「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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A聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。

中編

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 そうしてスローライフを満喫していたある日のこと。
 大仰な馬車が村の中に入ってきました。アルが止まるように指示していますが、その馬車は無遠慮に村の中を闊歩しているのです。
 私はその馬車のエンブレムを見て、目眩がしそうになりました。
 それは隣の国……つまり私が元いたカパーザの王章がついた馬車だったのですから!

「リアナ!」

 そういって馬車から降りてきたのは、やはりレアンドロ様でした。名前を忘れたと思っていたのですが、覚えているものですわね。
 いまさらなんの御用でしょうか。正直、顔も見たくはないのですけど。

「久しぶりだな、リアナ」
「ええ、まぁ……」

 馬車から降りてきたレアンドロ様は、相変わらず偉そうな態度でした。まぁ王族を偉い人と称するなら、偉い方ではあるのですけれどね。

「さあ、今すぐ国に帰って、俺との結婚式を挙げるんだ!」
「え……きゃあ!」

 レアンドロ様がそう言ったかと思うと、乱暴に手首を引かれてしまいました。いきなりなにを言い出すのかこの王子は、さっぱり意味がわかりません。

「さっさと来い!」
「い、痛……っ」

 ぐいっと引っ張られたと思った瞬間、私とレアンドロ様の間に影が入りました。
 掴まれていた私の腕は、その影により引き剥がされたのです。

「アル……!」
「リアナはもう、あなたの物ではないのです。他国の者に手出しなどさせない。彼女は僕の大事な、守るべきこの国の民だ!」

 アルの言葉に、胸が熱くなりました。
 ここにきてからたった二ヶ月ですが、この村の住人だと認めてくれている。そのことがなにより嬉しかったのです。

「俺はカパーザ王国の第一王子だぞ! そんな無礼が許されると思っているのか!」
「ならばちゃんと手順を踏んで来られることです。一国の王子が他国の民を拐うようなことがあれば、どうなるかくらいは想像がつくでしょう」

 アルはいつもとは違った怖い顔で殿下を睨んでいるわ。
 怖いはずなのに……どうしてこうも凛々しく見えてしまうのでしょうか。

「っく、違うんだ、聞いてくれリアナ!」

 殿下は視線を私に移されました。まぁ、話くらいは聞かなくもありませんが。

「あいつは、バレンシアは俺を騙していたんだ! 真の聖女はやはりリアナだった!」

 いまさら気づかれたんですのね。騙されたというよりは、洞察力がなさすぎるのでは?
 彼女がひけらかしていた奇跡は、ただの手品でしてよ。

「あいつは、俺の王妃になりたいがために占星術士を買収していたんだ……本当の悪役令嬢は、バレンシアの方だった!」

 なんだか必死な顔をしていますが、謝罪の言葉が出てきませんわね。

「だから、リアナが本当の聖女だ! 今すぐ国に戻り、俺と結婚する必要がある!」

 さすがにキレそうですわ。いっそのこと、悪役令嬢のままで良かったですのに。

「殿下、私はこの村での生活を楽しんでおりますの。王妃の地位に未練などありませんわ」

 もともと王妃の地位に興味などありませんでしたが。

「お前の気持ちなどどうだっていいんだ! 聖女は俺の物になる決まりなんだから、さっさと来い!」

 再度私に伸ばした手を、バシッとアルが捕まえてくれました。その素早い動きに、惚れ惚れしてしまいますわ。

「貴殿は先に、リアナへ謝罪すべきなのではないですか……っ?」

 あら、アルのこめかみに、青筋が立っています。嬉しいですが、どうしてそんなにも怒ってくれるのでしょう。

「騎士風情が、リアナを呼び捨てにするな!」
「リアナの言い分を信じず、聞こうともせず、他国へ身一つで放り出したことへの謝罪は!!」
「俺の方が被害者だ!! 悪いのは俺じゃない、バレンシアなんだぞ! 国に戻ったら、あいつにいくらでも謝罪させてやる! それでいいだろう!」

 その言い分を聞いたアルの目がいっそう吊り上がり、殿下の手首に力を入れています。

「い、痛……っ離せ!!」

 私はハッとして、アルを止めに入ろうと、その腕に手を置きました。
 別に殿下がどうなろうと知ったこっちゃありませんが、こんな人でも一国の王子。彼を傷つけてしまえば、国際問題に発展してしまいますわ。

「やめて、アル……!」
「しかし……」
「いいの。謝罪なんて、もうどうでもよくなったわ」

 アルが、こんなにも気にかけてくれていたんですもの。私の溜飲は下がりました。心の底から、なにやら温かいものが溢れてきます。
 私の気持ちがアルに届いたのか、彼は殿下の腕を離してくれました。これでアルが咎められることはないだろうと思うと、ほっと息が出てきます。

「よし、では帰るぞリアナ。馬車に乗れ」

 そしてこの男は、一体なにを聞いていたのでしょう。私がアルを止めたのは、自分を庇ってのものだとでも勘違いしたのでしょうか。謝罪の要求を取り下げたせいで、自分が正しいと思い込んでしまっているのかもしれないですわね……。

「リアナをあなたの国へは行かせません」
「なんなんだ、貴様はさっきから!!」

 イライラとしている殿下。なにをしてくるかわからない人ですから、あまり怒らせないようにしなくては……

「アル、あなたの気持ちを本当に嬉しく思います。今まで、ありがとう……」
「……リアナ?」
「ふん、ようやくわかったか」

 殿下はこれでも剣の技術は一級品。アルがどれだけの技量を持っているかはわかりませんが、他国とはいえ王族に剣を向けるようなことがあってはならないのです。

「お世話になりましたわ。おじいさんとおばあさんにも、突然去ってしまうことを申し訳なく思っているとお伝えください。ここでの生活はとても楽しかった……一生忘れませんと」

 村の生活はとても心地よくて、去りたくなんかありませんわ。けれどこの村の人たちに……アルに、迷惑をかけるわけにはいきませんもの。
 私が殿下の元に戻るのが、一番円満に終わるというなら、そうしましょう……。

「リアナ!」

 いつもの太陽のような笑みを悲しみに変えて、私の手を掴むアル。

「離せ、下郎!」

 その瞬間、殿下の怒りが頂点に達したのか、あろうことか剣を抜き放ちました。
 そしてその剣を、アルの顔へと……っ

「アルッ!!」
「っく!」

 ポタリ、とアルの頬から血が滴り落ちています。アルの美麗な顔に傷が……!

「アル、アル!!」
「大丈夫だよ、リアナ」

 どうやら切先を掠めただけのようですが、それにしても殿下のこの横暴は許せません!

「殿下、なんということを……! それでもあなたは第一王子なのですか!!」
「さっさと来い、リアナ。この男の顔に傷を増やしたくなければな」
「っく……」

 私はなんて無力なのでしょうか。聖女の力を使えばこの程度の傷は治せますが、大きな傷は治せません。
 今すぐアルの傷を治してあげたい気持ちに駆られますが、それを見た殿下がさらに逆上してさらに深い傷を負わせる恐れがあるため、使えない状況ですわ……。

「アル、私は行きます……私のことはもう、気にしないほしいの」
「そんなわけにはいかない。僕は、君に惚れているんだ」
「……え?」

 唐突の告白に、私は目を瞬かせました。
 目の前には真剣なアルの顔。美麗な顔に傷と血がついて、いつもよりとってもワイルド。胸のドキドキがおさまりません。

「僕と結婚してほしい。そこにいる男ではなく、僕と」
「あ、アル……?」

 結婚に夢など持てなかったというのに、なぜかアルに言われると耳が燃えるように熱くなりました。
 嬉しいと素直に思う反面、彼と結婚できない状況に苦しみを覚えます。
 もしここで『はい』と言ってしまえば、逆上した殿下になにをされるかわかりませんもの……。

「ごめ……なさい……私は……」
「大丈夫だ、リアナ。ここでは君の本当の気持ちをいっても、否定する者はいないんだよ」
「けど、そうすればアルが……」
「それとも、リアナは僕のことが嫌いかい?」
「いいえ!! 大好きですわ!!」

 あら? なぜか勝手に口が動きましたわ。
 恋愛などもうこりごりだと、そう思っていましたのに……。
 もしかして、これが本当の恋だったのでしょうか? いつものように心のコントロールが効きませんの。
 顔が熱くて焼け焦げそうになっていますわ……恥ずかしい。

「リアナ……」

 嬉しそうなアルを見ると、とろけていくようです。このまま彼の腕に飛び込めたら、どんなにか良かったでしょう。
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