龍神様の神使

石動なつめ

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11 遭遇*

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 「せっか、せっか」

 その日、雪花がせっせと掃除をしていると、子ぎつねの妖から呼びかけられた。
 遊んで欲しいと誘いに来たのだろうかと思いながら、雪花は顔を向ける。しかしふと、そこで違和感を感じた。子ぎつねの数が足りないのだ。
 いつも三匹で遊びに来ている子ぎつねが今日は二匹。しかもすんすんと泣いている。
 雪花は箒を柱に立てかけると、子ぎつねに駆け寄り、しゃがんで目線を近づける。

「どうしました?」
「あのね、あのね。ねーねがね、つかまっちゃったの」
「にんげんのわな、つかまっちゃったの。でれないの、でれないの」

 ぽろぽろと涙を零しながら彼らはそう訴えて来る。
 どうやらこの子達の家族が、人間が仕掛けた罠に捕まってしまったとの事だ。

(どうしよう、今は氷月様も立待様もいない……)

 二人は今朝から用事で屋敷を留守にしている。だから今は雪花しかいないのだ。

(もうそろそろお戻りになるはずの時間ではあるけれど……)

 昼前には戻ります、と立待が言っていた。なのでもう少し待てば二人は帰ってくるだろう。
 しかし……。

「ねーね、ねーね」
「こわい、こわい」

 子ぎつね達は身体を震わせながら泣いている。その姿に雪花は胸が痛くなった。
 雪花には家族との良い思い出はない。両親から疎まれて、冷たい態度を取られて。風邪で熱を出して寝込んでいた時も、嵐で屋敷が揺れた夜も、祭りや祝い事で屋敷の中が賑やかな時も――雪花は独りぼっちで奥の部屋にいた。
 苦しかった。辛かった。悲しかった。雪花にとって家族との思い出は、寂しい気持ちで溢れていた。
 雪花にとって家族とは、どれほどに焦がれていても手が届かないものなのだ。

「…………」

 雪花は両手それぞれで子ぎつね達の頭を撫でる。
 自分には何もなかった。けれどもこの子達は違う。失われて良いものではない。失われてはいけない。

「あなた、一緒に来てくれますか? そこのあなたは、氷月様と立待様がお帰りになったら、この事を伝えてください」
「わかった!」
「わかった!」

 雪花の言葉に子ぎつね達はこくこくと頷いてくれた。
 人間の罠がどう言うものかは分からない。雪花にはあまりに知識がないので、恐らく自分の手では助ける事は難しいだろうとも思う。
 だから氷月や立待が戻るのを待って助けに行くのが一番だとは雪花も理解している。
 ――しかし、その間に子ぎつねの妖が殺されてしまったら?
 それを考えると雪花はゾッとした。見た目が可愛らしい子ぎつねであれば直ぐに殺される事はないかもしれないが、妖である事が知られれば話は別だ。幼い方が仕留めやすいのはどんな生き物でも同じである。

(ですが私なら時間稼ぎくらいは)

 忌み子の事を知っている人間であれば、雪花を故意に殺せばどうなるかも分かっているはずだ。
 忌み子の痣は実際には神の花と呼ばれるものらしいが、雪割村の人間はそれを知らない。忌み子は忌み子のまま、彼らの記憶に沁みついている。
 で、あれば、暴力は振るわれるかもしれないが、殺される事はない。氷月達が来てくれるまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。

「行きましょう。案内をお願いします」

 子ぎつねにそう頼むと、雪花は走り出した。



 ◇



 子ぎつねの妖に案内された先は、氷月の神域を出て直ぐのところだった。
 森の中、大きな木の下に、狩猟用のはこ罠が仕掛けてあり、子ぎつねはその中に入ってしまっている。
 檻の中を覗けば食べ物が入っているのが見えた。子ぎつねはそれにつられて中へ入り、罠に掛かってしまったようだ。

「せっか、せっか。こわかった、こわかった」
「怪我はありませんか?」
「だいじょうぶ、けがない」

 そう答える子ぎつねの声に元気はない。少し掠れてしまってもいるので、恐らく不安で泣き疲れてしまったのだろう。
 ただ、とりあえず怪我はしていないのは良かったと雪花は思った。
 となると問題はやはり、この罠である。

「これ、どうなっているんでしょう。こう……?」

 檻を見て、扉のようなものが見える部分を握って、雪花は開けてみようと試みる。しかしガシャガシャと音が鳴るだけで一向に開く気配がない。鍵穴のようなものは見当たらないので、何かしらの開け方があるのだろう。そう思って何度か挑戦してみたが檻の扉が開く気配はなかった。
 それならばと檻ごと持っては行けないだろうかと、雪花は両手で檻を掴んで持ち上げようとしてみる。しかし、こちらもうんともすんとも言わなかった。引き摺ってほんの僅かに動く程度だ。こう言う時にも自分の腕力の無さが情けない。
 けれども檻を開けようと試みた時よりは、僅かでも変化が見られた。ならば出来るところまで引っ張って行こう。
 そう思って、雪花が歯を食いしばって檻を動かそうとしていると、

「おい、何をしている!」

 ――やはり、と言うか。そうやって必死でやっていると、雪花を咎める声が飛んで来た。
 顔を向けると二十代半ばくらいの男が、険しい顔をしてこちらへ走って来るところだった。背中に猟銃を背負っている辺り、恐らく猟師だろう。

「茂みに隠れていて」

 雪花は自分を案内してくれた子ぎつねにそう言って、檻を庇うように移動した。その間に目の前まで男がやって来る。

「おい、お前! 人の獲物を横取りしようってのか? どこの村の奴だ、撃たれても文句は言えねぇぞ!」
「……それは失礼しました。ですがこの子は私の良く知る子なのです。解放してはいただけませんか?」
「はぁ? 何を頭のおかしい事を……うん?」

 雪花の言葉に男は怪訝な顔になる。それから僅かに首を傾げた後、

「お前……もしかして忌み子の雪花か?」

 そう続けた。どうやら雪割村の人間らしい。雪花は村人の顔をほとんど知らないが、彼らは疎んでいる人間の顔を良く覚えているようだ。
 自分が誰なのか認識してくれているならありがたい。そう思いながら雪花は「そうです」と頷いた。

「お前、何でここに……龍神様の生贄になったんじゃないのか!? 何で生きているんだ!?」

 肯定した雪花に男は目を吊り上げる。怒りの滲む顔で、ずい、と雪花の方へ詰め寄って来た。

「……っ」

 その表情が頭の中で雪花に手を上げる時の父の顔と重なって、一瞬、目の前が恐怖心で染まりかけた。それを雪花は何とが堪える。

(この人は違う、違う、違う……!)

 そう自分自身に言い聞かせながら、雪花は男の目を見返す。

「龍神様は生贄など欲しておられませんでした。生贄として捧げられた私を拾って、生きる場所をお与えくださったのです。ですから私はこうして生きております」
「何を……。そんな馬鹿な事があるか、嘘を吐くな! 大方逃げ出したんだろう!」
「龍神様を前にして、逃げおおせるとお思いですか?」

 生贄として捧げられた日に、雪花一人であったのならば、疑われてもおかしくはない。けれどもあの日、氷月の姿を父を始めとした大勢の村人が見ているはずだ。雪花がそう言い返すと、男も思い当たる節があったのだろう、ぐっ、と言葉に詰まった。

「……馬鹿な」
「…………」
「ああ、だけど……。そう言えばお前、ずいぶん顔色が良いな。着物もずいぶんと上等なものを……」

 男は雪花を頭から足の先までじろじろと見る。そうしている間に男の顔が徐々に険しいものへと変化した。
 男は怒りの形相を浮かべ、雪花の首を乱暴に掴む。

「……お前! 俺達が不作で苦しんでいるのに、自分だけ贅沢に暮らしているって言うのかっ!?」
「……っ!」

 首を掴む手に力が込められた。辛うじて息が出来るくらいだ。ぎりぎりと絞められる痛みと苦しさで、雪花の顔が歪む。

「ァ……っ」
「なぁ、おい。おい! お前は俺達のために龍神様の生贄となりに行ったんだろう! なのに何で生きている! 何で裕福に暮らしている!? ごく潰しのお前だけが何で!」
「苦、し……っ」

 何とかその言葉だけを口から出す事が出来た。すると男はハッと我に返った様子で手を離し、数歩後ずさった。
 雪花は足の力が抜けて地面に倒れ込み、片手で喉を押えながら咳をする。
 肩で息をしている雪花を男はしばらく見下ろしていた。
 それから、

「……ああ、もしかして。お前、龍神様に気に入られでもしたのか?」

 そんな事を言い出した。

「ずいぶん上等な着物を着せてもらっているみたいだもんなぁ。それだけ大事にされているって事だよなぁ? なぁ? そうだろう?」

 呼吸を整えながら雪花が目だけで見上げると、男は顔に怒りとも笑いとも取れる歪んだ表情を浮かべていた。その目が一瞬、紫に光った気がした。直後、男の目の奥に言い知れぬ欲が宿るのを感じて、雪花の背筋に冷たいものが走る。
 男は雪花の前にしゃがんで視線を合わせると、その手で乱暴に顎を掴んで来た。

「……っ」
「お前は見てくれだけなら女みたいだもんなぁ。華奢で、肌は白くて……」
「何、を」
「なぁ、雪花。お前さぁ、龍神様に抱かれたのか? 龍神様に縋って、身体を差し出して、殺さないでくださいって頼んだのか?」
「抱かれ……?」

 言っている意味が分からず雪花は怪訝な顔になる。しかし男は雪花の疑問には答えない。
 その代わりに、だんだんと男の呼吸が荒くなって来た。じっとりとした嫌な目つきで、雪花の身体を舐る様に眺めている。
 ――気持ちが悪い。
 先ほどとは違う異質な恐怖心を感じて、雪花の身体は反射的に、男から距離を取ろうとする。しかし男に強く顎を掴まれているためそれが叶わない。
 その間に男は雪花の首の辺りに顔を近づけ、くん、と匂いを嗅いだ。ゾッと背筋に嫌な感覚が走る。

「はぁ、あぁ……何だこの良い匂い……。なぁ、雪花。なら、もっと龍神様に気に入られて来いよ。それでお願いして来い。村を助けてくださいって。俺が、抱かれる時にどう喜ばせば良いか、仕込んでやるからさぁ」
「や、やめて、離して……っ! 嫌、だ……! 離して、くださいっ!」

 男の手が雪花の身体を着物越しに弄りだす。
 気持ちが悪い。怖い。気持ちが悪い。怖い。怖い。怖い――!
 殺されはしないだろうが、その代わりに暴力を受けるのは覚悟していた。けれど、これは何だ。これは一体、何をしようとしているんだ。
 未知の恐怖から逃れようと暴れる雪花を、男は力づくで地面に押し付け、のしかかって来ようとする。
 ――その時、パァン、と男の身体が、何かに殴られたかのように飛んで行った。

「ぎゃあっ!」

 男の悲鳴が聞こえた瞬間、雪花の前にふわりと、美しい白髪が棚引く。
 見上げるとそこには、

「お前……うちの雪花に何をしている?」

 背中越しに分かるほどの怒気を発した、氷月の姿があった。
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