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B聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。
1.婚約破棄
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「エレイン・オルブライト。貴女に婚約破棄を言い渡す」
美しい金髪碧眼の第一王子クラレンスは、冷ややかな顔でエレインを見ている。その隣には、背が低くてぱっちりお目々がかわいらしい、ブレンダ伯爵令嬢の姿。
エレインは婚約破棄という寝耳に水の言葉に、立ちくらみしそうになりながらも、足に力を入れて耐えた。
「私には、破棄される理由が思い当たりません」
「白々しい……! 本当はブレンダの魔力の方が高いというのに、彼女をおとしめて自分が聖女になったのだろう」
温厚であるはずのクラレンスが、こめかみに青筋を立ててそう言った。
王子の私室に呼び出されてすぐに糾弾が始まったのだ。エレインに心の準備などなく、面食らってしまうのも仕方がないというもの。
ここエイマーズ王国では、王子と同年代の中で魔力の一番強い女性が聖女となり、王子の伴侶になることが決まっている。ただの子爵令嬢だったエレインが第一王子のクラレンスの婚約者となり得たのは、魔力が強い『聖女』だと認定されたからだ。
策略を巡らせた覚えもなければ、彼女をおとしめた覚えもさらさらない。
オルブライト家は貧乏な落ちぶれ子爵家で、エレインが強い魔力持ちだと知った両親は大喜びしていた。しかし、だからといって他の聖女候補を蹴落とすような画策をする人たちではない。
「身に覚えがございませんわ。クラレンス様」
「軽々しく僕の名前を呼ぶな」
クラレンスの怒りの声がエレインの胸に刺さる。
殿下というと他人行儀だからと、いずれは夫婦になるのだから名前で呼んでくれと……優しく微笑んでくれたのは、六年前のこと。
十二の時に一つ年上のクラレンスの婚約者となっていたエレインは、この六年のうちに飽きられてしまったのだろうか。
少なくともエレインはクラレンスを愛していたし、今でも愛している。
クラレンス様のお名前を、もう二度とお呼びすることができない……?
そう思うと目から冷たいものが溢れそうになり、エレインはぐっとこらえた。
「兄上、それはさすがにエレイン様がお可哀想です」
必死に涙を飲み込んでいると、クラレンスの後ろに控えていたアドルフが一歩前に出てくる。
彼はこの国の第二王子ではあるが、第二王子以下は騎士となり、第一王子を支える役目が与えられているのだ。
そんなアドルフにさえ、クラレンスは冷たい声で言い放った。
「アドルフ、〝エレイン様〟などと呼ぶ必要はない。たった今からブレンダが聖女になるのだから」
「どうしていきなり」
「ブレンダの方が優秀だからだ。なんの不思議もないだろう」
確かに、第一王子はより魔力の強いものと結婚しなければいけない決まりだ。本当にエレインよりもブレンダの方が魔力が高いならば、まだ結婚前のエレインは身を引く必要がある。そういう契約なのだから。
「クラ……いえ、殿下。それならば私とブレンダ様の魔力量をきっちりと測って比べていただけないでしょうか。それでなくば、私は納得できません」
「すでに計測済みだ。ブレンダの魔力量は、エレインを凌駕していた」
「私が最後に計測したのは、十二歳の時です! そのときの魔力量と比べられましても……っ」
「見苦しいぞ、エレイン。一度でも僕の婚約者であったのなら、潔く身を引いてくれ」
「……っ」
クラレンスにそういわれると、エレインはなにも言えなくなって口ごもった。
半年ほど前から、薄々感じてはいたのだ。どこかぎこちなくなった、クラレンスを。
近づこうとして避けられることもあったのは、王になるための勉強が忙しいのだろうと思っていた。
思えば、その頃からブレンダのことが好きになっていたのかもしれないが──
もしかして……ブレンダがクラレンス様になにかの魔法を……?
基本的に魔法は、王族にかけてはいけないことになっている。
しかしこの世界の男性には魔力持ちがおらず、それを防ぐ術はない。
証拠はないわ……クラレンス様のただの心変わりの可能性は十分にある……。
そう思いながらも、エレインは彼女の魔法のせいにしたかった。クラレンスは、心変わりなどしないはずだと。
エレインはこっそりと右手に魔力を練り始める。そしてクラレンスになにか魔法がかかっていることを祈って、その解呪魔法をクラレンスに向けて飛ばした。
「危ないですわ!」
その瞬間、ブレンダの魔力がエレインの魔法を相殺する。
パリッと小皿が割れるような音が室内に走って、クラレンスたちは空を見た。
「なんだ!?」
「エレイン様が、クラレンス様を自分のものにする魔法をかけようとしたのですわ!」
「ご、誤解です……っ」
弁明しようとしたが、クラレンスの瞳は冷たい。
「聖女が許可なく王族に魔法をかけるのは、重罪だ。わかっているだろう、エレイン」
「……はい」
つい、やってしまった。ついではすまないことだというのに。
ブレンダがクラレンスの隣に寄り添って自信満々にしているのを見ると、自分の行動の滑稽さが浮き彫りとなった。惨めだ。
「ブレンダが相殺してくれていなければ、国外追放だったぞ。彼女に感謝するんだな」
そしてクラレンスは、かつてエレインに向けていた愛おしい人を見る瞳で、ブレンダにありがとうと微笑んでいる。
頬を赤らめるブレンダはかわいい。エレインの胸の内では、嫉妬の炎がチラチラと見え隠れしてしまう。
エレインの解呪魔法を相殺したブレンダは、エレインと同等程度の魔力はあるのだろう。しかし同等ならば、先に婚約していたエレインの方が優先のはずだ。
クラレンス様は……きっと、私よりブレンダの方を好きになってしまわれたのだわ。
だから無茶を言って、私との婚約解消を望んでおられるのね……。
どちらにしろエレインは、解呪とはいえ王族相手に魔法を掛けようとしてしまったのだ。これはもう、どうあっても言い逃れできない事実。
エレインは罪を問わずにいてくれたクラレンスの恩情に感謝して、その場を後にした。
美しい金髪碧眼の第一王子クラレンスは、冷ややかな顔でエレインを見ている。その隣には、背が低くてぱっちりお目々がかわいらしい、ブレンダ伯爵令嬢の姿。
エレインは婚約破棄という寝耳に水の言葉に、立ちくらみしそうになりながらも、足に力を入れて耐えた。
「私には、破棄される理由が思い当たりません」
「白々しい……! 本当はブレンダの魔力の方が高いというのに、彼女をおとしめて自分が聖女になったのだろう」
温厚であるはずのクラレンスが、こめかみに青筋を立ててそう言った。
王子の私室に呼び出されてすぐに糾弾が始まったのだ。エレインに心の準備などなく、面食らってしまうのも仕方がないというもの。
ここエイマーズ王国では、王子と同年代の中で魔力の一番強い女性が聖女となり、王子の伴侶になることが決まっている。ただの子爵令嬢だったエレインが第一王子のクラレンスの婚約者となり得たのは、魔力が強い『聖女』だと認定されたからだ。
策略を巡らせた覚えもなければ、彼女をおとしめた覚えもさらさらない。
オルブライト家は貧乏な落ちぶれ子爵家で、エレインが強い魔力持ちだと知った両親は大喜びしていた。しかし、だからといって他の聖女候補を蹴落とすような画策をする人たちではない。
「身に覚えがございませんわ。クラレンス様」
「軽々しく僕の名前を呼ぶな」
クラレンスの怒りの声がエレインの胸に刺さる。
殿下というと他人行儀だからと、いずれは夫婦になるのだから名前で呼んでくれと……優しく微笑んでくれたのは、六年前のこと。
十二の時に一つ年上のクラレンスの婚約者となっていたエレインは、この六年のうちに飽きられてしまったのだろうか。
少なくともエレインはクラレンスを愛していたし、今でも愛している。
クラレンス様のお名前を、もう二度とお呼びすることができない……?
そう思うと目から冷たいものが溢れそうになり、エレインはぐっとこらえた。
「兄上、それはさすがにエレイン様がお可哀想です」
必死に涙を飲み込んでいると、クラレンスの後ろに控えていたアドルフが一歩前に出てくる。
彼はこの国の第二王子ではあるが、第二王子以下は騎士となり、第一王子を支える役目が与えられているのだ。
そんなアドルフにさえ、クラレンスは冷たい声で言い放った。
「アドルフ、〝エレイン様〟などと呼ぶ必要はない。たった今からブレンダが聖女になるのだから」
「どうしていきなり」
「ブレンダの方が優秀だからだ。なんの不思議もないだろう」
確かに、第一王子はより魔力の強いものと結婚しなければいけない決まりだ。本当にエレインよりもブレンダの方が魔力が高いならば、まだ結婚前のエレインは身を引く必要がある。そういう契約なのだから。
「クラ……いえ、殿下。それならば私とブレンダ様の魔力量をきっちりと測って比べていただけないでしょうか。それでなくば、私は納得できません」
「すでに計測済みだ。ブレンダの魔力量は、エレインを凌駕していた」
「私が最後に計測したのは、十二歳の時です! そのときの魔力量と比べられましても……っ」
「見苦しいぞ、エレイン。一度でも僕の婚約者であったのなら、潔く身を引いてくれ」
「……っ」
クラレンスにそういわれると、エレインはなにも言えなくなって口ごもった。
半年ほど前から、薄々感じてはいたのだ。どこかぎこちなくなった、クラレンスを。
近づこうとして避けられることもあったのは、王になるための勉強が忙しいのだろうと思っていた。
思えば、その頃からブレンダのことが好きになっていたのかもしれないが──
もしかして……ブレンダがクラレンス様になにかの魔法を……?
基本的に魔法は、王族にかけてはいけないことになっている。
しかしこの世界の男性には魔力持ちがおらず、それを防ぐ術はない。
証拠はないわ……クラレンス様のただの心変わりの可能性は十分にある……。
そう思いながらも、エレインは彼女の魔法のせいにしたかった。クラレンスは、心変わりなどしないはずだと。
エレインはこっそりと右手に魔力を練り始める。そしてクラレンスになにか魔法がかかっていることを祈って、その解呪魔法をクラレンスに向けて飛ばした。
「危ないですわ!」
その瞬間、ブレンダの魔力がエレインの魔法を相殺する。
パリッと小皿が割れるような音が室内に走って、クラレンスたちは空を見た。
「なんだ!?」
「エレイン様が、クラレンス様を自分のものにする魔法をかけようとしたのですわ!」
「ご、誤解です……っ」
弁明しようとしたが、クラレンスの瞳は冷たい。
「聖女が許可なく王族に魔法をかけるのは、重罪だ。わかっているだろう、エレイン」
「……はい」
つい、やってしまった。ついではすまないことだというのに。
ブレンダがクラレンスの隣に寄り添って自信満々にしているのを見ると、自分の行動の滑稽さが浮き彫りとなった。惨めだ。
「ブレンダが相殺してくれていなければ、国外追放だったぞ。彼女に感謝するんだな」
そしてクラレンスは、かつてエレインに向けていた愛おしい人を見る瞳で、ブレンダにありがとうと微笑んでいる。
頬を赤らめるブレンダはかわいい。エレインの胸の内では、嫉妬の炎がチラチラと見え隠れしてしまう。
エレインの解呪魔法を相殺したブレンダは、エレインと同等程度の魔力はあるのだろう。しかし同等ならば、先に婚約していたエレインの方が優先のはずだ。
クラレンス様は……きっと、私よりブレンダの方を好きになってしまわれたのだわ。
だから無茶を言って、私との婚約解消を望んでおられるのね……。
どちらにしろエレインは、解呪とはいえ王族相手に魔法を掛けようとしてしまったのだ。これはもう、どうあっても言い逃れできない事実。
エレインは罪を問わずにいてくれたクラレンスの恩情に感謝して、その場を後にした。
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