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第五章 氷の貴公子ディリオン

第20話 レイとノエミの関係

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 今回の事件が、ラキミシャ帝国の仕業である事を解明した俺は、王国の安全を守ったとして、スカンラーラ王国国王から特別報奨金を授与された。
 その金額は、なんと俺の年収の三倍だ。あんなに重い金貨袋は初めて持った。

 この金を使って、俺達は引っ越しをおこなった。
 今までは自宅のボロアパートをギルドの事務所としていたが、ノエミが加入した事により、そうはいかなくなったのだ。

 どこか良い物件がないかと探していた俺達に、酒場で知り合った不動産屋の主人から良い話が舞い込む。

 一階に事務所と鍛冶場、二階に個室が四部屋、地下には錬金術用の工房と訓練場があり、それでいて家賃が相場の半額以下。超お得物件だ。
 俺達は不動産屋の主人について行き、その物件の見学に行った。

「ここは最高だよ。なんてったって、前の使用者が魔術師ギルドなんだからね。つまり運営に必要な設備は全部そろってるって事。――まあ、一部余計なものもあるけど……」

「こ、ここは……」

 主人が何故、最後言い淀んだのかがよく分かった。
 ここは【深淵をのぞく者】が使っていた建物だ。人気がないのは当然である。
 俺が燃やしたし、死体はあったし、牢屋はあるし……。

「俺知ってますよ。ここの魔術師達は、浮浪者で人体実験を繰り返していたんです。全員殺されましたが……」
「ええー! 事故物件って事!? じゃあ、半額でも高いよ……」
「うう……知ってたかー……じゃあ、この話はなかった事で……」

「いや、二割だったらいいですよ」
「え!? 本気なの、レイ君!?」
「に、二割かあー……」

「このままじゃ、誰にも借りられないですよ。それでもいいんですか?」
「それは分かってるんだけどねー……せめて三割じゃ駄目かなー?」

「地下牢の改装が必要なんで駄目ですね。除霊もしなきゃいけないかもしれませんし」
「手厳しいなあレイ君は……分かった。じゃあ二割で貸すよ」
「えー、僕怖いよー!」

「おいおい、神聖魔術師が霊を怖がるなよ……」

 こうして俺達は、いわくつきだが良い物件を格安で借りる事ができた。


     *     *     *


 引っ越し作業は業者の力を借りずに、全て自分達の力でおこなった。
 俺の<魔力の盾イレイン>で、ベッドも軽々持ち運べるので、それほどの苦労はない。
 夜になる頃にはあらかた片付いたので、引っ越し祝いとして、俺達は普段より少し豪華な食事を一階でとる事にした。


「――ノエミ、もっと早く誘ってやらなくてすまなかったな」
「うん、別にいいよ」

 ノエミはワインを口にする。
 十代前半の少女にしか見えない彼女だが、年齢は俺より3才上。酒を飲んでもまったく問題無い。
【高潔なる導き手】にも、俺より三年早く入っている。つまり俺の先輩なのだ。

「だが、そんな状態だったのなら、何でもっと早く俺を訪ねてこなかった?」
「……だって、あれから僕のとこに来てくれないんだもん。捨てられたと思ってたんだよ?」

「いや、あれは……」

 ワインボトルに伸ばしていた手が止まる。

 そう、あれはこんなふうに、二人でワインを飲んでいた日の事だ。

 職場での不遇ぶりに心底疲れ果てていた俺は、「一体どうすればいいのだろう」と、唯一俺の話を聞いてくれるノエミに相談した。

 ノエミは「そういう話は飲みながらしよう」と提案してきたのだが、俺と親しくしているのをメンバーに見られると、彼女の立場が危うくなってしまう。
 なので、ノエミの家で飲むことになる。――しかし、これがよくなかった。

 鬱憤が溜まりに溜まっていた俺は、ワインを浴びるように飲み、心に押しとどめていた感情を吐き出す。
 それで、だいぶ心が軽くなったのは良かったのだが、完全に足がおぼつかなくなり、家に帰る事ができなくなってしまった。

 結局俺はノエミの部屋に泊まる事になる。
 だが、その時はまだ彼女が男だと思っていたので、ただ迷惑をかけているくらいにしか思っていなかった。

 二人でベッドに入ってから、事態は一変する――



「――ねえねえレイ君……あのね、僕、秘密にしてる事があるんだ。聞いてくれる?」
「ああ……いいぞ」

 人に話せる秘密なんて大した事じゃない。そんなもの、いくらでも聞いてやる。ベロンベロンになりながらも、俺はそんな事を考えていた。

「実は僕、女なんだ……」
「ははは、それは面白い」

 酒を飲んでテンションが上がり、冗談を言いたくなってしまったんだろう。

「本当だよ? レイ君になら、打ち明けてもいいと思ったんだ」
「そうか、じゃあ俺も一つ白状しよう。実は俺、元殺し屋なんだ。――ははは!」

「もう! だから、冗談じゃないんだって! ――ねえレイ君……確かめて……みる?」
「よし、俺をからかった事を後悔させてやる!」

 悪い酔い方をしていた俺は、ノエミに覆いかぶさり体をまさぐった。

「ちょっと、レイ君!? そこは……! ――んっ……あっ……」
「――お?」

 そこからの記憶はない。
 目が覚めた時、俺は裸だった。

――隣を振り向く。
 恥ずかしそうに服を着ているノエミの姿が見える。

「ノエミ……ええっと……」
「レイ君があんなに強引とは思わなかったよ。でもちゃんと、僕の事女として見てくれたから嬉しいな……」

 俺は冷汗が出る。これはからかわれているだけだ。その可能性に賭けるしかない!

「――レイ君、起きて。仕事に行かなくちゃ」

 ノエミが毛布をバサッとめくる。

「――あ、洗濯しないと……」

 シーツには血が点々と付いていた。
 俺はすべてを察した。



「――また来てねって僕言ったよね? 一回したら終わりだなんて、凄く悲しかったんだよ?」
「すまん。実はお前と寝た記憶がなくてだな……」

 俺にはノエミと関係を持ったという認識が無いので、彼女をそういう対象として見る事はできなかった。
 ましてやノエミは、見た目が幼い。抱くのは背徳感が大きすぎる。

「え!? そんな……覚えてないの!? 僕、あれが初めてだったんだよ!?」
「いや、ほんとすまん……」

「ノエミ! ノエミ! って僕の名前叫びながら、果ててたんだからね! ……もう! それが凄く嬉しかったのに!」
「恥ずかしいから、そんな話を大声で言わないでくれ……アリスがさっきから、ずっと聞いてるんだ……」

 アリスはローストチキンを手に持ったまま、じっと俺達を見ていた。突き刺すような視線が痛い……。

「やり直して!」
「……何がだ?」

「だから、僕の初めてをやり直して!」



「……えっとね、アリスちゃん。これからレイ君に、ケジメをつけてもらわなきゃいけないんだ。だから、今日は僕の部屋で寝てくれないかな?」

 アリスはベッドの上でぺたん座りをして、じっとノエミを見ている。

「あ、あのね、別に変な事する訳じゃないんだよ? レイ君と、ちょっと大人の話をするだけだからね?」

 アリスはピクリともしない。

「僕じゃ言う事聞いてくれないみたい。――レイ君から言ってくれないかな?」

 ナトト村の一件で、アリスは離れた場所で待機する事ができるようになった。
 俺が言えば、動いてくれるだろう。しかし、目的が目的なだけに、そうするのは躊躇われる。

「いや、そこまでは――」
「じゃああの時の事、アリスちゃんに詳しく話しちゃうから」

「アリス、今日はノエミの部屋で寝てくれ」

 アリスは動かない。じっとノエミを見たままだ。

「……アリス?」

 ぼてんっ! アリスはベッドに寝てしまった。

「うう……この子、結構手強いよー」
「アリス……」

 その後もノエミは説得を続けたが、アリスが動く事はなかった。
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