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結界に挟まれた侍 4

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 神雷教室についての相談がいち段落すると、独楽と信太は若利と一緒に、顔見せついでに見回りに行く事となった。
 屋敷から一歩外に出れば、じりじりとした夏の暑さが肌を焼く。降り注ぐ日差しを受けながら独楽達は、イナカマチ区画の村に向かってひび割れたアスファルトの上を歩き始めた。

「きみはイナカマチ区画の事は知っているか?」
「いえ、それほど。以前に女性が区画主を務めてらっしゃったくらいですかね」
「先代の事か、俺の祖母だ。継ぎ接ぎ世界になって、区画が始まった時の初代区画主でもある」

 話ながら若利は空を見上げた。つられて独楽と信太も顔を上げる。原色の絵の具を落としたかのような青空に、白い入道雲が浮かんでいるのが見えた。

「イナカマチ区画を守る神雷結界を張ってくれたのも、あの人なんだ」

 若利は懐かしむように目を細めた。
 この世界が継ぎ接ぎ世界として生まれた当初、神力や神雷といった不可思議な力が初めて発現した時、人々は驚き、戸惑った。神雷と似た性質の『魔法』や『超能力』といったものが存在していた世界の住人達は比較的早く馴染んだが、そういったものが身近になかった世界の住人達は、それに適応するのに時間が掛かった。使用方法や用途はもちろんではあるが、何よりもまず、それが何であるかを理解するのが難しかったからである。

 イナカマチ区画がどうであったかと言うと、小説や漫画、映画やアニメーションなどの創作上で、そういったものは存在していた。実際に元の世界ではそういうものもあったのかもしれないが、少なくともほとんどの者にとっては、神雷のような不可思議な力は『創作物』であったのだ。憧れはするが使えはしないもの。彼らにとって神雷とはそう言った対象であった。

 いわば神雷とは未知の存在である。未知の存在に対して、人がどういう行動を取るか。大体は安全が分かるまでは恐れるか、距離を取るかだろう。イナカマチ区画の住人達も、最初はそんな様子だった。
 その中で未知を恐れず柔軟に対応をしたのが、先代の区画主である若利の祖母だったのだそうだ。

「祖母は若い頃から豪胆な人で、烏玉や神雷を前にしても『へんてこな力がなにだってんだい、こんなもんよりお天道様が荒れる方が大変だったじゃないか』なんて言いながら、ササッと信頼を使って見せてくれたんだ」
「あはは。確かに神雷に比べたら、いつ起こるか分からない自然災害の方がずっと怖いですね。よくよく考えれば、継ぎ接ぎ世界になったのも自然災害みたいなもんですし、こんな大事が怒るよりは神雷の方がまだ可愛いです」
「だろう? 祖母がそう言ったおかげで、住人達も『そりゃそうだ』って受け入れられるようになったんだ。色々と」

 色々と、と言った若利の言葉には、恐らく継ぎ接ぎ世界の事も含まれるのだろう。何の前触れもなく、唐突に世界が変わったのだ。切り取られた世界の外側に家族でもいれば、二度と会う事は出来ないだろうと誰もが思う事だろう。恐怖、不安、寂しさ、そう言ったものを飲み込むには時間が掛かる。全てを受け入れる事は出来ないだろうけれど、少しでも抱えた物が軽くならなければ、立ち上がれなくなってしまう。先代の区画主は、その立ち上がるきかっけとなったのだ。

「さすが素敵な方ですね、真頼様は」
「ああ。俺もそう思う。……怒るとハンパないくらい怖かったがな」
「若様、怒られたです?」
「ちょう怒られた」
「あっはっは」
「笑い事ではないぞ。……ん? そう言えば、俺はきみに祖母の名前、言っていたか?」

 若利が首を傾げた。独楽が目を瞬き、何か言おうと口を動かし掛けた時、

「おぉーい! 若様ぁー!」

 と、田んぼの向こうから、若利を呼ぶ声がした。声の方を向けば七十代後半くらいの男性が土手に立って、若利に手を振っているのが見えた。

「おお、ちょうど良いところに。独楽、あそこにいるのが村のまとめ役の源三だ」

 そう言いながら若利は源三の元へと向い、独楽と信太はその背中を追って歩いた。
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