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結界に挟まれた侍 9

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「これはイナカマチ区画の若様、お久しぶりです!」

 帽子を取ってパオロが挨拶をすると、若利は肩をすくめる。

「久しぶりも何も昨日会ったが。何だ、また来たのか」
「またもなにも、我々はお話をしたいだけですよ」
「良く言う。それに話をしたいなら堂々と結界を通ってくれば良いだろう」
「…………」

 通れないという事は、悪意や害意を持っているという事だ。若利の言葉に答えずに、パオロはにこりと笑う。

「そう言えば若様、あの人はどちら様ですか?」

 現れたパオロを見て、独楽は若利に尋ねた。独楽が知っているのはリベルタ区画の人間で、パオロという名前である、という事だけである。

「隣の……リベルタ第五区画の管理官のパオロだ」

 パオロが現れた区画を指して若利は答えた。独楽は区画の管理官、という所で不思議そうな顔になる。

「管理官? 区画主じゃなく?」
「区画主は別にいるのだが、多くの区画を奪い過ぎて管理しきれていないという事だろう。あいつはその区画の一つを管理している者だ」

 若利の話を聞いて、つまりは中間管理職か、と独楽は結論付けた。

「管理しきれないのに奪うなんて馬鹿ですか?」

 呆れたように独楽が言うと、パオロの笑顔が深まった。眉間に皺が寄っているようにも見える。

「相変わらず口の悪い方だ。品位を疑われますよ」
「む、それはまずいですね。信太にとって悪い影響を与える事になります、別の言い回しを考えましょう。管理しきれないのに奪うとは、何とも滑稽ですね?」
「二度言うな」

 言い方を変えても、印象が悪化するのはなぜなのか。若利はこめかみを抑えて小さく息を吐いた。
 笑みを深めたままのパオロは、スッと左手を挙げた。すると数人の部下が何やら鎖らしきものを引っ張った。すると、神雷で押さえつけられ、暴れている数匹の魔獣が引きずられるように現れる。独楽は「ぴ」と怖がる小夜を庇うように前に出た。

「ははは、驚かせてしまいましたか、すみません」

 悪いなどとは何とも思っていない顔でパオロは言う。そして区画の向こうの顔ぶれを見回して、天津のところで目を止めた。

「おや、初めて見る顔もいらっしゃいますね」
「きみが来たのは一週間前だ、知らぬ顔もいるだろうよ」
「はははは、それはまぁ、そうですね。イナカマチの神雷結界は大変見事ですから。……でも、最近はそうも言っていられないようで。効力は戻ってらっしゃるようで」

 パオロは軽く神雷結界を叩いた。コンコン、と叩く音に合わせて神雷結界に波紋が出来る。敵意や悪意などなければ、するりと腕は入れるはずだ。それが出来ずにこうして叩く事が出来る、という事はパオロ自身が悪意や敵意を持っている、という事である。
 独楽は正直なところ、天津が挟まっている所を見て、神雷結界がちゃんと働いていないのではないか、と心配になっていた。だがどうやら杞憂の様だった。

「結界など張らずとも、どこぞの区画が攻め入ってこなければ良いだけの話なのだがな」
「それはそちらが我々の要求を呑んで頂けないからですよ」
「要求?」
「イナカマチ区画を明け渡せ、とな」

 それは呑まないだろうし、呑めないだろうな、と独楽は思った。
 パオロは芝居がかったように両手を広げて苦笑する。

「いやいや、これは人聞きの悪い! 僕たちは若様にリベルタ区画の傘下に入りませんか、と言ったのですよ。イナカマチ区画は小さな区画です。他の大きな区画に攻め入れられれば、一気に制圧されてしまうでしょう」

 この間のように、と付け足すパオロに、若利が苦い顔になる。

「ですので、我々の傘下に入って頂ければ、我々が守りましょうと言っているのですよ」
「――――それで、それを受けた場合、どうなる?」
「若様?」
「まずはこのイナカマチ区画を開拓し、リベルタ区画のように住みよい街にします。ああ、もちろん、イナカマチ区画の皆様にはちゃんとここで働けるような仕事を与えて差し上げます。この区画の自然は見事な物ですから、ここで食糧を……」
「――――パオロ。イナカマチ区画の者達は農民であって、農奴ではないぞ」

 静かに聞いていた若利は、はっきりとそう言った。
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