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第2話 クーオール家
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学校が終わると、ケイティはスティーグを連れて家に帰ってきた。
スティーグとは家も近所で、昔はよく行き来したものだが、最近の回数は減っている。
「あら、スティーグちゃんいらっしゃい。大きくなったわねぇ」
「おばさん、オレはもういいオッサンだ。毎回同じ事を言うのはやめてくれ」
「ふふふ、スティーグちゃんがオッサンなら、私はおばあちゃんね。まぁ、名実ともにおばあちゃんだけど」
ケイティの母親はスティーグにそう言って笑った。ケイティには兄が二人、姉が一人いる。ケイティ以外の全員が結婚し、子供がいるので、確かにおばあちゃんである。それどころか一番上の兄の子供はもう二十歳で、結婚して子供が生まれているため、おばあちゃんどころかひいおばあちゃんになってるのだ。
「スティーグちゃん、確か彼女いたわよね? そろそろ結婚間近かしら」
「いや、別れた」
「あら、また? 今度の子とはゴールインしそうだと思ったのに」
「まぁ、今回の戦争のせいでしばらく構ってやれなかったからな。仕方あるまい」
スティーグは今まで幾人かの女の子と付き合って来ている。それも、小さくて可愛らしくて、まさに乙女というような若い女の子が多い。スティーグ曰く、守ってあげたい気分になるのだとか。そういう女は、実は図太くてたくましい事を、スティーグは理解出来ていない。
スティーグは騙されているのだ。良いように使われて、ポイ捨てされている事に気付いていない。というのは、ケイティの勝手な想像だが。
「お母様からも言ってよ。スティーグに私と結婚する様にって!」
「ケイティ、あなたまだスティーグちゃんの事諦めてなかったの?」
「あったりまえよ! 私は生涯、死ぬまでスティーグ一筋よ!!」
「いい加減にしろ」
そう言ったのは、後ろから現れたケイティの一番上の兄、ギルバートである。
「ギル兄様はすっこんでて頂戴!」
「長兄に向かって何て言い草だ。すまんな、スティーグ。バカ妹がいつも迷惑をかける。どうにか結婚させようとしているのだが、この年になると中々良い縁談がなくてな」
「ギル兄様が持ってくる縁談なんて、ろくなのがないわ!」
「お前が無下に断らなければ、とっくに結婚出来ていた縁談もあっただろう!」
「ふん。スティーグ以外の男なんて、皆クソよ」
「出た。これだよ」
ギルバートは大きく息を吐き、お手上げだとでも言うように手の平を天に向けた。
「すまんなぁ、スティーグ。もうホント、思いっきり冷たくしてやってくれていいぞ。そんなでクラインベックとクーオールの関係は変わらんから」
「では、そうするか」
「やだ、やめてよスティーグ! 私、スティーグしかいないんだから!」
ケイティがすがる様にして言うと、スティーグは力なく笑った。気は優しくて力持ち。そんなキャッチコピーが似合いそうなスティーグは、弱い立場である事を強調すれば、必ず守ってくれる。
「まぁ、ケイティは俺にとっても大事な幼馴染みだからな」
「ホント!? じゃあ、結婚しなさいよ!」
「断る。それとこれとは話が別だ」
「ふんっ、ケチ!」
その日、スティーグはクーオール家で食事を取って帰って行った。食事の後、ケイティは自室にスティーグを誘ったが、スティーグが家族に止められてしまい、それは叶わなかった。
普通、家族は応援してくれるものではないだろうか。それなのにケイティの家族は皆スティーグの味方だ。口を開けば結婚しろと言って来るくせに、スティーグとの事はちっとも協力してくれず、諦めろと言うばかりだ。
クラインベック家とクーオール家なら、十分釣り合うし、相互関係を作っておいて損は無いはずだ。それなのにちっとも協力してくれない家族に腹が立つ。
それを訴えると、スティーグにそんな気がないのが分からないのかと怒られるだけだ。
しかし、そんな気にならない保証はないではないか。いつ振り向いてくれるか分からない。恋とはそういうものではないだろうか。そう信じてケイティはアタックするだけだ。
次の日、ケイティはお昼休みにまた騎士団へ向かった。もちろんスティーグに会うためだ。しかしこの日は執務室にスティーグの姿はなかった。よくある事だ。スティーグは執務の仕事が極端に少ない。
スティーグが執務室にいない日は、すぐに諦めて戻る事にしている。待っていても意味はない事をケイティは知っているからだ。
その帰りに、二人の教え子が現れた。イオス・リントスとアクセル・ユーバシャール。授業をし易くしてくれた二人である。
「ケイティ」
「ケイティ殿」
二人はそれぞれにケイティの名を呼んでくれた。二人が学生の頃は、ケイティを『先生』と呼んでくれていたが、卒業してからは親しく名を呼んでくれるようになった。
逆にケイティは、騎士隊長へと上り詰めた二人を、敬称をつけて呼ぶようになっている。
「イオス様、アクセル様、今からお食事かしら?」
「ええ、ケイティ殿はもう食べられましたか」
「まぁ、軽くね」
「ではケイティも一緒にどうです? スティーグ殿もいらっしゃいますよ」
「行くわっ!」
アクセルの問いに即答し、二人は苦笑している。
「相変わらずですな、ケイティ殿は」
「まったくだ」
ケイティは教え子に挟まれる形で食堂へと進む。
「あ、そういえば、イオス様は結婚したのよね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「どう、結婚生活は。幸せ?」
「ええ、幸せですよ。少なくとも、私は」
いつもの悪どい笑みではなく、本当に幸せそうに微笑むイオスを見て、ケイティはほっと息を出した。
「いいわね……ねぇ、イオス様。どうにかして私とスティーグを結婚させてくれない?」
「お二人を、ですか? 出来なくはありませんが」
「え、本当!?」
歓喜の声を上げると、逆にイオスは渋い顔を見せた。
「まっとうな方法ではない故、ただ法に縛られるだけの婚姻になりますが。それでケイティ殿は満足なされますかな」
ファレンテイン貴族共和国では、結婚すれば三年はそうそう離婚できない仕組みになっている。しかし逆に言えば、それでは三年後に離婚されてしまうだろう。たった三年だけの夫婦。それは嫌だ。生涯一緒がいいのだ。
「満足出来ないわ。どうすれば、スティーグは私と結婚したいと思ってくれるかしら」
「分かりかねますな」
「アクセル様はどう思う?」
「スティーグ殿もあれで単純ですからね。彼の好みの女性に変身してみては?」
好み、というとあれか。花も恥じらいそうな乙女か。処女という意味なら自身があるのだが、とケイティは考える。
「ほら、あそこにいましたよ」
食堂に入るとスティーグの姿が目に入った。ケイティは何も注文せず、一目散にスティーグに駆け寄る。イオスとアクセルは後ろで苦笑していた。
「ご一緒させてね!」
スティーグの目の前に、有無も言わさず陣取って座る。花も恥じらう乙女とは縁遠い行動だ。スティーグは明らかに嫌そうな目を向けて来る。
「未来のお嫁さんが現れたんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
「誰が嫁だ、誰が」
スティーグは深く溜め息を吐き、ケイティを連れて来た二人組を見遣る。その二人は可笑しそうにケイティを挟んで両側に座った。手に持った番号札をカタンとテーブルの上に置いている。
「こいつを連れて来るな。迷惑だ」
「それは失礼を」
「ケイティの気持ちを知っているので、つい」
「全く、良い教え子を持ったものだな、ケイティ」
「うふふ。本当ね! 鼻が高いわ!」
左にイオス、右にアクセル、目の前にスティーグとは、何と贅沢な光景だろうか。
「もう大きな戦争はないんでしょう?」
「そんなのは分からん。グゼン国との国境では小競り合いが続くだろうしな」
「スティーグ殿の引退は当分先ですよ」
「なーんだ」
ケイティがあからさまにガッカリしていると、食堂の給仕が食事を運んで来た。日替わりランチとクリームパスタ、それに杏仁豆腐がテーブルに置かれると、給仕は番号札を回収して下がっていった。
「ケイティ殿は既に食事を摂られたとの事でしたので、デザートに杏仁豆腐を頼みましたが、如何ですか?」
「いいわね。イオス様の奢り?」
「いいえ、アクセル殿の」
「あら、ありがとうアクセル様」
「どう致しまして」
杏仁豆腐という辺りがイオスのナイスチョイスだ。実はスティーグは甘い物に目が無い。特に杏仁豆腐はスティーグの大好物なのである。
スティーグはやはりというべきか、ヨダレを垂らしそうな勢いでこちらを見ている。その目の前で、これ見よがしに杏仁豆腐を頬張ってやった。
「あら、ここの杏仁豆腐は美味しいのね」
「そうでしょう。わざわざ外から食べに来る女性もいるほど、人気なのです。まぁ、無骨な誰かさんは注文し辛いようですが」
イオスの言葉にスティーグはむっとしている。
「あら、そうなの。スティーグ、一口食べてみる?」
「む、良いのか?」
「勿論」
スプーンに乗せた杏仁豆腐をスティーグの口元へ運ぶと、スティーグはスプーンごと食べそうな勢いで口に入れた。
「美味しい?」
「うむ、いける」
「うふふ、間接キスね!」
そう言ってケイティもそのスプーンで杏仁豆腐を掬って口に運ぶ。
苦い顔をしているスティーグとは対照的に、イオスとアクセルは笑いを堪えるのに必死の様子だ。
「あのなぁ」
「これはもう、責任取って貰わないといけないわね! 結婚しましょ!」
「こんなことでいちいち責任取ってたら、体がいくつあっても足らん。先に行く」
スティーグは立ち上がると、トレーを持ち上げて行ってしまった。
「鬱陶しがられちゃったかしら」
「元々でしょう」
「アクセル様、酷いわ!」
「何も言わなければ、あのまま杏仁豆腐をあげ続けられたと言うのに。いい雰囲気になった所で、我らは退散する予定でした」
「イオス様、そんな策を立ててたなら、先に言っておいてくれないと!」
「言う前にケイティ殿が行ってしまわれたのではないですか」
「……そうだったわね」
あーあ、と見えなくなったスティーグの背中を探すように遠くを見た。
今まで、スティーグといい雰囲気にすらなったことがない。こんな事でスティーグと結婚できるのだろうか。
スティーグとは家も近所で、昔はよく行き来したものだが、最近の回数は減っている。
「あら、スティーグちゃんいらっしゃい。大きくなったわねぇ」
「おばさん、オレはもういいオッサンだ。毎回同じ事を言うのはやめてくれ」
「ふふふ、スティーグちゃんがオッサンなら、私はおばあちゃんね。まぁ、名実ともにおばあちゃんだけど」
ケイティの母親はスティーグにそう言って笑った。ケイティには兄が二人、姉が一人いる。ケイティ以外の全員が結婚し、子供がいるので、確かにおばあちゃんである。それどころか一番上の兄の子供はもう二十歳で、結婚して子供が生まれているため、おばあちゃんどころかひいおばあちゃんになってるのだ。
「スティーグちゃん、確か彼女いたわよね? そろそろ結婚間近かしら」
「いや、別れた」
「あら、また? 今度の子とはゴールインしそうだと思ったのに」
「まぁ、今回の戦争のせいでしばらく構ってやれなかったからな。仕方あるまい」
スティーグは今まで幾人かの女の子と付き合って来ている。それも、小さくて可愛らしくて、まさに乙女というような若い女の子が多い。スティーグ曰く、守ってあげたい気分になるのだとか。そういう女は、実は図太くてたくましい事を、スティーグは理解出来ていない。
スティーグは騙されているのだ。良いように使われて、ポイ捨てされている事に気付いていない。というのは、ケイティの勝手な想像だが。
「お母様からも言ってよ。スティーグに私と結婚する様にって!」
「ケイティ、あなたまだスティーグちゃんの事諦めてなかったの?」
「あったりまえよ! 私は生涯、死ぬまでスティーグ一筋よ!!」
「いい加減にしろ」
そう言ったのは、後ろから現れたケイティの一番上の兄、ギルバートである。
「ギル兄様はすっこんでて頂戴!」
「長兄に向かって何て言い草だ。すまんな、スティーグ。バカ妹がいつも迷惑をかける。どうにか結婚させようとしているのだが、この年になると中々良い縁談がなくてな」
「ギル兄様が持ってくる縁談なんて、ろくなのがないわ!」
「お前が無下に断らなければ、とっくに結婚出来ていた縁談もあっただろう!」
「ふん。スティーグ以外の男なんて、皆クソよ」
「出た。これだよ」
ギルバートは大きく息を吐き、お手上げだとでも言うように手の平を天に向けた。
「すまんなぁ、スティーグ。もうホント、思いっきり冷たくしてやってくれていいぞ。そんなでクラインベックとクーオールの関係は変わらんから」
「では、そうするか」
「やだ、やめてよスティーグ! 私、スティーグしかいないんだから!」
ケイティがすがる様にして言うと、スティーグは力なく笑った。気は優しくて力持ち。そんなキャッチコピーが似合いそうなスティーグは、弱い立場である事を強調すれば、必ず守ってくれる。
「まぁ、ケイティは俺にとっても大事な幼馴染みだからな」
「ホント!? じゃあ、結婚しなさいよ!」
「断る。それとこれとは話が別だ」
「ふんっ、ケチ!」
その日、スティーグはクーオール家で食事を取って帰って行った。食事の後、ケイティは自室にスティーグを誘ったが、スティーグが家族に止められてしまい、それは叶わなかった。
普通、家族は応援してくれるものではないだろうか。それなのにケイティの家族は皆スティーグの味方だ。口を開けば結婚しろと言って来るくせに、スティーグとの事はちっとも協力してくれず、諦めろと言うばかりだ。
クラインベック家とクーオール家なら、十分釣り合うし、相互関係を作っておいて損は無いはずだ。それなのにちっとも協力してくれない家族に腹が立つ。
それを訴えると、スティーグにそんな気がないのが分からないのかと怒られるだけだ。
しかし、そんな気にならない保証はないではないか。いつ振り向いてくれるか分からない。恋とはそういうものではないだろうか。そう信じてケイティはアタックするだけだ。
次の日、ケイティはお昼休みにまた騎士団へ向かった。もちろんスティーグに会うためだ。しかしこの日は執務室にスティーグの姿はなかった。よくある事だ。スティーグは執務の仕事が極端に少ない。
スティーグが執務室にいない日は、すぐに諦めて戻る事にしている。待っていても意味はない事をケイティは知っているからだ。
その帰りに、二人の教え子が現れた。イオス・リントスとアクセル・ユーバシャール。授業をし易くしてくれた二人である。
「ケイティ」
「ケイティ殿」
二人はそれぞれにケイティの名を呼んでくれた。二人が学生の頃は、ケイティを『先生』と呼んでくれていたが、卒業してからは親しく名を呼んでくれるようになった。
逆にケイティは、騎士隊長へと上り詰めた二人を、敬称をつけて呼ぶようになっている。
「イオス様、アクセル様、今からお食事かしら?」
「ええ、ケイティ殿はもう食べられましたか」
「まぁ、軽くね」
「ではケイティも一緒にどうです? スティーグ殿もいらっしゃいますよ」
「行くわっ!」
アクセルの問いに即答し、二人は苦笑している。
「相変わらずですな、ケイティ殿は」
「まったくだ」
ケイティは教え子に挟まれる形で食堂へと進む。
「あ、そういえば、イオス様は結婚したのよね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「どう、結婚生活は。幸せ?」
「ええ、幸せですよ。少なくとも、私は」
いつもの悪どい笑みではなく、本当に幸せそうに微笑むイオスを見て、ケイティはほっと息を出した。
「いいわね……ねぇ、イオス様。どうにかして私とスティーグを結婚させてくれない?」
「お二人を、ですか? 出来なくはありませんが」
「え、本当!?」
歓喜の声を上げると、逆にイオスは渋い顔を見せた。
「まっとうな方法ではない故、ただ法に縛られるだけの婚姻になりますが。それでケイティ殿は満足なされますかな」
ファレンテイン貴族共和国では、結婚すれば三年はそうそう離婚できない仕組みになっている。しかし逆に言えば、それでは三年後に離婚されてしまうだろう。たった三年だけの夫婦。それは嫌だ。生涯一緒がいいのだ。
「満足出来ないわ。どうすれば、スティーグは私と結婚したいと思ってくれるかしら」
「分かりかねますな」
「アクセル様はどう思う?」
「スティーグ殿もあれで単純ですからね。彼の好みの女性に変身してみては?」
好み、というとあれか。花も恥じらいそうな乙女か。処女という意味なら自身があるのだが、とケイティは考える。
「ほら、あそこにいましたよ」
食堂に入るとスティーグの姿が目に入った。ケイティは何も注文せず、一目散にスティーグに駆け寄る。イオスとアクセルは後ろで苦笑していた。
「ご一緒させてね!」
スティーグの目の前に、有無も言わさず陣取って座る。花も恥じらう乙女とは縁遠い行動だ。スティーグは明らかに嫌そうな目を向けて来る。
「未来のお嫁さんが現れたんだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
「誰が嫁だ、誰が」
スティーグは深く溜め息を吐き、ケイティを連れて来た二人組を見遣る。その二人は可笑しそうにケイティを挟んで両側に座った。手に持った番号札をカタンとテーブルの上に置いている。
「こいつを連れて来るな。迷惑だ」
「それは失礼を」
「ケイティの気持ちを知っているので、つい」
「全く、良い教え子を持ったものだな、ケイティ」
「うふふ。本当ね! 鼻が高いわ!」
左にイオス、右にアクセル、目の前にスティーグとは、何と贅沢な光景だろうか。
「もう大きな戦争はないんでしょう?」
「そんなのは分からん。グゼン国との国境では小競り合いが続くだろうしな」
「スティーグ殿の引退は当分先ですよ」
「なーんだ」
ケイティがあからさまにガッカリしていると、食堂の給仕が食事を運んで来た。日替わりランチとクリームパスタ、それに杏仁豆腐がテーブルに置かれると、給仕は番号札を回収して下がっていった。
「ケイティ殿は既に食事を摂られたとの事でしたので、デザートに杏仁豆腐を頼みましたが、如何ですか?」
「いいわね。イオス様の奢り?」
「いいえ、アクセル殿の」
「あら、ありがとうアクセル様」
「どう致しまして」
杏仁豆腐という辺りがイオスのナイスチョイスだ。実はスティーグは甘い物に目が無い。特に杏仁豆腐はスティーグの大好物なのである。
スティーグはやはりというべきか、ヨダレを垂らしそうな勢いでこちらを見ている。その目の前で、これ見よがしに杏仁豆腐を頬張ってやった。
「あら、ここの杏仁豆腐は美味しいのね」
「そうでしょう。わざわざ外から食べに来る女性もいるほど、人気なのです。まぁ、無骨な誰かさんは注文し辛いようですが」
イオスの言葉にスティーグはむっとしている。
「あら、そうなの。スティーグ、一口食べてみる?」
「む、良いのか?」
「勿論」
スプーンに乗せた杏仁豆腐をスティーグの口元へ運ぶと、スティーグはスプーンごと食べそうな勢いで口に入れた。
「美味しい?」
「うむ、いける」
「うふふ、間接キスね!」
そう言ってケイティもそのスプーンで杏仁豆腐を掬って口に運ぶ。
苦い顔をしているスティーグとは対照的に、イオスとアクセルは笑いを堪えるのに必死の様子だ。
「あのなぁ」
「これはもう、責任取って貰わないといけないわね! 結婚しましょ!」
「こんなことでいちいち責任取ってたら、体がいくつあっても足らん。先に行く」
スティーグは立ち上がると、トレーを持ち上げて行ってしまった。
「鬱陶しがられちゃったかしら」
「元々でしょう」
「アクセル様、酷いわ!」
「何も言わなければ、あのまま杏仁豆腐をあげ続けられたと言うのに。いい雰囲気になった所で、我らは退散する予定でした」
「イオス様、そんな策を立ててたなら、先に言っておいてくれないと!」
「言う前にケイティ殿が行ってしまわれたのではないですか」
「……そうだったわね」
あーあ、と見えなくなったスティーグの背中を探すように遠くを見た。
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