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賑わい
しおりを挟む「そう言えば引き分けについては考えていなかったな」
グルージャは顎に手を当ててそう言った。
それを聞いたセレッソも、そう言えばと頬に手を当てる。
「そうですわねぇ……延長戦でもやります?」
「マジかよ!?」
実況席で話し合うセレッソとグルージャの声が聞こえたのか、両チームの一部から悲鳴のような声が上がった。
それもそうだろう。最後の最後であれだけの全力で雪玉を投げていたのだ。ほぼ全員へとへとである。
シスネとルシエなど青ざめている。
それを見ながらベナードは軽く首を振った。
「勝ってたところを最後の最後で引き分けに持ってこられたんだ。ある意味、俺達の負けだよ」
ベナードがそう言うと、アベートやサウセ、また見物客の中の冒険者達が驚いて目を張った。
「という事は……冬の」
「うおおおおおおお火トカゲのカンテラは俺達のもんだあああああああ!」
アベートが言いかけた時、その言葉を遮るように冒険者達の歓声が響いた。
雄たけびに近いかもしれない。
彼らは火トカゲのカンテラ、火トカゲのカンテラと言いながら、お互いに手を打ち鳴らしたり、肩を組んだりと大盛り上がりである。
それを見てアベートはぽかんと口を開け、ベナードはからからと笑った。
「お前ら、そっちがメインじゃないだろ!?」
「うおおおおおお火トカゲのカンテラああああああああ!」
アベートがそう言うが、冒険者達の耳には届いていないようだ。
よほど火トカゲのカンテラが嬉しいらしい。
セレッソがこれだけ喜んでくれるのならば無理を言って用意して貰った甲斐があるなぁと思っていると、グルージャが、
「王都からたまに来る冒険者が火トカゲのカンテラ持っていてな。来る度にさりげなーく自慢していくわけよ」
と教えてくれた。
なるほど、とセレッソはくすくす笑う。
アベートは一向に火トカゲのカンテラへの喜びが収まらない冒険者達に向かってしばらく何か言っていたのだが、
「……ったく、しょうがねぇなぁ」
やがてため息を吐いて、肩を震わせて笑い出した。
つられてサウセや冒険者チームにも笑いが広がる。
セレッソとグルージャはお互いに頷き合うと実況席を立ちあがり、ベナードの下へと向かった。
「それでは、ベナード隊長。今回の冬の討伐には、冒険者も参加という事でよろしいでしょうか?」
「ああ」
グルージャの言葉にベナードは頷く。
その言葉に頷き返すとグルージャは、
「とは言え、今回は引き分けだからな。冬の討伐では騎士隊の指示には従うよ」
そう言ってニッと笑った。
ベナードとセレッソ、ルシエは少しだけ目を張った。
もともと冒険者が勝利した場合の冬の討伐参加については『騎士隊の指示に従う事』という条件は、相談している段階で出ていたものだ。
だが、それを先に説明してしまうと、余計ないざこざをおこしかねない。
その点で揉めている間に冬の討伐が始まってしまう可能性もあったので、勝敗決定後にグルージャとベナードから冒険者と騎士に向けて上手く話をする予定だったのだ。
それを、このタイミングで持ち出してきたのはさすがだと、セレッソ達は思った。
三人が頷くと、グルージャも返すように頷き、アベート達を振り返る。
「それで良いだろう?」
グルージャの言葉に、アベート達も頷いた。
「まぁな。今回は、完全勝利ってわけじゃねぇし」
「そうか」
「だけど、次はこてんぱんにのしてやるから覚悟しとけよ、ベナード隊長?」
そう言って、アベートはベナードに向かってニッと笑いかけた。
恐らく、セレッソが知る限りでは今までに騎士隊関係者に向けられた表情の中で、一番普通で柔らかい表情だった。
雪合戦が終わった後、教会の敷地からは屋台諸々は直ぐには撤収されたなかった。
理由は簡単。
試合を見ていた子供達や見物客が、試合を見ている間に、自分達も雪合戦がやりたくなったのだそうだ。
コートに入って大人子供混じっては雪玉を投げ合い、実況席に座ってはセレッソ達の真似をして実況解説をしてみたり。
誰もが楽しそうである。
ちなみに両方の陣地に立っていたレアルとサウセの雪像は、試合のラストの雪玉の雨で、ただの雪だるまと化していた。
製作者であるレアルとサウセは、試合が終わった後にそれに気付き、雪の地面に手を付けてショックを受けていた。
ちなみに加工者であるカラバッサは、二つの雪だるまを見て「これはこれであり……」とか何とか呟いていたが。
落ち込むレアルとサウセだったが、雪像を見ていた子供達に「今度はうさぎ作って!」とか「お城作って!」とせがまれると、途端に機嫌を直してお互い競い合いながら雪像作りを始めたのだった。
「あいつら体力あるなァ」
コートから少し離れた場所に敷かれたシートに座ってそれを眺めながら、ベナードがからからと笑った。
シートの上にはベナードやアベートなど、雪合戦に参加した両チームのメンバー達が座って休憩をしている。
もちろんセレッソやグルージャもだ。
彼女達の前には、コラソン亭の主人や屋台の店主達が気を利かせて色々と料理を運んでくれていた。
コラソン亭の温かいスープやサンドイッチ、焼きたてのソーセージに、シュガーシロップをたっぷりかけたパンケーキ。
ずらりと並んだ料理から漂う香りは実に美味しそうだ。
その香りにつられて見物客もまた屋台の食べ物を購入し始めたところを見ると、労いの意味と宣伝の両方を兼ねているらしい。
さすが商人である。
屋台の店主達の思惑はともかくとして、疲れてお腹を空かせた後や、かいた汗で体が冷えてきたメンバー達にとっては、店主達の心遣いは有難かった。
それぞれにまずスープの器を手に取ったセレッソ達は、手から伝わってくる温かさにほっと息を吐く。
「あー、温まるなぁ……」
「だねぇ。いやぁ、オッサンに冷えはキツイわ」
ローロがそう言うと、カラバッサはしみじみと頷いた。
最初の内は雪像を見ていたカラバッサだったが、雪像作りを始めた二人にはさすがについて行けず、こうして戻って来ていたのだ。
「とか言って雪像作りの時とか凄くはっしゃいでなかった?」
「そうです、まったく何を考えているのですか」
ヒラソールの言葉にシスネが同意するように言う。
恐らくサウセの作ったマーメイドの事を言っているのだろう。
カラバッサは大げさに拗ねたように口を尖らせると、
「えー、だって、アレだよ? やっぱロマンじゃない? ねぇローロ?」
「えっそれ僕に振るの!? いや、まぁ、その……あ、アベートはどうだい?」
「俺かよ!? いや、そりゃあ、うん……し、支部長はどうなんだよ?」
「好きだぞ」
男性陣の不毛な押し付け合いの末に、回って来たグルージャは堂々とそう言ってサンドイッチを食べた。
逆に清々しいくらいである。
「さすが支部長、痺れるッス!」
「はっはっは、よせやい」
「内容酷いけどね」
からからと笑うグルージャにつられて、ベナードやルシエも噴き出した。
それをきっかけに、シートに座った者達はお互いにわいわいと話を始めた。
騎士や冒険者関係なくである。
「あー、何か酒飲みたくなってきたぁー」
「カラバッサセンパイ、昼間からお酒はダメッス!」
「足とか耳がいいと思うぜ」
「あーなるほどなぁー」
「なるほど! 分かりましたわ!」
「そう言えばローロはマーメイド好きだったわねぇ」
「アベートもだろ?」
「る、ルシエ! それぶり返さないで!」
「お前も忘れろヒラソール!」
などと、わいわい賑やかだ。
シスネはその光景を、どこかぼんやりとしながら眺めていた。
「どうかしました?」
ふと、その様子に気づいたセレッソが、その賑やかな中から抜け出してシスネに声を掛ける。
セレッソの声にハッとしたシスネは顔を上げて、
「いえ、何か……不思議だな、と思いまして」
と、ぽつりと呟きながら小さく笑って首を振った。
セレッソはシスネの隣に座ると首を傾げて尋ねた。
「不思議、ですの?」
「ええ。……不思議です」
こうして騎士と冒険者が普通に話をしているのが。
そう頷いて、シスネはシートに座る騎士と冒険者達、教会の敷地内で遊んでいる者達、そして、その横で雪像作りをしているレアルとサウセを見た。
セレッソも同じように、ゆっくりと辺りを見回した。
賑やかだ。そして、和やかだ。
試合前までの様子と比べると流れる空気は明るいもので、ピリピリとするような尖った空気は感じられない。
それが不思議だとシスネは言った。
セレッソは微笑むように目を細めると、
「何だかんだで、相手と話さないというのが一番良くないんですのよ」
と言った。
セレッソの言葉にシスネが少しだけ目を張る。
「相手がこんな事を言っているんじゃないかとか、相手がこういう風に思っているんじゃないかとか。自分が思っている以上に、悪い風には考えやすいのですわ」
「悪い風に、ですか」
「ええ」
ふと、シスネの頭に数日前のコラソン亭での出来事が浮かんできた。
あの時シスネはアベートと話をしてアベートと、そして冒険者の考えを直接冒険者から聞いた。
そしてシスネ自身も自分と騎士の考えを直接冒険者に話した。
話をして言葉の行き違いや認識の違いがあった事を知った。
憤りはあったし、悔しさもあった。だがそれ以上に愕然とした。
人から聞いた言葉よりも新聞で読んだ文章よりも、直接自分の耳で聞いた声は思った以上にシスネの頭に残っていた。
「簡単でも、難しいのですね」
「ええ。でも、難しくても簡単ですわ」
うふふ、とセレッソは笑う。
それにつられてシスネもくすくすと笑った。
そうして笑い合っていると、そこへヒラソールとペーラがやって来た。
「ちょ、ちょっと避難させて下さいッスー!」
「何事ですの?」
「酔っ払いに絡まれ始めたから逃げてきた!」
セレッソとシスネの隣に腰を下ろした二人は向かい側の奥のシートを指さす。
そこには顔をほんのりと顔を赤くしたグルージャとアベート、カラバッサがいた。
三人は手に湯気の立つ赤い液体の入ったティーカップを持っている。
「昼間っからワインですか!?」
ぎょっとしてシスネは目を剥いた。
三人が手に持っているのはヴァン・ショーと呼ばれる飲み物だ。
ワインにシュガーシロップと、香辛料を入れて煮て作った温かいお酒である。
誰が用意したのかは分からないが、良く見るとコラソン亭の主人や屋台の店主達も手にカップを持っているので、その辺りだろう。
さすがにベナードら騎士達は仕事があるので遠慮しているようだが。
「でも、ちょっとだけ酔ったベナード隊長を見て見たかったですわね」
「セレッソさんは本当にぶれませんね……」
ぽっと頬を染めて言うセレッソに、シスネはこめかみを押さえてため息を吐いた。
ヒラソールとペーラはシスネの様子が面白かったのか、思わず噴き出した。
シスネは二人の笑顔に慌てると、拗ねたように軽く睨むと、やがて自分も同じように笑い出した。
セレッソも同じようにくすくす笑う。
「いいねぇ」
それを横目でちらりと見ながら、グルージャは笑う。
「だな」
ベナードも頷いた。
雪合戦会場はまだまだあちらこちらで賑やかだ。
レアルとサウセが「僕達の力作を見たまえ!」と雪像を披露している声を聞きながら、ベナードとグルージャはお互いのティーカップを軽く持ち上げてカチンと鳴らし合った。
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