突然ヒロインとなったマリアンナの恋愛事情〜女装の王子様に囲い込まれました

牧場のばら

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図書館の王子様

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マリアンナは家紋の入らぬ地味な馬車で学院へ通学している。 
 ジェイムスは普段は寮生活をしているし、学年が違うため彼と学内ですれ違うことは滅多にない。それでもジェイムスの婚約者であるエルリーヌ・ソーンダイク侯爵令嬢とマリアンナは同じクラスなので、ジェイムスとうっかり遭遇する可能性はあった。

 避ける必要もないけれど、なんとなく学院では顔を合わせない方が平穏だろうとマリアンナは思っている。面倒事を避けるため、公爵家に滞在していることは秘密である。貴族社会では保身は大事なのだ。

 マリアンナは放課後に働いていたので、親しいのは寮の友人達くらいだった。彼女らには親戚の家で手伝いをしながら学院に通うことになったと、少しだけ脚色して伝えた。

 学院での生活で変わったことは取り立ててないが、今までと変わったことと言えば、デヴィが毎朝マリアンナを見送ってくれることだろうか。
 朝から美しい人を目にするのは眼福である。誰かに見送られて、帰りを待たれるなんて領地で暮らしていた時以来だ。 
 そしてもうひとつ変わったのは、放課後の図書館の仕事を辞めたこと。これは残念だった。
 


 図書館に時折やってくる王子様に気がついたのは、仕事を始めてひと月ほど経った頃だ。

 返却された本を書架に戻すだけの簡単な仕事だが、広い館内で本を乗せたワゴンを押して移動するのはなかなかに疲れてしまうため、若く体力もあるマリアンナは重宝で、年配の職員たちから可愛がられていた。勤労学生だからお腹が空くでしょう?と、お菓子やパンを貰うこともしばしばあった。

 毎日の放課後と休みの日は図書館で仕事をしており、その日も高い場所に本を戻そうとして梯子に乗っている時に、うっかりバランスを崩してふらついてしまった。
 落ちると身を縮めた時、さっと手が伸びてきてマリアンナの体を抱きとめる人があった。それが銀髪の王子様ことジェイムスだった。

 マリアンナはジェイムスのことを知っていたが、伊達メガネにひっつめ髪をして図書館の制服を着たマリアンナが、学院の生徒であることにジェイムスは気がつく筈もない。そもそも貧乏で貴族の娘など知る由もない。

 その後も時折図書館で見かけることがあった。目があった時は感謝の意を込めて軽く会釈をした。
 もしかすると、あの時助けた者だと気がついているかしら?と、少しだけ期待してみたものの、先日学院長室で会ったジェイムスはらマリアンナの事など全く覚えていない様子だった。

 普通の令嬢らしく綺麗に着飾ってお化粧をしていれば、ジェイムス様は顔くらい覚えてくださったかしら?
 たとえ覚えていてくださったとしても、貧乏子爵家の娘だから眼中にないわね、それにジェイムス様には婚約者のエルリーヌ様がいらっしゃる。

 何かを期待しているわけではないけど、せめて図書館で助けてもらった時のあのときめきは忘れないでいましょう、マリアンナはそう思った。



「図書館ではワゴンに本を載せて移動するのですが、落ちない様にバランスを考えて本を積むのには技術が要りますのよ」

 お茶をいただきながら、マリアンナはデヴィにせがまれて仕事の話をしていた。
 何を話せば良いのか戸惑っていたマリアンナだが、デヴィはマリアンナの私生活について聞きたがった。何を話しても期待に満ちた目で見つめられので、マリアンナとしても嬉しい。
 デヴィが知ることもない普通の人々の、日々の営みは、彼女達身分の高い貴族には新鮮なのだろうと思う。デヴィは病弱で引きこもっていたから尚更である。

 デヴィとマリアンナが話すのはロックフィールド家の談話室で、室内にはデヴィ付きの侍女とマリアンナの世話をしてくれるシャーリーがいた。
 会話の内容は侍女たちから公爵に伝わると思うと気が抜けないマリアンナだった。
 
「まあ、重たくはないの?マリアンナの細腕には辛くはなかった?」

「わたしは田舎の領地で収穫の手伝いをしていたので、こう見えて案外力持ちなのですよ。それに書架を回っていると珍しい本を発見するのも楽しくて。お給金も予想以上に多く頂いてとても助かりました」

 デヴィはどうやら図書館の話がお気に召したようだ。

「高くて手が届かないところは梯子に乗るのね。危なくはないのかしら?落ちたりするようなことは?」

「ご心配いただいてありがとうございます。デヴィ様はお優しいのですね。
 慣れているので今はもう大丈夫ですけど、実は仕事を始めた頃に一度、梯子から落ちかけたことがあるのです。たまたま近くにいらした方が助けてくださったので、落ちなくて済みました」

「……そう、助けてくれたのはどなたでしたの?知っている方?どういう風に助けられましたの?」

「……知らない方です」

「男の方よね?支えられるほど体格の良い方?抱き止められた時、マリアンナは触れられてどう思ったのかしら?嫌だったのかしら?」

「体格とかお顔とか、そこまでは覚えていないのです。
 あのデヴィ様、わたし、何か気に触ることを申し上げましたでしょうか?
 借金返済のために切り詰めておりまして図書館での仕事は生活の為に必要で」

「違うわ!」
 デヴィの勢いに、マリアンナは一瞬ビクリとした。

「違うのよ、確認したかっただけなの。マリアンナが助けた方を覚えているかどうかについてね」

 マリアンナは一瞬躊躇ったが、ここは知らないと押し通すことにした。

「本当に残念ながらどんな方だったか覚えてはおりません」

「そう。その人はもしかしたらマリアンナにとっての王子様かもしれなかったわね。今読んでいる本にそんな話があるのよ。わたくしは病弱で家に籠っているでしょう、だから物語の世界に憧れるの。マリアンナとその方の出会いって素敵じゃないこと?」

「いえいえ、図書館の下働きの平凡な娘には王子様は現れません」
 マリアンナは現実をよく弁えているつもりだ。そんな偶然の出会いがあるはずもない。
 
「さっきはごめんなさいね。マリアンナのことをもっと知りたくて、問い詰めたみたいに聞こえたかもしれないわね。困らせてしまったわ」

「いえ、わたしこそ不躾な話をしてしまいました。そもそも梯子に上るなんて貴族の子女にあるまじき行動なんです。そんな恥ずかしい姿を晒した挙句助けられて、その話をデヴィ様みたいな生粋のレディの前でお話しするなど、とんだ恥晒しでございます。深く反省しておりますわ」
 マリアンナは頭を下げた。

「ねえ、マリアンナ。貴女のお行儀が悪いと責めるつもりは全くないのよ。ただ、助けた人のことを覚えているか知りたかっただけなの。わたくし貴女の事が好きだわ、だからもっともっと仲良くなりたいだけなの」

 デヴィは目に見えてがっくりしている様だった。何が彼女の機嫌を損ねたのかマリアンナにはわからなくて困ったが、とにかく図書館の王子様の話はしない方が良い、とマリアンナは悟った。

 一方デヴィは気を取り直すと、
「その方には、近いうちに再会するかもしれなくてよ」と謎の言葉を残して微笑んだ。

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