇子をパチンと優雅に閉じ、その唇に慈悲深い微笑みを浮かべた。
「あら。……在庫がないなら、今この場で作らせればよろしいのではなくて?」
『はあ? 何言ってやがる。素材の魔導銀も黄金結晶も、今は市場にすら出回ってねえ超希少品なんだぞ。金がありゃ作れるってもんじゃ――』
バレットの言葉を遮ったのは、軽やかな、しかし無慈悲なまでの電子音の連打だった。
セシリアの周囲に、黄金色に輝く仮想ウィンドウが数千枚、蝶の羽ばたきのように展開される。
「オークション会場の全在庫、および各商会の倉庫に眠る素材を――『時価の十倍』で指値一括買い占め。……えぇ、もちろん承認いたしますわ」
その瞬間、一般プレイヤーたちの視界にある「マーケット相場」のグラフが、垂直に近い角度で跳ね上がる。
【緊急告知:素材【魔導銀】の価格が1,000%上昇しました】
【不具合報告:ポーションの空き瓶が時価十万ゴールドを突破しました】
街中の広場から『嘘だろ!?』『素材が買えねえ!』『誰だよ買い占めてるバカは!』という絶望の叫びが聞こえてくる中。
『天秤亭』の床に、魔法陣を通じた転送の光が溢れ出した。
店内に山積みになる、最高級のレア素材。
それは、一人の少女が気まぐれに投じた「数億ゴールド」という暴力が、王都の経済を蹂躙して集めてきた戦利品だった。
「……さあ、店主。材料は揃いましたわ。わたくし、待たされるのは嫌いですの。今すぐ、黄金の弾丸を一万発……いいえ、十万発ほど精製してくださる?」
バレットは持っていた鉄槌を床に落とした。
『……な、十万発だと……? おい、正気かよ。そんな数、うちの精製釜をフル稼働させても一週間は――』
「――追加で一億ゴールド、『特急工賃』として決済いたしましたわ。一時間以内に、最初のロットを納品なさい」
セシリアは、腰を抜かしたバレットの鼻先に、白手袋を嵌めた指先を突きつけた。
『わ、分かりました、やります、やらせていただきますお嬢様ぁ!』
かつての頑固職人はどこへやら。バレットは泣きながら精製釜に火を焚べ、黄金の弾丸を打ち出し始めた。
その規則正しい駆動音を背に、セシリアは満足げに頷き、再び日傘を差して店を後にする。
「……さて。弾丸の準備ができるまで、少々お時間が空いてしまいましたわね」
彼女が歩き出したのは、王都の中央にそびえ立つ、冒険者ギルドの本部。
だが、彼女が目指すのは、冒険者たちがたむろする一階の受付ではない。
一回の利用料だけで、一般プレイヤーが一生遊んで暮らせるほどの会費を要求する、最上階の――貴賓室だ。
「せっかく新調するのですもの。……試し撃ちには、それ相応の『頑丈なゴミ』が必要ではなくて?」
一階の喧騒が嘘のように静まり返ったその部屋で、セシリアはふかふかのソファに身を沈め、差し出された最高級のシャンパンを一口含んだ。
「あら……。この銘柄、先月より少しだけ酸味が強いですわね。……まぁ、いいですわ。それよりも、わたくしの『退屈』を掃除してくれる、質の良いゴミの情報は集まりまして?」
目の前で直立不動になっているギルドの幹部職員が、冷や汗を拭いながらタブレット型の魔導端末を差し出した。
『は、はい! セシリア様。現在、この大陸で最も『頑丈』と目される個体……いえ、不燃ゴミのリストを作成いたしました』
セシリアは、差し出されたホログラムを、まるで宝石のカタログでも眺めるような無関心さでスワイプしていく。
「……ドラゴン? 火を吹くトカゲなんて、掃除しても灰が散らばるだけですわ。……アンデッド・キング? 不潔ですわね、除菌が大変そうですわ。……もっとこう、わたくしの『黄金の弾丸』を、一分間は受け止められるような……歯ごたえのあるゴミはございませんの?」
『は、はい! 今すぐ確認します!』
彼は震える指で、一つの真っ赤な警告マークが躍るファイルを提示した。
『……そ、それでしたら。北域の果て、|忘却の氷壁に座する……。数千人のトッププレイヤーを返り討ちにし、数年間一人の死傷者も出さずに『完全踏破不能』とされている……。金剛不壊の要塞竜はいかがでしょうか』
画面に映し出されたのは、標高数千メートルの山をそのまま背負ったかのような、鋼鉄の鱗を持つ巨大な竜だった。
物理攻撃無効、魔法耐性極大。ただそこに存在するだけで「動く要塞」と称される、絶望の具現。
セシリアは、その醜悪で強固な姿を見た瞬間、満足げに目を細めた。
「あら、この子……。中々いい鋼鉄の色をしていますわね。……わたくしの黄金の弾丸が、何発耐えられるかしら? 試射(テスト)にはちょうど良さそうですわね」
一時間後。
王都『シュトラール』の裏通りにある『鉄と魔力の天樽亭』には、精魂尽き果てて床に転がる一人の職人と、その横で不気味なほどの輝きを放つ、数十本の給弾ベルト。
それは、王都中のレア素材を溶かし、一億ゴールドの特急工賃で叩き上げられた、特注の『黄金魔導追尾弾』十万発の山。
「あら。……中々、良い焼き色に仕上がっていますわね」
セシリアは、その黄金のベルトを愛銃『ミリオネア・ジャスティス』へと連結させた。
彼女は、十万発という途方もない重さを、課金ブーストによるステータス強化で羽毛のように軽々と背負い直した。
肩に預けた日傘を広げ、彼女は鏡に映る自分の姿を満足げにチェックする。
「……あらあら。少しだけ、弾薬の重みでドレスのラインが崩れてしまいましたわね。……まあ、よろしいですわ。あの子を掃除した後に、新しい一着を買い付ければ済む話ですもの」
彼女の視線の先には、窓の外に広がる北域の雪山。
数千人のプレイヤーを絶望させた『要塞竜』が、自分の価値を「弾丸の耐久テスト」にまで落とされるとは夢にも思わず、眠っている場所だ。
「次は、もう少し『爆発力の高い』金の使い方をしたいものですわ。……さあ、次のゴミ捨て場へ向かいましょうか」
ヒールの音を響かせ、お嬢様は再び戦場へと歩み出す。
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