今夜、月明りが照らす教室で

蒼井 くじら

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反逆の手紙

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 復讐の決行日は天候と相談し、三日後――満月の夜に決定。
 
 それにあたって、久遠は一通の手紙を綾乃に書かせた。


『三年二組の全生徒に告ぐ。お前たちは人間として最低だ。だから、私も最低なやり方でお前たちに復讐することを決めた。お前たちがこれまで私にしてきたイジメ。その実態を証拠付きで教育委員会とマスコミに告白する。そのうえで、顔写真付きのクラス名簿をネット上にバラまいてやるつもりだ。私と同じように、お前たちの将来に一生消えない傷を刻み込んでやる。
 それが嫌ならクラス全員で私に謝罪しろ。その機会は設けてやるが、チャンスは一度だけだ。明日の夜八時、学校の正面玄関前で待つ。もし、誰か一人でも欠けていたり、一分でも遅れたりした場合は話し合いの余地はない。必ずクラス全員で来い。以上』

 
 満月の前日。
 
 久遠はこの手紙を「三崎さんから頼まれた」と言って、カースト最上位の二人――瀬戸一弥と相馬玲菜に渡した。手紙を読んだ彼らは、二人とも同じ反応を見せる。驚きで表情を強張らせ、その後、強い怒りを滲ませた。
 
 当然の反応だ。彼らにしてみれば、いじめられっ子の反逆など到底許せるものではないのだから。
 
 だが、彼らの怒りに対しても久遠は先手を打っていた。
 
 綾乃には、今日と明日は学校を休むよう指示してある。
 
 綾乃が学校にいない以上、彼らの対応は後手に回らざるを得ない。
 
 そして、彼らが取った対応は、まさに久遠の思惑通りのものだった。
 
 その日の放課後。
 
 担任がクラスを出ていくと、玲菜が大声で帰ろうとする者たちを呼び止め、クラス全員を教室の中央に集めた。勿論、久遠もその輪に混ざる。


「三崎からの手紙だ。とりあえず全員読め」
 

 全員が集まったところで、一弥が机の上に綾乃からの手紙を放る。
 
 手紙を読んだクラスメイトたちからは「マジかよ……」「ヤバくない? これ……」「ふざけんなよ! 三崎の奴!」「ほんと、何様って感じだよね。あいつ」といった驚きや怒りの声が次々に上がった。


「全員読んだか? それで、どうするかだが――」
「つかさ、こんなの無視で良くない? あいつにイジメを告白する度胸なんて無いっしょ。証拠があるっていうのも怪しいし、私らが言いなりになる必要なんてないって!」
 

 そう提案したのは、玲菜だった。
 
 そんな玲菜の意見に、多数の生徒が同調する。


「そうそう! 絶対ポーズだけだよ、これ」
「そんな勇気があるなら、とっくに自殺してんじゃない?」
「めんどくせーし、ほっときゃいいだろ。俺、明日、塾あるしさー」
「あ、私も、私も~」
 

 どうやら玲菜をはじめ多くのクラスメイトたちは、この手紙を本気にしていないようだ。中には、自分の予定を優先しようとする者さえいる。
 
 だが、そんな中で一弥は難しい顔で手紙を睨みつけながら、


「いや、三崎の奴は本気かもしれねえ」
 

 と、呟いた。


「えー、どうして?」
 

 玲菜は不満そうな目を一弥に向ける。


「そもそも、あの三崎がこんな手紙を書くこと自体普通じゃねえだろ。それに、転校生を伝言役に選んだうえで自分は欠席するあたり、かなり用意周到に計画している感じがする。それはつまり、生半可な覚悟じゃねえってことだ。俺たち全員の将来を本気で潰す覚悟ができてる、ってことかもしれねえ」
 

 そんな一弥の言葉を聞いたクラスメイトたち(主にずっと見て見ぬ振りをしてきた連中)からは、


「それってヤバいじゃん……」
「教育委員会にも言うって書いてあったし、内申にも大きく響くんじゃ……」
「それよりマスコミとネットだろ。拡散したら俺たちずっと後ろ指差されながら生きていかなきゃいけなくなるかも……」
 

 と、不安そうな声が漏れる。しまいには、


「お前らがやり過ぎたせいだろ! 関係ない俺たちを巻き込むなよ!」
「はあ? お前だって見て笑ってただろうが!」
 

 という責任のなすりつけ合いが始まった。
 
 クラス内が騒然とし、収拾がつかない状態になる。だが――。


「黙れ!」
 

 騒ぐクラスメイトたちを、一弥はたった一言で鎮圧した。


「これくらいで騒ぐな! それから手紙をよく読め! 三崎が本当に望んでいるのは俺たちを潰すことじゃなくて、話し合いでの解決だ」
「じゃあ、なに? 一弥はあいつの言う通りにして、大人しく頭を下げろって言うの? 私は嫌だよ。なんであんな奴に謝らなきゃいけないの」
 

 玲菜がムっとした顔で言い返す。


「お前は救いようがねえ馬鹿だな、相馬。なんでこの手紙一つで俺たちがこんなに慌てふためいているのか考えろ。一番の問題は、今この場に三崎がいねえってことだ。ここにあいつがいれば、脅しでも何でもして言うことをきかせるのは簡単だろうがよ」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
「あいつが俺たちの目の前に出てくりゃ、あとは何とでもなる。向こうが話し合いを望むっていうなら、むしろ好都合だ。ノコノコ出てきたところで、二度と俺たちに逆らおうなんて考えないよう徹底的に心を折ればいい。お前の得意分野だろ」
「あー、なるほど。言う通りにする振りをして後から……ってわけね。はは、こりゃ『ハナシアイ』の後は綾乃にとって地獄になりそうだね~」
 

 玲菜が楽しそうに笑うと、周りのクラスメイトたちにもどこか安堵した空気が広がった。
 
 この期に及んでも、彼らの頭に『イジメをやめる』という選択肢はないらしい。そして、他の生徒たちからも「もうイジメをやめよう」という声は上がらない。
 
 久遠には、それこそが三年二組に蠢く諸悪の根源であるように思えた。
 
 だが、同時に「それでいい」とも思う。
 
 そもそもこの程度で「じゃあ、イジメはやめて仲直りするか」となるクラスなら、久遠は今この場にいないのだ。
 
 純度の高い恨みを生むのは、同じくらい純粋で強大な悪意。
 
 この両方をすくい取り、物語の形に仕立て上げることが、久遠の存在意義である。


「明日、三崎が登校すれば、ふんじばってそれで終わり。もし欠席するようなら、面倒だがここに書かれている通り八時に玄関前に集まるしかねえ。とりあえず、明日の夜は全員予定を空けておけよ」
「明日は塾なんだけど……」
「一日くらい休め。まあ、ここにいる全員の責任を取れるっていうなら、塾に行くなり好きにすればいいがな」
 

 一弥に睨まれた男子生徒は、それ以上何も言えなくなった。否、その男子生徒だけではなく、それ以上口を開こうとする者は皆無だった。おそらく「行かなければ次のイジメの標的にされる」と誰もが思ったのだろう。


(上手くいったな。これで明日の夜はちゃんとクラス全員集まるだろう)
 

 予定通りに事が運び、久遠はひとまず安心する。


「もう何もないな。俺はこれで帰らせてもらう。その手紙は誰か処分しとけ」
 

 吐き捨てるように言うと、一弥は鞄を取って教室を出ていった。


「それじゃあ、私も帰ろ~っと。どうやって心を折るか考えとかなきゃだね」
 

 悪い笑みを残して、玲菜も取り巻きを引きつれて帰っていった。
 
 そんな彼らを追うようにして、委員長である優子も教室を出ていく。
 
 久遠は少し気になったが、


「なあ、皆月」
 

 その時ちょうど健人に声を掛けられた。



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