「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

文字の大きさ
114 / 173
騎士団長の推しは、ポーション娘。〜頭ぽんぽんはセクハラになるのか? 真っ赤になって怒っているんだが〜

後編

しおりを挟む
 俺とロザリンの関係は──進まなかった。
 何かの罰ゲームだったのか、それともただ単に揶揄われただけなのか。
 推しにプロポーズ。
 こんな貴重な経験をさせてもらえただけで、良しとしなければなるまい。
 あれからロザリンとは、納品に来た時に少し顔を見た程度だ。
 会話をすることもなく、俺が勝手に遠目で見ていただけ。これまでとまったく変わりのない生活。
 結婚まで考えてしまっていた俺、どれだけ夢を見てしまっていたのかと。
 ロザリンのような可愛い子と、結婚できるはずがないというのに。

「騎士団の皆さんのおかげで、また薬草が採れるようになりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、いつもロザリンのポーションには助けられているよ。ありがとう」

 副団長のランディが、納品に来たロザリンと笑顔で会話している。

 ……羨ましい。

 いや、そんな気持ちを持つな。いい男が、情けない。
 推しは離れたところから見つめるに限る。あれはポーションの精が見せてくれた、夢だったんだ。二度はない、幸せな夢だった。

「団長、そんな目で見るくらいなら、ロザリンと話せばいいだろう?」

 ランディ、いつもは放っておいてくれるのに、なぜ俺を会話に入れようとする!?
 見ているだけで幸せだというのに!
 そう、可憐な姿を一目見るだけで、充分……充分だった、はずなのに。

「おい、ヴィト」
「い、いいんです! ランディさん!」
「けどロザリン、このままじゃ一向に……」
「本当にいいんです。私はもう、団長さんに振られてるんで……」
「ええ!?」

 いや、俺の方がええ!? だが!?
 ランディが驚いたままの顔で、めちゃくちゃ俺を睨んできた。

「お前、ロザリンを振ったのか!!」
「いや、俺が聞きたい。どういうことだ!」
「知るか! お前はずっと、ロザリンのことが好きだったんだろう!?」
「な、なぜそれをランディが知っている!」
「わからないわけないだろうが! 俺とお前の仲だぞ!」

 誤解を招く言い方はやめろ。ロザリンが驚いた顔で俺を見ているじゃないか。
 ああ、俺の気持ちを知られてしまった。きっと迷惑に違いない。こんな年上の男に思われたところで、気持ち悪いだけなのだから。

「いや、違うんだ。俺はロザリンを推しているというだけで、好きとかいうわけでは……」
「往生際が悪い! 好きなんだろう、ロザリンのことが!!」

 くそ、ランディのやつ、後で覚えとけよ!
 ロザリンを怖がらせたくない。
 プロポーズをしてほしいと揶揄われて本気にしてしまった、気持ちの悪い男。それが俺だ。
 好きなわけじゃない。見ているだけで癒される推しというだけで、ロザリンのことを好きなわけじゃ……

 チラリと推しの顔を確認する。
 頬はピンクに染まり、潤んだ目で俺を見上げていて……

「好きだ!!!!」
「本当ですか!?」

 何を言ってるんだ、俺は!! バカなのか!!
 また逃げられる。プロポーズした時のように。

「……嬉しい……っ」

 あれ……逃げ……ない?
 ロザリンはなぜか涙を流して……喜んでいる?

「良かったな、ヴィト、ロザリン」
「待ってくれ。俺が真剣にプロポーズしたとき、ロザリンは逃げたんだが? 振られているのは俺の方なんだが!?」

 そう言うと、ロザリンは大きな目をさらに大きく見開いた。

「ええ!? あれは、私が無理やりプロポーズをお願いしたんですよ? まさか、本気のプロポーズだったんですか!?」
「本気も本気、大真面目だ。演技でプロポーズなんかできない」
「ヴィクターさん……っ」

 俺のプロポーズを、演技だと思ってたのか?
 自慢じゃないが、冗談でプロポーズできるほど俺は器用じゃない!

「私が好きだって言っても、何も答えてくれなかったじゃないですか……だから私、振られたものだと……」

 ロザリンの怒涛の質問には、真摯に答えていたつもりだったんだが。
 まさか俺に振られたと勘違いしているなんて、思いもしていなかった。

「プロポーズの思い出があれば生きていけると思って、無茶な願いを叶えてもらって……なのに、どんどんヴィクターさんが私の心の中で大きくなっていくんです……! 何度もあのプロポーズの言葉を思い返して!」

 あの愚直なプロポーズ何度も思い返してるのか!!
 顔から火が出そうだ!!

「『ロザリン。俺と結婚してくれ』っていう言葉が! 頭から離れないんです!!」

 俺の声真似のクオリティが予想以上に高いんだが!?
 ランディの前でプロポーズの言葉を復唱するのは本当にやめてくれ!! 俺のライフはもうゼロだ!!

「諦めようと思っても諦められないんです……っヴィクターさんのことが、好きで……大好きで……っ」
「ロザリン……」

 いやもう、何がどうなってるんだ。
 けど、これだけ真剣なんだ。俺をからかおうとしているわけじゃない。そう思える。
 俺がちゃんと気持ちを伝えていなかったのが悪かったんだな。
 ポーション娘は俺の推し──そう思うようにして、自分の心を誤魔化してしまったんだ。

「ロザリン。俺もロザリンのことが、す……」

 ちらりと横を見ると、ランディが腕組みしてニヤニヤ笑っている。
 ……後で覚えてろよ。
 俺はもう一度、大きく息を吸い込んだ。

「俺もロザリンのことが好きだ。プロポーズは本気だったし、ちゃんと結婚もするつもりだった」
「ヴィクターさん……」
「プロポーズの後、逃げられたと思ってたんだ」

 俺の言葉にハッとしたように顔を上げ、ロザリンは唇を振るわせている。

「ごめんなさい、ヴィクターさん! 私、ヴィクターさんを傷つけて……!」
「いや、いいんだ。はっきりしなかった俺が悪かったんだから」

 俺はロザリンの手を取ると、真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。

「いつも元気にポーションを届けてくれるロザリンが好きだった。見るたびに癒しをもらって元気になれた。ロザリン自身が俺のポーションだったんだ」
「ヴィクターさん……」
「今は花も持ってないし、殺風景な騎士団庁舎で申し訳ないが……結婚してくれないか。ロザリンの作ったポーションを、俺は全部飲み干したいんだ!」
「はい、お願いします!!」
「全部飲むな! どんなプロポーズだよ!」

 ツッコミが横から入るのも気にせずに、俺たちは抱き締めあった。
 ランディは呆れたような息を吐き出した後、「おめでとう」と拍手をして祝福してくれる。

「ヴィクターさん。私もヴィトって呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん好きに呼んでくれ」
「じゃあ……ヴィト?」

 脳髄に響くように耳元で囁かれた俺は。
 我慢できずに、その場で推しの唇を奪っていたのだった。


 ***


「一度目のプロポーズも素敵だったけど、二度目のプロポーズも素敵だったのよ」

 愛する妻が、まだ言葉の理解できない娘に向かって語りかけている。

「大きくなっても言うつもりなのか? 恥ずかしいんだが……」
「ヴィト……私にプロポーズしたことが、そんなに恥ずかしいの?」
「そんなわけないだろう! してほしければ、何度だってする!」
「ふふっ」

 プロポーズなど、一生に一度のものだと思っていたが。
 意外に何度もできるものだな。
 今でも一番の推しの頼みなら、なんだって。

「子どもが生まれたら、ヴィトは子どもに夢中になってしまうかと思っていたけど」
「もちろん娘も大事だが、俺の推しは今も変わらず、ロザリンだけだ」

 推しは遠くから愛でるだけ。そんな風に思っていた時代もあった。

「やはり推しは、この手で愛でるに限る」

 一日に何十回と交わす、ロザリンへの愛の証。
 今日も俺は、愛する妻となった推しを溺愛する。
 愛し愛される幸せを、この心に刻みながら──
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

処理中です...