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アメリア=レッドストーン2
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どんなに辛いことがあったとて、朝は必ずやってくる。
そして、朝がやってくる以上、道具屋を開けねばならない。
だが、カウンターに立つヴァルはいつになく暗い気分だった。
特に、あの魔導師に言われたことを思い出すと、叫びたくなる衝動に駆られてしまう。
言葉の内容はキツかった。
けれど、ヴァルが苛立ちを感じていたのはそこではない。
悔しい。腹が立つ。見返してやりたい。
そう思っても今のヴァルには、できることが何もないのだ。見返すならあの魔導師の目玉が飛び出るくらいの功績をあげるしかない。けれど、勇者としての旅立ちが禁じられているヴァルでは、チャレンジすらできないのが現状。
そのことがヴァルをイライラさせる。
「あ~、くそっ! むしゃくしゃする!」
ヴァルは頭を掻きむしった手で、カウンターを叩く。
閉塞感から来る怒り。
だが、ヴァルの心を最も落ち込ませていたものは……。
「おー、荒れてんな、ヴァル」
その時、ロイドが店に入ってきた。
いつもなら冷やかしにも付き合ってやるのだが、今日に限ってはとてもそんな気分になれなかった。
「ロイドか……。昨日のメシ代ならすぐに払うから、冷やかしなら今日は帰ってくれ。とてもお前の相手をしてやれるような気分じゃねえんだ」
「あー、メシ代は大丈夫だ。昨日は俺たちもちょっと調子に乗り過ぎたからな。お詫びも兼ねて、ヴァルの分は皆で払っておいた」
普段なら嬉しいはずの気遣いも、今日は素直に受け取れない。
ヴァルは「……そうか」とだけ返して、そっぽを向く。
「そんな不貞腐れんなよ。お前の気持ちは良く分かってっから」
「分かってるなら今日は大人しく帰れよ……」
「帰ってもいいんだが、俺は一応お前の兄貴分だからな。お節介を焼きたくなっちまうんだよ」
「お節介ってなんだよ?」
「お前が落ち込んでのは、フードの男にけちょんけちょんにされて、アメリアのツレにキツイこと言われたからってだけじゃねえだろ? 久しぶりに戻ってきた幼馴染に冷たく接しちまった。そのことが一番お前を悩ませてんじゃねえのか?」
「う……そ、それは……」
ロイドの言う通りだった。何も悪くないアメリアを、ヴァルは自分勝手な思いから突っぱねてしまった。事情があるとはいえ、男としては恥ずべき行為だ。
故に、心の中では「謝らないといけない」と思っていた。だが同時に「どんな顔をして彼女に会えばいいのか分からない」というのも正直な気持ちだった。
だから、本音を言えば、もう少し時間を置きたいと思っていたのだが――。
「つーわけで、可愛い弟分のために俺が一肌脱いでやろうってわけだ。おーい、アメリア! 入ってこいよ!」
「えっ……」
ロイドが店の入り口に向かって声を掛けると、店の前で待っていたと思われるアメリアが姿を見せた。服装は昨日と同じ。背筋がぴんと伸びた真っ直ぐな姿勢でヴァルたちの元へ歩いてくるが、その表情はどこか暗かった。
「俺は店の外に出てるからさ。他の客が来たら『今は準備中です』って言っておいてやるよ。じゃあ、後は若いもんでごゆっくり~」
ロイドはヴァルの肩をぽんと叩くと、ニヤっと笑って店を出ていった。
彼なりに気を遣ってくれたのだろう。
だが、昨日の今日では非常に気まずい。
アメリアも同じだったようで、店内には重苦しい沈黙が横たわる。
「あ、あの……ヴァル」
先に口を開いたのはアメリアだった。
「その、昨日は私の仲間が酷いことを言ってしまって悪かった。普段はあんなことを言う奴ではないのだが……」
「別にお前が謝ることじゃねえよ。アイツの言ったことも間違ってねえし」
「い、いや、それでは私の気が済まない! 元よりヴァルの門出に立ち会えなかったことを謝りに来たはずなのに、余計にお前を傷つけてしまったのだから。何か償いはできないか? 私にできることなら何でもするぞ!」
アメリアは大真面目な顔で、お約束の台詞を口にする。
きっと本人は何も考えていないのだろう。
とりあえずヴァルも期待を裏切らないようにお約束の展開に持っていくことにする。
「それなら、その今にも落ちてきそうな大きなおっぱいでも見せてくれよ」
「なんだ、そんなことでいいのか。待っていろ、今すぐ――」
何の迷いもなく服を脱ぎだすアメリア。
「待て待て待て! 冗談に決まってるだろ! 本気にすんなって!」
服を捲くし上げて白く細いウエストを覗かせるアメリアを、ヴァルは慌てて止めた。
このように、さも当然の如くエッチな要求が受け入れられてしまうと、逆に困ってしまうのが複雑な男心というものである。
(やっぱりアメリアは『ダメ』な方か……。今後はこの手の冗談は控えた方が……)
そんなことを考えるヴァルの目に、服の裾から除く下乳が飛び込んでくる。
(いや、まあ、たまには言ってもいいか……)
瞬時に考えを改めるヴァルだった。
「冗談なのか? 私はこの後裸になって、お前の足の指を一本一本舐めるくらいまでは覚悟が決まっていたのだが」
「あの一瞬でどんだけ重い覚悟を決めてんだよ……。相変わらず融通が利かねえっていうか、どこまでも男らしい奴だな」
「そんなことはないよ。根っこの部分は何も変わっていない。いつもヴァルとリズの後ろに隠れていた『弱虫アメリア』のままだ。今だって支えてくれる仲間がいなければ、私は何もできないのだから」
子供の頃は確かにそうだった。引っ込み事案で臆病。《戦勇の紋章》を授かったことを嘆いていたこともある。
だが、成長するにつれてアメリアは大きく変わっていった。背も伸び、いつの間にかヴァルたちの隣に立つようになったのだ。
そして、そんな彼女が、今ではジュネール王国の英雄。ヴァルの後ろにいたはずのアメリアが、今はもう霞んで見えないほど前にいる。そう思うと惨めさからヴァルの胸はまた少し痛んだ。
「……いや、お前は変わったよ。今じゃ、『紅蓮の勇者』なんて最高にカッコいい二つ名まで付いてるもんな。羨ましい限りだよ」
「あれは周りが勝手にそう呼んでいるだけだ。そうだ! じゃあ、お詫びに私がヴァルの二つ名を考えてやろう! う~ん、そうだな……『深緑の勇者』なんてどうだ?」
「おい、ちょっと待て! おかしいだろ! 俺は、ブルーイットだぞ。色を入れるなら、絶対に青だろ! なんで緑なんだよ? あれか? 道具屋だからか? 薬草の緑ってわけか?」
「す、すまない……じゃあちゃんと青を入れて『薬蒼(やくそう)の勇者』でどうだ?」
「悪意しか感じねえんだよ! つか、勇者が回復役ってどんだけアグレッシブなの? そのパーティ!?」
もはやヴァルが道具屋であることは完全にネタだった。
だからといって、そんな二つ名は勘弁していただきたいところである。
「なぜそんなに怒る? ひょっとしてヴァルは薬草が嫌いなのか?」
「全くもって問題にしてるところが違うんだよ! それに、薬草は嫌いじゃねえし、むしろどっちかと言えば好きだよ! ツボとかに入ってたら、ちょっと嬉しくなっちゃうタイプだよ、俺は!」
「そうか。私もヴァルと同じだ。でも宝箱に入っていると、ちょっとがっかりな気分になるよな?」
「ああ、それは分か……って、そういう話をしてんじゃねえんだ! いいかげん薬草から離れろ!」
どうしてこんな話になってしまったのか……。
まあ、元を正せばヴァルが道具屋をやらされているからに他ならない。
ヴァルが溜息を吐くと、アメリアは急に真剣な顔になった。
「ヴァル、真面目な話、私にして欲しいことはないのか? 私は……その、お前のことが――」
「俺のことが、なんだよ?」
「あ、いや……そ、そう! 心配なのだ! 幼馴染としてな」
「気持ちは嬉しいけど、俺なら大丈夫だよ。俺のことは俺でなんとかするから、お前は自分の冒険のことだけ心配してろよ」
ヴァルはアメリアのことも思って言ったつもりだった。
しかし、彼女は途端に悲しそうな表情を見せる。
「そ、そんなことを言うな、ヴァル。今の状況は不満なのだろう? だったら私を頼ってくれ。私はお前の力になりたいのだ」
それはきっとアメリアの優しさだったのだろう。ヴァルも頭では分かっていた。
しかし、心は惨めな気持ちで浸食されていく。自分が弱くて何もできない人間のような気がして、心が黒く染まっていく。
「本当にいいって! これ以上俺に構わないでくれ」
「どうしてだ? 冒険の旅に出ることはずっとヴァルの夢だったはずだ。私にもそう言っていたじゃないか! そうだ、分かった! ヴァルが旅立てるように、私が直接王様に進言してやる。私が頼めば――」
「もうやめてくれ!」
耐えきれずヴァルはどなり声をあげてしまう。これ以上感情を抑えつけることは、ヴァルには不可能だった。
「アメリア、勇者として成功を収めたお前に、道具屋をやらされている俺の気持ちなんて分かんねえよ。頼むから俺をこれ以上惨めにしないでくれ」
「ち、違う! 私は――」
アメリアは途中で言葉を飲み込むと、額に手を当てて二、三度首を振った。
「――すまない……確かに、私は私のことしか考えていなかった。私の都合をヴァルに押し付けてしまっていた。ヴァルが怒るのも無理はない……」
「あ、いや……」
そこでアメリアはくるりと踵を返した。
「お、おい、どうしたんだよ?」
「私がこれ以上ここにいてもヴァルの気分が悪くなるだけだろう。頭を冷やして、また今度ちゃんと謝りに来る。とはいっても、私はまたすぐ発たねばならないから、今度がいつになるか分からないのだが……」
そう言ってアメリアは足早に店の出口へと向かう。
そして、最後に消え入りそうな声で「ごめんね……」と呟き店を出ていってしまった。
がらんとした店内。
ヴァルは情けなさから、カウンターに突っ伏してしまう。
そこへロイドが戻って来た。
「外で聞かせてもらってたが、さすがにありゃねえだろ、ヴァル。いくらなんでもアメリアが可哀相だ」
「俺だって分かってんだよ、そんなこと! だからこうして自己嫌悪に苛まれてんだろうが!」
ロイドはやれやれといった様子で、肩をすくめる。
「今のヴァルを見てるとさ、俺が間違ってたのかなって思えてくるわ」
「何をだよ?」
「話を聞いた時は、王様が面白半分で意地悪してんだろうなって思ったけど、案外お前に道具屋やらせてんのは、ちゃんとした理由があるような気がしてきたってことだよ」
「どういう意味だ?」
聞き捨てならない言葉を放ったロイドに対し、ヴァルは語気を強めて詰問する。
「お前さあ、旅の途中で困っている人に出くわしたらどうする?」
「当然助けるさ! それも大事な勇者の役目だ!」
「どうやって?」
「どうやってって、その人が困っている原因を取り除く以外にねえだろ。モンスターが湧いて困ってんだったらモンスター退治をするし、何か探し物があるんだったら見つけてきてやるさ」
ヴァルが答えると、ロイドは首を横に振る。
「『人を助ける・人を救う』ってのは、そういうことじゃねえんだよ。お前が今言ったのは、人を助けるじゃなくて、人のお願いをきいてあげるってだけだ」
「なんだよそれ。ただの屁理屈だろ」
「そう思うなら、お前はまだまだだよ。だって、お前はたった今、昨日からずっと悩んで苦しんでいたアメリアのことを助けてやれなかったんだからな」
「そ、それは……」
ヴァルは言葉に詰まる。
そんなヴァルを見てロイドは背を向けた。
「ヴァル、お前はもう少しこの街で道具屋をやった方がいいのかもな」
それだけ言い残して、ロイドは店を出ていった。
人を助けるのは簡単じゃない。
その言葉と共にアメリアの悲しそうな顔が浮かぶ。
それでも、この時のヴァルはまだロイドの言葉を十分に理解することは出来なかった。
冒険に出たい。
その気持ちはまだ炎をごとくヴァルの心を燃やしていたから。
そして、朝がやってくる以上、道具屋を開けねばならない。
だが、カウンターに立つヴァルはいつになく暗い気分だった。
特に、あの魔導師に言われたことを思い出すと、叫びたくなる衝動に駆られてしまう。
言葉の内容はキツかった。
けれど、ヴァルが苛立ちを感じていたのはそこではない。
悔しい。腹が立つ。見返してやりたい。
そう思っても今のヴァルには、できることが何もないのだ。見返すならあの魔導師の目玉が飛び出るくらいの功績をあげるしかない。けれど、勇者としての旅立ちが禁じられているヴァルでは、チャレンジすらできないのが現状。
そのことがヴァルをイライラさせる。
「あ~、くそっ! むしゃくしゃする!」
ヴァルは頭を掻きむしった手で、カウンターを叩く。
閉塞感から来る怒り。
だが、ヴァルの心を最も落ち込ませていたものは……。
「おー、荒れてんな、ヴァル」
その時、ロイドが店に入ってきた。
いつもなら冷やかしにも付き合ってやるのだが、今日に限ってはとてもそんな気分になれなかった。
「ロイドか……。昨日のメシ代ならすぐに払うから、冷やかしなら今日は帰ってくれ。とてもお前の相手をしてやれるような気分じゃねえんだ」
「あー、メシ代は大丈夫だ。昨日は俺たちもちょっと調子に乗り過ぎたからな。お詫びも兼ねて、ヴァルの分は皆で払っておいた」
普段なら嬉しいはずの気遣いも、今日は素直に受け取れない。
ヴァルは「……そうか」とだけ返して、そっぽを向く。
「そんな不貞腐れんなよ。お前の気持ちは良く分かってっから」
「分かってるなら今日は大人しく帰れよ……」
「帰ってもいいんだが、俺は一応お前の兄貴分だからな。お節介を焼きたくなっちまうんだよ」
「お節介ってなんだよ?」
「お前が落ち込んでのは、フードの男にけちょんけちょんにされて、アメリアのツレにキツイこと言われたからってだけじゃねえだろ? 久しぶりに戻ってきた幼馴染に冷たく接しちまった。そのことが一番お前を悩ませてんじゃねえのか?」
「う……そ、それは……」
ロイドの言う通りだった。何も悪くないアメリアを、ヴァルは自分勝手な思いから突っぱねてしまった。事情があるとはいえ、男としては恥ずべき行為だ。
故に、心の中では「謝らないといけない」と思っていた。だが同時に「どんな顔をして彼女に会えばいいのか分からない」というのも正直な気持ちだった。
だから、本音を言えば、もう少し時間を置きたいと思っていたのだが――。
「つーわけで、可愛い弟分のために俺が一肌脱いでやろうってわけだ。おーい、アメリア! 入ってこいよ!」
「えっ……」
ロイドが店の入り口に向かって声を掛けると、店の前で待っていたと思われるアメリアが姿を見せた。服装は昨日と同じ。背筋がぴんと伸びた真っ直ぐな姿勢でヴァルたちの元へ歩いてくるが、その表情はどこか暗かった。
「俺は店の外に出てるからさ。他の客が来たら『今は準備中です』って言っておいてやるよ。じゃあ、後は若いもんでごゆっくり~」
ロイドはヴァルの肩をぽんと叩くと、ニヤっと笑って店を出ていった。
彼なりに気を遣ってくれたのだろう。
だが、昨日の今日では非常に気まずい。
アメリアも同じだったようで、店内には重苦しい沈黙が横たわる。
「あ、あの……ヴァル」
先に口を開いたのはアメリアだった。
「その、昨日は私の仲間が酷いことを言ってしまって悪かった。普段はあんなことを言う奴ではないのだが……」
「別にお前が謝ることじゃねえよ。アイツの言ったことも間違ってねえし」
「い、いや、それでは私の気が済まない! 元よりヴァルの門出に立ち会えなかったことを謝りに来たはずなのに、余計にお前を傷つけてしまったのだから。何か償いはできないか? 私にできることなら何でもするぞ!」
アメリアは大真面目な顔で、お約束の台詞を口にする。
きっと本人は何も考えていないのだろう。
とりあえずヴァルも期待を裏切らないようにお約束の展開に持っていくことにする。
「それなら、その今にも落ちてきそうな大きなおっぱいでも見せてくれよ」
「なんだ、そんなことでいいのか。待っていろ、今すぐ――」
何の迷いもなく服を脱ぎだすアメリア。
「待て待て待て! 冗談に決まってるだろ! 本気にすんなって!」
服を捲くし上げて白く細いウエストを覗かせるアメリアを、ヴァルは慌てて止めた。
このように、さも当然の如くエッチな要求が受け入れられてしまうと、逆に困ってしまうのが複雑な男心というものである。
(やっぱりアメリアは『ダメ』な方か……。今後はこの手の冗談は控えた方が……)
そんなことを考えるヴァルの目に、服の裾から除く下乳が飛び込んでくる。
(いや、まあ、たまには言ってもいいか……)
瞬時に考えを改めるヴァルだった。
「冗談なのか? 私はこの後裸になって、お前の足の指を一本一本舐めるくらいまでは覚悟が決まっていたのだが」
「あの一瞬でどんだけ重い覚悟を決めてんだよ……。相変わらず融通が利かねえっていうか、どこまでも男らしい奴だな」
「そんなことはないよ。根っこの部分は何も変わっていない。いつもヴァルとリズの後ろに隠れていた『弱虫アメリア』のままだ。今だって支えてくれる仲間がいなければ、私は何もできないのだから」
子供の頃は確かにそうだった。引っ込み事案で臆病。《戦勇の紋章》を授かったことを嘆いていたこともある。
だが、成長するにつれてアメリアは大きく変わっていった。背も伸び、いつの間にかヴァルたちの隣に立つようになったのだ。
そして、そんな彼女が、今ではジュネール王国の英雄。ヴァルの後ろにいたはずのアメリアが、今はもう霞んで見えないほど前にいる。そう思うと惨めさからヴァルの胸はまた少し痛んだ。
「……いや、お前は変わったよ。今じゃ、『紅蓮の勇者』なんて最高にカッコいい二つ名まで付いてるもんな。羨ましい限りだよ」
「あれは周りが勝手にそう呼んでいるだけだ。そうだ! じゃあ、お詫びに私がヴァルの二つ名を考えてやろう! う~ん、そうだな……『深緑の勇者』なんてどうだ?」
「おい、ちょっと待て! おかしいだろ! 俺は、ブルーイットだぞ。色を入れるなら、絶対に青だろ! なんで緑なんだよ? あれか? 道具屋だからか? 薬草の緑ってわけか?」
「す、すまない……じゃあちゃんと青を入れて『薬蒼(やくそう)の勇者』でどうだ?」
「悪意しか感じねえんだよ! つか、勇者が回復役ってどんだけアグレッシブなの? そのパーティ!?」
もはやヴァルが道具屋であることは完全にネタだった。
だからといって、そんな二つ名は勘弁していただきたいところである。
「なぜそんなに怒る? ひょっとしてヴァルは薬草が嫌いなのか?」
「全くもって問題にしてるところが違うんだよ! それに、薬草は嫌いじゃねえし、むしろどっちかと言えば好きだよ! ツボとかに入ってたら、ちょっと嬉しくなっちゃうタイプだよ、俺は!」
「そうか。私もヴァルと同じだ。でも宝箱に入っていると、ちょっとがっかりな気分になるよな?」
「ああ、それは分か……って、そういう話をしてんじゃねえんだ! いいかげん薬草から離れろ!」
どうしてこんな話になってしまったのか……。
まあ、元を正せばヴァルが道具屋をやらされているからに他ならない。
ヴァルが溜息を吐くと、アメリアは急に真剣な顔になった。
「ヴァル、真面目な話、私にして欲しいことはないのか? 私は……その、お前のことが――」
「俺のことが、なんだよ?」
「あ、いや……そ、そう! 心配なのだ! 幼馴染としてな」
「気持ちは嬉しいけど、俺なら大丈夫だよ。俺のことは俺でなんとかするから、お前は自分の冒険のことだけ心配してろよ」
ヴァルはアメリアのことも思って言ったつもりだった。
しかし、彼女は途端に悲しそうな表情を見せる。
「そ、そんなことを言うな、ヴァル。今の状況は不満なのだろう? だったら私を頼ってくれ。私はお前の力になりたいのだ」
それはきっとアメリアの優しさだったのだろう。ヴァルも頭では分かっていた。
しかし、心は惨めな気持ちで浸食されていく。自分が弱くて何もできない人間のような気がして、心が黒く染まっていく。
「本当にいいって! これ以上俺に構わないでくれ」
「どうしてだ? 冒険の旅に出ることはずっとヴァルの夢だったはずだ。私にもそう言っていたじゃないか! そうだ、分かった! ヴァルが旅立てるように、私が直接王様に進言してやる。私が頼めば――」
「もうやめてくれ!」
耐えきれずヴァルはどなり声をあげてしまう。これ以上感情を抑えつけることは、ヴァルには不可能だった。
「アメリア、勇者として成功を収めたお前に、道具屋をやらされている俺の気持ちなんて分かんねえよ。頼むから俺をこれ以上惨めにしないでくれ」
「ち、違う! 私は――」
アメリアは途中で言葉を飲み込むと、額に手を当てて二、三度首を振った。
「――すまない……確かに、私は私のことしか考えていなかった。私の都合をヴァルに押し付けてしまっていた。ヴァルが怒るのも無理はない……」
「あ、いや……」
そこでアメリアはくるりと踵を返した。
「お、おい、どうしたんだよ?」
「私がこれ以上ここにいてもヴァルの気分が悪くなるだけだろう。頭を冷やして、また今度ちゃんと謝りに来る。とはいっても、私はまたすぐ発たねばならないから、今度がいつになるか分からないのだが……」
そう言ってアメリアは足早に店の出口へと向かう。
そして、最後に消え入りそうな声で「ごめんね……」と呟き店を出ていってしまった。
がらんとした店内。
ヴァルは情けなさから、カウンターに突っ伏してしまう。
そこへロイドが戻って来た。
「外で聞かせてもらってたが、さすがにありゃねえだろ、ヴァル。いくらなんでもアメリアが可哀相だ」
「俺だって分かってんだよ、そんなこと! だからこうして自己嫌悪に苛まれてんだろうが!」
ロイドはやれやれといった様子で、肩をすくめる。
「今のヴァルを見てるとさ、俺が間違ってたのかなって思えてくるわ」
「何をだよ?」
「話を聞いた時は、王様が面白半分で意地悪してんだろうなって思ったけど、案外お前に道具屋やらせてんのは、ちゃんとした理由があるような気がしてきたってことだよ」
「どういう意味だ?」
聞き捨てならない言葉を放ったロイドに対し、ヴァルは語気を強めて詰問する。
「お前さあ、旅の途中で困っている人に出くわしたらどうする?」
「当然助けるさ! それも大事な勇者の役目だ!」
「どうやって?」
「どうやってって、その人が困っている原因を取り除く以外にねえだろ。モンスターが湧いて困ってんだったらモンスター退治をするし、何か探し物があるんだったら見つけてきてやるさ」
ヴァルが答えると、ロイドは首を横に振る。
「『人を助ける・人を救う』ってのは、そういうことじゃねえんだよ。お前が今言ったのは、人を助けるじゃなくて、人のお願いをきいてあげるってだけだ」
「なんだよそれ。ただの屁理屈だろ」
「そう思うなら、お前はまだまだだよ。だって、お前はたった今、昨日からずっと悩んで苦しんでいたアメリアのことを助けてやれなかったんだからな」
「そ、それは……」
ヴァルは言葉に詰まる。
そんなヴァルを見てロイドは背を向けた。
「ヴァル、お前はもう少しこの街で道具屋をやった方がいいのかもな」
それだけ言い残して、ロイドは店を出ていった。
人を助けるのは簡単じゃない。
その言葉と共にアメリアの悲しそうな顔が浮かぶ。
それでも、この時のヴァルはまだロイドの言葉を十分に理解することは出来なかった。
冒険に出たい。
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