R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第2話 無為に帰す(2日目) その5

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 時刻は13時頃。
 織田流水は遅ればせながら食堂に到着し、ようやくの食事(朝食兼昼食)を摂れることになった。

 食堂にいたのは次の4人。花盛清華。美ヶ島秋比呂。深木絵梨。風間太郎。
 4人は食堂内の1つのテーブルで談笑していた。織田流水に気が付くと4人とも会話をやめて彼に向き直る。

「織田じゃねぇかッ! やっと来たなぁッ! 個室にもいなかったし心配したぜッ!」と、花盛清華がグイッとワイルドに紅茶を飲む。
「まったく、無事ならさっさと姿を見せろよな……ったく」と、美ヶ島秋比呂がホッと息をつき麦茶を飲む。
「これで一件落着ね。皆に織田の失踪を連絡する前に解決してよかったわ」と、深木絵梨がコーヒーを優雅に飲む。
「りゅーッ! もう身体は無事なのかよッ! 無理すんなよなッ!」と、風間太郎がコーラをガバガバ飲む。

 織田流水は4人に挨拶をして同じテーブルにつく。


 花盛清華は<俳人>の<再現子>だ。男らしい言葉遣いだが、女だ。
 服装は、半袖の着物を羽織り、そこには鶴や龍、松、そして金魚の刺繍がある。富士山や鷹、茄子が刺繍された金色の帯から下は着崩しが目立っており、膝はおろか太腿も時々チラリと覗かせるのがセクシーだ。着物警察がいたら発狂すること間違いない。
 右足は足袋と草履を履き、左脚は金属製の義足がキラリと輝いていた。義足には蛇が巻き付くような刻印がされている。
 髪はオレンジブラウンの名古屋巻き、縦ロールは控えめでやや盛り気味で、額に掛けたゴーグルがある種のお洒落ポイントになっている。まるでめでたい行事に参加する時の晴れ着のようである。



 もう一人も紹介しておこう。
 深木絵梨は<慈善家>の<再現子>。白縫音羽、中川加奈子と併せてメディカル三姉妹と呼ばれている通り、医療に長けている。身長は<再現子>内で2番目に高く(190㎝後半)、胸は女性陣で最大サイズである。色々とデカい。
 檸檬色の薄手のコートを着て、頭部全体を包み込む程の大きな帽子を被っている。ソンブレロのような山高さ、UVカット帽子のようなつばの広さを併せ持つ特注品だ。その大きく隆起した胸に白いネクタイが挟まれている。同じ檸檬色のマキシスカートから見える白いスニーカーが非常に清潔感を思わせる。
 眼は薄く開かれ、鼻は高く、常に微笑をたたえている。両耳の真珠のイヤリングが清純さを際立たせており、両手にバンテージを巻いているのが個性的だ。将来の夢は、<プロボクサー>である。


 閑話休題。

「…………」
 織田流水はカーテンウォールの外の景色に視線を奪われていた。

 無論、絶世の美女がいて注目しているなどの幸せな情景ではなく。
「ああ、ご覧の有様だ……」
 美ヶ島秋比呂が舌打ちをする。

 織田流水の瞳に映っていたのは、大勢の武装した男たちだった。

 武装集団は施設を視線から外すように身体を横向きにしており、織田流水たちと視線が合ったりすることはなくあからさまな監視ではなかったが、昨日の武装集団が見張りをしているのが明白だった。
 当然、銃器も携帯していた。
 織田流水はゴクリと生唾を呑みこむ。

 その様子を見た4名の<再現子>は、織田流水の気持ちを慮って話しかけてきた。

「ひとまず、安心していいみたいだぜ? ”あのくそヤロー”が言った通り、オレたちに干渉してくるつもりは、今のところはないようだ」と、風間太郎が胡乱気に言う。
「ああッ! 今朝も日が昇る前からいたくせに、一度もこっちを気にする素振りをしねぇッ! シカトぶっこきやがって、マジムカつくぜッ!」と、花盛清華が憤慨していた。
「まあ、あの武力を見せたあとは、“そこにいる”だけで十分私たちへの牽制になると考えているんでしょう。実際その通りだしね」と、深木絵梨がマイペースに言った。
「つーか、防弾ガラスを間に挟んでるからだろ? お互いに今すぐ攻撃するのは不可能なんだ。ヤツらもそこにいることしかできねぇし、俺らも睨みつけることしかできねぇ。この施設を襲撃するようなイカれた連中だ、とっくにそのことは知ってるんだろ」と、美ヶ島秋比呂が吐き捨てるように言う。

「…………じゃあ、ひとまずは、いきなり何されるわけもないんだね……」

 織田流水は深呼吸して、気持ちを切り替えようと話題を変える。
「……今日は起床してから色々あってね、皆はもう朝ご飯……は違うか、昼ご飯は済ませたの?」

 織田流水の質問の意図を察した4人は、順々に今朝の出来事を話してくれた。
 個性的な4人の返答を全て書くと、行数がとんでもなくなるため割愛させていただく。

 要点を掻い摘むと、始まりは朝8時に15名の<再現子>が食堂に集合した。
 その場にいなかったのは、寝過ごした織田流水、引きこもりの南北雪花、今も意識不明である大浜新右衛門、その今朝の看護当番だった白縫音羽の4名。

 朝食を済ませたあとは、今後の行動方針の話し合いをした。その際、昨日のうちに判明した情報も交換したと云う。

 曰く、武装集団が日中の監視を行っているが、夜になるとその人数は減り、代わりに、現れることが確認できた。陸と空の監視は完璧だ。

 曰く、職員や『肉親係』を人質にした<再現子>たちへの脅迫の可能性には一定の理解が得られた。ただ、予測の域を出ないこともあり、結論を云うとあまり重要視はされなかった。この状況で脅迫されたとして、<再現子>たちにできることは限られているとの意見が出たことも大きい。大した事は要求してこないだろうと冷静になり、その時が来たらということで収まった。

 曰く、現時点でA棟を除くB棟、C棟、D棟および中央庭園において、とのこと。監視役と自称した割には監視カメラや盗聴器も見られず拍子抜けだったと、一部の<再現子>が残念がっていたと云う。織田流水は、、と腑に落ちた。

 曰く、葉高山蝶夏が“むい”に付きまといを行ったことに付随して、“むい”から新たな<再現施設>でのルールが発表されたとのこと。


 一つ、22時以降の道楽を自粛すること。
 二つ、“むい”及び<救興富導党>への迷惑行為を禁止すること。
 三つ、“むい”及び<救興富導党>からの呼びかけには素直に応じること。
 四つ、この島における電気・ガス・水道・食料などの生活基盤を脅かさないこと。


 以上、およそ3時間の議論、および、情報交換だったと云う。



「――このルール、そっちが言う? って感じなんだけど……」
 昼食を摂りながら話を聞いていた織田流水は苦笑する。

「ほんとーになッ! どの口が言うんだよって感じだよなッ! 今思い出しても腹立つぜッ! 俺様たちがいつそんなことをしたってんだよッ!」
 花盛清華は乱暴にティーカップをテーブルに置く。彼女は織田流水の昼食を作ってくれたあと、自分用に新たに紅茶を淹れてきていた。

「私たちが自暴自棄になって施設を破壊するとでも思っていたのかしらね。それとも、捨て身の行動を取ることを予測して……かしら」
 深木絵梨が綺麗な顎に手を当てて思案する。

「特攻だなんて……オレには無理だなぁ。やっぱり美しく余裕を持って圧倒的に勝ってこそ華があるよな」
 風間太郎がコーラを飲んでゲップする。

「おいっ、汚ぇぞくそ忍者。それでよく“華”を語れたな」
 美ヶ島秋比呂が風間太郎にヤジを飛ばす。

「……軍用犬と軍用ドローンって、本当なの?」と、不安げな織田流水。
「ええ、昨晩葉高山さんの護衛のために施設中を走り回った狗神さんが、実際に視認して確認したから間違いないわ」と、落ち着いた様子の深木絵梨。
「すげぇよなッ! 軍用ドローンだぜッ!? 軍用ドローンッ! マジ令和だよなッ! あれぐらい、オレ様にも作れるんだって見せてやりてぇぜッ!」と、興奮気味の花盛清華。
「呑気に対抗心を見せてる場合かッ……! 軍用犬もやべぇだろッ! オレもああいう犬、お供に欲しいぜッ!」と、悔し気な風間太郎。
「てめぇ、本音が漏れてるぞッ! 2種類とも、生半可なコストじゃあれだけの数、揃えられねぇって狗神が言ってたろッ!? ヤツらの後ろ盾も半端じゃねぇってことだッ!」と、2人を叱る美ヶ島秋比呂。

 織田流水が昼食を終えて、食後のドリンクとデザートを摂っている最中、4人が先の議論について話し始める。

「実際のところ、“彼ら”を人質に脅迫されたら、どうしましょうか」
 深木絵梨の問いに風間太郎が飽きた様子で返事をする。
「もう終わっただろ、その話は」
「実際よ。実際に起こったらどうするかを、蒸し返すようだけど考えておくことは悪いことじゃないわ」
「……そりゃ、内容によるだろ。大したことなかったら、別に従ってもいいんじゃねぇか?」
「大した事あったら?」
「……“あいつら”が何とかしてくれんじゃね?」
 “あいつら”と指す人物は、人質に動じない<再現子>を示す。

 読者諸君にまだ<再現子>全員を紹介しきれていないため、想像しにくいことだろう。
 次の8名だ。
 <軍人>の狗神新月。<探偵>の和泉忍。<僧>の空狐。<泥棒>の峰隅進。<殺人鬼>の西嶽春人。<水墨画家>の中川加奈子。<医者>の白縫音羽。<花魁>の時時雨香澄。

 いずれも、<再現子>由来の冷静沈着さや冷酷非情さであったり、生来の気質による無関心な性格や打たれ強さであったり、<再現計画>に対する”怒り”や”恨み”を原動力にしていたりと、逞しく頼りがいもあるが信頼するには不安定な<再現子>たちだ。

 深木絵梨が問いたいのはそうした点だった。
「――ことは念頭に置いていた方がいいわ」
「…………わかってるよ」
 深木絵梨の忠告に風間太郎が渋々肯定する。彼も<忍者>であるが故に、そうした辛い現実が見えているのだろう。

 “脅迫に屈する側”と“脅迫に抗う側”。それは決して歩み寄ることのできない、致命的な分断となるだろう。

 その2人の様子を眺めていた美ヶ島秋比呂と花盛清華も会話をする。
「……監視カメラや盗聴器がないってのはぁ、オレはいまだに信じがたいぜ」
「それなっ! 俺様も一緒に探したんだけどよぉ、一切見当たらねぇんだから間違いねぇぜッ! それがまた不気味なんだけどなッ! 状況が状況だから、素直に喜べねぇんだよなぁッ!」
「派手女。てめぇ、ちゃんと仕事したんだろうな?」
「あたりまえだッ! 俺様を誰だと思ってやがるッ!? 確認できなかったとはいえ、万が一のために、んだからなぁッ!」
「昨日の今日でかッ!? お前、すげぇなッ!」
「ハッハッハッハッ! 気が付かなかっただろッ!? 今朝の議論でも使っていたんだぜッ!? もっと褒めろッ!」
 美ヶ島秋比呂の掌返しの賛美を受けた花盛清華が、胸元から取り出した扇子で仰ぎながら豪快に笑う。

 一通りの情報収集や現況把握ができた織田流水は、自身の行動について考えを巡らせていた。

 ――果たして今の状況で、<外交官>の自分はどんなことをすべきだろうか、と。
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