負け犬隊の隊付き作家

石動なつめ

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慰労会

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 日が沈み、辺りが夜一色に染まったコンタールの町を、冒険者ギルドの支部長であるグルージャとカラバッサが歩いていた。
 彼らの頭上の空には大きな月と数多の星が輝いている。
 グルージャとカラバッサは今から少し前に冬の討伐の最終確認を終えた所だった。

「いやぁ今年は賑やかだったなぁ」
「だねぇ。いやぁホント色々あったわぁ」

 グルージャの言葉にカラバッサがカラカラ笑って頷く。
 彼らが話しているのはもちろん今回の冬の討伐の事である。
 グルージャもカラバッサも、コンタールの冒険者ギルドで活動してから大分経つが、彼らが覚えている中でも一番賑やかな討伐だった。
 ご存じの通りコンタールの今までの冬の討伐は騎士隊のみで行われている。
 その事でも冒険者達は騎士に対して不満を持っていた。
 不満の根本にあるのはアルディリア全体で問題となっている騎士と冒険者の不仲からではあるが、コンタールはアルディリアの各地と比べれば、騎士と冒険者同士の小さな諍いはあれど大きな衝突は起きていなかった。
 だが、如何に小さな諍いであろうと、積み重ねて行けば大事になる。
 そして冒険者達の不満は冬の討伐の際に一気に高まるのだ。
 なので毎年冬の討伐が行われる際には、グルージャは冒険者達を集めてコラソン亭に連れて行き、食事や酒で彼らの不満を発散させていた。

「いつもはただの飲み会だけど、今年は慰労会だもんなぁ」

 カラバッサが楽しそうにくつくつ笑う。
 二人が今向かっているのはコラソン亭だ。
 そしてそこで行われているのは不満を発散させる飲み会ではなく、冬の討伐を終えた後の慰労会である。
 しかも騎士と冒険者が合同で行った冬の討伐の、である。
 良い傾向だとグルージャもカラバッサも思っていた。

「仲が悪いのは面白くねぇからな」
「色々やりにくいからねぇ」

 グルージャの言葉にカラバッサは頷いた。
 そう、面白くないのだ。
 お互いの仲が悪ければ仕事に関してもやり辛い。
 冒険者と騎士の本分は違う。それぞれが動ける範囲も、影響を持つ場所も、得意とする事も違う。
 立場と役割、それぞれの強みを以って上手く協力が出来ればスムーズに行く事も、協力が出来ない事によって何倍も時間が掛かる事がある。
 ほんの些細な事から、人の命に係わるような重要な事まで様々だ。
 だからこそグルージャは『仕事は仕事』としてギルドから冒険者達に働きかけているが、なかなか上手く行っていないのが現状だ。
 それでもカラバッサのようなベテランならば弁えて仕事をする事が出来る。
 また、若い冒険者達も騎士や冒険者の関係については思う所はあっても、本人が実際に目の当りにした事がない者が多い為、話せばそれなりに協力的だ。
 問題はアベートやサウセら中堅の冒険者達である。

「それにしても、アベートやサウセが一番先に落ち着くとは思わなかったよ」

 カラバッサがそう言うとグルージャは苦笑して肩をすくめた。
 アベートやサウセは騎士を快く思っていない冒険者達の中でも、問題を起こして良く名前が上がる中の二人だ。
 彼らも彼らなりに理由はあれど、グルージャには頭の痛い問題だった。
 腕は良く仕事もきっちりとこなすが、如何せん騎士に対しては敵対心を剥き出しにする為、よく衝突も起こしていた。
 だが。
 だが、そんなアベートとサウセはここ数か月の内に大分変わった。
 それに合わせるようにコンタールの町の雰囲気もまた、ゆっくりとだが変化し始めている。
 その変化のきっかけを作ったのは、ベナード隊の隊付き作家見習いのセレッソだった。

「あれだな、本人はやりたい事をやっているだけなんだろうなぁ」
「そうだろうな。……いやぁ、最初にギルドに来た時はすげぇ度胸があるなぁと思ったもんだよ」

 グルージャはセレッソが初めて冒険者ギルドへやって来た時の事を思い出して笑った。
 セレッソは冒険者ギルドへとやって来た時『自分は騎士隊の関係者である』と堂々と言ってのけたのだ。
 騎士と冒険者の関係を知っているのならば、声を潜めるか何かするだろうに、大きな声ではっきりとである。
 それを聞いたヒラソールの方が逆に慌てセレッソを庇っていた。
 恐らくセレッソのあの行動には、コンタールの町では騎士が冒険者にどう思われているのか様子を見る意味もあったのだろうが、それにしても怖い物知らずである。
 グルージャもカラバッサもセレッソがどういった経緯でベナード隊を訪れたかは知らないが、彼女の目的は知っている。

「ベナード隊の汚名返上、ね。……なぁ、グルージャ。そんな事、出来ると思うかい」

 カラバッサは少しだけ目を細めてグルージャに尋ねた。
 グルージャもカラバッサも、かつてベナード隊が何故『負け犬隊』などと呼ばれるようになったかは部分的に知っている。
 コンタールの町にベナード隊が派遣されると聞いて、グルージャはカラバッサにベナード隊の調査を依頼した。
 その過程で、ベナード隊が騎士隊絡みの不都合な事柄を隠す為に矢面に立たされた事も。
 あの時ベナード隊が取った行動が正しかったのか、間違いだったのかは判断は難しい。
 だがその場に自分がいたらどう行動したかを考えれば答えは出た。

「出来るかどうかは分からねぇが、やるだろうな」

 セレッソが何をするかはグルージャにはまだ分からない。
 幾つか予想する事は出来るが、それが成功するかどうかも未知数だ。
 だが確信があった。
 どうあっても、どうなっても、セレッソはやる、、だろう。
 そしてその行動で間違いなく騎士隊の上層部から睨まれる。

「……危ういねぇ」

 カラバッサがぽつりと呟くようにそう言うと、グルージャは頷いた。

「あの嬢ちゃんが正式に隊付き作家になれば、恐らくだが、調査と監視に騎士が派遣されてくるぞ」
「ヤダコワイ。……というか騎士が派遣されるくらい影響があるのか?」
「隊付き作家以前にあの嬢ちゃん作家だからなぁ。調べたら何冊か本を出していたぞ」
「マジで? どんなの?」
「カラバッサは読んだ事あるんじゃねぇか? 前に勧めて来ただろ」
「えっマジで!? えっヤダちょっと家に帰ったら本棚見て来るわ……マジで!?」

 カラバッサの食いつきようにグルージャはくつくつと笑う。
 一つをつつけば芋づる式に今まで隠してきた物事が現れ出す。
 七年前の事件、それに関わっていた元騎士隊長、その他にもきな臭い話も幾つかある。
 綺麗ごとだけで世の中は回らない。
 だからこそ綺麗なものであるよう、、、、、、、、、、装う。
 そうして取り繕って続いて行く。

「現状、上手く行きかけてるんだから、下手に突っつかれてまた前みたいに戻るのは嫌だねぇ」
「まぁなぁ。今のコンタールは良い感じになってきたからなぁ」

 ベナード隊の汚名返上、そうはっきりと言ったセレッソの言葉通り、彼女の行動の真ん中にあるのはそれである。
 教会での騒動や雪合戦など、恐らくこれからもそういったようなトラブルは起きるだろう。
 良くも悪くも。
 だがそれも含めてグルージャは今の変化を歓迎していた。
 グルージャが望むコンタールは恐らくこの変化の先にあるものなのだ。
 コンタールは変わる、、、、、、、、、
 それが良い方なら喜ばしい事だし、万が一悪い方へと変わるのならば自分の手で止めれば良い。
 冒険者を辞め、冒険者ギルドへ就職し、やがて支部長にまで上り詰めたグルージャはそうしてやってきた、、、、、のだ。
 だからコンタールでは今までに小さな衝突はあれど、大きな衝突など起きてはこなかった。

「さーて忙しくなるぞー」
「えーオッサンあと三か月くらい休みたいー」
「報酬にちょっと色を付けようと思っているんだが」
「是非やらせて下さい」

 カラバッサはキリッとした顔で手を胸に当ててそう言う。
 少しの沈黙の後、二人は噴き出した。
 そうして笑いながら歩いていると、目的地であるコラソン亭へと辿り着く。
 窓から洩れる明るい光の中と賑やかな声を聞きながら、グルージャとカラバッサは慰労会が行われているコラソン亭の中へと入って行った。



 コラソン亭の中では酒が入った冒険者達がわいわいと賑やかに騒いでいる。
 セレッソはコラソン亭に来た際に良く座っている窓際の席にいた。
 同じ席にはシスネ、ヒラソールとペーラがおり、その直ぐ隣の席にはアベートとサウセ、レアルとカトレーヤが座っている。
 未成年が多いこの二つの席ではアベートとサウセのみが酒を飲んでいた。
 ちなみにベナード隊の騎士達にも酒が勧められているが、やはり『まだ仕事があるかもしれないから』と断っている。
 騎士隊の関係者はセレッソとシスネ以外は成人しており、飲めないというわけではない。むしろ好きな部類だ。
 だが有事の際に直ぐに動けるように彼らは自主的に酒は控えていた。

「飲めねぇわけじゃないのなー」
「うん、結構強いよ。一番はルシエだね」
「そうなんですの」

 ローロの言葉にカトレーヤとセレッソは感心したように頷いた。
 そう、騎士隊の中で一番酒に強いのはルシエである。
 一番弱いのがレアルだが、弱いとは言っても騎士隊の騎士達と比べるとであり、本人はそこそこ飲める方である。
 そんなレアルは普段よりも少し元気がない。恐らくまだ引き摺っているのだろう。

「つーか金髪の兄ちゃん元気ねぇなー。ほら、もっと食べて飲んで元気だせよ!」

 そう言うと相変わらずの調子でカトレーヤがレアルの背中をバンバンと叩いた。
 どうやらその手には結構な力が入っていたようで、叩かれたレアルは咽ている。
 それを見てアベートは半目になった。

「カトレーヤ、お前な……。喉に物を詰まらせた時の対処法レベルで人の背中を叩くんじゃねぇよ」
「えっ喉に何か詰まらせてたのか? 大丈夫?」
「心配してくれるのは有難いが、心配するべきところはそこではないのだがね?」

 こめかみに手をあててレアルは言う。
 声にいつもの張りはないが、普段通りの口調のレアルにセレッソやシスネ、ローロは少しほっとしたように表情を緩めた。
 そんな三人に気が付いたレアルは、小さく咳払いをした後、誤魔化すようにテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばし、ごくりと飲んだ。

「げっほ!?」

 そしてその次の瞬間、レアルは先程とは違う意味で勢いよく咽た。
 不思議そうに首を傾げるセレッソ達の前で、レアルはダンッと音を立ててテーブルの上にティーカップを置くと、

「誰だね、ボクのミルクティーとヴァン・ショーを取り換えた奴はッ!?」

 げほげほと咽るレアルにローロはにこりと笑って手を挙げた。
 レアルは目を剥いて頭を抱える。

「ローロ、キミは一体何を……」
「大丈夫、隊長の許可は出ているから」

 にこりと笑ってローロが言うと、レアルはバッとベナードが座る席の方へと顔を向ける。
 ベナードはニッと笑って軽く手を振っていた。
 同じ席にはくすくすと笑うルシエとグルージャ、カラバッサ、そして同情めいた目を向けているカルタモがいた。
 少し咽ている所を見ると、どうやらカルタモも似たような事をされたらしい。
 ちなみにカルタモも酒は好きでそこそこ飲める方だ。
 だがやはり、討伐の一件を気にしてか、飲むのを控えていたようだった。

「反省はしろ。だけど、いつまでも引き摺ってんじゃねぇ」
「ぐっ」

 ベナードにそう言われ、レアルとカルタモは言葉に詰まる。
 
「そうそ、お前らも頑張ったんだからよ。ちっとは楽しめって」

 グルージャもベナードの言葉に同意する。
 レアルとカルタモは困ったように頭をかいて、頷いた。
 それを見てカラバッサもニッと笑うと、

「いよぉーし! それじゃあ景気づけにぃー」

 と元気よく立ち上がるとバッと右手を店の奥の方へ向ける。
 自然と集まる視線の先にはコラソン亭の主人がいて、手に持ったトレイに何やらパイを乗せていた。
 それを見て冒険者達が「おっ来た来た!」と楽しそうに声を上げ、反対にヒラソールは「うっ」と青ざめる。

「あれは……何だね?」

 見た目は美味しそうなパイである。
 この盛り上がりようを見ると相当美味しいのだろうか。
 そう思いながらレアルが不思議そうに首を傾げると、ペーラがにこにこ笑って以前にセレッソにしたのと同じ説明を始める。

「あのパイには一部にルースの実が入ってるんスよ! いわゆる運試しって奴ッスね!」

 そう、あれが冒険者達の間で時折行われている運試しのパイだ。
 基本的にはヌエースと呼ばれるほんのりと甘い木の実で作られたパイである。
 だが運試しと言う言葉通り、あのパイの一部にはとても苦いルースの実が入っているのだ。

「ちょっとこれ慰労会だよね!?」

 ヒラソールが悲鳴のような声を上げて立ち上がる。
 そんなヒラソールに向かって笑いながらサウセが頷く。

「伝統って大事だよな」
「伝統違うよね!? 明らかに罰ゲームだよねこれ!?」
「まぁまぁお前に当たるわけじゃないからよ」
「とか言ってニヤニヤこっちを見るのをやめろ!」

 もはや半泣きである。
 コラソン亭の主人は笑いを堪えるように小さく肩を震わせながら、

「それじゃあヒラソールはラストにするか?」

 と提案すると、ヒラソールは「是非に」と力強く頷いた。

 それから直ぐに運試しが始まった。
 順番は端から適当にである。
 率先して立ち上がったのはグルージャだ。
 事も無げにぺろりと食べてしまうと、同じテーブルのベナードやカラバッサ、ルシエやカルタモが続く。
 ヒラソールは食い入るようにそれを見ているが、残念な事に彼らは美味しいパイに当たっているらしく、にこにこと笑顔だった。
 そうして順調に続いて行くが、一向にルースの実の入った当たり、、、のパイがやって来ない。
 最初は余裕のあったヒラソールも徐々に顔色が悪くなっていく。
 そうしていると、あっと言うまにヒラソール達のテーブルへと順番が回って来た。

「何故だ、あれだけ人数がいて、何故誰も当たらないんだ……!」
「運命だな」
「こんな運命いらないッ!」

 カトレーヤはヒラソールの肩をポンと叩くと立ち上がり、パイを貰いに行く。

「それじゃ、いただきまーす」

 そう言ってパイを一切れ手に取ると、カトレーヤはもぐもぐと食べ始めた。
 カトレーヤならばルースの実が入っていても事も無げにぺろりと食べてしまいそうだが、どうやらルースの実の方ではなかったらしい。
 ニッと笑うとヒラソールに向かってピースサインをした。
 それを見たヒラソールが両手で顔を覆って机に突っ伏す。

「えーと、そんじゃ、次はセレッソだなー。おーい、セレッソー」

 カトレーヤがひょいひょいとテーブルに戻りながら声を掛ける。

「…………」
「あれ?」 
 
 ふと、いつもなら張り切って「行きますわ!」と元気に手を挙げて出てくるであろうセレッソからは何の反応もない。
 不思議に思ってコラソン亭にいた人々の視線がセレッソに集まった。

「あ」 

 そうして揃ってぽかんと口を開ける。
 見ればセレッソは壁に寄りかかってすうすうと寝息を立てていたのだ。

「どうりで静かなはずだ」

 ほとんどの人達がパイに夢中だったから気づかなかったが、思い出して見ればセレッソは静かだった。
 そうなのだ。
 今までそんな様子など微塵も見せてはいなかったが、崖から落ちて一晩を雪山で過ごしたのだ。
 しかも討伐中の山の中で、である。
 疲れが溜まっていないはずはなかった。

「それはそうですよね……」
「うん」

 シスネの言葉に同意するように頷くとローロは立ち上がり、セレッソの所へと歩いて行く。
 そうしてひょいとセレッソを椅子から抱えて持ち上げると、そのまま背中に背負った。

「隊長、セレッソを宿まで送って来るよ」
「ああ、頼む」

 ローロがそう言うと、ベナードは軽く手を挙げた。
 そうして立ち上がるとローロが出やすいようにコラソン亭のドアを開ける。
 ローロは頷くと「それじゃあ、行ってきます」と言って、セレッソを宿に送る為にコラソン亭の外へと出て行った。


 
 それから少し経ち、ヒラソールの悲鳴が響くコラソン亭の中を、窓の外から覗く影があった。
 長いコートに身を包んだ大柄な男だ。
 深くフードをかぶっている為、顔は良く見えない。

「ローロおにーさん!」

 ふと、コラソン亭のドアが開き、パステルが外に飛び出してきた。
 その手には小さな包みを持っている。

「もう行っちゃったかー……セレッソおねーさんの分のパイ……あれ?」

 どうやら小さな包みに入っているのは運試しのパイのようだ。
 残念そうに眉尻を下げて包みを見たパステルは、その時ふと、コラソン亭を覗いていた男に気が付いた。
 目をぱちぱちと何度も瞬くと、パステルは男の所へと近づき、

「すみません、おじさん。今日は貸切なんです」

 と申し訳なさそうに言った。
 男はパステルの言葉に首を横に振って微笑む。

「ああ、いや、たまたま通りかかったものでね。何やら楽しそうな声が聞こえたのでつい見入ってしまっていた。貸切なら、またお邪魔させてもらうよ」

 そうして背中を向けて歩き出した。
 パステルは手の中のパイの包みを見てハッとして男を追いかける。

「おじさん!」
「うん?」
「あの、これパイなんですけど、よかったら、これをどうぞ!」

 パステルはそう言って、手に持っていた包みを男に向かって差し出した。
 男は目を丸くして包みとパステルを見比べる。

「しかし、これは誰かに用意していたものだろう?」
「また作ってもらいますから、だいじょうぶです!」

 パステルがにこにこ笑ってそう言うと、男はふっと表情を緩めて、

「……ありがとう。それでは、遠慮なくいただくよ」

 と、パステルの手からパイの包みを受け取り、歩いて行った。
 パステルは男を見送りながら「またのご来店をおまちしておりまーす!」と元気に手を振った。
 男は歩きながらパステルの声に応えるように、軽く手を振る。

「……見た事ない人だったなぁ」

 パステルは小さく呟くと、コラソン亭の中へと戻って行った。
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