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A聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。
後編
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「貴様ぁ!! 王子である俺の婚約者に手を出して、ただではすまさんぞ!!」
今まで見た中での一番の逆上具合。私はどういう行動を取ることが正解なのでしょうか。
でもアルの気持ちを知ってしまった以上、殿下の元へ行く気などもう起こりません!
「アル……」
殿下が怖くて、アルにしがみついてしまいました。
アルはそんな私を渡すまいというように、ぎゅっと抱きしめてくれます。
「カパーザ王国の王子、一度お引き取り願いましょう。国際問題にされたいならそれで結構です。そんなにリアナを欲するなら、こんな強引な方法よりも正攻法でいらしてください」
私はなにを言っているのかとアルを見上げました。
正攻法で来られては、アルにはどうしようもないはずです。
そんな私の心を見透かしたのでしょう。アルは私に視線を向けると、いつもの太陽のような笑顔を見せてくれました。それだけで私は安心してしまいます。
殿下はというと、勝ち誇った顔をしてマントを翻しました。
「ふんっ、正攻法でならすぐに取り返してくれる! 貴様には我が国の聖女を拐かした罪をくれてやるからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら帰ってくれてホッとしましたが、同時に不安も募ります。
明らかに不利なのは一般の騎士であるアルの方。いわれなき罪を被らされること、間違いなしです。
「アル……ッ! ごめんなさい、私のせいで……私が殿下の元に帰っていれば……っ」
「あんな奴の元に戻る必要なんてない。それに君は……僕が、娶りたい」
きゅんと胸が鳴いたように思えました。
嬉しい反面、これからどうなってしまうのかという恐怖が徐々に私の心を侵食していきます。
アルは頬の傷をぐいっと手の甲で拭いました。まだ血は止まりません。
「アル、私の力で治癒をしますわ!」
「いや、いい。これは、彼に傷つけられたという証拠になる」
そう言われ、私はハンカチを取り出すとアルの頬に当てました。
アルの瞳が優しく細められ、でもなぜか少し悲しく歪みました。
「リアナ……君はやっぱり、聖女だったんだね」
私はハッとしてアルを見上げます。
聖女ということは、できれば隠しておきたかったのです。他国ではどういう扱いになるのかはわかりませんが、政治利用をされてはまた私に自由などなくなりますもの。
でも……知られてしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでほしい、リアナ」
「私はどうなるのでしょう……」
「聖女はこの国でも、王族の誰かと結婚することになっている」
「そん、な……」
絶望という言葉が私の頭に浮かびました。
私はこの村で、アルと一緒に静かに暮らしていきたいだけ。それなのに、聖女の力はそれを許してくれないというのでしょうか。
見知らぬ土地で、見知らぬ王子と結婚し、時に奇跡を披露し、平和を説いていくだけの毎日。
そこに私の意思などありはしないというのに。
「私が聖女だということは、秘密にしておいてください……!」
私の必死の懇願に、アルは首を左右に振ります。
「それは無理だよ。カパーザ王国の第一王子は、聖女がここにいることを我が国の王に伝えることだろう。隠し通せない。黙っていれば報告義務を怠ったとして、僕自身もどうなるかわからない」
「あ……」
考えればすぐわかることだというのに、私の頭はちっとも回っていなかったようですわ……。
落ち込む私の肩を、アルはそっと撫でてくれました。
「ともかく、僕は急いで王都に報告に行ってくるよ。絶対悪いようにはしない。ここで、僕の帰りを待っていてほしい」
行ってほしくない……そんなわがままは言えないと、ちゃんとわかっています。けれども、苦しくて……。
「信じて、よいのですか……?」
出てきたのは、そんな言葉。
アルは私を見捨てないと……信じたくて。
「僕を、信じて」
真剣な瞳で見つめられると、私の目からは熱いものが流れました。
「はい……信じて、待っていますわ」
私がそう伝えると、アルは馬に跨り王都へと行ってしまいました。
その姿はまるで……そう、物語に出てくる王子様のようでしたの。
アルが村を出て行って一週間後。
私は一緒に暮らしているおじいさんに新聞を見せられて、目を見張りました。
そこにはこんなことが書いてあったのです。
隣国のカパーザ王国の第一王子が、このルチアノ王国第七王子に剣を向けて傷つけ、国際問題に発展していると。
「え……どういう、こと?」
「アルは、この国の第七王子でワシらの孫だよ」
「ええっ?!」
老夫婦の話によると、王宮の下働きとなった彼らの娘……つまりアルの母親は王に見染められたそうなのです。
第三夫人となったその方は、出産の予後が悪く、亡くなってしまわれたと……。
「アルは十五まで王都におったが、その後王位継承権は自ら手放してこの村で騎士となることを選んだのだよ」
ということは……アルは継承権がないというだけで、王族には変わりないのでしょうか。
頭が混乱しますわ。アルと結婚できるなら嬉しいのですが、彼は継承権を捨てた第七王子。
私はいったい、誰の元に嫁がなくてはいけないのでしょう……。
その日の夜、私は馬のいななきを聞いた気がして外に飛び出しました。
するとそこには、アルの姿が……
「アル……!」
「リアナ!」
私は思わず駆け出しました。アルも馬から降りて、私に走り寄ってくれます。
お互いの顔がしっかりと確認できる距離までくると、私たちは見つめ合いました。
「アル……、アルは、この国の第七王子だったのですか?」
「うん……黙っていて、ごめん」
彼は一介の騎士ではなかったのです。その端正な顔の頬には、一筋の傷。
「カパーザ王国の第一王子とは話がついたよ。ルチアノ王国の第七王子を傷つけたために、ともすれば戦争にもなりかねないところだったけどね」
「ど、どうなったんですの?」
「こちら側からは第一王子の王位継承権の剥奪を求めたよ。あちらの王は賢明だね。すぐにそれを認めてくださった」
戦争になるよりは、わがままな王子を失脚させる方がよほど益があったに違いないでしょう。
殿下には聡明な弟君がいらっしゃるし、良い機会だったと踏んだのかもわかりませんわね。
「彼と、彼をそそのかしたとされる嘘の聖女は、地位を剥奪して王都から追放したそうだ」
「まぁ」
カパーザ王国は素敵な国に生まれ変わってほしいですわね。膿や毒を出してしまえば、それも可能な気がいたします。
「そして、君を……リアナを、この国の民だと認めさせたよ」
「……本当ですの?」
アルを見上げると、月明かりの下、太陽のような笑顔が煌めきます。
けれど私には、一つだけ引っかかるものがあったのです。
「アルは私が聖女だと……いつから気づいていたのですか……?」
「……最初からだよ」
その言葉に、私の胸に不安が募ります。
「最初、から……? どうして」
「ルチアノの占星術士が、この村に聖女が現れると予言していたんだ」
「じゃああの日、夜遅くまでアルが見張りをしていたのは……」
「聖女を、保護するためだよ……」
どこか悲しそうなアルの顔を見て、私はわかってしまいました。
彼の役目は、聖女を保護し……そして結婚して、聖女の力を王族の支配下に置くことだったのだと。
「やはり私の力を……利用なさるつもりなんですね……」
「ち、違う!!」
そう否定した直後、アルはハッとして私から視線を逸らしたのです。それはきっと、後ろめたいことがある証拠。
私の胸はしくしくと痛みを訴えてきます。そしてアルもまた、とても苦しそうな顔をしていました。
「たしかに僕は、王命により聖女と結婚するように言われていた……占星術士の言った通り、本当の聖女なのかの確認もしなくてはならなかった」
アルの告白は、私の思った通りでした。
思えば、アルも可哀想な人ですわね……母親を早くに亡くし、会ったこともない聖女を娶るよう命令されていただなんて。
そこに気持ちなどなくても、結婚しなければならないアルに同情してしまいます。
そして……私を好きだと言ったのは、きっと他国に聖女を渡してはならないというただの義務からでしたのね……
いえ、泣いてはいけないわ、リアナ。こんなこと、大したことではないのですもの……。
「わかりましたわ、アル。あなたもつらい立場でしたのね」
「リアナ?」
「利用されることには慣れていますわ。王都でもどこへでも参りましょう。存分に聖女としての私をお使いくださいませ」
「……リアナ」
聖女の私に、自由なんて与えられるわけがなかったのです。
国が変わっただけでやることは同じ。この国では王族の多妻は認められているようですので、アルもいつかは本当に好きな人と結婚できることでしょう。
私は一生、聖女として利用され生きていくだけですわ……。
「リアナ、泣かなくていい」
アルの言葉に、私は視界が歪んでいることに気がつきました。
彼の指が、私の頬をなぞっていきます。
「アル……」
「聞いてほしい。僕は確かに、聖女と結婚せよという王命を受けていた。それに反発しなかったと言えば嘘になるけど、これも王族の定めだと思って諦めた」
どの国でも、王命に背くことなどできませんわ。たとえ不本意だったとしても、アルは受け入れるしかできなかったのでしょう。
「けれど、君と会って……君と過ごして、リアナが本当の聖女であることを願うようになった」
「どうして……」
「言っただろう? リアナに、惚れてしまったからだよ」
夜だというのにきらきらと眩しい笑顔を向けられると、くらくらとしてきました。
あの時の言葉は、隣国に聖女を取られないようにするための嘘ではなく……心からの言葉だったというのです!
「元々僕は、王都が苦手で逃げ出してきた人間だ。僕と結婚するということは、一生をこの村で過ごすということ。それは、父上も承知している」
私はぽうっとアルを見上げました。
王都に行き、聖女としての責務を果たさねばならないと思っていましたが……ここで過ごすことができる?
それも、好きな人と一緒に……?
「けれど、聖女としての仕事は……」
「知っているかい? この国には聖女が、五人いるんだよ。王妃と、第一王子の兄のパートナー。腹違いの姉二人に、そして君だ」
聖女とは、ごく稀に高い魔力を持って生まれてくる女性のこと。
ひとつの国に一人いれば良い方といわれているけれど、まさかこの国にはたくさんいただなんて、知りませんでしたわ。
「必要なときには君にも働いてもらうことになるかもしれない……それは許してほしい。けど」
アルは、私の顔をしっかりと覗き込んで。
「それ以外は、僕と一緒にここで暮らしてほしいんだ。これは、王命だから言っているんじゃない。妻も、君以外にはいらない」
そう、おっしゃいました。
細められた目は、とても優しくて愛おしくて……。
「リアナ、貴女を愛しています。僕と結婚してください」
私は、諦めていましたの。相思相愛の結婚なんて。
聖女として利用されない結婚なんて。
田舎で自由に生きる結婚なんて。
「答えを聞かせて、リアナ……」
胸がいっぱいで声を出せない私に、少し不安そうなアルが語りかけてきます。
「アル……嬉しいですわ。私もアルと一緒になりたい……ここで一緒に暮らしていきたい……!」
「リアナ……!」
私はアルの腕に包まれました。
強く、でも優しく……。
「ありがとう……大好きだよ」
そういったアルの唇を、私は受け入れました。
幸せとは、きっとこういうことをいうのでしょう。
母親になっても、おばあさんになっても、この地でアルと一緒に笑い合って暮らしている映像が頭に浮かびましたの。
これは、聖女の予知能力だったのでしょうか?
「アル、大好きですわ……!」
叶わないと思っていた夢を、アルが叶えてくれる。いいえ、アルと一緒に叶えていく……!
そう……私の幸せなスローライフは、これから始まるのです!
今まで見た中での一番の逆上具合。私はどういう行動を取ることが正解なのでしょうか。
でもアルの気持ちを知ってしまった以上、殿下の元へ行く気などもう起こりません!
「アル……」
殿下が怖くて、アルにしがみついてしまいました。
アルはそんな私を渡すまいというように、ぎゅっと抱きしめてくれます。
「カパーザ王国の王子、一度お引き取り願いましょう。国際問題にされたいならそれで結構です。そんなにリアナを欲するなら、こんな強引な方法よりも正攻法でいらしてください」
私はなにを言っているのかとアルを見上げました。
正攻法で来られては、アルにはどうしようもないはずです。
そんな私の心を見透かしたのでしょう。アルは私に視線を向けると、いつもの太陽のような笑顔を見せてくれました。それだけで私は安心してしまいます。
殿下はというと、勝ち誇った顔をしてマントを翻しました。
「ふんっ、正攻法でならすぐに取り返してくれる! 貴様には我が国の聖女を拐かした罪をくれてやるからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら帰ってくれてホッとしましたが、同時に不安も募ります。
明らかに不利なのは一般の騎士であるアルの方。いわれなき罪を被らされること、間違いなしです。
「アル……ッ! ごめんなさい、私のせいで……私が殿下の元に帰っていれば……っ」
「あんな奴の元に戻る必要なんてない。それに君は……僕が、娶りたい」
きゅんと胸が鳴いたように思えました。
嬉しい反面、これからどうなってしまうのかという恐怖が徐々に私の心を侵食していきます。
アルは頬の傷をぐいっと手の甲で拭いました。まだ血は止まりません。
「アル、私の力で治癒をしますわ!」
「いや、いい。これは、彼に傷つけられたという証拠になる」
そう言われ、私はハンカチを取り出すとアルの頬に当てました。
アルの瞳が優しく細められ、でもなぜか少し悲しく歪みました。
「リアナ……君はやっぱり、聖女だったんだね」
私はハッとしてアルを見上げます。
聖女ということは、できれば隠しておきたかったのです。他国ではどういう扱いになるのかはわかりませんが、政治利用をされてはまた私に自由などなくなりますもの。
でも……知られてしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでほしい、リアナ」
「私はどうなるのでしょう……」
「聖女はこの国でも、王族の誰かと結婚することになっている」
「そん、な……」
絶望という言葉が私の頭に浮かびました。
私はこの村で、アルと一緒に静かに暮らしていきたいだけ。それなのに、聖女の力はそれを許してくれないというのでしょうか。
見知らぬ土地で、見知らぬ王子と結婚し、時に奇跡を披露し、平和を説いていくだけの毎日。
そこに私の意思などありはしないというのに。
「私が聖女だということは、秘密にしておいてください……!」
私の必死の懇願に、アルは首を左右に振ります。
「それは無理だよ。カパーザ王国の第一王子は、聖女がここにいることを我が国の王に伝えることだろう。隠し通せない。黙っていれば報告義務を怠ったとして、僕自身もどうなるかわからない」
「あ……」
考えればすぐわかることだというのに、私の頭はちっとも回っていなかったようですわ……。
落ち込む私の肩を、アルはそっと撫でてくれました。
「ともかく、僕は急いで王都に報告に行ってくるよ。絶対悪いようにはしない。ここで、僕の帰りを待っていてほしい」
行ってほしくない……そんなわがままは言えないと、ちゃんとわかっています。けれども、苦しくて……。
「信じて、よいのですか……?」
出てきたのは、そんな言葉。
アルは私を見捨てないと……信じたくて。
「僕を、信じて」
真剣な瞳で見つめられると、私の目からは熱いものが流れました。
「はい……信じて、待っていますわ」
私がそう伝えると、アルは馬に跨り王都へと行ってしまいました。
その姿はまるで……そう、物語に出てくる王子様のようでしたの。
アルが村を出て行って一週間後。
私は一緒に暮らしているおじいさんに新聞を見せられて、目を見張りました。
そこにはこんなことが書いてあったのです。
隣国のカパーザ王国の第一王子が、このルチアノ王国第七王子に剣を向けて傷つけ、国際問題に発展していると。
「え……どういう、こと?」
「アルは、この国の第七王子でワシらの孫だよ」
「ええっ?!」
老夫婦の話によると、王宮の下働きとなった彼らの娘……つまりアルの母親は王に見染められたそうなのです。
第三夫人となったその方は、出産の予後が悪く、亡くなってしまわれたと……。
「アルは十五まで王都におったが、その後王位継承権は自ら手放してこの村で騎士となることを選んだのだよ」
ということは……アルは継承権がないというだけで、王族には変わりないのでしょうか。
頭が混乱しますわ。アルと結婚できるなら嬉しいのですが、彼は継承権を捨てた第七王子。
私はいったい、誰の元に嫁がなくてはいけないのでしょう……。
その日の夜、私は馬のいななきを聞いた気がして外に飛び出しました。
するとそこには、アルの姿が……
「アル……!」
「リアナ!」
私は思わず駆け出しました。アルも馬から降りて、私に走り寄ってくれます。
お互いの顔がしっかりと確認できる距離までくると、私たちは見つめ合いました。
「アル……、アルは、この国の第七王子だったのですか?」
「うん……黙っていて、ごめん」
彼は一介の騎士ではなかったのです。その端正な顔の頬には、一筋の傷。
「カパーザ王国の第一王子とは話がついたよ。ルチアノ王国の第七王子を傷つけたために、ともすれば戦争にもなりかねないところだったけどね」
「ど、どうなったんですの?」
「こちら側からは第一王子の王位継承権の剥奪を求めたよ。あちらの王は賢明だね。すぐにそれを認めてくださった」
戦争になるよりは、わがままな王子を失脚させる方がよほど益があったに違いないでしょう。
殿下には聡明な弟君がいらっしゃるし、良い機会だったと踏んだのかもわかりませんわね。
「彼と、彼をそそのかしたとされる嘘の聖女は、地位を剥奪して王都から追放したそうだ」
「まぁ」
カパーザ王国は素敵な国に生まれ変わってほしいですわね。膿や毒を出してしまえば、それも可能な気がいたします。
「そして、君を……リアナを、この国の民だと認めさせたよ」
「……本当ですの?」
アルを見上げると、月明かりの下、太陽のような笑顔が煌めきます。
けれど私には、一つだけ引っかかるものがあったのです。
「アルは私が聖女だと……いつから気づいていたのですか……?」
「……最初からだよ」
その言葉に、私の胸に不安が募ります。
「最初、から……? どうして」
「ルチアノの占星術士が、この村に聖女が現れると予言していたんだ」
「じゃああの日、夜遅くまでアルが見張りをしていたのは……」
「聖女を、保護するためだよ……」
どこか悲しそうなアルの顔を見て、私はわかってしまいました。
彼の役目は、聖女を保護し……そして結婚して、聖女の力を王族の支配下に置くことだったのだと。
「やはり私の力を……利用なさるつもりなんですね……」
「ち、違う!!」
そう否定した直後、アルはハッとして私から視線を逸らしたのです。それはきっと、後ろめたいことがある証拠。
私の胸はしくしくと痛みを訴えてきます。そしてアルもまた、とても苦しそうな顔をしていました。
「たしかに僕は、王命により聖女と結婚するように言われていた……占星術士の言った通り、本当の聖女なのかの確認もしなくてはならなかった」
アルの告白は、私の思った通りでした。
思えば、アルも可哀想な人ですわね……母親を早くに亡くし、会ったこともない聖女を娶るよう命令されていただなんて。
そこに気持ちなどなくても、結婚しなければならないアルに同情してしまいます。
そして……私を好きだと言ったのは、きっと他国に聖女を渡してはならないというただの義務からでしたのね……
いえ、泣いてはいけないわ、リアナ。こんなこと、大したことではないのですもの……。
「わかりましたわ、アル。あなたもつらい立場でしたのね」
「リアナ?」
「利用されることには慣れていますわ。王都でもどこへでも参りましょう。存分に聖女としての私をお使いくださいませ」
「……リアナ」
聖女の私に、自由なんて与えられるわけがなかったのです。
国が変わっただけでやることは同じ。この国では王族の多妻は認められているようですので、アルもいつかは本当に好きな人と結婚できることでしょう。
私は一生、聖女として利用され生きていくだけですわ……。
「リアナ、泣かなくていい」
アルの言葉に、私は視界が歪んでいることに気がつきました。
彼の指が、私の頬をなぞっていきます。
「アル……」
「聞いてほしい。僕は確かに、聖女と結婚せよという王命を受けていた。それに反発しなかったと言えば嘘になるけど、これも王族の定めだと思って諦めた」
どの国でも、王命に背くことなどできませんわ。たとえ不本意だったとしても、アルは受け入れるしかできなかったのでしょう。
「けれど、君と会って……君と過ごして、リアナが本当の聖女であることを願うようになった」
「どうして……」
「言っただろう? リアナに、惚れてしまったからだよ」
夜だというのにきらきらと眩しい笑顔を向けられると、くらくらとしてきました。
あの時の言葉は、隣国に聖女を取られないようにするための嘘ではなく……心からの言葉だったというのです!
「元々僕は、王都が苦手で逃げ出してきた人間だ。僕と結婚するということは、一生をこの村で過ごすということ。それは、父上も承知している」
私はぽうっとアルを見上げました。
王都に行き、聖女としての責務を果たさねばならないと思っていましたが……ここで過ごすことができる?
それも、好きな人と一緒に……?
「けれど、聖女としての仕事は……」
「知っているかい? この国には聖女が、五人いるんだよ。王妃と、第一王子の兄のパートナー。腹違いの姉二人に、そして君だ」
聖女とは、ごく稀に高い魔力を持って生まれてくる女性のこと。
ひとつの国に一人いれば良い方といわれているけれど、まさかこの国にはたくさんいただなんて、知りませんでしたわ。
「必要なときには君にも働いてもらうことになるかもしれない……それは許してほしい。けど」
アルは、私の顔をしっかりと覗き込んで。
「それ以外は、僕と一緒にここで暮らしてほしいんだ。これは、王命だから言っているんじゃない。妻も、君以外にはいらない」
そう、おっしゃいました。
細められた目は、とても優しくて愛おしくて……。
「リアナ、貴女を愛しています。僕と結婚してください」
私は、諦めていましたの。相思相愛の結婚なんて。
聖女として利用されない結婚なんて。
田舎で自由に生きる結婚なんて。
「答えを聞かせて、リアナ……」
胸がいっぱいで声を出せない私に、少し不安そうなアルが語りかけてきます。
「アル……嬉しいですわ。私もアルと一緒になりたい……ここで一緒に暮らしていきたい……!」
「リアナ……!」
私はアルの腕に包まれました。
強く、でも優しく……。
「ありがとう……大好きだよ」
そういったアルの唇を、私は受け入れました。
幸せとは、きっとこういうことをいうのでしょう。
母親になっても、おばあさんになっても、この地でアルと一緒に笑い合って暮らしている映像が頭に浮かびましたの。
これは、聖女の予知能力だったのでしょうか?
「アル、大好きですわ……!」
叶わないと思っていた夢を、アルが叶えてくれる。いいえ、アルと一緒に叶えていく……!
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