「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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王子に溺愛されています。むしろ私が溺愛したいのですが、身分差がそれを許してくれそうにありません?

前編

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*王子5歳・春。求婚。*

 私の名前はアリサ。
 宰相の養父ちちの下、厳格に育てられた私はなぜか今……。

「ありちゃー! ありちゃー!」
「なんでしょうか、オースティン様」
「ぼくとけっこんちて!」
「はぁう?!」

 五歳になられたばかりの王子殿下に求婚されています!!
 オースティン様、十歳も年上の女性と結婚なんて、この国ではあまりないことなのですよー。
 ついでに私の名前はアリチャではなくアリサです。まだまだ舌足らずな感じが可愛らしいですね。

「ぼくとけっこんちてくれないの?」
「それはですね、私が決められる問題ではないといいましょうか」
「ふえ……」

 あ! 大洪水の予兆が……!

「びえぇぇええ!! けっこんちてくれなきゃ、ありちゃにいじめられたっておとうちゃまに言いつけてやるぅ~!」

 五歳児王子様の悪知恵!!

「わかりました! わかりましたから、陛下に報告するのだけはご勘弁を!」
「やったあ!」

 ……涙はどこにいったのですか?
 オースティン様の将来に不安しか感じないのですが。



*王子5歳・夏。初めての川。*

「ありちゃ、川に入ったことありゅ?」

 キラキラした川の前で馬車を止めさせたかと思うと、これまたキラキラした目でオースティン様が私を見上げています。

「はい、ございますよ」

 まぁ普通の令嬢なら入ったことはないでしょうけどね。
 私は子だくさんの末端子爵家で生まれて、五歳までは割と自由に遊ばせてもらったので。

「きもちーの?」
「そうですね、夏の暑い時に入ると格別です」
「ぼくもはいりゅー!」
「えっ!!」

 止める間もなく馬車から飛び降りたオースティン様は。

 ザップーーン!!

「王子ぃぃいいいいいい!!」
「わぁぁあああ! ありちゃぁあああ!」

 私も飛び込んで助けました。
 今から公務だというのに、どうすんですかこれ。



*川のあと*

「たのちかったねー、ありちゃ!」
「いえ、溺れかけてましたけど?! 流れの早い川に飛び込んではいけません!!」
「う……えぐっ、ありちゃがおごっだ……っ」
「だめなものはだめなのです! 命はひとつしかないんですよ!! オースティン様のことが大切だから、怒っているのです!」
「ぼくが……たいせちゅ……?」
「はい!」

 あら、オースティン様、お顔が真っ赤になって可愛らしい。

「ぼくのよめ!!」

 ドヤ顔で嫁扱いはやめてもらっていいですかね。

 公務はちゃんと着替えてから行きました。



*王子6歳・春。お勉強の時間。*

「王子、今日は繰り上がりの足し算です」
「たしざんきらーい」
「足し算はすべての勉強の基礎ですから! しっかりやりましょう!」
「べんきょうしたくなぁい」

 最近のオースティン様は、お勉強に忌避感を示していて、良くない傾向です。
 なんとかしなければ。

「では、一問解けるごとになにか簡単なご褒美を用意しますから」
「ほんと?! 一問解けた!!」
「早っ!!」
「アリサの頭、なでなでさせて!」
「私の頭を?!」

 オースティン様になでなでされる私の頭。
 小さい手があったかくて癒される……!!

 勉強の時間が終わるまでなでなでしてもらいました。
 誰のご褒美でしたっけ?



*王子6歳・冬。雪遊び。*

「雪!! 雪がつもったよ、アリサ!!」
「これだけ積もるのは、この地では珍しいですね」
「ねぇ、アリサ……」
「だめです」
「まだなんにも言ってないよーっ」
「しかし今日は、オルターユ王国からの使者と会食の予定で……」
「あうう……」

 そんな捨てられた子犬のような目で見上げられましても!!

「……す、少しの間だけですからね!?」
「わぁい、アリサだいすき!!」

 外で雪山を作って遊んでたら、雪で使者が来られなくなったと連絡が入ったので、そのまま二人で遊びました。



*王子7歳・春。初めての嫉妬。*

「では当日の警護はこのように」
「はい、よろしくお願いします。クレイグ様」

 騎士のクレイグ様、打ち合わせが終わっても動こうとしないんですが。どうしたんでしょうか。

「あの、アリサ殿」
「はい?」
「よろしければ、仕事が終わったあと一緒に食事にでも」
「えっ」

 と、殿方と一緒に食事?! 生まれて初めて誘われたんですけど!
 きゃー、クレイグ様は見目も素敵だし、出世頭で気が利いていて……

「だ・め!!」
「オースティン様?!」
「だ……め……ッッ」

 いや、すんごい顔してますけど、王子様……!
 クレイグ様はドン引きして帰っちゃいましたが?!

「アリサ、いっちゃやだぁあああ!!」
「い、行きませんよ?!」
「ほんと……?」

 だって、クレイグ様帰っちゃいましたし。

「本当です」
「……へへ」

 オースティン様が私の腰に巻きついてくる。

 きゅん。
 本当に可愛いんですから。
 私もその頭に、そっと手を置いた。



*王子8歳・秋。懐かしの絵本。*

「アリサー、これ読んで!」
「あら、懐かしい絵本ですね」
「へへ」

 オースティン様が五歳の頃によく読んであげていた絵本。
 私の膝に乗って、絵本に夢中になっていましたね。

「もうご自分で読めるのでは?」
「……」

 あ、落ち込んでしまわれた。

「じゃあ、一回だけですよ」
「うん!」

 私が椅子に座ると、その隣に来るかと思いきや、オースティン王子は私の膝にちょこんと座っている。

「王子……」
「……だめ?」

 八歳、まだまだ甘えたいお年頃ですよね。

「みんなには、内緒ですよ?」
「うん!」

 私たちは結局、何度も何度もその絵本を読んで過ごした。




*王子9歳・春。身長。*

「わぁ、王子、背が伸びましたねぇ」

 子どもの成長は早いです。もう私の鎖骨のあたりまで背が伸びているんですから。

「そのうち、アリサの背を抜かすよ」
「抜かされるでしょうね。抜かしてもらわなければ困りますし」

 私の身長は高い方ではないので、男性ならばこれ以上の身長にはなりたいでしょうし。

「……抜かしてほしい?」
「はい、もちろん」
「ふうん?」

 なぜかオースティン様は嬉しそうに呟いて、その日から毎日ミルクを飲み始めました。




*王子10歳・春。誕生日。*

「十歳のお誕生日おめでとうございます、オースティン様」

 十歳はこの国では節目の誕生日。どこの家庭でも十歳は盛大にお祝いをするのです。
 オースティン様にも盛大なパーティーが開かれてのお祝いがあり、少々お疲れ気味のよう。

「まだ十歳か。早く大人になりたいよ」
「子どもの頃の時間というのは貴重ですから、急いで大人になってはもったいないですよ。どうしてそんなに早く大人になりたいんですか?」
「それは……」

 オースティン様は少し考えた後で、私に手を伸ばされました。
 その手が私の頬に触れます。

「大人なら、こうして好きな人に堂々と触れるんだよ?」
「いえ、大人の方が触れられませんよ。それは逆にこどもの特権かと思います」
「なーんだ。じゃ、子どものままでいいや」

 やっぱりまだまだ子どものようです。
 ってか今、好きな人って言いました?



*王子10歳・秋。誕生日。*

「アリサ殿、二十歳の誕生日おめでとうございます」
「クレイグ様、わざわざお仕事中にありがとうございます」

 差し出されたのは一本の赤いバラ。白い紙に包まれただけの簡素なものだけれど、祝ってくださる気持ちが嬉しいです。

「それ、なに」

 そのままオースティン様の部屋に入ると、王子はむっと口をへの字に曲げてしまわれた。

「今そこで、クレイグ様にいただいたんです。私、今日誕生日でして」
「知ってる。二十歳だよね」
「はい」

 この国では二十歳にも盛大な祝いをするのです。といっても私は養女だし、ほかにたくさんの義兄弟がいるので、家ではおめでとうの言葉とプレゼントだけでしょうけど。
 オースティン様は私に背を向けると、慌ててなにかを隠しています。

「どうされました?」
「わ、見ちゃだめ!」

 だめと言われると余計に気になるんですが?
 グイッと覗き込むと、一本の赤いバラが目に入りました。

「……バラ? もしかして、私に、ですか?」

 オースティン様は私から目を逸らしたまま、悔しそうな顔で頷いてくださいました。
 そっか、贈り物が被っちゃって、つらかったんですね……。
 私の口元には笑みが、そして目からは涙が押し寄せてきます。

「くださいますか?」
「アリサはクレイグにもらったやつがあるんでしょ」
「オースティン様のバラも、欲しいのです」

 そう言うと、オースティン様は振り返ってそのバラを渡してくださったのです。
 少し照れ臭そうに微笑んでいるその姿は、あなたの方を愛でたいくらいに可愛らしい姿でした。

 そのあと、オースティン様とクレイグ様が、二人並んで庭師に怒られている姿を見かけました。



*王子11歳・春。手紙。*

「アリサ、今日は先生のところで勉強だから、部屋を掃除しといて」
「かしこまりました」

 最初は私が教えていた勉強も、いつの頃からか専門の先生から学ばれるようになりました。
 勉強が多くて一緒にいられる機会がグッと減ってしまったけれど、仕方ないことですよね。
 こうして子どもは大人になっていくのですから。

「あら、ベッドの中に手紙? どなたかに出すのでしょうか」

 ふと見ると、宛先には私の名前が書かれてあるんですけど……

「アリサへ……いつも掃除ありがとう」

 たった一言だけの手紙は、私の宝物になりました。



*王子11歳・冬。プレゼント。*

「アリサ、これプレゼント」
「はい? 私、誕生日でもなんでもありませんが」
「誕生日じゃなきゃプレゼントしちゃいけない?」
「いえ、そういうわけでは……盗んだバラですか?」
「違うよっ! ……開けてみて」

 なんでしょうか。
 そんな風に言いながら、オースティン様は部屋から出て行ってしまいましたが。

「え、これ……指輪?」

 黄色く透き通るようなきれいな石のついた……え、トパーズですか?! 私の十一月の誕生石の??
 た、だだのプレゼントですよね……ね??
 十一歳男子の考えることは、よくわかりません!!


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