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杖生活初日②
しおりを挟む座学が終わり、いよいよ実習の時間になった。専用の訓練場にて、先生の指示に従い生徒達が一人ずつ前に出て魔法を発動させている。
題目は炎の球。炎を操る魔法の中でも最もポピュラーな魔法であり、それがゆえに術者の技量に威力が大きく比例する。
『……緊張してるのか?』
「そ、そんなことないもん!」
前で繰り広げられる超常現象に目を取られながらも、奏良は強張った面持ちで前を見つめる彩香に気づき、声をかける。
しかし、返ってきたのは実に頼りない返事だ。目覚めたときの威厳はどこにいったのやら。もしかしたら彼女の素は案外こんな感じのポンコツ……いや、それはないか。
「四條さん、前へ」
「はいっ!」
そんなことを奏良が考えているうちに、彩香の順番が回ってきた。
傍目から見ても緊張でガチガチだとわかるくらいにぎこちない動きで前に出た彼女はそのまま魔法を発動しようとする。
『って、俺を使わないのか?』
「……へ?」
余りにも自然に口に出た言葉に何故か彩香の方まで呆然とし、変な間が流れる。
(何を口走っているんだ俺は―――⁉⁉⁉)
周囲の生徒の実践を見ていたために奏良は彩香が杖を、自分を使わないことに違和感を持ったのだ。自分があれだけ力を貸すことを拒んでいた癖に、だ。
(たった一日で毒されすぎだ!馬鹿か、俺は!……というか、なんでアンタまで呆然としているんだよ!俺はともかく、アンタが杖を使わないことに違和感を持ってちゃダメだろ!)
内心でそう毒づく奏良の感情を察したのか、彩香が早口でまくしたてるように言う。
「べ、別に忘れていたわけじゃないから!これは……アレよ!普段から杖に頼っていちゃ成長するものも成長できないからね!私はソラを然るべきところで有効に使うって決めてるの!」
『は、はあ……別に俺はそれでいいけど』
「ほら、そこ!早くしなさい!」
「す、スイマセン!」
ああ……コイツ素で俺のことを忘れていたな。彩香の明らかに慌てた様子を見て、そう察しながらも奏良は特に追及はしなかった。お互いに今のは失言だった。ならば無かったことにした方がいい。
俺は何も口は挟んでいないし、彼女は真実、威厳に満ちた魔女だった。……そういうことにしておこう。
それに彼女の提案は自分に損のある内容ではない。何故みすみす持っているアドバンテージを捨てるのか、今の説明だけで納得できるわけではないが、そちらが自ら俺を使わないと決めたのなら拒む理由はどこにもない。
それはさておき、だ。先生から催促され、彩香は慌てた様子で魔法を行使する。
その様子を奏良はじっくりと注視する。彼が見ているものは中空に浮かぶ魔力の流れだ。杖の姿になってから感じられるようになったそれは、本来杖を通さないと人には目にすることもできない。だが、人が魔法を行使するとき大気に溶けるように存在するそれが反応するのだ。それは魔法の完成度が高いほど、理路整然と、水が流れるように滞りなく反応する。
これまで魔法を観察してきた結果、そう理論づけた奏良は、彩香の魔法の反応を見て、顔があればしかめっ面を浮かべていただろうと思いながら、彩香に評価をつけていた。
(魔法自体は問題なく構築されている。むしろ完成度だけは大したものだ。だけど、流れている魔力が弱すぎる。そのせいで完成されている魔法陣に綻びが生まれてきている)
そうして、彩香の掌に火の球が現出する。だが、その火は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだ。
発動する前は完璧だった魔法式も魔力を流す段階でボロボロになり、流される魔力が少ないために規模もちっぽけ。
―――はっきり言って駄作。目の前で行使された魔法は奏良が下した結論そのものだった。
「……もういいわ。次、須賀君」
先生のどこか諦めたようなその声と共に、彩香はその場を下がる。腰を下ろして、ため息をついた彼女に声をかけるべきか、奏良は迷い、結局、何も言うことは無かった。
『はあ、やっと一日が終わったか。体が自由に動かせない分、なんだか時間の流れが遅く感じるよ、まったく』
ベッドの上に適当に置かれた奏良はそう愚痴をこぼす。
授業の後、買い物や夕食につき合わされた彼は思っていた以上に体を動かさない生活が精神的に辛いものであると痛感していた。思いっきり伸びをしたい気分だが、体を自由に動かせるのなら、そもそもこんな思いはしていない。
彼をこんな悩みに陥れた元凶は部屋に備え付けられたバスルームにて暢気に入浴中だ。
年頃の娘が思春期の異性を前に入浴など論理的にどうかと言わざるを得ないが、自分は人としての機能のほぼ全てを失っている。そんな相手を異性として意識するのかと言われると首をかしげる他なかった。
そんなこんなで奏良が悶々とした気持ちを押し殺していると、バスルームの方から戸の開く音がする。これまで一時間弱の間、放置され、妹がいるからわかっていたことだが、やっぱり女子の風呂って長いんだなー、とぼーっと考えていた奏良はようやくか、といった様子でそちらに目線を移す。そこにはノースリーブのネグリジェ姿の彩香が立っていた。
少しの間、沈黙してしまう。妹のパジャマくらいしか異性の寝間着を見てこなかった奏良にとって、いくら、通称薄い本のように透けた素材じゃなく、しっかりとした作りだったとしても、風呂上りの異性の無防備に晒された腕や足だけで十二分に目に毒だった。
『……もうちょっと普通の寝間着は無かったのかよ』
「私、パジャマじゃちょっと窮屈で眠れないのよ」
そんな奏良の内心など知らぬとばかりに、彩香は欠伸まじりに弛緩した様子でベッドに近づき、そのまま倒れこむ。
『……あの』
「なあに?もう眠たいのだけど」
『できれば、その、壁にでも立て掛けてくれませんか?』
「どうして?布団の外は寒いわよ?」
『……だったらせめて俺を抱きしめるのは止めてくれませんかねえ⁉いろんなとこが当たってて気が気じゃないっての!言わせんな恥ずかしい!』
初めはやんわりと、遠回しな要求だったが、耐えきれないといった様子で、奏良は直球にそう言った。
言葉にした通り、奏良の体は隙間がないくらいにギュッと抱きしめられていた。密着した女の子特有の柔らかい部位に気を取られ、動揺を隠せない。元の体だと確実に顔に出ていただろう。今ほど杖になったことを感謝したことはないと奏良は感じていた。無論、杖になったことを感謝ってなんだよ、と内心では自分にツッコミを入れている。
「……へー、男の子って本当にこんなことで喜ぶんだ、へー……」
『はあ⁉べ、別に喜んでねーし!ってか、純情な思春期の男子からかって楽しいのかよ!この淫乱魔女め!襲われても知らねーぞ!』
「あら?そんな体でソラは私を襲えるの?」
『ああ、そうですよね!そうでしたよ!無理だって分かっているからそんな態度とっていたんでしたよね!チクショウ!』
彩香の説得を諦めた奏良は、もうどうにでもなれとでもいった心持ちで盛大に匙を投げた。認めてはいないが、自分は彼女の所有物だ。ならば自分をどう扱おうが彼女の勝手だろう。拒否権などないのだ。……誠に遺憾だが。
不貞腐れたように吐き捨てた奏良を見て、彩香はクスリと微笑んだ。
『……なんだよ、何か可笑しいこと言ったか?』
「いいえ。別になんでもないわよ。ただ、ソラの反応が面白くって。……まったく、こんなの私の自己満足なんだから。役得くらいの気持ちで考えていればいいのに」
『自己満足?』
「ご褒美、お詫び……題目はなんだっていいわよ。だって、私がそうしたくてしているんだから」
『それってどういう……』
「ふぁ……もう眠たいわ……それじゃあ、おやすみー……」
『おいっ!』
極めてマイペースに話を切り上げた彩香に対して奏良は声を上げるが、どうやら本当に眠たかったらしく、彼女は電気を消すと、さっさと目を瞑ってしまった。
仕方ないと奏良も彼女に習い、意識を落とそうとして……
(……眠れるかっ!!!)
直ぐに諦めた。同年代の少女の寝息、そして押し付けられた自己主張の強い双丘を前に彼が平常心を保つことなどできるわけがなかったのだ。まったく、どうしてこんなすばら……無駄な機能だけ自分に残っているのか。
(しかし、本当に顔だけは整ってやがるな……こうして眠っていると、ただの可愛い普通の女の子にしか見えないんだけど、なあ。いや……)
仕方ないと彼はしばしの思考に耽る。目の前で無防備な寝顔を晒している彼女について、だ。
容姿端麗、恵まれた環境に相応しい威厳を持った……自分の常識の埒外に住む魔女。それが初対面で抱いた彼女のイメージだった。
だが、友人と自然に笑いながら談笑する姿を、なんでも無いようなことで暴走したり、緊張する姿を、失敗をして落ち込む姿を見た結果、彼女に抱くイメージは大きく変わった。
―――なんだ、普通の女の子じゃないか、と。
なんてことはない。共通認識である常識がズレているだけのことだったのだ。彼女の生活は自分と大差のない、普通の人間のものだった。いや、それどころか、友人との接し方を見ると、彼女が自分に見せている魔女としての素振りはどこかぎこちなくさえ見えた。
希望的観測が混じっている気もするが、冷静になってみると、彼女はどこか無理をしているふうに感じる。きっとこんな役回りに慣れていないのだろう。
……まあ、だからどうしたって話だ。彩香が自分の体を杖に変えたことはどう足掻いても覆せない事実だ。その事実がある以上、彼女の本性が人畜無害な子イヌのような性格だろうと、決して二人の道が相容れることはない。
それでいい、はずだ。そう決めた奏良はいい加減に自分も眠ることに集中しようとし、自分を抱きしめる力が強くなっていることに気付いた。最初は寝相が変わっただけだろうと気に留めなかったのだが、彼女の顔を見てその考えは変わった。
(うなされて、いるのか……?)
穏やかに眠っていたはずの顔が苦しむように悲痛に彩られていたからだ。何か悪い病気かと思い、少し焦りを見せた奏良だったが、彼女が震える声で呟いた言葉でピタリと、止まった。
「……ごめんね。ごめん、ね」
『……』
奏良は何も言うことなく押し黙った。
……きっとこれは、精神的なものだ。彼女が見ているのは悪い夢なのだろう。助けなど呼んでも意味はない。……そして、自分が推測するべきことではないと思った。こんな形で彼女の心内に触れることはいけないことだ。
それ以上に、彼女が誰に謝っているのかを考えるだけで、何故か頭の奥底がきゅっと締め付けられるような、そんな痛みを感じた。
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