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婚約破棄を言い渡した貧乏令嬢は、ニヒルな悪役メガネ騎士に恋をする
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全てが終わった……というには早計だろうが、とりあえずユリフォード家が潰れることはなくなったと言っていいだろう。それだけで肩の荷が下りた気分である。
ルティアが控え室でぼんやりしていると、後片付けの終わったリカルドが戻ってきた。
「待たせたな。気分はどうだ?」
「あの……なんだかぼうっとしてます。色々とあり過ぎて……」
そう言いながら先ほどの舞台上でのことを思い出し、勝手に頬が紅潮していく。
それを隠すために俯くと、リカルドはルティアが疲れていると思ったのだろう。優しい口調で語りかけてくる。
「もうなにも心配する必要はない。憲兵隊に任せておけば、奴らの悪事は明るみに出る。婚約破棄に関しても相手の誘導だったということで、金を支払う必要もなくなるだろう。それどころか、むしろルティアの方が慰謝料を取れる。思う存分ふんだくってやるといい」
「いえ、そこまでは……きっとガルシア家は推薦状を求めた家とも争わなくてはいけないでしょうし、そこまでするつもりはありません」
「そうか。優しいのだな、ルティアは」
そう言ってリカルドはルティアの頭をそっと撫でてくれた。
実際は優しいのではなく、もうフルックと関わり合いを持ちたくなかっただけなのだが。
「まぁあっちは放っておいても自滅するだろう。ノーラも準貴族の地位を剥奪されるだろうし、そのために使った金の支払いを押し付け合うに違いない。悪事に加担した者も全員失脚だ」
当たり前だがちっとも可哀想などとは思わなかった。ざまあみろとはまで思わないが、そんな人達が泥沼の争いになろうが、知ったこっちゃない気分である。
「その人達はともかく……私はこれから平穏に暮らせそうでホッとしています」
「悪いが、平穏になど暮らさせはしない」
リカルドの言葉にルティアは目を剥いた。それはどういう意味だろうか。何故、平穏には暮らせられないのだろうか。
「どうして、ですか?」
「約束を果たしてもらおうか」
「約束……」
ゴクリと唾を飲み込み、ルティアはゆっくりと頷いた。
なにを言われるのだろうか。平穏には暮らせられないほどのことを要求されると思うと、心臓の音と共に体がどんどん硬直する。
そんなルティアに、リカルドは懇願するかのように言った。
「私の要求を飲んでほしい。でなくば……」
「でなくば?」
「脅す必要性も出てしまう。私はそれをしたくはない」
能面でありながらも真っ直ぐ伝えられた言葉に、ルティアはむしろ好感すら持った。
「わかりました。どんな要求でも飲むと、約束しましょう」
元々そのつもりだったのだ。どんな要求でも飲むと。
嫌な想像ばかりしてしまっていたが、もしかすると……とルティアの胸は高鳴っていた。
ひょっとするとリカルドは自分のことが好きで、結婚を申し込むつもりなのかもしれない、と。
それなら文句などなく、首を縦に振るつもりだ。
ずっと憧れていた舞台俳優にファーストキスを奪われ、既にルティアはリカルドに骨抜きにされている。
「ルティア。よく聞いてほしい」
「はい」
リカルドはルティアの両手をギュッと握ってくる。嫌が応にも期待は高まった。
「私は……実は、ルティアのことを前々から知っていた」
「は、はい」
「言いたかったが、ずっと言い出せなかったことがあるのだ」
「どうぞ、仰ってください」
「ルティア。私は、貴女に……」
爆発しそうなほどの鼓動が胸で打ち鳴らされる。頭が真っ白に吹き飛びそうになりながらも耐えていると、彼はとうとう次の言葉を解き放った。
「劇団タントールの、太陽組に入ってもらいたいと思っている!!」
「…………へ?」
二人だけの控え室に、ルティアの素っ頓狂な声が響いたのだった──
***
あの事件から一年。
ルティアはタントールの太陽組に入団し、舞台女優として活躍している。
「やはり、私の目に狂いはなかったな。ルティアは根っからの女優だと思っていたのだ」
リカルドが満足そうに声を上げる。あれからルティアは一から演劇の基礎を学び、舞台に立つようになっていた。
舞台に立った時の爽快感というのは、なんとも形容し難い高揚がある。ルティアはいまやその虜となってしまっていた。
「アンケートでもルティアのファンが多くいることがわかる。初々しくも実力があるから、当然と言えば当然なのだが……」
そう言ってリカルドは能面顏に皺を寄せた。そんな彼に、ルティアはクスリと笑って後ろから抱きついた。
彼の背中は大きくて温かくて、とても居心地がいい。
「嫉妬、ですか? リカルド様」
「かもしれんな。ルティアの演技力にではなく、お前のファンに対してだが」
そう言ってリカルドは首を後ろに向けて、ルティアにキスをしてくれた。それが嬉しくて、ルティアはウフフと笑みを漏らす。
その後、リカルドは何事もなかったかのように忙しなく手を動かしていた。今日はリカルドの部屋の片付けを手伝いに来ているのだ。
来月、二人は結婚する。
小さいが新居も構えた。ユリフォード家は、今年ルティアの弟となる男子が生まれたので、そちらに丸投げするつもりだ。
ルティアは貴族ではなってしまうのだが、それでもよかった。二人で慎ましくも幸せに暮らせるのならば、貴族という肩書きなど必要ない。
そんな風に思いながら片付けを進めていると、小さな箱を見つけたので開けてみる。
「あら、これは……アンケート用紙?」
箱の中からは、記入済みのアンケート用紙が出てきた。それも一枚や二枚ではない。百枚近くはあるだろうか。
「ああ、大事な物だ。新居に持って行く方に入れておいてくれ」
「わかりました」
ふと気になってその内容を走り読む。そこにはリカルドの演技を褒め称えた言葉が、無記名で寄せられていた。
「リカルド様、これって……」
「ルティアの字ではなかったか?」
「そ、そうです! ずっと持ってたんですか?!」
よくよく見ると、字を書けるようになったばかりのものからタントールに入団する直前のものまである。
それを読んでいて、ルティアは恥ずかしくなった。これはアンケートというよりも、ファンレター……いや、それよりももっと──
「恋文のようだろう?」
そう言ってリカルドが笑った。プライベートで能面顏を崩すのは、ルティアの前でだけだ。
「私、こんなことを書いてましたか……? は、恥ずかしい……っ」
「恥ずかしがることはない。私はこの手紙に、随分と励まされた。端役ばかりだった頃、どれだけ救われたことか」
優しい目を向けてくれるリカルドに、ルティアは睫毛を上げる。
「私が、リカルド様を救った……?」
「ああ、何度も挫折仕掛けた。この顔もあって、中々良い役は回って来なかったしな。劇団をやめようと思う度に、これを書いてくれた少女を思い出して乗り切ってきた」
「そう……だったのですか……でも、私だと分からなかったのでは? 無記名ですし」
「ある程度の目星はつく。特に子供はアンケートなど滅多に書かないしな。ルティアが必死に字を書く姿は、今でも心に焼きついている」
その話を聞いて、ルティアの胸は熱くなった。アンケートなどを書いても手が届かないと思っていた人物が、ずっとルティアの言葉に救われていたと知って。
「だから……ルティアが窮地に立たされた時、必ず助けると心に誓った。今度は俺が救う番だと」
リカルドは己の言葉を真剣に紡ぐ時、『私』から『俺』に一人称が変わる。これは付き合い始めてから気付いたことだ。
「その割には、助ける義理もないとか言ってませんでしたか?」
「それはルティアを劇団に引き込むための策だった。無償で助けては、劇団になど入ってくれないと思ったからな」
「でもどうして私を? 私はそれまで劇なんてしたことがなかったのに……」
その問いに、リカルドはルティアに少しの苦笑いを向ける。
「まぁ……実を言えば、ルティアに才能があると気付いたのは、あの日約束を交わした後だ。ルティアは私にギラつかせた目を向けてきただろう。中々あんな目ができる女はいない」
「ああ……あれは、リカルド様を真似たんですよ」
そう言うとリカルドはクッと声を上げて「なるほどな」と納得していた。
「けれど才能があると気付いたのが約束を交わした後だというなら、私を劇団に入れようと考えた理由がわからなくなるのですが」
ルティアが小首を傾げると、リカルドは自嘲するように言った。
「ただ、ルティアをそばに置いておきたかっただけかもしれんな。自信を持たせてくれる女性が、そばにいてほしかった」
「それって、つまり……」
「ああ。その時には既にルティアに心を奪われていたのだろう」
その言葉を聞いて、ルティアは大きく目を広げた。
一年前、タントールに入団を促された日。ルティアは確実に己の恋心を悟っていた。しかしリカルドの方に全くそんな様子はなかったのだ。
ルティアはアタックにアタックを重ね、最終的にはファーストキスの責任を取れと脅すようにして付き合い始めた。既にあの時リカルドがルティアのことを好きになっていたのだとしたら。あの恥ずかしいほどのアタックは一体なんだったというのか。
「リカルド様? 私をずーっと好きだったってことですか?」
「そうなるな」
「私がリカルド様をお慕いして、奮闘しているのを見て、楽しんでいたんですか?!」
「ああ、俺を好きで頑張っているルティアは可愛かった。いつまでも見ていたくなるくらいにな」
「も、もうーっ!!」
ルティアは顔を真っ赤にして怒るも、リカルドは悪どい顔を向けてニヤリと笑ってくる。
けれど、それすらも愛おしく感じてしまうから困ったものだ。ルティアは悔しくてリカルドの肩口をバシバシと叩いた。
「そんなに怒るな。許してくれ」
「じゃあ今度は、リカルド様が私のことを好きでいてください!」
「当然だ。今までと変わらんな」
「ずっとですよ?!」
「ああ、ずっと……一生だ」
言い終わると同時に腰を引き寄せられた。
そして唇が重ね合わされる。こうやってしたい時にできるキスは幸せだ。互いにその唇を堪能し合う。
幾度も角度を変えたキスを終えると、ルティアは頬を紅潮させたまま微笑んだ。
リカルドはそんなルティアの頬を優しくなぞってくれる。
「……早く結婚したいな」
「もう来月に結婚式ではありませんか」
「一刻も早くルティアを俺のものにしたい」
「奮闘する私を見て、楽しんでいた時間の代償ですね?」
クスクスと笑うと、リカルドは困ったように眉を下げ……しかしとても愛おしいものを見るように目を細めている。
舞台外ではいつも能面なこの男の、こんな顔を見られるのは自分だけだ。
眼鏡の奥の優しい瞳を独り占めにして、ルティアはリカルドを強く抱き締めた。
一生愛し続けてくれるであろう男を、一生支え続けようと心に決めて。
「リカルド様、愛しています」
彼は「俺もだ」と痺れる様な低音ボイスを、ルティアの体に響かせてくれていた。
ルティアが控え室でぼんやりしていると、後片付けの終わったリカルドが戻ってきた。
「待たせたな。気分はどうだ?」
「あの……なんだかぼうっとしてます。色々とあり過ぎて……」
そう言いながら先ほどの舞台上でのことを思い出し、勝手に頬が紅潮していく。
それを隠すために俯くと、リカルドはルティアが疲れていると思ったのだろう。優しい口調で語りかけてくる。
「もうなにも心配する必要はない。憲兵隊に任せておけば、奴らの悪事は明るみに出る。婚約破棄に関しても相手の誘導だったということで、金を支払う必要もなくなるだろう。それどころか、むしろルティアの方が慰謝料を取れる。思う存分ふんだくってやるといい」
「いえ、そこまでは……きっとガルシア家は推薦状を求めた家とも争わなくてはいけないでしょうし、そこまでするつもりはありません」
「そうか。優しいのだな、ルティアは」
そう言ってリカルドはルティアの頭をそっと撫でてくれた。
実際は優しいのではなく、もうフルックと関わり合いを持ちたくなかっただけなのだが。
「まぁあっちは放っておいても自滅するだろう。ノーラも準貴族の地位を剥奪されるだろうし、そのために使った金の支払いを押し付け合うに違いない。悪事に加担した者も全員失脚だ」
当たり前だがちっとも可哀想などとは思わなかった。ざまあみろとはまで思わないが、そんな人達が泥沼の争いになろうが、知ったこっちゃない気分である。
「その人達はともかく……私はこれから平穏に暮らせそうでホッとしています」
「悪いが、平穏になど暮らさせはしない」
リカルドの言葉にルティアは目を剥いた。それはどういう意味だろうか。何故、平穏には暮らせられないのだろうか。
「どうして、ですか?」
「約束を果たしてもらおうか」
「約束……」
ゴクリと唾を飲み込み、ルティアはゆっくりと頷いた。
なにを言われるのだろうか。平穏には暮らせられないほどのことを要求されると思うと、心臓の音と共に体がどんどん硬直する。
そんなルティアに、リカルドは懇願するかのように言った。
「私の要求を飲んでほしい。でなくば……」
「でなくば?」
「脅す必要性も出てしまう。私はそれをしたくはない」
能面でありながらも真っ直ぐ伝えられた言葉に、ルティアはむしろ好感すら持った。
「わかりました。どんな要求でも飲むと、約束しましょう」
元々そのつもりだったのだ。どんな要求でも飲むと。
嫌な想像ばかりしてしまっていたが、もしかすると……とルティアの胸は高鳴っていた。
ひょっとするとリカルドは自分のことが好きで、結婚を申し込むつもりなのかもしれない、と。
それなら文句などなく、首を縦に振るつもりだ。
ずっと憧れていた舞台俳優にファーストキスを奪われ、既にルティアはリカルドに骨抜きにされている。
「ルティア。よく聞いてほしい」
「はい」
リカルドはルティアの両手をギュッと握ってくる。嫌が応にも期待は高まった。
「私は……実は、ルティアのことを前々から知っていた」
「は、はい」
「言いたかったが、ずっと言い出せなかったことがあるのだ」
「どうぞ、仰ってください」
「ルティア。私は、貴女に……」
爆発しそうなほどの鼓動が胸で打ち鳴らされる。頭が真っ白に吹き飛びそうになりながらも耐えていると、彼はとうとう次の言葉を解き放った。
「劇団タントールの、太陽組に入ってもらいたいと思っている!!」
「…………へ?」
二人だけの控え室に、ルティアの素っ頓狂な声が響いたのだった──
***
あの事件から一年。
ルティアはタントールの太陽組に入団し、舞台女優として活躍している。
「やはり、私の目に狂いはなかったな。ルティアは根っからの女優だと思っていたのだ」
リカルドが満足そうに声を上げる。あれからルティアは一から演劇の基礎を学び、舞台に立つようになっていた。
舞台に立った時の爽快感というのは、なんとも形容し難い高揚がある。ルティアはいまやその虜となってしまっていた。
「アンケートでもルティアのファンが多くいることがわかる。初々しくも実力があるから、当然と言えば当然なのだが……」
そう言ってリカルドは能面顏に皺を寄せた。そんな彼に、ルティアはクスリと笑って後ろから抱きついた。
彼の背中は大きくて温かくて、とても居心地がいい。
「嫉妬、ですか? リカルド様」
「かもしれんな。ルティアの演技力にではなく、お前のファンに対してだが」
そう言ってリカルドは首を後ろに向けて、ルティアにキスをしてくれた。それが嬉しくて、ルティアはウフフと笑みを漏らす。
その後、リカルドは何事もなかったかのように忙しなく手を動かしていた。今日はリカルドの部屋の片付けを手伝いに来ているのだ。
来月、二人は結婚する。
小さいが新居も構えた。ユリフォード家は、今年ルティアの弟となる男子が生まれたので、そちらに丸投げするつもりだ。
ルティアは貴族ではなってしまうのだが、それでもよかった。二人で慎ましくも幸せに暮らせるのならば、貴族という肩書きなど必要ない。
そんな風に思いながら片付けを進めていると、小さな箱を見つけたので開けてみる。
「あら、これは……アンケート用紙?」
箱の中からは、記入済みのアンケート用紙が出てきた。それも一枚や二枚ではない。百枚近くはあるだろうか。
「ああ、大事な物だ。新居に持って行く方に入れておいてくれ」
「わかりました」
ふと気になってその内容を走り読む。そこにはリカルドの演技を褒め称えた言葉が、無記名で寄せられていた。
「リカルド様、これって……」
「ルティアの字ではなかったか?」
「そ、そうです! ずっと持ってたんですか?!」
よくよく見ると、字を書けるようになったばかりのものからタントールに入団する直前のものまである。
それを読んでいて、ルティアは恥ずかしくなった。これはアンケートというよりも、ファンレター……いや、それよりももっと──
「恋文のようだろう?」
そう言ってリカルドが笑った。プライベートで能面顏を崩すのは、ルティアの前でだけだ。
「私、こんなことを書いてましたか……? は、恥ずかしい……っ」
「恥ずかしがることはない。私はこの手紙に、随分と励まされた。端役ばかりだった頃、どれだけ救われたことか」
優しい目を向けてくれるリカルドに、ルティアは睫毛を上げる。
「私が、リカルド様を救った……?」
「ああ、何度も挫折仕掛けた。この顔もあって、中々良い役は回って来なかったしな。劇団をやめようと思う度に、これを書いてくれた少女を思い出して乗り切ってきた」
「そう……だったのですか……でも、私だと分からなかったのでは? 無記名ですし」
「ある程度の目星はつく。特に子供はアンケートなど滅多に書かないしな。ルティアが必死に字を書く姿は、今でも心に焼きついている」
その話を聞いて、ルティアの胸は熱くなった。アンケートなどを書いても手が届かないと思っていた人物が、ずっとルティアの言葉に救われていたと知って。
「だから……ルティアが窮地に立たされた時、必ず助けると心に誓った。今度は俺が救う番だと」
リカルドは己の言葉を真剣に紡ぐ時、『私』から『俺』に一人称が変わる。これは付き合い始めてから気付いたことだ。
「その割には、助ける義理もないとか言ってませんでしたか?」
「それはルティアを劇団に引き込むための策だった。無償で助けては、劇団になど入ってくれないと思ったからな」
「でもどうして私を? 私はそれまで劇なんてしたことがなかったのに……」
その問いに、リカルドはルティアに少しの苦笑いを向ける。
「まぁ……実を言えば、ルティアに才能があると気付いたのは、あの日約束を交わした後だ。ルティアは私にギラつかせた目を向けてきただろう。中々あんな目ができる女はいない」
「ああ……あれは、リカルド様を真似たんですよ」
そう言うとリカルドはクッと声を上げて「なるほどな」と納得していた。
「けれど才能があると気付いたのが約束を交わした後だというなら、私を劇団に入れようと考えた理由がわからなくなるのですが」
ルティアが小首を傾げると、リカルドは自嘲するように言った。
「ただ、ルティアをそばに置いておきたかっただけかもしれんな。自信を持たせてくれる女性が、そばにいてほしかった」
「それって、つまり……」
「ああ。その時には既にルティアに心を奪われていたのだろう」
その言葉を聞いて、ルティアは大きく目を広げた。
一年前、タントールに入団を促された日。ルティアは確実に己の恋心を悟っていた。しかしリカルドの方に全くそんな様子はなかったのだ。
ルティアはアタックにアタックを重ね、最終的にはファーストキスの責任を取れと脅すようにして付き合い始めた。既にあの時リカルドがルティアのことを好きになっていたのだとしたら。あの恥ずかしいほどのアタックは一体なんだったというのか。
「リカルド様? 私をずーっと好きだったってことですか?」
「そうなるな」
「私がリカルド様をお慕いして、奮闘しているのを見て、楽しんでいたんですか?!」
「ああ、俺を好きで頑張っているルティアは可愛かった。いつまでも見ていたくなるくらいにな」
「も、もうーっ!!」
ルティアは顔を真っ赤にして怒るも、リカルドは悪どい顔を向けてニヤリと笑ってくる。
けれど、それすらも愛おしく感じてしまうから困ったものだ。ルティアは悔しくてリカルドの肩口をバシバシと叩いた。
「そんなに怒るな。許してくれ」
「じゃあ今度は、リカルド様が私のことを好きでいてください!」
「当然だ。今までと変わらんな」
「ずっとですよ?!」
「ああ、ずっと……一生だ」
言い終わると同時に腰を引き寄せられた。
そして唇が重ね合わされる。こうやってしたい時にできるキスは幸せだ。互いにその唇を堪能し合う。
幾度も角度を変えたキスを終えると、ルティアは頬を紅潮させたまま微笑んだ。
リカルドはそんなルティアの頬を優しくなぞってくれる。
「……早く結婚したいな」
「もう来月に結婚式ではありませんか」
「一刻も早くルティアを俺のものにしたい」
「奮闘する私を見て、楽しんでいた時間の代償ですね?」
クスクスと笑うと、リカルドは困ったように眉を下げ……しかしとても愛おしいものを見るように目を細めている。
舞台外ではいつも能面なこの男の、こんな顔を見られるのは自分だけだ。
眼鏡の奥の優しい瞳を独り占めにして、ルティアはリカルドを強く抱き締めた。
一生愛し続けてくれるであろう男を、一生支え続けようと心に決めて。
「リカルド様、愛しています」
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