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エイカ・アサクラのアトリエは、アイゼンゴッドの西にあった。吸血鬼や人間問わず、裕福層が多く居住している区画だ。
シラハが仕事でもあまり足を踏み入れない場所である。
住んでいるのが裕福な者達のためか、極彩色のネオンが輝く大通りと違い、外灯や建物の外観もどこか品のある造りとなっていた。
ちなみにシラハの上司であるスメラギの家もこの辺りにあるらしい。シラハがそれを聞いた時は「なるほど、この人は金持ちか」なんて身も蓋もない感想を抱いたものだ。
そんな西の区画、通称オーロラストリートを、スメラギが運転する自車で進む。上司が運転しているのは、シラハがまだ免許を取れる歳ではないからだ。
スメラギは普段の軽薄で賑やかな様子とは裏腹に、運転は実に丁寧だ。何度も乗せて貰っているが、スメラギが乱暴な運転をしている所なんて、シラハは一度も見た事がない。
まぁ吸血鬼の同僚からは「よくあの人が運転する車に乗れるね……」なんて言われているので、単純にシラハがそういう場面に遭遇していないだけかもしれないが。
出来ればこのまま、遭遇せずに過ごしたいものだ。
そう考えていると目的地に到着した。白色の建物に『アトリエ・エイカ』と看板が掛けられている。
「へぇ、綺麗な建物ですね」
車から降りて、そんな感想を口にする。
事実、このアトリエには品があった。白い壁に、ラベンダーホワイトの塗料で薄っすらと花の絵が描かれている。
ほんの僅かの色の違いだが、一度それに気が付けば目を惹かれる、そんなデザインだ。
シラハのそんな感想に、同じく車を降りてロックをかけながらスメラギは「そうだね」と同意する。
「ま、中身まで綺麗とは限らないけどねぇ。獲物を捕食するための擬態ってよくあるだろう?」
「綺麗な花には棘がある的な言い回しの方が、大衆の受けは良いですよ」
「植物も外敵を食べたり傷つけたり大変だよね」
「そういう話ではなかった気が。ところでスメラギ様、エイカ氏に会った事があるのですか?」
「いいや? だけど調べるとちらほらと、ねぇ」
若干不穏な事を言いながら、スメラギはそのままアトリエの方へ向かう。シラハもそれに続いた。
そしてドアの前まで来ると、スメラギはインターホンを押す。
「すみませーん! お約束したプロメテウス広報担当のスメラギ・トーノと申しまーす。エイカ・アサクラさんはいらっしゃいますかー?」
そして名乗ると少ししてドアが開き、中から男が現れた。
長い黒髪を後ろでリボンで結んだ赤いタレ目の男。資料に添付されていた写真を思い出し、同じだとシラハは心の中で独り言つ。
彼がエイカ・アサクラだ。
エイカは二人の姿を見ると、胸に手を当ててにこりと微笑む。
「これはこれは。お待ちしておりました、プロメテウスの方々。さ、中へどうぞ」
そう言うとエイカは中へ入るように促してくる。スメラギは「どーもどーも」なんて笑いながらそれに続く。シラハもだ。
約束――つまりはアポイントだ。スメラギがアポイントを取っていたのだろう。こういう細かな部分を忘れないのがスメラギという男だ。
その仕事を頼まれなかった時点で、たぶん入れているのだろうなとシラハは考えていたが、予想通りだ。
もっともプロメテウスの権力を使えば、アポイントなんてすっ飛ばして強制的に会う事は可能なのだが、さすがにそれをすると顰蹙を買う代物なので使った事はない。
中へ入ると、応接室へと案内された。品の良い調度品が並んでいる。
部屋の壁には彼が手掛けたジュエリーの写真も飾られている。その中に一枚だけ、エイカがヴァイオリンを持った女性と二人で映っている写真もあった。
優しそうな女性だなと思っていると、エイカに「どうぞ」と手を向けられて、シラハはスメラギと並んでソファーに腰を下ろした。
少しして、エイカはティーカップを三つ、運んでくる。そして、それぞれの前に置いた。
鮮やかな赤い紅茶に、薄く切ったリンゴが浮かんでいる。
「オススメのフルーツティーです。最近、ちょっと凝っていましてね」
「ありがとうございます。美味しそうですねぇ」
「フフ、そう言って頂けると嬉しいですよ」
なんて笑って、エイカは向かい側に座った。
するとスメラギは「では」と言って、営業スマイルを浮かべて名刺を差し出した。
「今日はお時間を取って頂きありがとうございます。改めて初めまして、僕はプロメテウス広報室・室長のスメラギ・トーノと申します。こっちは……」
「シラハ・ミズノセです。スメラギ室長の補佐官を務めております」
スメラギの挨拶に合わせて、シラハも名乗って軽く頭を下げる。
エイカはシラハ達の顔を順番に見て、
「初めまして。私はエイカ・アサクラと申します。あ、エイカで結構ですよ。その方がフレンドリーで嬉しいです。……ところで、フフ。こうしてウワサに聞くお二人にお会いできるなんて、光栄ですね」
「ウワサ?」
「ええ……フフ。プロメテウスの狗として、とても優秀だと、ね」
赤い目を細めてそう言った。
プロメテウスの狗というのは、プロメテウスに所属する者達を揶揄する言葉だ。
管理機関プロメテウスは、この世界の法を司る。人間と吸血鬼が共存する上では、法や制度、それに伴う抑止力は必要なものだからだ。
しかし――――。
その法を定めたのは人間ではなく吸血鬼だ。現在、管理機関プロメテウスの上層部は一人を除いてすべて吸血鬼で構成されている。
理由は単純にこの世界の方針が能力至上主義だからである。
人間だろうが吸血鬼だろうが、才能や能力の前では平等。
しかしながら吸血鬼は人間の倍以上長く生きる。鍛えようとすればいくらでも鍛えられるし、知識を得ようとすれば遥かに長い時間学ぶ事が出来る。
そもそも基本のスペックが高いのだ。人間がいくら努力をしても、超えられない壁がある。
プロメテウスが法を敷き管理するという姿は、ある意味で吸血鬼が人間を管理してるように見えるのも確かである。
もちろん吸血鬼でも人間でも、法を犯せば同じように裁かれる。しかし、不平等だ、同じように裁かれているだなんて嘘っぱちだ。そう異を唱える者達も少なからずいる。シラハがスメラギに呼び出された時に対峙した人間達もそうだ。
そんな彼らが口にするのが『プロメテウスの狗』という言葉だった。
その言葉を口にしたエイカにスメラギは、
「おや、もしやもしや、エイカさんは反乱分子なので?」
なんて、おどけた調子で言った。暴言には暴言を返すのがこの上司の性格だ。
「スメラギ様、あなた初対面の相手に何を言っているんです」
「あっはっは」
「あっはっはではなく。……申し訳ありません、エイカさん。うちの上司が失礼を」
「いえいえ、失礼なのは私も同じですよ。どんな反応をするか気になってしまって……申し訳ありませんでした」
するとエイカもそう謝罪した。反応を、という辺り、この吸血鬼も大概な性格だなとシラハは思った。もっともシラハはスメラギと違って言葉にする事はないが。
「分かる、分かりますよ~! 気になった事は追及しないとダメな性質でしてね、僕!」
「ああ! 私もです! 気が合いますね」
そんなシラハの内心など知ってか知らずか、スメラギとエイカは意気投合したようで、がっちり握手を交わしている。
先ほどのやり取りは、吸血鬼同士のジョークみたいなものなのだろうか。やはり吸血鬼ってよく分からない。
シラハがほんの少し呆れた様子で見ていると、
「まぁ挨拶はその辺りにしておいて」
「ですね。プロモーションの話ですよね」
「そうでうそうです」
スメラギとエイカは、まるで今までのが茶番だったとでも言うように、仕事の話に入りだした。
何だこの二人。シラハはそう思ったが、さすがにこの場では沈黙を貫く。
ただ何とも言えない表情だけは浮かべていた。
シラハが仕事でもあまり足を踏み入れない場所である。
住んでいるのが裕福な者達のためか、極彩色のネオンが輝く大通りと違い、外灯や建物の外観もどこか品のある造りとなっていた。
ちなみにシラハの上司であるスメラギの家もこの辺りにあるらしい。シラハがそれを聞いた時は「なるほど、この人は金持ちか」なんて身も蓋もない感想を抱いたものだ。
そんな西の区画、通称オーロラストリートを、スメラギが運転する自車で進む。上司が運転しているのは、シラハがまだ免許を取れる歳ではないからだ。
スメラギは普段の軽薄で賑やかな様子とは裏腹に、運転は実に丁寧だ。何度も乗せて貰っているが、スメラギが乱暴な運転をしている所なんて、シラハは一度も見た事がない。
まぁ吸血鬼の同僚からは「よくあの人が運転する車に乗れるね……」なんて言われているので、単純にシラハがそういう場面に遭遇していないだけかもしれないが。
出来ればこのまま、遭遇せずに過ごしたいものだ。
そう考えていると目的地に到着した。白色の建物に『アトリエ・エイカ』と看板が掛けられている。
「へぇ、綺麗な建物ですね」
車から降りて、そんな感想を口にする。
事実、このアトリエには品があった。白い壁に、ラベンダーホワイトの塗料で薄っすらと花の絵が描かれている。
ほんの僅かの色の違いだが、一度それに気が付けば目を惹かれる、そんなデザインだ。
シラハのそんな感想に、同じく車を降りてロックをかけながらスメラギは「そうだね」と同意する。
「ま、中身まで綺麗とは限らないけどねぇ。獲物を捕食するための擬態ってよくあるだろう?」
「綺麗な花には棘がある的な言い回しの方が、大衆の受けは良いですよ」
「植物も外敵を食べたり傷つけたり大変だよね」
「そういう話ではなかった気が。ところでスメラギ様、エイカ氏に会った事があるのですか?」
「いいや? だけど調べるとちらほらと、ねぇ」
若干不穏な事を言いながら、スメラギはそのままアトリエの方へ向かう。シラハもそれに続いた。
そしてドアの前まで来ると、スメラギはインターホンを押す。
「すみませーん! お約束したプロメテウス広報担当のスメラギ・トーノと申しまーす。エイカ・アサクラさんはいらっしゃいますかー?」
そして名乗ると少ししてドアが開き、中から男が現れた。
長い黒髪を後ろでリボンで結んだ赤いタレ目の男。資料に添付されていた写真を思い出し、同じだとシラハは心の中で独り言つ。
彼がエイカ・アサクラだ。
エイカは二人の姿を見ると、胸に手を当ててにこりと微笑む。
「これはこれは。お待ちしておりました、プロメテウスの方々。さ、中へどうぞ」
そう言うとエイカは中へ入るように促してくる。スメラギは「どーもどーも」なんて笑いながらそれに続く。シラハもだ。
約束――つまりはアポイントだ。スメラギがアポイントを取っていたのだろう。こういう細かな部分を忘れないのがスメラギという男だ。
その仕事を頼まれなかった時点で、たぶん入れているのだろうなとシラハは考えていたが、予想通りだ。
もっともプロメテウスの権力を使えば、アポイントなんてすっ飛ばして強制的に会う事は可能なのだが、さすがにそれをすると顰蹙を買う代物なので使った事はない。
中へ入ると、応接室へと案内された。品の良い調度品が並んでいる。
部屋の壁には彼が手掛けたジュエリーの写真も飾られている。その中に一枚だけ、エイカがヴァイオリンを持った女性と二人で映っている写真もあった。
優しそうな女性だなと思っていると、エイカに「どうぞ」と手を向けられて、シラハはスメラギと並んでソファーに腰を下ろした。
少しして、エイカはティーカップを三つ、運んでくる。そして、それぞれの前に置いた。
鮮やかな赤い紅茶に、薄く切ったリンゴが浮かんでいる。
「オススメのフルーツティーです。最近、ちょっと凝っていましてね」
「ありがとうございます。美味しそうですねぇ」
「フフ、そう言って頂けると嬉しいですよ」
なんて笑って、エイカは向かい側に座った。
するとスメラギは「では」と言って、営業スマイルを浮かべて名刺を差し出した。
「今日はお時間を取って頂きありがとうございます。改めて初めまして、僕はプロメテウス広報室・室長のスメラギ・トーノと申します。こっちは……」
「シラハ・ミズノセです。スメラギ室長の補佐官を務めております」
スメラギの挨拶に合わせて、シラハも名乗って軽く頭を下げる。
エイカはシラハ達の顔を順番に見て、
「初めまして。私はエイカ・アサクラと申します。あ、エイカで結構ですよ。その方がフレンドリーで嬉しいです。……ところで、フフ。こうしてウワサに聞くお二人にお会いできるなんて、光栄ですね」
「ウワサ?」
「ええ……フフ。プロメテウスの狗として、とても優秀だと、ね」
赤い目を細めてそう言った。
プロメテウスの狗というのは、プロメテウスに所属する者達を揶揄する言葉だ。
管理機関プロメテウスは、この世界の法を司る。人間と吸血鬼が共存する上では、法や制度、それに伴う抑止力は必要なものだからだ。
しかし――――。
その法を定めたのは人間ではなく吸血鬼だ。現在、管理機関プロメテウスの上層部は一人を除いてすべて吸血鬼で構成されている。
理由は単純にこの世界の方針が能力至上主義だからである。
人間だろうが吸血鬼だろうが、才能や能力の前では平等。
しかしながら吸血鬼は人間の倍以上長く生きる。鍛えようとすればいくらでも鍛えられるし、知識を得ようとすれば遥かに長い時間学ぶ事が出来る。
そもそも基本のスペックが高いのだ。人間がいくら努力をしても、超えられない壁がある。
プロメテウスが法を敷き管理するという姿は、ある意味で吸血鬼が人間を管理してるように見えるのも確かである。
もちろん吸血鬼でも人間でも、法を犯せば同じように裁かれる。しかし、不平等だ、同じように裁かれているだなんて嘘っぱちだ。そう異を唱える者達も少なからずいる。シラハがスメラギに呼び出された時に対峙した人間達もそうだ。
そんな彼らが口にするのが『プロメテウスの狗』という言葉だった。
その言葉を口にしたエイカにスメラギは、
「おや、もしやもしや、エイカさんは反乱分子なので?」
なんて、おどけた調子で言った。暴言には暴言を返すのがこの上司の性格だ。
「スメラギ様、あなた初対面の相手に何を言っているんです」
「あっはっは」
「あっはっはではなく。……申し訳ありません、エイカさん。うちの上司が失礼を」
「いえいえ、失礼なのは私も同じですよ。どんな反応をするか気になってしまって……申し訳ありませんでした」
するとエイカもそう謝罪した。反応を、という辺り、この吸血鬼も大概な性格だなとシラハは思った。もっともシラハはスメラギと違って言葉にする事はないが。
「分かる、分かりますよ~! 気になった事は追及しないとダメな性質でしてね、僕!」
「ああ! 私もです! 気が合いますね」
そんなシラハの内心など知ってか知らずか、スメラギとエイカは意気投合したようで、がっちり握手を交わしている。
先ほどのやり取りは、吸血鬼同士のジョークみたいなものなのだろうか。やはり吸血鬼ってよく分からない。
シラハがほんの少し呆れた様子で見ていると、
「まぁ挨拶はその辺りにしておいて」
「ですね。プロモーションの話ですよね」
「そうでうそうです」
スメラギとエイカは、まるで今までのが茶番だったとでも言うように、仕事の話に入りだした。
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