黒の墓守

満月丸

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後編

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【カテリーナの記憶】


 死してからずっと、私はネアの傍に居ました。
 あの子を産む時も、下半身が裂けそうな痛みの中で、女神に願ったのです。

 ――どうか、私の命はかまいません。この子だけは、どうかお助け下さい。

 何度も何度も、気が遠くなる痛みの中で願いながら、私はこの世を去りました。
 その願いが聞き届けられたのか、私は死んだ後もずっと、ネアの傍に居ることができました。

 ……だからこそ、あの子の身に起こる全ての理不尽を、私は目の当たりにしました。

「この、悪魔が……! 貴様が、貴様さえ生まれなければカテリーナは死ななかったのだ!」

 顔を会わせる度に、幼い我が子を罵倒し、殴りつける夫。
 私が愛した相手は、私の死と共にまるで人が変わったかのように変貌しました。

 ネアは、ずっと願っていました。
 薄汚れた埃まみれの倉庫の中で、僅かな明り取りの外を見上げながら、女神を思って祈り続けました。

「どうか、おとうさまと、なかよくできますように」
「めがみさま、いい子にしていれば、おとうさまは見てくれるかしら」
「……わたしを、愛してくれるかしら」

 自らを愛さない父親のために、あの子は努力を惜しみませんでした。
 使用人の言葉を真似、来客の所作を見様見真似で学び、一般的な淑女へと近づこうと自発的に行動していたのです。
 全て、父親に認められたいが故に。

 ですが、その全ては先程も明らかになった通り、全て無駄に終わりました。
 伯爵は、努力するネアを更に嫌悪し、理不尽に殴りつけて踏みつけて、骨を折るほどの暴行を加えたのです。

「二度と私を父などと呼ぶな、この悪魔が! ヘラヘラと笑って気味が悪い、倉庫に放り込んでおけ!」

 ……あの時の、私の心境は、今でも筆舌に尽くしがたいでしょう。
 信じていた夫に裏切られた失望に、脳裏で捧げていた愛の誓いが破れる音がしました。

 ……そして、男の所業は、自然と周囲にまで広がりました。

「お前のせいで母上は死んだんだ、この人殺しが! 母上を返せっ!!」

 ネアより五つ上の兄ルードヴィヒは、父親を真似るように積極的にネアを苛め抜きました。
 ネアの食事を目の前で床に捨てたり、あの子の衣服を切り裂いたり、時には使用人を使って暴行を加えさせました。
 顔を洗わせるという名目で、水の張った洗面器に頭を押さえつけて、もがいて苦しむ様を大笑いして眺めたり……、

「見ろ、ドブネズミの顔色が少しはマシになったぞ! 青白くて死人みたいだ!」

 ……見るに耐えない、所業でした。


 私が愛した家族は、私の死を理由に、私の愛する娘を虐待する。
 まさしく、地獄のような十三年です。
 しかし、ネアにとっては私以上に地獄でしょう。
 愛されることを知らず、屋敷の全てはあの子を蔑み、人として扱われることもない。

 当主の八つ当たりのための肉袋、都合の良い時に血を吐くことのみを許された、親の所有物。

 それが、あの子の人生の、全てだったのです……!


「おい、ドブネズミ! この屋敷で飼ってやってるのに、どうしてまだ生きてるんだよ! お前なんかさっさと死んで、母上に謝りにいけばいいのに!」
「お、お許しください……! わ、私が生まれてきたのが間違いでした……ごめんなさい、嫡男様……!」
「そうだ、お前のせいだ! お前のせいで父上もおかしくなったんだ、お前なんかが生まれなければ!」

 ルードヴィヒはネアの髪を掴んで引きずり倒しました。
 そして、足を振り上げたのです。

「死ね! ドブネズミが!!」


 ――嫌な、音が、響きました。


 床に広がる血、ピクリともしなくなったネア。
 最初は笑っていたルードヴィヒも、呼吸すら止まったネアに気づいて、次いで血に染まった靴を隠すかのように床で拭いてから、部屋から逃げ出しました。

 私は、何も出来ないままに、じっとそこに留まりました。
 ネアを抱きしめることも、声をかけることも、介抱することもできずに。

 あの子を、誰かが見つけに来てくれることを期待しました。
 ですが、それすらも。

「まったく、最後まで手間を掛けさせる」
「だ、旦那様、いかが致しましょうか……」
「いい、アレの出産時の報告はしていない。他家も知らぬ存在だ。このまま部屋を封鎖しろ、誰一人としてここへ立ち入れないように密閉せよ」
「か、畏まりました」

 私は、遂に自分の正気が失われたのかと思いました。あまりにも信じられなかった。
 夫は、命をかけて産んだ私の子の出生届を、出していなかった。その存在を、認知させていなかった。
 つまり、もともと、夫はあの子を殺すつもりだった。いつか殺すために、飼い殺しにしていた。
 そして死んだから、使わない倉庫に鍵をかけ、埋葬もせず、放置した。

 去りゆく夫の、「骨になってから庭にでも埋めろ」という声を聞いて、私は……、





 ――――ゆるさない


 ――――ゆるさナイ


 ――――ユ ル サ ナ イ



 絶対ニ 呪ってヤル――






◇ ◇ ◇


 …………調停場は、完全な静寂の中にあった。記録官が動かすペンの音すら響くほどの、衣擦れ一つない沈黙だ。

 幽霊、カテリーナの胸糞な話を聞き終えて、俺は不快げに木の実の入っていた袋をグシャリと潰した。
 よくある話だろう、貧民層の劣悪な環境では、よく聞く話。

 だが、例え慣れていたとしても、相手の所業へ怒りを抱くのをやめる必要はない。

「ゲス野郎が」

 ポトリと落とした俺の呟きが、調停場中に響き渡った気がした。

「ち、違うんだ、カテリーナ……」

 俺の言葉に触発されたのか、クソ親父は蒼白なままに言い訳を吐いている。

「ネアは、あの娘は、確かに悪魔の娘だったんだ……! お前はわからなかったかも知れないが、悪魔に間違いない! お前は騙されているんだ!」

『…………』

 伯爵夫人、いや、カテリーナは見苦しい元夫を見もせずに、被告席で縮こまっていた兄へと近づいた。
 目を見開き、ブルブルと震える兄へ、カテリーナは一切の光が見えない目で、覗き込んだ。

『ねぇ、ルードヴィヒ。どうして、どうしてなの』

「は、ははう、え……」

『私は死ぬ前に貴方へ言ったわ、妹を、例え私が居なくなったとしても、妹を助けてあげて、お兄ちゃんとして仲良くしてあげて、って』

 その言葉に、兄は目を限界まで見開いている。今頃、思い出したのかもしれないな。
 はくはくと口を開閉する息子へ、母親は口端を歪めて、呪詛のように吐き捨てた。

『楽しかった? 実の妹を、その手で殺したのは』

 しばしの沈黙の後、

 ――絶叫が響き渡った。

 半狂乱になった兄は、母親の霊から逃れるようにもがいて、床をのたうち回っている。まるで、霊にでも憑かれているかのようだ。

「か、彼を退廷させなさいっ……!」

『司祭様、お下がりなさいませ。これは、我が家の問題ですのよ』

「……っ!」

 カテリーナは、聖母のように穏やかな、しかし死人の瞳で言った。

『だって、貴族の家での虐待や殺人なんて、さして罪にはならないのでしょう? 母親が我が子を叱ることが、そんなに問題でしょうか』

「し、しかし……」

 まさに、子供の権利への揶揄だな。カテリーナはネア殺害の咎なんぞ、この社会ではさしたる罪にならないことを嫌と言うほどに知っているようだ。
 だから、ここで妹殺しを行った兄を、壊そうとしている。霊を裁く法がないのと同じく、それを罰する法もない。

「カテリーナ。その子はもう捨て置きな」

 誰にも止められない行為へ、待ったを掛けたのは、婆さんだ。

「私との約束を忘れたのかい。それ以上は、悪霊の所業だ。お前さんが悪霊と化すのであれば、私はこれ以上、手を差し伸べることはしない。溜まりに溜まった未練という復讐の言葉を吐くことは容認するが、壊すのならば話は別だ」
『…………、わかりました』

 興味を失ったようなカテリーナを横目に婆さんが官吏を呼んで、狂乱して泣き叫ぶ兄は引きずり出されていった。ありゃもう駄目だろうな、完全に心がポッキリ行っちまってるぜ。

 次に、カテリーナは元夫へ向き直る。
 怯えすら見える元夫へ、鬼母もかくやな形相でカテリーナは言った。

『貴方を愛していました。女神の御前で誓った言葉に、偽りはありませんでした。……しかし、この十三年間、ネアへ与えた痛みはまさしく私自身への痛み。あの子を蔑ろにし続ける貴方を目にして、私の愛はとうの昔に尽きてしまいました』
「あ、ああ……か、カテリーナ、カテリーナ……す、すまん、すまなかった、わ、私は、今もお前を……」
『私は、貴方を、永遠に許さない』

 憎悪の念を抱く言葉は、まさしく凍土の寒さのように脳を吹き抜けていく。

 冷え切った瞳をしたカテリーナへ、しかし往生際の悪い伯爵は首を振って縋るように近づいていく。まるで駄々っ子だ。

「違うんだ、お前を、私はお前を愛しているんだ……! 誰よりも、この世界で誰よりも愛している!」
『あら、そう』
「た、たまたま、家族よりもお前を愛していただけなんだ……お前が死んで、居なくなって、世界の全てが灰色に感じられて……存在しないお前を思い続けて生きてきた、今もそうだ! お前が居ない世界は灰色なんだ! 何をしても楽しくない、何を食べても味が感じられない、お前が、お前が居ないことが、何よりも悲しい……」

 痛ましいと言える慟哭。
 思わず許してしまいたいと思える程度には無様で、純粋な哀願。
 赤の他人が見れば、被害者へ無責任に「許してやれよ」なんて抜かしてしまうかも知れない程度には、哀れな姿だろうな。

 だが、

『それが何だというの』

 目の前の悪霊に、そんな泣き落としが通じるわけもない。

「カテリー……ナ……」

『世界が灰色? それで? だからネアの人生を地獄に変えたの? 拷問のような苦痛を与えたの? 自分はこんなにも可哀想だから、我が子を虐待して壊しても問題ないだろうって? そんな言い訳を、命と引き換えに産んだ母親であるこの私の前で、恥知らずにもできるのね?』
「カテリーナ! 違うんだ、待ってくれ!」
『もう結構よ、貴方との婚儀の誓いなんて、この場で破棄してさしあげるわ』

 ハッキリと宣言したそれは、文字通りの離婚宣言。死んだ当人からの離縁通達に、伯爵は空いた口が塞がらないようだ。

「め、女神の宣誓を、破棄するだなんて……! そ、そんな事は許されないだろう!? カテリーナ、女神への信仰を持つお前が、そんなことが出来るわけがない!」
『……ええ、そうね。私は女神様を何よりも敬愛していたわ。私と引き換えに、ネアを救ってくださったことを感謝した……でもね』

 うっすらと、女は笑う。
 仄暗い、憎しみの浮かんだ顔だ。

『どれほど私が祈っても、どれほどあの子が願っても、女神はネアを救わなかったわ。あの子が苦痛に塗れる地獄の中でのたうち回り、実の兄に殺される姿を、黙って見ていただけだった。あの子はね、ネアは、死んだ私にとっての全てだったの……私が、この世界で誰よりも幸せを望んだ、愛しい我が子だったのよ……!!』

 司祭が思わずと言った風情で口を開くが、何も言わないまま口を閉じた。
 信仰は人を豊かにするが、救うことはしない。まさに、それを体現するかのような話だった。

 カテリーナは、笑った。
 歪んだ音を立てて、涙を零しながら、最後にこう締めた。

『悪魔は人から信仰を奪うのが、その役割らしいですわね。そして私は信仰を捨てたわ。自ら、神への思慕を捨て去りました。残ったのは、ただの尽きぬ怒りだけ……、

 ねえ、これで満足かしら? 私から、愛と信仰を奪い去った――

 ――この、邪悪な悪魔が』


 ゆるゆると、男は首を振ってから、徐々に発作のような笑いを上げた。
 引き攣れるそれは、まさしく壊れた人形がガクガクと振り回されるかのように。

 その顛末を見届けて、法務官は首を振り、司祭は聖印を切り、女王は無表情で睥睨している。

「……さて、気は済んだかい?」

 今まで黙っていた婆さんが声をかければ、カテリーナはゆっくりと振り返って、静かに目を伏せた。

『墓守様。最後に、一つだけ……。私は娘の死を見つけてほしいばかりに、無関係な方々へ多くの迷惑を掛けました。正気を失っていたとはいえ、決して許されてはならない所業です……出来ることなどもはやない身ですが、皆様には謹んで、謝罪申し上げます』

 先程のキツイ声色じゃない、穏やかなで丁寧な謝罪だ。頭を下げる姿は一部の隙もなく、献身的な姿として映る。
 生前は出来たご婦人だったろうな、悪霊になってもそう思える程の所作だった。

『お待たせしました。もはや、未練などありません』
「そうかい。ならばお前さんが浄化の日まで穏やかに過ごせるよう、墓守として棺を整えよう」

 カラン、と、婆さんの天秤が音を立てた。

 途端、カテリーナの輪郭が薄っすらと消えていく。
 粒子となった霊魂は天秤の秤の一つに乗り、対となる秤と釣り合うように、しかし僅かに傾いた。

「……悪霊より脱するのならば、お前さんの娘と再会することも、出来るだろうよ」

 そう静かに呟いてから、婆さんは天秤を懐に仕舞った。

「それでは、長々と失礼したねぇ。女王陛下、御前を失礼いたします」

「うむ、ご苦労であったな。カーニック男爵」

 再び戻りつつある周囲の喧騒なぞ欠片も気にしないまま、婆さんは悠然と調停場から去っていった。どこまでもサバサバとした御仁だな。

「そ、それでは、裁判の結審を述べたいと思う。……その前に、女王陛下」
「うむ」

 アレシア女王は立ち上がり、頭上から貴族たちを見下ろしながら、こういった。

「ヴェーネルハイト伯爵夫人が行った、城下の民を惑わす所業を許すことはないが、しかしその身上には一定の酌量をすべきであると考える。彼女が齎した破壊行為への損害賠償は全て、ヴェーネルハイト家が支払うことを命ずる」

 これは裁判とは無関係の、幽霊騒動への補填だな。ここはあくまで悪魔崇拝を問う裁判だからだ。

「此度の悲劇、それは愛が深すぎるがゆえに起こった、暴力を是認する出来事だ。人の感情は複雑怪奇、その向けるべき感情を見当外れな方角へ向けてしまうことも儘、あるだろう。だからこそ、向けられかねない対象を少しでも減らし、社会的弱者を保護することこそが重要であると、私はこの悲劇を見て思った。諸君らも今一度、自らの家族を省みることを心がけてほしい」

 ――カーニックの一族がいる限り、死人の口は塞がらないのだから。

 うわぉ、バッチリ釘を刺していくスタイルは惚れ惚れしちゃうね。法廷では使用しないけど、王家はカーニックの魔法を使いまくるとハッキリ言っちまってるな。婆さんの今後の身の安全が心配になるね。
 思わず乾いた笑いを上げていれば、法務官が咳払いをしてから、締めの宣言をする。

「……それでは、ヴェーネルハイト伯爵家へ、判決を申し渡す!」


◇ ◇ ◇


 鎮魂が終わった数日後、私は花束を持って、共同墓地へと足を向けていた。

 毎日の手入れは欠かさず行っているが、風で飛んでくる落葉や小さなゴミまでは防げない。地面に散った花弁を横目に、目的の墓まで辿り着く。

 墓碑銘には、二つの名前がある。

 カテリーナ、そして、ネア。
 姓は入れていない、当人が拒否したからだ。

「お、婆さんも墓参りか。入口に騎士が立っていたから何事かと思ったぜ」

 向こうから陽気な処刑人がやって来て私の横に並び、持っていた粗雑な野の花を墓前に供え、聖句を口にした。
 死刑囚へは決して言わないそれを口にするのは、この男なりの礼儀なのだろう。

「珍しいねぇ、お前さんがここへ来るなんて。死人なんて気にもしない質の癖に」
「近場を通るから、気まぐれだ。……それより聞いたぜ、ヴェーネルハイト元伯爵夫人の遺骨を、女王陛下の命令で移動させたんだってな」
「ああ」

 肩を竦めて思い出す。
 あの女王陛下は今回の事件を象徴として扱いたいらしく、伯爵夫人の籍……死者名簿に乗っていた名から、正式にヴェーネルハイトの姓を消した。事実上の冥婚ならぬ、冥離婚だ。
 そしてヴェーネルハイト家の墓から遺骨を移動させ、この共同墓地へ娘と共に移動させた。夫人の実家は、貴族社会へ不信感を持つ彼女の意思を尊重したらしい。

「社交界じゃあ、ちょっとした美談として通ってるぜ。死んでも我が子を思い続ける母親の奮闘ってことで、子供を虐待する家への目線が厳しくなってきているってな。ま、いつまで続くかは知らねえが、向こう数年間は厳しいまんまだろうな」

 人の噂で襟を正すのも限界がある。望むのならば、次の世代がこの件を教訓として忘れないでいてくれることだ。
 まあ、その心配はそこまで必要ではないだろう。あの女王が頂きにいる限り、事件が風化されることはないに違いない。

「陛下は、実に慈悲深いこったね。精神不安に陥ったヴェーネルハイト伯爵家に代理人を立て、療養として別荘をプレゼント。そして事件を介して蔑ろにされている貴族女性や子供らを一気に味方につけた。この国のトップでもある女性が宣言すれば、どれだけ不満があろうとも家の暴君はそれに従わざるを得ない。社会的弱者の数は、きっと馬鹿にはできないんだろうねぇ」

 虐げる側は、気づいているのだろうか。
 いつか自分が虐げられる側に回るかも知れないと、今回の件はそれを証明してしまったのだと。
 カーニックは、それを可能に出来るのだと。

「婆さんは大丈夫なのか? 今後の身の振り方とか。必要なら俺も手を貸すけど」
「ふん、若造がいっちょ前の口を聞くんじゃないよ。少し前まで異端視されていた検死官を認めさせたのは誰だと思っているんだい? 夜道での襲撃なんて慣れてるよ」
「婆さん、年齢考えろって。剣を振り回せる歳じゃねーだろ」
「それに、いざとなれば霊の人が助けてくれるから、問題ないさ」
「あぁ……まあなぁ」

 我が家の魔法は霊との交流だけではない。霊を介した結界、憑霊、それらの使い方は手足のように知っている。
 気づけば、マスクの上から顔の半分を撫でていた。

「憑霊体質ってのも大変だな。……っと、それじゃ俺はそろそろ行くわ」
「お前さんも、せいぜい夜道に気をつけることだね」
「月夜ばかりだと思うなって? そりゃどうも、身に沁みて知ってるぜ」

 じゃあな、と飄々と手を振りながら去っていく男を見送る。何を考えているか分かりづらい奴だが、身内と認識している相手へは甘い男だ。自然、仮面の下で笑みを浮かべてしまう。
 私は手に持っている花束を持ち直してから、墓へと向き直る。

「…………我が子を失うのは、それを目にするのは、さぞや苦しいことだろうさ」

 呟いてから、自分の傷である過去を思い返す。

 死んだ我が子が悪霊となり、この身が呪われ、未だ生き恥を晒している。
 だからか、面倒で危険だとわかっていながらも、彼女らへ手を差し伸べてしまったのは。

 ……私の視界に映る光景。
 墓地の花畑に座って、少女を膝に抱えて何かを話す、母親の姿。

 二人とも、穏やかで、幸せそうだ。

「死が、お前さん達の安息となるように、私は微力を尽くすとしようかねぇ」

 自らへの再表明のように呟いて、墓前に花束を添えた。


 ――母子を表す白い花束は、静かに、ただそこに在った。


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