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第18話 生きる意味
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ケイティは父親の隣で、バージンロードを前にしている。
そして一歩、踏み出した。
パイプオルガンが聖歌を奏で、参列者がそれぞれの思いを胸に、こちらを見ている。
二歩、三歩。
歩を進める先には、カミルが緊張の面持ちでケイティを待っている。
カミルとの身長の兼ね合いもあり、ヒールは履いていないので歩きやすかった。
けれど。
思い切り高いヒールを履いて、長い足をより長く見せたかった、などとくだらない事を考える。
スティーグが相手ならば、それも出来たであろう。そのスティーグは、参列者の中にはいなかった。一応招待状は出したが、遠慮したに違いない。
隣にいる相手が、父親からカミルへと交代した。
神父の前に来ると、ありがちな誓いの言葉を口にする。病める時も健やかなる時もという、あれだ。
「誓います」
カミルが言った。再び同じ文句を口にし、ケイティも口にする。「誓います」と。
これで、良いのよね……。
ケイティは、自分に言い聞かせた。これで良いはずだ。皆、こうやって幸せになっているのだから。
「誓いの証として、ここにキスを」
神父に促され、カミルはケイティのヴェールを上げた。
彼の希望通り、この唇だけはまだ誰にも許していない。まごう事無き、ケイティのファーストキスである。
ゆっくりと迫る、カミルの唇。
それは、唐突だった。
唐突の、嫌悪感だった。
カミルの唇が己の唇に当たった瞬間。
ケイティは。
カミルを。
思いっきり突き飛ばし、そして。
その上に、嘔吐した。
結婚式の会場は、悲鳴と怒号に包まれた。
数日後。
ケイティは、とある路地裏の、小さなアパートにいた。新婚旅行の予定だったので、学校は無断欠勤にはなっていないはずだ。が、それもいつまでの話だっただろうか。今日は何日だったかすら、思い出せない。
カーテンを閉め切って真っ暗闇の中、何故か一筋の光が差し込んで来る。
誰かが扉を開けたのだ。確認する気力すら起きなかった。
「探したぞ」
生まれる前から知っている人の声がした。この声を聞くのは、一体何日ぶりだろう。もう何年も聞いていないくらいに懐かしい。
「帰ろう、ケイティ。皆心配してる」
スティーグの言葉に、ケイティは首を横に振った。どの面下げて帰れと言うのか。
あの結婚式は、最低最悪だった。
尻餅をついたカミル向かって嘔吐し、彼の家族はキレた。元々キンダーク家はケイティとの結婚式に反対だった事もあり、破談にされた。まだ役所に婚姻届を提出していなかったのは幸いと言えるだろう。
当のカミルは、それでも結婚するんだと言い張ってくれていたが、用意していた婚姻届は破られてどうにもならなかった。
クーオールはキンダークに多額の慰謝料を支払い、謝罪した。それでようやく許して貰えたが、ケイティがクーオール家に泥を塗ってしまった事には変わりない。
カミルには本当に申し訳なく思っている。しかしケイティには、彼の気持ちまで慮る余裕はなかった。
ケイティは、クーオールから離縁する旨の手紙を置いて、家を出た。それから小さなアパートを借り、何もせずにじっとしている。
「明日から仕事だろう。ちゃんと行けるか?」
どうやら、仕事は明日かららしい。カールにでも聞いたのだろうか。だとしたらあの惨事の様子も、参列していたカールから詳しく聞いているに違いない。
「行けるわけないわ……きっと、ゲロ吐きケイティとか言われちゃうに決まってるもの」
「気にするな」
「気にしないわけないじゃないの。もう、学校になんか行きたくない。いつもいつも生徒に馬鹿にされて、これ以上は耐えられないのよ」
「じゃあどうするんだ。クーオール家とも縁を切って、収入も無くどうやって生きて行くつもりだ?」
「もういいの、もう放っておいて……」
「……」
スティーグは何も言わず、どすんとケイティの隣に腰を下ろした。
外ではチュンチュンと小鳥の鳴き声がする。そして人々がアパートから出て行く気配がした。恐らくは、登校、出勤の時間なのだろう。
「行かなくていいの?」
スティーグにも仕事があるのだ。こんなところで油を売っていて良いはずがない。
「ロレンツォあたりが、上手いこと言っておいてくれるだろう」
「無断欠勤じゃない。行きなさいよ」
「誰のせいだ」
「頼んでないわよ」
「お前に自殺されては、オレは一生悔いる」
「鬱陶しいのが居なくなったって、喜びなさいよ」
隣からスティーグが目を流してきた。その瞳の色は、憐れみで満たされている。
「今のお前は、さながらPTSD患者の様だ」
「…………」
そう言って、スティーグは頭を撫でてくれた。いたわりの手が、ケイティには辛い。
「オレは、人を説得させるのは苦手だ。癒すのが上手いわけでもない。今までに三人も自殺に追い込んでしまっているしな……」
スティーグのせいじゃない、という言葉を口に出来もしなかった。もうどうでもいい。何も考えたくない。
「だが、お前だけは死なせたくない。そんなに痩せ細って、餓死する気か?」
「食べてるわよ……少しだけど。あんまり食べると、思い出すたび吐いちゃうの」
ケイティは膝を抱える。再びあの場面が蘇り、体が勝手に震え始めた。
女の悲鳴。男の怒号。カミルの驚愕の顔。
「……っう」
気分が悪くなり、口元を押さえた。涙が溢れ出て来て、嗚咽が漏れる。
消えて無くなりたい。
今後の事を考えるだけで、もう何もかも嫌になって来る。
「帰ろう」
「帰る場所なんて無い」
「クーオールは、対外的にお前と縁を切ったことにしているが、いつでも迎え入れる気でいるぞ」
「私が戻っても迷惑かけるだけよ。もうこんな女は結婚なんか出来ない。家のお荷物になるくらいなら、帰らないわ」
「じゃあ、オレの家に来い」
スティーグの言葉に首を上げるも、すぐに床に視線を落とした。
「おじさまやおばさまに迷惑がかかるわ」
「えらく殊勝な態度を取るじゃないか。いつもの様に迷惑など顧慮せずに来ればいい」
「……無理よ。駄目に決まってるじゃない」
膝を抱えていると、スティーグが覗き込む様に顔を凝視して来る。視線だけを上げると、スティーグとばっちり目が合った。
「何か、可愛いな。お前」
「……何よそれ」
「らしくない、という事だ」
「……そう」
声を荒げようともしないケイティを、スティーグは抱き締めて来た。何事かと少し思ったが、やはりどうでも良かった。
「……やはり、いつものケイティじゃないと、張り合いが無いな。おい、クラインベック家に来い」
「悪名が立つわよ」
「構わん。オレは気にせん」
「私に家の事を考えろって言ったのは、誰だったかしら」
「知らん、忘れた」
「単細胞……」
ケイティが軽く毒付くと、スティーグはグッと腕の力を込めてきた。
このままスティーグに押し潰されて死ねるなら、それもいい。それが今のケイティにとって、一番の幸せになり得るかもしれない。
「殺して」
ケイティの声にスティーグはビクリと反応し、彼女を解放する。
「馬鹿な事を言うな! 死ぬ覚悟があるんなら、何だって出来るだろうが!」
「馬鹿ね、逆よ。生きる覚悟がないから死ぬんじゃないの」
「……っむ」
スティーグは成程と一瞬納得しかけた後、大仰に首をブンブンと振っている。
「ねぇ、その剣で一思いにやってよ。痛みを感じる前に逝けそうだわ」
「お前、オレにそんな事をさせて平気なのか!? お前が死んで、鬱陶しいのが居なくなったと、オレが喜ぶとでも思っているのか!?」
「死にたい人には死なせておきなさいよ。スティーグが責任を感じる必要なんてないのよ? 誰もそんな事を望んでやしなかったわ。皆、スティーグには感謝して逝ったはずよ」
「話をすり替えるな!!」
スティーグに怒鳴られ、ケイティは少し笑った。この怒鳴り声がひどく懐かしく感じて。
そんなケイティを奇妙に感じたのだろう。スティーグは悲しげに眉をひそめる。もしかしたら、知らぬ間に自殺した者たちと同じ対応をしてしまっていたのかと感じた。
「頼むから、あんな事くらいで死ぬと言うな」
あんな事。スティーグにとってはそうだろう。自殺の理由など、他者から見ればくだらない事ばかりなのかもしれない。本人にとっては、死ぬに足る理由であるにも関わらず。
「分かったわ。もう言わないから、スティーグは帰って頂戴」
「そんな言葉を信じると思ってるのか? お前みたいなのを一人にさせるのが一番危険なんだ。力づくでも連れて帰る」
「お願い、もうこれ以上人に迷惑を掛けたくないのよ。クーオールに戻るわけにも、クラインベックにお世話になるわけにもいかないの」
「じゃあ、オレがクラインベックを捨ててここに移り住む。それなら問題なかろう」
スティーグのあまりの言い分にケイティの目が点になった。
「な、何でそこまでするのよ?」
「お前が心配だからだ」
「何もクラインベックを捨てなくたっていいじゃない! 何考えてるの!」
「クラインベックを捨てんと、お前はまた家がどうのこうのと言い出すだろうが」
「スティーグが家を捨てる方が問題あるわよ! おじさまとおばさまに、何て言い訳すればいいの!」
「ケイティ、調子出て来たじゃないか」
スティーグは大声を張り上げるケイティに、フッと笑みを見せた。む、とケイティは言葉を詰まらせる。
「何よ、嘘だったの?」
「まぁクラインベックを捨てるのは得策じゃないな。これでも由緒ある家だ。そこに嫁に来れば、お前の尊厳も少しは取り戻せるだろう」
「……嫁?」
不可解な単語がスティーグの口から発せられ、ケイティは眉根を寄せる。あまり頭の良くない事は知っていたが、これほどまでとは。
「あのね、スティーグ。私はクーオールの人間じゃなくなったの。私と結婚するメリットは、あなたにはこれっぽっちもないのよ」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ気安くそんな発言しない事ね」
「ケイティを連れ帰る理由が、他に思い浮かばん」
バッカじゃないの、と毒付くと、スティーグはケイティの腕を強く掴んできた。
「なに……」
「おい、結婚するぞ。クラインベック家に帰ろう」
「だから、私なんかと結婚する意味が……」
「お前が生きてくれるなら、それだけで十分な意味がある。それともオレとの結婚では、生きる意味を見い出せんか?」
スティーグとの結婚。生きる意味。分からない。スティーグと結婚する事で、この先の人生がどう好転するのか、頭が働かない。
「どうした?」
「私、幸せになれるのかしら」
「分からん。だが、ここで閉じこもるよりは幸せにしてやる」
「スティーグが、幸せにしてくれるの?」
「ああ、オレが幸せにしてやる。信じろ」
スティーグは嘘がつける人間ではない。信じろと言われたなら、信じられる。けれども。
「私、ダッチワイフにすらなれないかもしれないわよ。キスされただけで、吐いちゃうかも……」
「じゃあ、吐かなければオレと結婚しろ。いいな」
そう言うと、スティーグはケイティが何かを言う前に、強く腕を引き寄せ。
引き寄せられたケイティは思わず目を瞑り。
二人の唇は接触した。
それは長く、そして幼い口付けだった。
暗闇だった部屋の中は、いつしかカーテンから漏れ入る光で、仄かな明るさを保っていた。
そして一歩、踏み出した。
パイプオルガンが聖歌を奏で、参列者がそれぞれの思いを胸に、こちらを見ている。
二歩、三歩。
歩を進める先には、カミルが緊張の面持ちでケイティを待っている。
カミルとの身長の兼ね合いもあり、ヒールは履いていないので歩きやすかった。
けれど。
思い切り高いヒールを履いて、長い足をより長く見せたかった、などとくだらない事を考える。
スティーグが相手ならば、それも出来たであろう。そのスティーグは、参列者の中にはいなかった。一応招待状は出したが、遠慮したに違いない。
隣にいる相手が、父親からカミルへと交代した。
神父の前に来ると、ありがちな誓いの言葉を口にする。病める時も健やかなる時もという、あれだ。
「誓います」
カミルが言った。再び同じ文句を口にし、ケイティも口にする。「誓います」と。
これで、良いのよね……。
ケイティは、自分に言い聞かせた。これで良いはずだ。皆、こうやって幸せになっているのだから。
「誓いの証として、ここにキスを」
神父に促され、カミルはケイティのヴェールを上げた。
彼の希望通り、この唇だけはまだ誰にも許していない。まごう事無き、ケイティのファーストキスである。
ゆっくりと迫る、カミルの唇。
それは、唐突だった。
唐突の、嫌悪感だった。
カミルの唇が己の唇に当たった瞬間。
ケイティは。
カミルを。
思いっきり突き飛ばし、そして。
その上に、嘔吐した。
結婚式の会場は、悲鳴と怒号に包まれた。
数日後。
ケイティは、とある路地裏の、小さなアパートにいた。新婚旅行の予定だったので、学校は無断欠勤にはなっていないはずだ。が、それもいつまでの話だっただろうか。今日は何日だったかすら、思い出せない。
カーテンを閉め切って真っ暗闇の中、何故か一筋の光が差し込んで来る。
誰かが扉を開けたのだ。確認する気力すら起きなかった。
「探したぞ」
生まれる前から知っている人の声がした。この声を聞くのは、一体何日ぶりだろう。もう何年も聞いていないくらいに懐かしい。
「帰ろう、ケイティ。皆心配してる」
スティーグの言葉に、ケイティは首を横に振った。どの面下げて帰れと言うのか。
あの結婚式は、最低最悪だった。
尻餅をついたカミル向かって嘔吐し、彼の家族はキレた。元々キンダーク家はケイティとの結婚式に反対だった事もあり、破談にされた。まだ役所に婚姻届を提出していなかったのは幸いと言えるだろう。
当のカミルは、それでも結婚するんだと言い張ってくれていたが、用意していた婚姻届は破られてどうにもならなかった。
クーオールはキンダークに多額の慰謝料を支払い、謝罪した。それでようやく許して貰えたが、ケイティがクーオール家に泥を塗ってしまった事には変わりない。
カミルには本当に申し訳なく思っている。しかしケイティには、彼の気持ちまで慮る余裕はなかった。
ケイティは、クーオールから離縁する旨の手紙を置いて、家を出た。それから小さなアパートを借り、何もせずにじっとしている。
「明日から仕事だろう。ちゃんと行けるか?」
どうやら、仕事は明日かららしい。カールにでも聞いたのだろうか。だとしたらあの惨事の様子も、参列していたカールから詳しく聞いているに違いない。
「行けるわけないわ……きっと、ゲロ吐きケイティとか言われちゃうに決まってるもの」
「気にするな」
「気にしないわけないじゃないの。もう、学校になんか行きたくない。いつもいつも生徒に馬鹿にされて、これ以上は耐えられないのよ」
「じゃあどうするんだ。クーオール家とも縁を切って、収入も無くどうやって生きて行くつもりだ?」
「もういいの、もう放っておいて……」
「……」
スティーグは何も言わず、どすんとケイティの隣に腰を下ろした。
外ではチュンチュンと小鳥の鳴き声がする。そして人々がアパートから出て行く気配がした。恐らくは、登校、出勤の時間なのだろう。
「行かなくていいの?」
スティーグにも仕事があるのだ。こんなところで油を売っていて良いはずがない。
「ロレンツォあたりが、上手いこと言っておいてくれるだろう」
「無断欠勤じゃない。行きなさいよ」
「誰のせいだ」
「頼んでないわよ」
「お前に自殺されては、オレは一生悔いる」
「鬱陶しいのが居なくなったって、喜びなさいよ」
隣からスティーグが目を流してきた。その瞳の色は、憐れみで満たされている。
「今のお前は、さながらPTSD患者の様だ」
「…………」
そう言って、スティーグは頭を撫でてくれた。いたわりの手が、ケイティには辛い。
「オレは、人を説得させるのは苦手だ。癒すのが上手いわけでもない。今までに三人も自殺に追い込んでしまっているしな……」
スティーグのせいじゃない、という言葉を口に出来もしなかった。もうどうでもいい。何も考えたくない。
「だが、お前だけは死なせたくない。そんなに痩せ細って、餓死する気か?」
「食べてるわよ……少しだけど。あんまり食べると、思い出すたび吐いちゃうの」
ケイティは膝を抱える。再びあの場面が蘇り、体が勝手に震え始めた。
女の悲鳴。男の怒号。カミルの驚愕の顔。
「……っう」
気分が悪くなり、口元を押さえた。涙が溢れ出て来て、嗚咽が漏れる。
消えて無くなりたい。
今後の事を考えるだけで、もう何もかも嫌になって来る。
「帰ろう」
「帰る場所なんて無い」
「クーオールは、対外的にお前と縁を切ったことにしているが、いつでも迎え入れる気でいるぞ」
「私が戻っても迷惑かけるだけよ。もうこんな女は結婚なんか出来ない。家のお荷物になるくらいなら、帰らないわ」
「じゃあ、オレの家に来い」
スティーグの言葉に首を上げるも、すぐに床に視線を落とした。
「おじさまやおばさまに迷惑がかかるわ」
「えらく殊勝な態度を取るじゃないか。いつもの様に迷惑など顧慮せずに来ればいい」
「……無理よ。駄目に決まってるじゃない」
膝を抱えていると、スティーグが覗き込む様に顔を凝視して来る。視線だけを上げると、スティーグとばっちり目が合った。
「何か、可愛いな。お前」
「……何よそれ」
「らしくない、という事だ」
「……そう」
声を荒げようともしないケイティを、スティーグは抱き締めて来た。何事かと少し思ったが、やはりどうでも良かった。
「……やはり、いつものケイティじゃないと、張り合いが無いな。おい、クラインベック家に来い」
「悪名が立つわよ」
「構わん。オレは気にせん」
「私に家の事を考えろって言ったのは、誰だったかしら」
「知らん、忘れた」
「単細胞……」
ケイティが軽く毒付くと、スティーグはグッと腕の力を込めてきた。
このままスティーグに押し潰されて死ねるなら、それもいい。それが今のケイティにとって、一番の幸せになり得るかもしれない。
「殺して」
ケイティの声にスティーグはビクリと反応し、彼女を解放する。
「馬鹿な事を言うな! 死ぬ覚悟があるんなら、何だって出来るだろうが!」
「馬鹿ね、逆よ。生きる覚悟がないから死ぬんじゃないの」
「……っむ」
スティーグは成程と一瞬納得しかけた後、大仰に首をブンブンと振っている。
「ねぇ、その剣で一思いにやってよ。痛みを感じる前に逝けそうだわ」
「お前、オレにそんな事をさせて平気なのか!? お前が死んで、鬱陶しいのが居なくなったと、オレが喜ぶとでも思っているのか!?」
「死にたい人には死なせておきなさいよ。スティーグが責任を感じる必要なんてないのよ? 誰もそんな事を望んでやしなかったわ。皆、スティーグには感謝して逝ったはずよ」
「話をすり替えるな!!」
スティーグに怒鳴られ、ケイティは少し笑った。この怒鳴り声がひどく懐かしく感じて。
そんなケイティを奇妙に感じたのだろう。スティーグは悲しげに眉をひそめる。もしかしたら、知らぬ間に自殺した者たちと同じ対応をしてしまっていたのかと感じた。
「頼むから、あんな事くらいで死ぬと言うな」
あんな事。スティーグにとってはそうだろう。自殺の理由など、他者から見ればくだらない事ばかりなのかもしれない。本人にとっては、死ぬに足る理由であるにも関わらず。
「分かったわ。もう言わないから、スティーグは帰って頂戴」
「そんな言葉を信じると思ってるのか? お前みたいなのを一人にさせるのが一番危険なんだ。力づくでも連れて帰る」
「お願い、もうこれ以上人に迷惑を掛けたくないのよ。クーオールに戻るわけにも、クラインベックにお世話になるわけにもいかないの」
「じゃあ、オレがクラインベックを捨ててここに移り住む。それなら問題なかろう」
スティーグのあまりの言い分にケイティの目が点になった。
「な、何でそこまでするのよ?」
「お前が心配だからだ」
「何もクラインベックを捨てなくたっていいじゃない! 何考えてるの!」
「クラインベックを捨てんと、お前はまた家がどうのこうのと言い出すだろうが」
「スティーグが家を捨てる方が問題あるわよ! おじさまとおばさまに、何て言い訳すればいいの!」
「ケイティ、調子出て来たじゃないか」
スティーグは大声を張り上げるケイティに、フッと笑みを見せた。む、とケイティは言葉を詰まらせる。
「何よ、嘘だったの?」
「まぁクラインベックを捨てるのは得策じゃないな。これでも由緒ある家だ。そこに嫁に来れば、お前の尊厳も少しは取り戻せるだろう」
「……嫁?」
不可解な単語がスティーグの口から発せられ、ケイティは眉根を寄せる。あまり頭の良くない事は知っていたが、これほどまでとは。
「あのね、スティーグ。私はクーオールの人間じゃなくなったの。私と結婚するメリットは、あなたにはこれっぽっちもないのよ」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ気安くそんな発言しない事ね」
「ケイティを連れ帰る理由が、他に思い浮かばん」
バッカじゃないの、と毒付くと、スティーグはケイティの腕を強く掴んできた。
「なに……」
「おい、結婚するぞ。クラインベック家に帰ろう」
「だから、私なんかと結婚する意味が……」
「お前が生きてくれるなら、それだけで十分な意味がある。それともオレとの結婚では、生きる意味を見い出せんか?」
スティーグとの結婚。生きる意味。分からない。スティーグと結婚する事で、この先の人生がどう好転するのか、頭が働かない。
「どうした?」
「私、幸せになれるのかしら」
「分からん。だが、ここで閉じこもるよりは幸せにしてやる」
「スティーグが、幸せにしてくれるの?」
「ああ、オレが幸せにしてやる。信じろ」
スティーグは嘘がつける人間ではない。信じろと言われたなら、信じられる。けれども。
「私、ダッチワイフにすらなれないかもしれないわよ。キスされただけで、吐いちゃうかも……」
「じゃあ、吐かなければオレと結婚しろ。いいな」
そう言うと、スティーグはケイティが何かを言う前に、強く腕を引き寄せ。
引き寄せられたケイティは思わず目を瞑り。
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