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ボスの討伐
しおりを挟む氷の獣のボスの動きをひとことで言い表すならば、恐らくそれはしなやかなのだろうとセレッソは思った。
見た目よりも素早い事は昨日の戦闘で分かっているが、それ以上に動きに無駄がない。
一度攻撃しては退き、ぐるぐるとセレッソとベナードの周囲を歩き回り、そうしてまた攻撃し退く。
恐らくセレッソとベナードが疲労するのを待っているのだろう。
「群れの全部がこのレベルじゃなくて良かったよ」
ボスの攻撃を剣で防ぎながらベナードは言った。
セレッソもベナードもまだまだ大丈夫ではあるが、数時間後はどうかは分からない。
ボスが取っているこの行動は、相手を仕留める為に時間は掛かるが確実な方法ではあるのだ。
氷の獣とは精霊の力で生まれたものだ。そしてその体は生き物というよりも自然現象に近い。
ゆえに、その体に限界はあっても疲労を感じる事はない。
氷の獣についての研究はその性質もあってなかなか進められていないが、騎士隊の報告書の中には日没までずっと休む事なく戦い続けたという記録も残っている。
タイムリミットはあるものの、時間が経てば経つほどに不利になるのは討伐する側だ。
「浅い攻撃だと直ぐに治ってしまいますわね」
先程ベナードが斬りつけた傷がパキパキと塞がっていく様子を見てセレッソが呟く。
その言葉にベナードも頷いた。
「ああ。群れの方を相手にした時みたいに、斬り落とすか一気に叩くかしないと難しいな」
氷の獣のボスの体は群れの他の獣達と比べて更に硬い。
そして何よりつけた傷が浅ければ直ぐに塞がってしまうのだ。
もしかしたら樹氷石があるからかもしれないが、それならば尚の事早くに決着をつけなければならない。
そう考えていると、ザリ、と氷の獣のボスが前足で雪の地面を掻くような動作を見せた。
「セレッソ」
「はい!」
それを見てベナードはセレッソに声を掛ける。
何度か戦っていて分かったが、あの動作は氷の獣のボスが飛び掛かる前に行う動作だ。
身構える二人の前で氷の獣のボスは予想通り力強く雪の地面を蹴り、二人に向かって飛び掛かってきた。
「よっと!」
ベナードとセレッソは左右に避けると、ベナードは地面に着地したボス目がけて剣を横に薙ぐ。
だがその剣は空を切った。
ボスは体を低くしてそれを避けたのだ。
わずかに毛先がパキパキと折れる音が聞こえた。
セレッソもボス目がけて木の棒を振り下ろすが、ガン、と硬い体に弾かれる。
体に受けた衝撃に、セレッソの方へと顔を向けたボスの頭に向かってベナードが剣を突き立てるように振り下ろしたが、
「ッ」
動きを読んでいたかのようにボスは振り向き、首を横に捻って刃に噛みつき、歯でそれを受け止める。
氷の獣は疲労も感じないが痛みも感じない。
相変わらず厄介な相手だとベナードは思った。
「オイオイ、こいつァ食べ物じゃねェぞ」
ベナードはギリギリと力を込めながら剣を押すが、相手も負けじと刃を噛む歯に力を込める。
どちらも退かない状況にセレッソはどうしたものかと周囲を見回す。
やはり木の棒程度では氷の獣相手には不利だ。
ボスの体に刺さったバトルアックスを抜ければ、まだ何とかなるのだが。
そう考えている内に、ベナードがボスの体を靴の底で蹴り飛ばし距離を取った。
「一段と硬ェな」
「ですわね」
二人の目の前で氷の獣はするりと雪の上に着地する。
今の攻撃が全力のものではない事はセレッソやベナードにも分かった。
隙を見せればそのまま仕留めるつもりではいるだろうが、やはり二人が疲労し、衰弱するのを待っているのだろう。
じわり、じわりと、確実に。
その姿の元になっている本物の狼の狩りのように。
ベナードは相手から目を逸らさずに剣の柄を握り直した。
セレッソも「よし」と木の棒を握り直して、
「ベナード隊長、わたくしのバトルアックスとは逆側に亀裂を入れられます?」
「逆側?」
セレッソの言葉にベナードは氷の獣のボスの体に刺さったバトルアックスを見た。
バトルアックスはボスから見て右側に、横に突き出るような形で刺さり凍っている。
その逆側となれば左だ。
そこまで考えてベナードは気づいたように頷いた。
「ああ、行ける。行けるが、大丈夫か?」
「もちろんですわっ」
ベナードの言葉にセレッソは力強く頷いた。
「……即答できるんだよなァ」
「ベナード隊長?」
「いや、こっちの話。それじゃあ、行くぞ」
ベナードは小さく笑うと、両手で剣を構えてボスに向かって駆け出す。
ボスは先程と同じように足で軽く地面を掻くような動作を見せ、向かってきたベナードに向かって飛び掛かる。
その足には鋭い爪のようなものが見える。
口の牙も、足の爪も、どちらも鋭く、触れれば身に着けている服もろとも肌を切り裂くだろう。
ベナードは体を捻ってギリギリでそれを避けると、左足を軸に、叩きつけるように剣を横へと薙ぐ。
ガキン、と割れるような音が響いた。
剣が当たったのは氷の獣のボスから見て左側の首近く。
相手の体が硬いからかそれとも力が足りないからか、残念ながら斬り落とす事は出来なかったが、抉ったような深い傷がついた。
「セレッソ!」
ベナードはそのまま氷の獣のボスを、力づくで雪の地面の上に倒して叫ぶ。
セレッソはその声に応えるように、ベナードがつけた傷目がけて木の棒をガンッと力強く突き刺した。
その上からベナードが剣の柄で木の棒の端を押しこむように強く叩く。
「よし!」
そして二人はそのまま氷の獣のボスから距離を取る。
氷の獣のボスは体を起こすと小さく唸った。
すると、ボスの体に刺さった木の棒はセレッソのバトルアックスと同じように、つけた傷ごとパキパキと凍り始める。
セレッソとベナードは狙い通りだとニッと笑った。
これでボスの体は、右にバトルアックスが、そして左には木の棒が突き出た形になった。
周囲に木が生えているような今のような狭い場所で素早く移動する事は、バトルアックスと木の棒が引っ掛かって出来ない。
「これなら……」
これならば行ける。
セレッソはそう思って呟くと、ベナードも頷く。
木の棒が半分まで凍ったタイミングで、ベナードが追い打ちを掛ける為に一歩足を踏み出した。
――――その時だ。
『――――』
氷の獣のボスが、大きく吼えた。
何度か聞いたものとは違う独特の響きを持つ声だ。
それと同時にボスを中心に、ぶわり、と冷たい風が巻き起こり、セレッソとベナードの体を襲う。
思わず目を閉じたセレッソは、その風に当たった直後に自分の体が、まるで雪の中に飛び込んだように冷たくなっている事に気が付いた。
「……これ」
目を開けて体を見ると、足や腕、顔にまで、うっすらと霜のようなものがついている。
セレッソが驚いたように目を張ってベナードを見ると、ベナードの体もまた同じように霜のようなものがついていた。
「こいつァ初めて見たな……」
ベナードの声にも驚きの色が含まれていた。
まるで魔法みたいな。
思わずそんな言葉がセレッソの頭に浮かんだ。
氷の獣のボスが吼えた直後に、吹いた風と体についたこの霜のようなもの。
無関係ではないだろう。
セレッソは手で顔や腕、足についた霜を払って落とす。
「連続で受けたら氷漬けになってしまいますわね」
「レアルとサウセの雪像みたいなのは御免だねェ」
ベナードがそう言うとセレッソは「確かに」とくすくす笑った。
そうしてセレッソはしゃがんで雪玉を作ると構える。
「援護します」
「ああ、頼んだ」
頷くと、ベナードは再び剣を構えて氷の獣のボス目がけて駆け出す。
その間にも、ボスは再び吼える為に大きく息を吸い、体を逸らした。
セレッソはベナードに当たらないように横に動くと、ボスの口目がけて雪玉を投げる。
だがボスの動きは止まらない。
『――――』
氷の獣のボス大きく吼えると、またあの冷たい風がセレッソとベナードを襲う。
ベナードは息を止めて走りボスの頭めがけて剣を振り下ろした。
ボスはよろけて数歩後ろに下がるが、まだ倒れない。
くっきりと頭についた傷は深いものの倒すまでには至らないようだ。
ベナードは再び地面を蹴って向かって行く。
氷の獣のボスはベナードの攻撃を避けるように、地面を蹴って後ろに飛び退いた。
その時氷の獣のボスの背後から、二つの影が飛び出した!
「あ!」
セレッソが目を張って思わず声を上げる。
「遅くなりました!」
「よう、お待たせ!」
現れたのはルシエとカラバッサだ。
ルシエはロングソードを、カラバッサは両手剣を、ボスに向かって振り下ろす。
ボスは避ける事が出来ずに二人の攻撃をそのまま受ける。
ルシエの剣が亀裂を、カラバッサの両手剣がボスの左の足を斬り落とす。
その衝撃と、後ろ足の片方を失った事により氷の獣のボスはがくんと体勢を崩した。
ボスはよろけながらも何とか距離を取ろうと前足を蹴って動くが、体に刺さったバトルアックスと木の棒が、周囲に生えている木の幹に当たり、動きが止まる。
「止まった!」
セレッソの言葉と同時に、今度はレアルとカルタモがルシエ達の背後から現れ、ボスへと向かう。
動けない氷の獣のボス目がけて振り下ろされたレアルとカルタモの武器は、深く、深く、氷の体に傷をつけた。
レアルとカルタモは、そのまま、ボスが動かないように力を込めて押さえつける。
「隊長!」
レアルの言葉にベナードは頷くと、ベナードが先程、ボスの頭につけた傷目がけて、力づくで剣を振り下ろした。
ガシャアン、とガラスが割れるような音が辺りに響く。
振り下ろした剣の衝撃で氷の獣のボスは雪の地面に沈み、やがてサラサラと砂のように崩れ、雪の中へと消えて行った。
「…………終わった……」
ボスの姿が完全に消えたのを見て、セレッソは小さく呟いた。
ほう、と息を吐いた後、セレッソはベナード達の所へと向かう。
ベナードはセレッソに向かって笑うと手を軽く拳を挙げる。
セレッソはそれを見て嬉しそうに笑うと、同じように拳を作り、ベナードの拳に軽くあてた。
「だ、大丈夫、二人とも!?」
そんな彼らの下へルシエとカラバッサが駆け寄る。
ルシエは体に霜がついて白くなっている二人を見て青ざめると、二人の体からぱたぱたと霜を払った。
それと一緒に、怪我はないかどうかをしっかりと確認した後で、ようやく安心したように表情を緩める。
「良かった……うう、本当に良かった……」
少し涙ぐんでいるルシエにセレッソとベナードはにこにこ笑って頷いた。
「助かったよ、ルシエ。レアルにカラバッサ、カルタモもな」
「ありがとうございました!」
セレッソとベナードが笑ってそう言うと、カラバッサはそれに笑い返し、レアルとカルタモは「良かった……」と心底ほっとしたように呟いて額に手をあてた。
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