上 下
5 / 9

第3章 奇想天外

しおりを挟む
 気づいたとき、見慣れた交差点に俺たちは立っていた。

 燦々と太陽が照りつける夏の昼間、地面はカラッと熱されておりまるで天然のフライパンだ。通りに人も車も見当たらない、交通量が全体的に少ない交差点だ。信号機や道路標識も当然なく、電柱が点々とするだけだ。
 この見通しの悪さ――まさか!

 栞菜と灯里が顔を見合わせる。
「「――ここ、どこ!?」」
 栞菜の疑問にローズが答える。

『5年前の〇〇県□□市△△町に飛びました。克樹さんのご要望から、時刻と場所共に、から近いところに飛びましたッ』

「えっ、いや、いやいやいやッ、え? いや、嘘でしょッ!? 夢なんでしょッ!?」
 栞菜はパニックを起こしていた。
「……んー、でも夢とは思えないなぁ」
 灯里は落ち着いて道路脇の壁を触ったり、地面を靴で蹴ったりしている。

「やけに落ち着いているな」
「んー、まあ、2回目だしねぇ。もうちょっとしたことなら驚かないよぉ」
 一度、神社で目覚めた時にパニックになったことで、耐性がついたのだろうか。
「ふーん、そうか」

 アンタこそ――と、灯里が俺を見る。
「随分おとなしいねぇ? 緊張しているのぉ?」
「…………」
 俺はここに来た時点で分かっていた。

 ドクンドクンッと胸を打つような心臓の音。自分の呼吸音が大きく聞こえる。
 自ら望んだこととはいえ、”憧れの人ともう一度会えるかもしれない”という高揚感に、自分の身体が破裂しそうだった。

「破裂って……相変わらず激しい感情表現ねぇ」
「だ、だってそうだろぉ!? 俺がどれだけの憧憬を抱いているか、お前なら知っているだろぉ!?」
「そりゃあねぇ、自己紹介でその人の真似をするくらいだしねぇ…………あんな奇天烈な自己紹介をする人にもうじき会えると思うと、些かの不安を覚えるけれどねぇ」

「ばっか! めちゃくちゃカッコイイだるおぅッ!?」
「そんな巻き舌で言わんでもぉ……」
 灯里が苦笑する。
 俺たちはパニックから落ち着いた栞菜も連れて、傍の公園に移動した。



 灯里がゴミ箱から溢れ、地面に捨てられたままの新聞紙を覗き込む。
「……ほんとーに、5年前に来ているみたいだねぇ」
 日付を見ていたようだ。

「――思い出と変わらねぇ、この公園も。懐かしいぜ」
「灯里たちはよくここで遊んでいたよねぇ。遊具もまだ撤去されていないしねぇ」
「ああ。本当に過去に戻ってきたんだな」

 公園を見渡す俺たち。子供用のおんぼろな乗り物、少し錆で汚れた鉄道、キャラクターがあしらわれた滑り台、ブランコにジャングルジムと豊富な遊具がこれでもかと揃っていた。
 思い出の姿と何一つ変わらず、一致していた。

「――なんだか公園の敷地の割に、道路の幅が狭くない? 見通しもあまり良くない気が……」
 冷静になった栞菜がキョロキョロと周囲の様子を伺っている。初見ならではの観察眼だ。

「ああ。だからか、4年前に――いや、“1年後に”が正しい言い方か。都市の再開発事業の一環でここは公園じゃなくなり、マンションになるんだ」
「そういえば、そうだったねぇ。マンションや 子供たちが 夢の跡……」
「? なんだそれ?」
「松尾芭蕉の俳句よぉ。子供たちが遊んだ記憶や痕跡は時の流れに磨耗し失われていくけれど、都市はそれを忘れて開発され、そして上書きされていく、としみじみとした思いを詠んでるよぉ」
「へぇ、さすがは芭蕉、名句だ……って、江戸時代にマンションはねぇだろッ!?」
「そんなことより――!」
 俺と灯里の会話を、栞菜がぶった切る。

「肝心の克樹の願いを叶えるための人がいないじゃないッ」
 栞菜は公園を見渡している。

 俺たちが会話をしている間、何組かの親子や、子供グループが公園に来た。
 親たちは俺たちを一瞥するも、特に気にせず井戸端会議を始めている。

 中学生の男女が3人に成人女性1人。
 若干目を引く集団か……チラチラと訪れた人たちは俺たちを見ていく……が、それだけだった。
 ――とはいえ。

「コレ、姿を隠した方がいいんじゃない? アナタたちの知人に遭遇したら、面倒なことになりかねないし」
「……あ~、その可能性は低いと思うが、念のため、アリだな」
「そうだねぇ。“恩人”の邪魔にならないよう、物陰に身を寄せますかぁ」
 俺たちは道路からは草むらとベンチで隠れ、公園内からは日陰で見えづらくなるような位置を陣取った。
 不自然に思われないように、4人で談笑しているように見せた。



「――あ、暑いッ!」
「――あ、暑いわね……」
「――あ、暑いねぇ」
『あ、暑い……ハッ、ハッ、ハッ!』
 時間が経つにつれて、俺たち4人は日陰にいて日差しを避けてはいるものの、気温の高さに苦しめられていた。
 非常に暑い――真夏の昼間は蒸し暑い。

『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!』
「ちょっと、そんな犬みたいに舌出して、はしたないからやめなさいよ……」
『犬だよぉッ!?』

「なぁ、今って何時なんだ?」
「さぁ、時計台もないしねぇ……令和の今じゃ、スマホで時間を確認できるからねぇ――」
「スマホ……そういや、俺持ってねぇな」
「当然でしょ。私たちは寝支度を済ませていたんだから。枕元にあったヌイグルミが連れてこられなかったくらいだし、ポケットにスマホが入っているでもないと、持ってこれはしないでしょう」

「え――栞菜ちゃん、ヌイグルミと一緒に寝てるのぉ??」
「――あ」///

「お前、意外とお子様なんだよな~」
「着ぐるみパジャマ、可愛かったよねぇ♪」
「わ、忘れなさいッ! 即刻忘れなさいッ!」
『――あっ、皆さん、アレをッ!』
 ローズの呼びかけに俺たちはじゃれ合いを止めて指差した方を見る。

 その先には――。
「――あれは……?」
 栞菜の問いかけに、ローズが満面の笑みで返す。


『幼いころの克樹さんと灯里さん、そして慶太くんですよーッ!!』
 キャーッと黄色い声を上げて喜ぶローズ。

 視線の先にいたのは、3人の子供たち。
 公園に入ってくるところから元気に走り回っている。キャッキャッと賑やかに騒ぎつつ、無鉄砲とも呼べる走りよう、無邪気な表情を浮かべて天真爛漫に遊び始めた。
 それを遠目に観察する俺たち。

『でへへ~、カアイイですね~ッ!』
 身体をクネクネと左右に振るローズ。

「何かと思えば、俺たちかよッ!?」「灯里たちを見つけても意味ないでしょぉッ?」
『す、すみませんッ!』
 気恥ずかしさに追われた俺と灯里に詰め寄られ、ローズが涙目になり謝罪する。

 ローズが俺たちに説教されている横で、栞菜が“俺たち”――いや、“過去の俺たち”に注目していた。
「…………かわいい」
「ん? なにか言ったか?」
「ナニモイッテナイヨッ!」
「なにその怪しい反応ぉ……」



 それからも時間を忘れて公園で見張りを続ける俺たち。
 いかに日陰に涼んでいるとはいえ、限界はある。

 太陽がジリジリと照り付ける地面を眺めつつ、徐々に上昇する気温の中、蝉が元気よく始めた合唱を聞いていた。
 俺たちは汗を拭いつつ、待機する。
 ……寝不足の身体にはこたえる。

「――ね、時間はまだなの? もう終えて現代に戻りましょうよ。私、もう願い事決まったから」
「……奇遇ねぇ、灯里も決まったよぉ。というか、今もう願ってい~い?」
「おいおい、勿体ないだろ、その願い方ッ!?」
『――え~ん、それは不本意ですぅッ…………こ、これはサービスですッ』
 ローズは天然水が詰まったペットボトルを人数分、生み出した。

「おおッ!? でかしたッ!」「これは、生き返るッ!」「ローズちゃん、えらいッ!」
 珍しく灯里の語尾がしっかりと言い切られるくらいには助かった。
 俺たちはゴクゴクと水分補給をする。

『生きていく上で必ず避けては通れない衣食住に伴うものですし、生理現象に付け入るようで想定している願い事じゃないしぃ。過去に戻る前に寝間着から普段着に替えたように、ペットボトルはサービスで――キャアアアァァァッ!?』
 ローズのクソでか大声に俺たちは驚き――、
「!? ングッ、ゲホッゲホッ!?」「――ゴホッゴホッ!」「ブハッ、ゲホッ、ゴホッ!?」
 ――3人一斉にむせる。
「――な、何事ッ!?」

『あ、いえ、いつの間にか、人が減っていて……お昼時かなぁと思っていたら、灯里ちゃんもいなくなっていたんですよッ!』
「な、なにもう……ビックリした~ッ」
「灯里ならそこにいるじゃん」
「そのボケはクーリングオフするってぇ」
「どう考えても小さい灯里ちゃんのことでしょ! たしかに、他の子どもたちどころか、大人の姿もめっきりいなくなったね」
 栞菜が公園内外のひと気の少なさに注目していた。

 その言葉に俺はふと思い出す。
「――そうだ! あの時、”あの事故”の目撃者はいなかった! 灯里とも別れて、公園に人影が減ったころに起こったんだッ!」
 俺は周囲を見回す。

 助けに入った恩人なら、近くにいるだろう。
 しかし、公園の近くには自分たち以外誰もいない。
 上がり切った高揚感が期待感を煽る。

「……ってことは、そろそろお目にかかれるわけねぇ、ようやくかぁ」
「――過去に戻ってくるのも今ぐらいで良かったよね」
 灯里と栞菜の言葉を合図に、俺たち4人はこれまで以上に辺りをキョロキョロと見回した。

 ――キョロキョロ、キョロキョロ、キョロキョロ、キョロキョロ。

「――それらしい人影はいないけど?」
「う~ん、おかしいな」
「……まさか、克樹の妄想ってことはぁ?」
「ここまで私たちも振り回しておいて、そんなオチが許されるとでもぉッ!?」
「落ち着けって! そんなこと一言も言っていないだろぉ!?」
 やれやれ、栞菜はヒステリックになってきたような……。



『未来が、変わったのかも……』
 ローズの小声が聞こえた。



「「「未来が変わる――?」」」
 俺たち3人が顔を見合わせる。

「――と、何が起こるんだ?」
 俺の問いに全員首を傾げる。
「さ~あ、変わるものがあるなら、それが変わるんじゃな~い?」
「変わるものって、なんだ?」

 栞菜がさっきと打って変わって冷静に答える。
「普遍的なものが該当するんじゃない? だから、とかは変えようがない。それこそ、例の事故が起こる場所や時間が変わったりとか……」

「え~、場所や時間が変わったらもうムリだよぉ!」
『ば、場所は合っています! 時間も合ってますってッ』
「ほんとうに?」「ほんとぉ?」

 ローズが栞菜と灯里に問い詰められている最中、俺は公園で遊ぶ“兄弟”を見ていた。

 “兄弟”はボール遊びを始めていた。
 “兄”は慣れたようにボールを蹴り、“弟”はぎこちなくボールを蹴っていた。

 ――小さいころ、一歳下の弟は自分の半身のように感じていて、年下とは感じていなかった。

 遊びの勢いや運動のペースも何も考えず、思うがままにしていた。

 

「――ねぇ、どうかしたのぉ?」
 灯里に話しかけられて、ふと我に返る。
「あ、ああ。いや、何でもない」

 あ――と声がした。

「車がこっちに来るわ」
 栞菜の何気ない一言に、俺はなぜか明確な映像が脳裡に浮かんだ。

 その時、俺は無意識に体が動いた。

「――あ、ちょっとぉ!?」
 灯里の驚いた声を背中に受け、公園内に飛び出す。

 ちょうどその時、“兄”が蹴ったボールが勢いよく飛び跳ね、公園の出入り口に向かってポンポンとバウンドして転がる。

 ボールを追いかけて“弟”がタッタッタッと歩いていく。

 俺は颯爽とその“弟”に近寄るように颯爽と走っていく。

 “弟”が公園の出入り口に飛び出たのと同時に、俺は“弟”に駆け寄り。

 そして――。

 そして――。

 そして――――――。


「あぶないッッ!?!?」



 キキィーーッッ、




(あー、これは轢かれるなぁ。なんてこったい)

 ブレーキ音が耳をつんざく中、俺は呑気にそう思った。

 “弟”が音に振り向き、呆然としている。自分がどういう目に遭うのか分かっていなかったようだった。

(あぁ、こんな表情だったんだなぁ)

 可愛い弟。可愛がっていたはずの弟。無茶な遊びばかり誘っていた弟。

 反抗期で片付けていた弟の態度を、俺は思い返していた。

 今度会ったら。

 ちゃんと顔を見て、目を合わせて、気安く話しかけてみよう。くだらない話題を、どうでもよさげに、取り留めもなく。

 そうだ。

 アイツ最近、6Vメタモンが欲しいとか言っていたな。現代に戻ったら俺のお小遣いからAmazonでポチるか。2人で平和に分けれるように2つ買うとしよう。

 まあでも、きっと、五月蠅いとか言われるんだろうなぁ。

 でも、話さないと。話しかけないと、始まらない。

 そういえば。

 ――言い損ねていたことがあったな。

 “幸運にも”、今の場面ならば自然に言えることだった。

 今のうちに言ってしまおう。

 言えることは言える時に言ってしまおう。


「……ボール、下手くそな兄ちゃんで――ごめん」


 “不幸にも”、今の場面でないと言えなかった。

 情けない兄だ。

 次からは誇れる兄になろう。

 愛する弟が誰にでも誇れる兄に――、



 ――グシャッ。

しおりを挟む

処理中です...