記憶の欠片と異世界の。

むー太郎

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罪の意識と感覚と。

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 喉が渇く。水が飲みたい類の渇くじゃない。もっと、何か違うものだ。胸が苦しくて、頭と手をガリガリと掻きむしりたくなるような、そんな渇きだ。
 あの時を思い出す度に嫌悪感に襲われて、思考がぐるぐるぐちゃぐちゃしていく。
 自分のした事がとてつもなく気持ち悪くて、許される事であっても拭いきれなかった。
 緑寄りの色をした首筋にダガーを当てて、喉笛を裂いた肉の感触。切った瞬間に血が噴き出してぴちゃぴちゃ顔にかかった。
 殺す覚悟は出来ていた筈だし、多分、この世界では思い悩む事では無いのは知っている。
 でもやっぱり殺すという事の危機感が心の底では割り切れていなくて、未だに手の感触が残っていて。手が震える。
 いずれやらなければいけないことは分かっていたのに、自分の弱さが露見している。
 あぁ、もう——

 喉が渇く。

「クソ...馬鹿かよ俺は。」

 他種族とは現在恒久的な対立状態であり、ゴブリンもコボルトも例外じゃ無い。アイツらもいずれはこの街に仕掛けてくるかもしれない危険因子だったのだ。
 倒す事は正しいし、街の平和に繋がる。俺みたいなヤツがこの街の殆どだったとしたら、多分攻め込まれた時に皆殺しにされるのは当たり前なのかもしれない。
 カイトは凄い。ちゃんと割り切っていたのだから。リーダーも任せたい。頼ってのしかかって依存していたい。
 そう思って代わらないか?と頼んだ。でもカイトは「俺は、多分リーダーをしちゃいけねェ気がするんだ。」そう言って頑なに俺の頼みを拒んだ。
 はっきり言って、知らねぇよ。と言ってやりたかった。俺じゃ務まらないから、お前にやって欲しいんだって。
 でも俺は、そんな事言えるような立場にいないから。

 言えなかった。

 堂々巡りの思考が続く。寮の硬いベットの上でうつ伏せになって体を捩る。

「ヒロキ」

 ドアの開く音がして振り返る。どうやら俺が呼ばれたらしい。その声からして多分、シュウだ。

「あの、僕...じゃなくて我はヒロキに感謝している。多分だけど...だが、我は殺せなかったと思う」
「......」
「あの時、本当は殺すつもりなんて全然無くてっ、その、馴れ合いみたいな剣筋で戦っていたんだ」
「うん...」
「だからあの時、ヒロキがスティレットで刺した時、助かったんだ。でも我がしたのは...致命傷にはならない打撃の【盾打シールド・バッシュ】を選んだんだ。だから...ほんとゴメン。」
「いや、うん。いいんだ。こっちもゴメン。仮にもリーダーやってんのにさ、落ち込んで、指揮下げちゃってさ」
「そんな事っ」

 シュウがそう言いかけた時に、もう一人の来訪者が来る。

「あンだろ。そうだ、テメーのせいだヒロキ。だからあの後もずるずるになッて一匹も仕留められなかったンだ。」
「...ごめん。」
「ごめん、じゃねーだろ。改善策を言うもんだろそこは。」
「流石にっ...言い過ぎだと思うぞ我は」
「ごめ」
「だーもう!!謝んな!俯いてんじゃねェよ!今日の功労者はお前だぜ?初めて一匹仕留めたんだからよ!」
「......っ」
「何も気にせず戦えって言ってる訳じゃねェンだ俺は。そんな難しい事を言ってるんじゃねー。俺がリーダーにならねーのはよ、俺が言う前にお前が最初にチーム組むッて宣言したからだ。」
「我もだ...我はカイトみたいに宣言しようとすら思わなかった。我...僕は卑怯で臆病者なんだ。でもヒロキ、お前は違うだろ?」

 違うのだろうか。臆病者なのは一緒だ。

「なァ、お前は多分陰キャの部類に入るかもしんねぇ。」

 酷い。

「でもだ、俺はそんな陰キャに決断力で負けたんだ。俺はお前以下なんだぜ。正直悔しいけどよ。お前、変わろうとしてたんだろ?」

 ...。確かにそうだ。自分を変えたいって、あの時確かに心の底から望んだ。

「僕は...何も、何も出来なかった。だから、今度も、これからも引っ張っていってよ」
「......」

 そんな事言うなよ...。
 本当に臆病なら、あの時逃げ出している。
 シュウは立派に務めを果たしていた。俺は戦ってはいたけど、殺した途端に怖くなったんだ。
 あの時決断した事を変えそうになってしまった。心が弱かった。

 でも。今は守り守られる仲間が居る。下手な指示で、あの後死んでいた仲間がいたかもしれない。自分がこのままで良い理由が無い。仲間でも何でもない奴等の死を嘆いている暇なんて無い。
 もう守らなければならない仲間が居るのだから。

「お前にしか出来ねェ仕事だろが。根性はある陰キャだお前は。」

 分かったよ。分かっているよ。だったら、ウジウジしている場合では無い。いつかの昔の自分へと逆戻りになってしまう気がする。ゴブリン程度なんだ。これじゃあ前にすら進めない。
 やってやるよ。
 やってみせるよ。
 俺が。

「...、分かった。やるよ。立派なリーダー面してやるよ。引っ張ってやるよ。どんだけつまづいても、どんだけ汚れても、意地汚くリーダー務めてやるよ!そうだ、俺は多分陰キャだったよ!でも、変えるって決めたんだ。お前らに言われなくてもな、一丁前に格好つけてやるよ!」
「言えンじゃねェか馬鹿」
「うっせヤンキー崩れが!」
「あァ!?」
「やんのか!?」
「ちょ、二人とも今深夜」
「「うるせぇ!!」」
「遊ぶの?」
「ユウリまで!?」

 部屋にユウリまで乱入し、俺達は騒ぎに騒いで枕投げを敢行し、寮長にボコボコにされるという事態に至り、そのままぐっすり熟睡した。

 俺達の行く道は果てなく厳しいのかもしれない。でも、行くしか選択肢は無い。だからこそ迷っている暇は無い。
 後悔や悔恨に苛まれないように、全力で今を生きていかないといけない。
 それでも今日は、死ぬとか生きるとか、決断力とか、仲間とか。重くて重くて潰れてしまいそうになったけど。
 最後はまとまって、馬鹿騒ぎして。いい経験をしたんじゃないかなって。
 俺は思った。






 ◆



 盛大に寝坊した。完膚なきまでに。
 起きたらもう十一時を過ぎていて、シュウやユウリを引っぱたいて起こした。昨日の事もあって、二週間寝食を共にしただけで忙しかった俺達は少しストレスを発散出来たんじゃ無いかな。って感じた。
 それからは流れるように装備を整え、街を出た時には十二時だった。

「やっと森に着いたな...。」

 ようやく北の森に着く。ようやくと言ってもたったの五キロなのだが、それでも装備を着けた状態での五キロは中々長く感じる。

「今日は十匹狙うぜ」
「その数だと...多分森の更に奥にあるらしい住居、巣窟にまで行かないといけなくなるぞ?」
「なァーに言ってんだシュウ。不味い飯は食いたくねーだろ?やるぞ」
「肉、美味しい肉が食べたい。」
「まぁ、悪くない提案だけどさ。二匹相手にあれだけ手こずらされたんだ。もう少し慎重に行くべきだと思う。俺的には正面衝突より、気付かれ無い内にサクッと暗殺が一番楽なんだけど」
「効率は良いけどよ、男としてどうなんだ...?ったく。それ以外にも理由があんだろ?」
「ああ」
「もしかして、森の警備が厳しくなっている、という事か?」
「そういう事。あの時一匹逃がしたろ?多分もう伝わってんじゃないかな。だとしたら奥に行くまでも無く遭遇エンカウント出来ると思う。無理に進めば俺達だけじゃ処理出来ない数にぶつかる可能性が高い。」
「なるほど。」

 この世界はゲームじゃ無いし、毎回同じ配置に同じ敵が居て、同じ攻撃を繰り返す。なんて事はありえない。
 自ら情報収集と経験を積んで予測して動かないといけないのだ。......ゲームってなんだっけ?...どうでも良いか。
 俺は【影衝】を使い始め、進んで行く。独特な金属音が辺りに響く。

「...そういや連中、装備しっかりしていやがッたな」
「ああ、そうだ。つまり」
「完全武装、確かなバックアップ。種としてこの森に根ずいている可能性、大。」
「......我は聖騎士の座学というか、様々な種の大まかな生態を先生に習った。そこまで大きな種として根ずいているのなら......リーダー、と言える個体が存在すると。」
「うん。そういう事って考えても良いと思う。で、俺達のこれからの目標はその個体の撃破って事で良いかな。もちろん居るって決まった訳じゃ無いんだけど」
「あたりめェだ。ユウジ共が今何やってんのかは知らねェがさっさと追い越して馬鹿にしてやろうじゃねェか!」

 俺達は当分の目標を決め、北の森の攻略を再開し始めた。






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