伝説の勇者(仮)の道具屋ライフ

蒼井 くじら

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パンツの魔力

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 とぼとぼとリヤカーを押すヴァル。
 自分が情けなくて、自然と溜息が漏れた。

「ああ、なんでこんなモヤモヤするんだよ! 少し前まではこんなこと――うん?」
 
 その時、ヴァルの目に川べりで遊んでいる子供たちの姿が飛び込んできた。
 遊んでいたのは四人の男の子たち。
 先頭の子は風呂敷を首に巻き、手に長い木の棒を持っている。
 彼らを見た瞬間、ヴァルは胸の疼きを覚える。
 ヴァルの中で懐かしい記憶が呼び起され、自然と頬が緩むのを感じた。
(あいつら、アレだよな。きっとアレで遊んでんだよな。くぅ~~~、俺も混ざりて~)
 ヴァルはいよいよ我慢できなくなるり、リヤカーを道端に置いて子供たちの元へと向かった。

「よお」
 
 ヴァルが声を掛けると、四人の子供たちは一斉にヴァルの方へ顔を向ける。

「あっ! ヴァルだ! 勇者のくせに道具屋やってるヴァルだー!」
 
 その中の一人がヴァルを指さして大声で叫んだ。
 子供たちはいつだって本気だ。
 いつだって本気で容赦がない……。
 心にダメージを負ったヴァルだが、くじけずに笑顔を作って話し掛ける。

「お前たち、ここで何してたんだ?」
「見れば分かるだろ! 『冒険ごっこ』だよ」
 
 冒険ごっこ――なんと甘美な響きだろうか。
 沈んでいたヴァルの心に爽やかな風が吹き抜けた。

「ちなみに今は俺が勇者な!」
 
 首に風呂敷を巻いた子が自慢げに話す。
 この懐かしいワクワク感――ヴァルはもう限界だった。

「よおし、それなら俺も混ざってやるよ!」
「えー、なんでだよ? ヴァルはもう大人だろ?」
「ばっかだなあ。俺は『冒険ごっこ』のプロだぞ! 俺が加われば、十倍は面白くなるんだって! だから、ごちゃごちゃ言わないで混ぜろよー。親や先生にも『仲間外れはいけません!』って教わっただろ?」
 
 ヴァルがそう言うと、子供たち四人はコソコソと相談を始めた。

「どうする?」
「てか、なんで俺たちに混ざりたいんだよ」
「たぶん、王様に勇者として認めてもらえなかったからじゃないかな」
「ヴァルもストレスが溜まってるんだよ」
「しゃーねーな、なんか可哀相だし混ぜてやるか」
「ちょうど敵役も欲しかったし、ヴァルにやってもらおうぜ」
「そうだな、じゃあ混ぜるけどヴァルはモンスター役ってことで」
 
 いくつか聞き捨てならない言葉もあったような気がしたが、最終的にヴァルは子供たちの冒険ごっこに混ぜてもらえることになった。
 そして無論、ヴァルにモンスター役をやる気など微塵もなかった。

「じゃあ、ヴァルはモンスター役で、俺たちがあそこを通りかかったら、茂みの奥から――」
「ちょっと待ってくれ! 配役はちゃんと話し合いで決めるべきじゃないか? 相応しい人間が相応しい役をやってこそ、冒険は盛り上がるってもんだ」
「なんだよ、それ!? 俺、さっき勇者になったばかりなんだぜ」
「まあ、しょうがない。『新しい人間が入ってきたらゼロから』っていうのは遊びの基本ルールだからな。じゃあ、この中で勇者の役をやりたい人は手を上げてー」
 
 ごねられないようにヴァルは素早く話を進める。
 案の定、ヴァルを含めた五人全員が手を上げた。
 予想通りの展開に、ヴァルは心の中で笑う。

「みんな勇者をやりたいのかー。うーん、困ったなー。でも、この中で誰が一番勇者に相応しいかって考えたら、やっぱり俺だろうな。だって……」
 
 ヴァルは得意げに、手の甲にある《戦勇の紋章》を子供たちに見せつける。

「この中で俺以外に紋章を授かった人いる? いないなら勇者は俺で決まりだな!」
「き、汚いぞ、ヴァル!」
「それが勇者のやることかよ!」
「ハハハハハ、何とでも言うがいい。勇者は必ず勝たねばならぬのだ。いや、勝った者が勇者なのだ!」
 
 子供たちは口々にヴァルを罵倒する。
 しかし、ヴァルは高笑いでもって彼らの非難をかき消した。
 相手は所詮子供。
 年長者のヴァルが口で負けるわけがない。
 そう思っていたのだが――。

「なあ、ヴァル。ヴァルはさっきこれが『遊び』だって言ったよな? だったら、紋章もナシだろ。だって俺たちはラビリンスに行くわけじゃないんだから」
「う……そ、それは……」
 
 子供たちの中の一人が、鋭い突っ込みを入れてきた。
 指摘が的確でヴァルは返答に窮してしまう。
 他の子供たちからも「そうだ! そうだ!」という声が上がる。
 こうなってしまっては、ヴァルも力押しを断念せざるを得ない。

「じゃあ、どうやって勇者を決めるんだ?」
「ジャンケンでいいじゃん。俺たち、いつも揉めたらジャンケンだぜ」
 
 確かに、最もシンプルで平等な決め方である。
 しかし、それではヴァルが勇者になれる確率は単純に五分の一になってしまう。
 悩んだが、そこでまたヴァルに一つの悪知恵が浮かんだ。

「よし、分かった! 俺も男だ。平等にジャンケン一発勝負で決めよう。いくぞ! 最初はグー、じゃ~んけん――」
 
 結果、ジャンケンに勝ったのは、先ほどまで勇者をやっていた風呂敷マントの子だった。
 ヴァルは負けたが、それは別に構わなかった。
 ヴァルにはまだ、彼ら男の子に対する秘策が残っていたから。

「よーし、俺の勝ちー! じゃあ、俺が勇者な! 後の奴は――」
「まあ、ちょっと待て! ちょっとこっちへ来て男同士の話し合いをしようじゃないか」
 
ヴァルは子供たちを呼び集めて、輪になってしゃがむ。

「なんだよ、ヴァル」
「俺と取引をしないか?」
「取引? どうせお菓子かジュースを買ってやるから勇者をやらせろって言うんだろ? 残念だったな! 俺たちはもうそんなガキじゃねえんだよ!」
「そうじゃねえよ。お前たちみんな、リズ姉ちゃんのこと好きだろ?」
 
 四人の子供たちは、ドキっと驚いた顔をして、全員頬を赤らめた。
 どうやら、ヴァルの読みは当たっていたらしい。
 リズは面倒見が良い性格なので、年下の子たちからの人気も高い。
 つまり、彼らくらいの年齢の子からすると、リズは『憧れの近所の綺麗なお姉さん』になるわけだ。

「べ、別にそんなこと思ってねえよ! なに言ってんだよ、ヴァルのスケベ!」
 
他の子供たちも「別に好きじゃねえよ!」と彼に同調する。
 だが、その反応が最早ヴァルの狙い通りである。
 彼らが今歩んでいる道は、ヴァルがかつて歩んだ道なのだから。
 故に、どう対処すべきか熟知している。

「ほほう、そうかそうか。じゃあ、今からする話は無しでいいよ。うん、無し無し~」
 
 ヴァルはわざとらしく言って、立ち上がる。
 すると、子供たちは慌てて止めにきた。
 まさにヴァルの思惑通りである。

「なんだよ? 別に好きでもなんでもないんだろ?」
「い、一応、話くらいは聞いてやるよ。リズ姉ちゃんが何なんだよ?」
 
 顔を真っ赤にして尋ねてくる風呂敷少年を見て、ヴァルは勝利を確信した。

「もし俺に勇者をやらせてくれるなら、リズ姉ちゃんのパンツをお前たちに見せてやろう」
「リ、リズ姉ちゃんの、パンツ……」
 
 四人の純真な子どもたちの脳裏に、リズの破廉恥な姿が浮かんだことは、容易に想像できた。

「俺とリズは幼馴染だからな。頼めば何とかなるかもしれないし、ダメでもこっそり拝借することくらいは俺にとって容易いことだ」
 
 実際、頼んで何とかできることでもないし、拝借するのも困難極まるが、ヴァルはハッタリをかます。
 四人の心は間違いなく揺れ動いている様子だった。

「まあ、四人で相談が必要ならゆっくり話し合ってくれ。時間はたっぷりあるからな」
「わ、分かった……」
 
 子供たち輪になってヒソヒソと相談を始める。
 しかし、その表情を見る限り、この誘惑に抗えるとは到底思えなかった。
 まあ、それも致し方ないだろう。
 彼らだって男の子なのだから。

「フハハハハハ、やはり所詮は子供よのう。パンツの欲望には抗えぬか。これで勇者の座は俺のも――」
「パンツの欲望って何なの、ヴァル?」
 
 魔王のような笑い声を上げるヴァルに、背後から声がかかる。
 振り返ると、そこには買い物かごをぶらさげたリズが立っていた。

「げっ、リ、リズ!? な、なんでこんなところに?」
「道具屋のリヤカーが置き去っぱなしになってたから気になって来てみたの。あんた、仕事さぼって何やってんの?」
「あ、いや、これはその……」
「リズ姉ちゃんーーーー!!」
 
 ヴァルが困惑していると、子供たち四人がリズに泣きついた。

「どうしたの、あなたたち? 何かあったの?」
「俺たち四人で遊んでたんだ」
「楽しく冒険ごっこをして」
「そしたら、そこにヴァルが来て」
「俺に勇者をやらせろって」

 一切の無駄なく事実を告げる子供たち。
 それを聞いたリズは、ジト目でヴァルを睨んできた。

「あんたねえ……こんな小さい子相手に恥ずかしいとか思わないわけ?」
「ま、待てって。べ、別に無理やり勇者の役を奪ったわけじゃ……」
「俺たちみんな『勇者やりたい』って言ったのに」
「紋章を見せてきて」
「俺が一番勇者に相応しいから」
「俺に勇者をやらせろって」
 
 お前たちの完璧に統率の取れた連携は何なんだよ、とヴァルは心の中で叫ぶ。
 一方、リズのヴァルを見る目は、もはや害虫を見るようなものへと変貌していた。

「どこまで大人気ないの、あんたは! 少しはこの子たちの気持ちも考えてあげなさいよ!」
「ち、違うって! ちゃんと最後はジャンケンにしたんだ!」
「俺がジャンケンに勝ったら」
「俺たちは『そんなの良くないよ』って言ったのに」
「リズ姉ちゃんのパンツ盗ってきてやるから」
「俺に勇者をやらせろって」
「お、おい、お前ら! いくらなんでもそれは卑怯だぞ! お前らだって――ハッ!」
 
 目の前に鬼がいた。

「ヴァ~ル~、一体どういうことなのかな~?」
 
 笑顔なのが余計に恐ろしかった。

「お、落ち着けって、リズ! せ、せめて『これから殴りますよ』って感じで指をポキポキさせるのはやめよう。うん、やめたほうがいい」
「じゃあ、足にしてあげようか。でも、その前に言い訳があるなら一応聞いてあげる」
「い、言い訳っていうか、パンツくらいでそんなに怒るなよ。それにリズのパンツ一枚で俺が勇者になれるなら安いもん――ッ!?」
 
瞬間、リズの目がカッと見開かれ、彼女の身体が宙にまった。

「あんたは私のパンツを何だと思ってんだ!!」
 
 翻るスカート。
 そんな状態でドロップキックを繰り出してきたものだから、

「あっ、白――ぶばっ!!」
 
 純白の三角形が見えた瞬間、ヴァルの顔面にリズの足がめり込む。
 ヴァルは蹴り飛ばされながら思う。
 あの角度なら子供たちにもリズのパンツが見えたはずだ。
 子供たちに夢を与える。
 そんな勇者の役目を果たしたのだ、と。



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