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1-20 赤よぎる一撃

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「ルティアさん! 僕が、オーガキングの相手をする! だからその内に、残りの2体を何とか抑えてほしい!」

 並び、キングへと接近しながらルトが口を開く。

 キングのみの戦闘力を考えるのならば、3体の中で最も厄介であるのが、オーガキングである。

 筋骨隆々の体躯から繰り出される圧倒的なパワー。もしルトに一度でも直撃すれば、全身の骨が砕け散るだろう力を持っているのだ。

 対し、オークキングは高い耐久性を、ゴブリンキングは、俊敏性を有している。

 耐久が高ければ、向こうにボロが出難く、俊敏が高ければ、ルトの唯一の対抗手段である、予測が意味をなさなくなる可能性がある。

 つまり、例え戦闘力が高かろうと、ルトが相手取るのならば、オーガキングが最善なのだ。

 ルティアはそんなルトの考えを理解したのだろう。ウンと頷くと、

「……わかりましたわ!」

 と声を上げ、その場に立ち止まった。
 そして、錫杖を振り上げ、一つの詠唱を口にする。

「──連静閃デュアル・シラーク!」

 瞬間、普段の静閃よりも強く大きな光が放たれたかと思うと、途中で分離。そして、オークキングとゴブリンキングの顔面へと直撃した。

 と、同時に、ルティアはルトのいる方向とは逆に走ると、攻撃を受け、しかしピンとしているオークキングとゴブリンキングをそちらへと誘導した。

 これにより、オーガキングが孤立した。
 とは言え、このまま放置していては、すぐにオーガキングもルティアの方へ行ってしまうだろう。

 だからルトは、スピードを緩めずにオーガキングへと近づくと、グッと背後に回り込んだ。
 そして、以前の対オーガ戦の様に、回転を利用し、裏拳の要領でオーガキングの首元へと斬りつけた。

 ほんの数ミリではあるが、微かに傷が付く。

 以前の対オーガ戦の時には感じられなかった手応え。

 恐らくルトの技術云々ではなく、単純に短剣がレベルの高い物になったからダメージを与えられたに過ぎないのだが、ともかく自身の攻撃が意味を成しているという事実に、ルトは多少の安心感を覚えた。

 しかし、当然気は緩めない。ルトは以前のオーガ戦の時の様に数歩後ろに下がると、オーガキングとの距離を開ける。

 この攻撃により、オーガキングの意識が完全にルトへと向いた。

 成る程、キングの名を冠していようと、所詮は魔物。やはり、どこまでも単純で、それ故に扱いやすかった。

 と、ここでルトはちらとルティアの方へと目をやった。
 何とか誘導に成功した様で、2体を相手取り、危なげなく戦っている。

 このまま行けば、キング2体ですら倒してしまうのではないか。そう思ってしまう程、彼女の戦闘には安定感があった。

「……よし」

 今の所順調である。後はこのまま時間を稼ぐことができれば、アロンが助っ人と共に登場し、戦況が一気に此方へと傾く。

 ルトはそう考えると、グッと口を結んだ。
 そして、緊張から震えそうになる身体を鼓舞し、再びオーガキングへと接近する。

 オーガキングはピクリと反応すると、拳を振り上げる。そして懐へと潜ったルトに向け、その拳を振り下ろした。

 オーガよりもスピードも威力もが段違いに強化された一撃。

 しかしルトはいつも通りにそれを予想すると、先に行動を起こし、トンっと一歩後ろに下がる事でその攻撃を躱す。

 そして同時に、生まれた一瞬の隙をつき、再び背後に回ると一度斬りつける。

 と、ここでオーガキングが振り下ろした腕を、裏拳を放つ要領で強引に振る。

 しかし、当然そう来る事を予想していたルトは、それを身を屈め躱すと、そのまま膝裏部分へと斬りつけ、一度距離を取る。

 ……快調であった。

 ルティアの方も、やはり危なげなくキング2体を相手取り、傷すらも負わせている。

 ルト自身も、この調子ならば、何とか避け続ける事ができそうであった。

 ……が、ここで異変が起きる。

 3体のキングの瞳が、赤く光り、数瞬の後に咆哮したのである。

「…………ッ!」

 ルトがグッと眉を寄せる。この光景には見覚えがあったのだ。

 そんなルトの眼前で、オーガキングは大きく拳を振り上げる。

 そして拳を振り下ろすと同時に、その拳が謎の黒い靄に包まれていき……瞬間、ルトの後方に黒い靄が現れたかと思うと、そこからオーガキングの拳が飛び出してきた。

 ……不意をついた一撃。

「…………ッ!」

 しかしこの攻撃が来る事を予測していたルトは、すぐにピクリと反応をすると、思いっきり身体を捻った。

 眼前を拳が通過する。だが、完全には避けきれなかった様で、ルトの頬に薄い擦り傷ができた。

「気をつけて下さいルトさん! 前回同様おかしな攻撃をしてきますわ!」

「そうみたいだね。気をつける……ッ!」

 ルティアの忠告に、ルトが返す。

 しかし内心で、ルトは頭を悩ませていた。

 いくらキングであるとは言え、ここにいる3体は、魔術の大元である、魔素を蓄え扱う器官を有していない。
 即ち、魔術を扱う事など、到底無理な筈なのだ。

 しかし、以前の対オーガ戦の時もそうであったが、キング達は当然の様に、魔術に似た攻撃を繰り出している。

 妙であった。

 いや、そもそもがおかしい事だらけなのだ。
 何故、低ランクの魔物しか存在しない筈の草原に、ここまで強力な魔物が居るのか。

 また何故、本来対立をする筈の多種族の魔物同士が、それもキングの名を持つモノ達が、共闘とは言わずとも、1人の人間に固執し、執拗に狙って居るのか。

 それだけではないが、兎に角不可解な事だらけであった。

 それこそ、実はこのバックにより強力な存在が居るのではないかと、考えたくもない嫌な考えが浮かんでしまう位には。

 ……と、ここで。再び、キング達の瞳が赤く輝くと、力強く咆哮をした。

 身構えるルトとルティア。
 しかし、一向に攻撃らしきものがこない。

「…………?」

 警戒を怠らずも、眉を寄せるルト。

 と。突然、地鳴りがルト達の元へと届く。そして数瞬の後、森から数百はくだらない、大量のゴブリン、オーク、オーガが姿を現した。

「…………なっ!?」

 怖気付くルト。対してルティアは、

「ルトさん! 気にせず行きましょう!」

 と言うと、キング達との戦闘に戻った。

「……気にするなって言ったって」

 オーガキングの方へと視線を向け、警戒しながらポツリと呟く。

 森から現れた大量の魔物は、明らかに此方に向かってきているのである。
 このまま気にせずにいたら、まず間違いなく死を待つのみとなる。

 言葉の意図が掴めず、ルトはチラリとルティアの方へ視線を向ける。
 視線の先では、彼女はキング達と少し距離を開け、錫杖を持ち上げていた。

 意図に気づき、ルトがハッとするルト。
 と同時に、ルティアが詠唱を口にした。

「──浄化ヘブナ

 瞬間、ルト、キング達、加えて大量の魔物達を取り囲む様に金色が辺りに輝く。
 次いで、その光が魔物達を覆うと、一部の魔物の姿が、跡形も無く消えた。

 凄まじい攻撃。

 しかしルトは、この技の詳細を知っていた。

 というのも、模擬戦の休憩時間に、実は彼女の技について、少しだけ教えて貰っていたのだ。

 今回の技、浄化は対魔物戦に置いて、効果を発揮する技らしい。
 便利ではあるが、広範囲であればあるほど1体に与える効力が薄れ、また体力の消耗も激しくなってしまう為、扱いが難しいようである。

 因みに今回の攻撃では、範囲をそこまで広範囲に設定していなかった為、ルトとキングを除く魔物のうち、接近していた100匹程度が、跡形も無く消え去っている。

 確かに凄まじい攻撃だ。
 しかし、未だ数百の魔物が生き残っている。

 どうしようかと焦りを見せつつ、頭を悩ませるルト。

 ……と、ここで。
 突然此方へと迫っていた魔物が、進行方向を変え、街の方へと向かいだした。

「…………!? ルティアさん!」

 声を上げるルト。対しルティアは、冷静に戦況を判断すると、

「……全てを食い止めるのは、不可能です! 私たちはとにかくキングを食い止めましょう!」

「……ッ、わかった!」

 後ろ髪を引かれる思いはあったが、キングを食い止める方が優先であるとルトも思った為、ウンと頷く。

 そして意識の全てをオーガキングの方へと向け直し、自身の役割を果たそうとした所で──ルトの耳にオークキングのものと思しき咆哮が届いた。

 ルティアの身を案じるルト。

 しかし、「彼女は僕よりも圧倒的に強い、だから問題ない」と考えると、オーガキングの方に意識を向け──

「ルトさんッ!」

 ──ルトの耳にルティアの悲痛な叫びが聞こえた。

「…………え?」

 思わず視線をそちらへと向ける。
 すると、遠距離攻撃が使えない筈のゴブリンキングが放ったのだろうか、何故か目の前に火球が迫っていた。

 と。

天護ヘクトッ!」

 次の瞬間、そんなルティアの声がルトの耳に届くと同時に、火球を防ぐ。

 安堵するルト。しかし安心したのも束の間、今度はオーガキングが咆哮したかと思うと、拳を振り上げ、靄の中へと振り下ろす。

 瞬間、黒い靄はルティアの後方に現れ──

「避けて──ッ!」

 悲痛の叫び。ルティアはその声にピクリと反応すると、後方の攻撃に気づき、詠唱を行おうとするも、

「…………天──ッ!」

 すんでのところで間に合わず、拳が直撃した。

「……ルティアさんッ!!!!」

 声を荒げるルト。
 ルティアは2メートル程吹き飛ぶと、ゴロゴロと地面を転がる。

 しかし、流石はルティアといったところか、ダメージを負ったのか、所々に擦り傷のようなものが見えるも、そのまま意識を失うなんて事はなく、グググっと立ち上がり、声を上げた。

「大丈夫ですわッ! それよりも、ルトさん気をつけて下さい! また来ます!」

「…………ッ!?」

 ルティアの声に反応し、キング達の方へ目を向ける。すると、3体はまたもや瞳を赤く輝かせる。

 ……あまり良い状況とは言えなかった。

 先程の攻撃や大量の魔物の登場にリズムを崩された挙句、通常キングでさえ放つ事はない謎の技をぶつけてくるのだ。

 しかもその攻撃には終わりがないとでも言うように立て続けに放たれる。

 ……そんな中での、3体の攻撃。それも普通のものならまだしも、何がでるのかわからない不可思議な力の方である。

 このままだと、いつかこちらにボロがでて、そして──

 頭に凄惨な光景が浮かぶ。
 そのせいなのか。ルトの心が挫けそうになった……その時であった。

「白焔ッ!!!!」

 突如後方から聞こえてきた若い女性の声。
 と同時に、ルトの横を白い焔が横切り、3体の王へと直撃した。

 その凄まじい威力に、咆哮とは別に呻き声を上げるキング達。
 次いで、先程の技を放った女性のものと思わしき声が、2人の耳へ届く。

「……よく頑張ったね、2人共。……もう、大丈夫」

 ルトは、ルティアは、その声を良く知っていた。

 しかし、その声と状況が上手く合致せず、ルトは夢でも見ているかのように、呆然としながら、後方へと振り返る。

 そこには──霊者イギアを纏う、アルデバード術師協会の受付嬢、アリアが……悠然と立っていた。
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