行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

長岡更紗

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08.三日目。買い物をする王子様

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 翌朝、私とイライジャ様は馬車に乗って、王都から遠く離れた町へと向かった。
 もちろん、いつものお忍びと同じく、私は変装用の眼鏡をかけている。

 町に着くと、まずは馬の飼料を買って詰み込んだ。

「イライジャ様、野菜とお肉も買っておきましょう」
「……気が進まないな」

 私の提案に、イライジャ様は難色を示される。
 おそらく、イライジャ様はジョージ様と同じ生活をなさるおつもりなのだ。

「イライジャ様、お気持ちはわかります。でもジョージ様は、そんな生活をして、どうなられましたか?」
「……ああ、わかっている」
「しっかり食べてくださいませ。この二日間、まともに食べておられないではないですか」
「たった二日だ。なんてことはない」
「では、私も今後食べないことにいたします」
「な、なに?」
「私は女ですので、イライジャ様のお食事の半量で十分でございますから」

 ぐうううううううっ。

「お腹がなっているぞ、クラリス」

 私のお腹はなぜ、こんな時になってしまうというのか。
 今朝もきっちりと食べさせてもらったというのに。

「顔も真っ赤になっているが?」
「気のせいでございます」
「っぷ、ははは!」

 イライジャ様は大きな口を開けてお笑いになった。
 人は、お腹が空く生き物なのです!! そんなに笑わないでくださいまし!

「わかった、クラリスに倒れられては困るからな。仕方ない、食事は今まで通りしっかりとろう」

 イライジャ様から言質をとって、私はようやくホッとした。
 このまま痩せこけていくイライジャ様なんて、見たくはありませんから!

「では早速、遅い昼食になりますが何処かで食べて行きましょう。王都がどうなっているかの情報も収集したいですし」
「そうだな」

 私たちは人の話を聞き取りやすい大衆食堂へと入った。
 そこでおすすめ定食を注文して、周りの声に耳を澄ませる。

「イライジャ様がご病気とはなぁ。建国祭はどうなるのかねぇ」

 そんな声が聞こえてきて、私たちは定食をいただきながら目配せし合った。
 やはりイライジャ様が表に出られないのは、病気だということにしたようだ。

「建国祭までは十八日もあるんだ、その間に治るだろ。なんたってイライジャ様は、光の子だからな!」

 その町人の言葉に、「光の子だって人間だ」とイライジャ様がボソリと呟いている。

「ねぇお父さんー。光の子っていうことは、闇の子もいるんだよねー?」
「あ、こら、バカ!」
「闇の子はどこにいるのー?」
「し、静かに! はは、すいませんねぇ子どもがどうも……」

 近くの席に座っていた親子が、慌てて子どもを連れて外へと出て行った。
 光の子と呼ばれるイライジャ様。ついとなる存在が気になるというのも無理のない話。
 だけどあの子はきっと、親に言われるのだろう。王家に限っては、闇の子は存在しないんだと。

 私はイライジャ様の顔色が優れないのに気がついて、そっと左手に手を乗せた。

「大丈夫ですか?」
「……クソ父王も国民も、みんな見て見ぬふり。気分が悪い」
「イライジャ様……」
「っは、俺もだな」

 自嘲するイライジャ様に、私は手を強く握る。

「……どうにかしようと、してらっしゃるではないですか……!」
「クラリス……」

 エメラルド色のイライジャ様の瞳が、悲痛に歪む。
 悔しいお気持ちが、苦しいほどに伝わってくる。

 イライジャ様は、誰よりもお優しい。
 闇の子と認定された弟を見捨てることなく、救いたいと心から願っているのがわかる。だからこそ、たくさん悩んで苦しんでしまわれているのだ。
 私が少しでもイライジャ様のお気持ちを軽くできればいいのだけれど。

「きっとうまくいきます。ジョージ様がみんなに認められるように頑張りましょう。私もお手伝いいたしますから」

 そうお伝えすると、イライジャ様を握っていた手が逆に握り返されて……

「クラリス。そなたのそういうところが、好きだ」

 そのまま手を奪われて、指先にキスされた。
 ……なにをなさっているんですか! こんな大衆食堂で!!

「ヒュー! にいちゃん、プロポーズかい?!」
「まぁこんな男前に求婚されるなんて、うらやましいわー!」

 ああ、もう! 庶民はこういう話題が大好きなんですよ! どうするんです!!
 って、なんで照れているんですか王子殿下は!!

「ほらほら、ねぇちゃん答えてやらねぇと!」
「もちろんオーケーするのよね?!」
「しまっっせん!!!!」

 私がドスの効いた声を出すと、その場がスンッと冷ややかになってしまった。
 ……空気の読めない女だったでしょうか。でもしかたなくありませんか?!
 そしてなぜ、イライジャ様は落ち込んでらっしゃるのですか!!

「お、おうにいちゃん、残念だったな……元気出せよ」
「えっと、私でよければいつでも相手になるからね!」
「いえ、俺の相手は彼女しか考えられないので」
「ああ、こんな男前を振るなんてもったいなぁい!」
「ねぇちゃんよく考えてやんな! この落ち込みよう、見てられねぇよ!」

 え、悪者は私ですか? とんだとばっちりですが!!

「か、考えておきますから……もう出ましょう」

 イライジャ様の顔がパッと輝きました。
 演技ですか? 演技なのですね!!?
 なにをさせても完璧な方なのですから……! 危うく騙されるところだったじゃないですか!

 私たちは「がんばれにいちゃん」「そんないい男を逃しちゃダメよ!」という声を背に、外に出た。
 必要な情報は手に入れられたし、よしとしましょう。

「とにかく、変装しているとはいえこれ以上顔を晒したくはありません。さっさと買い物をして帰りましょう」
「そうだな。わかった」

 店に入りしばらく持つだけの食料を買うと、馬車に乗って帰途につく。
 遠出をすると疲れるけれど、今日はその倍は疲れた気がする。
 小屋に戻るともう遅く、買ったサンドウィッチを食べるともう寝る時間だ。

「で、クラリス」
「はい」
「答えはどうなった?」
「答え?」

 なんの問いもなく、答えと言われましても。

「考えておいてくれたんだんだろう?」
「は? なんの話でございますか?」

 いえ、だからなぜショックを受けているのですか。

「もういい、寝る」
「はい、おやすみなさいませ」
「そなたも一緒にだ」

 ぐいっと抱き寄せられて、そのまま簡易ベッドに沈む……しず……まない。相変わらずの、硬さ。

「マットを買い忘れたからな。今日も一緒に寝よう」

 え、ちょ、一緒に寝ようの破壊力がすごいのですが!!
 お気付きでない!? 天然なんですから……!!

 ……というか、私が痛くないようにずっと腕枕をしてくださっていたのですね。
 王子はいつもお優しい。

「今日も疲れたな」
「そうでございますね」
「このまま寝るか?」

 ……はい?
 寝ないと言ったら、どうするというのでしょうか!

「寝ます!」
「そうか……」

 いえ、ですからがっかりした顔をされても困るのですが。

「そんな顔、なさらないでくださいまし」

 寝転んだまま、そっとイライジャ様のお顔に手を置く。
 本当に綺麗なお顔をしていらっしゃる。町の人たちが騒ぐのも、無理からぬこと。

「クラリスが、俺をこんな顔にさせている」

 そんな風に言われても、私はどうすればいいというのか。

「申し訳ございません」
「謝ってほしいわけではない……俺も悪かった。寝よう」

 イライジャ様は少し寂しく微笑んだあと、目を閉じられた。

 イライジャ様の考えていることが本当にわからない。
 難しいお年頃なのですね、きっと。
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