「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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B聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。

2.追放

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 婚約破棄されたエレインの噂はすぐにひろまったらしい。オルブライト家に帰ったエレインがぼうっと今日の出来事を反芻していると、親友のマリタが飛んでやってきてくれた。

「ああ、エレイン、かわいそうにっ!!」

 駆けつけてくれたマリタは、そうして一緒に嘆いてくれる。
 あっという間に都中の噂になっていると知り、エレインは気が重くなった。けれどもこうなってしまったものはもうどうしようもない。

「こういう運命だったんだと諦めるわ……ありがと、マリタ。一緒に泣いてくれて」
「けど、エレインのお家は大丈夫なの? こう言っちゃ悪いけど、あなたのお家って……」
「そう、貧乏なのよね。私が婚約破棄されたことで王家からの支援は一切なくなるだろうし。どうにかして稼ぐことはできないかしら?」
「ねぇ、それなら……一つお願いがあるんだけど、いいかしら? 成功したら、報酬は払うわ!」
「なになに?」

 マリタのお願いは、好きな人の前で突き飛ばしてほしいというものだった。
 マリタの家が主催のパーティーの日に、それを実行する。周りに見られては困るので、視覚遮断魔法を使った。見えているのはマリタの好きな人……ポールだけという仕組みだ。

「そんなところに突っ立っていて、邪魔なんですのよ!」

 ドンッとマリタを押すと、彼女はポールの前で転倒する。

「きゃあっ」
「ふんっ、誰にでも優しくしているあなたが気に入りませんの。あなたには泥水がお似合いではなくって?」

 おーっほっほと高笑いしながら、コップに入った水をマリタにぶちまける。
 それを見ていたポールは驚いたように目を見張っていた。周りにはこの惨状が見えていないので、無視しているように感じたことだろう。
 ポールはマリタを助けるべきか、それとも周りのように何事もなく振る舞うべきかで悩んでしまっているようだ。

 仕方ないわ!

 エレインは、えいっと〝勇気の出る魔法〟を彼にかける。するとポールはハッとしたようにマリタに近寄って助け始めた。と同時に、エレインは自分たちにかけていた視覚遮断魔法を解除する。
 それをきっかけとして、マリタとポールの仲が進展するのに、時間は掛からなかった──



 マリタがこのことを仲の良い数名に話したことをきっかけに、エレインは『悪役令嬢』と称して自身をプロデュース。
 次々に恋のきっかけを与え続けて、成立させたカップルは数知れず。
 報奨金で傾いた家を建て直すまでになった時、大々的にやりすぎたのか、とうとう悪役令嬢の噂がクラレンスの元にまで届いてしまった。

 王の名代として現れたクラレンスが、ブレンダを引き連れてエレインの前に現れた。その後ろには彼の弟のアドルフも護衛として控えている。
 なぜか嬉々としているブレンダに、エレインは指さされた。

「クラレンス様、彼女は心をあやつる魔法を悪用して人々を惑わせているのですわ!」
「なんだと? その魔法は禁忌だったはずだ! エレイン・オルブライト、貴女をこの国から追ほう……」

 突如、動きが止まるクラレンス。何事かと目を見張っていると、頭を押さえて苦しみ始めた。

「兄上!? また発作ですか?!」

 発作と聞いてさらにエレインは目を丸めた。
 クラレンスと婚約していた六年の間に、そんな発作など起こったことはない。
 アドルフが気遣っているのを振り切り、クラレンスはよろめきながら二、三歩進んだ。
 そしてエレインの目の前までやってくると──

「エレ、イン……どう、して、僕は、婚約破棄、を……っぐ!」

 その苦しそうな顔を、悲しく歪めた。

「クラレンス様……?」

 手を差し伸べようとした瞬間、ブレンダが割り入ってきて引き剥がされる。

「まぁクラレンス様! 具合がお悪いんですのね! アドルフ様、治癒の魔法をかける許可をくださいませ!」
「……わかった、許可する」

 許可をもらったブレンダは、すぐさまクラレンスに魔法をかける。その直後、クラレンスの顔の歪みはなくなったが、同時に冷たい瞳がエレインを襲った。

「さっさとこの国から出て行くんだ、エレイン・オルブライト。貴女をこの国から追放する。」

 光の消えたクラレンスの瞳。
 体調はたしかに戻っているようでほっとしたが、冷たい言葉にエレインの胸はシクシクと痛む。

「兄上、それはあんまりでは」
「この件に関して、僕は王に一任されている。口出しは無用だ、アドルフ」
「……はい……」

 アドルフは悔しそうな顔をしたまま、数歩下がった。
 どちらにせよ、派手に悪役令嬢の商売をしてしまったのは確かだ。貴族として、その品位を落としてしまう行為だったことは間違いない。

 お金が必要だったから、という言い訳をしても無駄よね……。

 とりあえず、傾いた家を戻すくらいにはできた。家の方にお咎めがなく、エレイン個人だけが追放なら良い方だと、自分を納得させる。
 でも、それでも……
 追放すると愛する人の口から告げられるのは、つらかったが。


 こうしてエレインはエイマーズ王国を出ることになった。
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