「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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悪役令嬢は、友の多幸を望むのか

前編

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「シンディーア・リンブルースター! お前との婚約を破棄する!」

 このイシュクス王国の第一王子であるラドクリフ様が、卒業パーティーの場で私を睨んだ。

 ……どうして?
 私たちはうまくいっていたはず。
 なぜこんなにも急に、婚約破棄を言い渡されてしまっているのかわからない。
 〝お前〟なんて言葉、今まで一度たりとも言われたことがないというのに。

「ラドクリフ様。私、なにか粗相をしてしまったのでしょうか」
「胸に手を当ててみろ。お前が引き起こした、数々の悪事を!」
「あく、じ……」

 私には思い当たることなんて、ひとかけらもなかった。
 聖人のように生きてきたわけではないけれど、ラドクリフ様に嫌われるようなことをした覚えはない。

「ふん、覚えがないなら教えてやる」

 ラドクリフ様は誰かに目配せしたかと思うと、パーティー会場の中から一人の女性が現れた。

「メイサ……?」
「ごきげんよう、シンディー様」

 男爵令嬢のメイサルートは、学園で仲良くなった私の親友。
 いつも堂々とした立ち居振る舞いで、明るくてみんなの人気者だった。
 だけどメイサが、どうして今……?

「わたくしはいつもシンディー様にいじめられておりましたの。筆記帳は破り捨てられて、制服を切られたこともあります」
「……なにを言っているの、メイサ……」
「それだけでなく、寒い冬には池に突き落とされたましたわ。さらに先日、わたくしを襲った男が〝シンディーアに雇われてやった〟と証言しているのです!」

 私は混乱した。
 私はなにもやっていない。そんな男も知らないし、ましてや親友のメイサを襲えなんて頼むはずがない。

「メイサルート嬢が襲われそうになったところを助け出したのは、この僕だ。もう言い逃れはできないぞ、シンディーア!」

 いつも『ディア』と私を呼び、優しく微笑んでくれていたラドクリフ様が目を釣り上げている。
 一体、これはなんの冗談なの?

「なにか、誤解があるのでは……私はそんなこと、やっておりません!!」
「まぁ白々しいですわ! わたくしを階段から突き落として一生消えない傷をつくったのは、あなただというのに!」

 前髪をかき上げて、額の傷を見せるメイサ。
 頭がぐわんと回った。
 どうしてそんなことを言うの、メイサ……。
 いいえ、それだけは本当の話。
 履き慣れない靴で躓いた私を、メイサが庇って私の代わりに階段から転げ落ちた。そして額に傷を負ってしまった。

 『髪で隠せるから大丈夫ですわ。それより、侯爵令嬢であるシンディー様がご無事でよかった』

 そう、言ってくれていたのに……。
 本当はずっと、私を恨んでいたの?

「ごめん……なさい……」

 私の謝罪を聞いたラドクリフ様が、ニヤリと笑った。

「罪を、認めるんだな! ここにいる、メイサルート・フォレンシーを貶めようとしたことを!!」
「それは……!」

 ラドクリフ様が私を糾弾する。
 いつも優しいラドクリフ様が、私を蔑むように見ている。

 どうして……?

 愛していると言ってくれた言葉は、嘘だったのですか?
 早く結婚したいと……卒業が楽しみだと言ってくれていたのは、ラドクリフ様だったというのに……。

 私たちは十歳の頃から婚約者となり、王と王妃となる身として、共に頑張ってきた。
 つらいことだって、二人なら乗り越えられた。
 励まし合って、この国の明るい未来を語り合った。
 早く結婚して、ディアとキスがしたいと──顔を赤らめながら言ってくれるラドクリフ様が、大好きだった。

 なのになぜ、私を信じてくれないの……?!

 このままでは納得できないと反論しようとしたその時、メイサがラドクリフ様へとしなだれかかる。
 するとラドクリフ様は、瞳を細めて彼女の腰に手を回した。

 私の頭に、岩をぶつけられたような衝撃が走る。

 そういう……ことだったの……?
 メイサは、ラドクリフ様が好きだった……そして、ラドクリフ様も……!!

 二人がいつ、そういう関係になったのかわからない。
 私はなんて鈍い女なのだろう。
 メイサがラドクリフ様に懸想していただなんて、ちっとも気づかなかった。
 私はラドクリフ様に愛されているものだと、信じて疑わなかった。

 滑稽だ。
 大好きな親友と愛する婚約者が、実は愛し合っていただなんて。

 それでも私は、二人を恨めなかった。
 どちらも大切な人だもの。それにメイサには怪我をさせてしまったことへの負い目もある。
 二人が本当に愛し合っているならば、私は身を引くべき。
 王妃教育が終わっている私を、婚約者の座から引きずり落とすには、こんな手段しかなかったのかもしれない。
 メイサならば、頭が良くて優秀だから、これからでも王妃教育は十分間に合うだろう。
 きっとラドクリフ様と二人でなら、素敵な国を築いてくれるに違いない。

 もう私の存在意義は、無くなったのね。
 ずっと張っていた肩の力が抜けた気がした。
 本当は薄々感じていたから。私に王妃なんて向いていないと。

 私は家柄で選ばれただけの婚約者。
 ラドクリフ様が好きだったから……愛していたから、王妃になれるようにと、力になりたいと今まで頑張ってこられたけど。
 本当は、王妃に向いている性格じゃないってことは、自分で気づいていたの。
 明るくも社交的でもない。そうしなければいけないから、虚勢を張っていただけ。

 全部全部、メイサに任せればきっと上手くいくわ。私が王妃になるより。
 悲しいけれど、それが真実。

 私は今まで積み重ねてきた思いを振り切って、ラドクリフ様に目を向けた。

「はい、そこにいるメイサルート・フォレンシーを貶めようとしたのは私です。罪を、認めます」

 ざわつく周囲。
 ラドクリフ様とメイサですら、素直に認めた私に驚いている。

 私がいなくなって、二人が幸せになれるならそれでいい。
 いつまでもこの地位にしがみついても、みんなを不幸にするだけだもの。

「では、シンディーア・リンブルースター。今後は家名を名乗らず、シンディーアとして生きるんだ」

 家名を名乗ってはいけないということは、もう侯爵令嬢ではなくなるということ。家族とも、家族じゃなくなるということだ。
 その方が家族に迷惑をかけずに済むから、好都合だけれど。

「そして我がイシュクス王国から追放する。隣国のイゼルテュオ共和国に家を用意するから、そこで暮らすんだ」

 すでに追放場所を考えていたなんて。いつから準備していたのかしら……。
 私はその言葉に、すっと頭を下げる。

「お慈悲に感謝いたします。私はそこで罪を悔い改め、お二人のご多幸を願うことにいたします」

 ああ、ダメ。泣きそうだわ。でも、惨めになるのはいや。
 私は顔を上げると、二人に微笑んで見せた。だけどうまく笑えていなかったようで、二人に同情の色が差す。

「──ディア……」
「シンディー様……」

 周りに聞こえないくらいの、小さな声。
 その言葉は情愛に溢れている気がして、私はぽろりと涙を落とした。
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