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『主役は貴女です!』
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「さっきから一人でここにいるな」
一人の男が貴女に話しかけてきた。とても背の高い、ランディスの街では有名なオーケルフェルト騎士隊の服を纏った青年だ。
「リックバルド班長、どうしたんですか?」
その後ろから、また別の騎士が現れる。貴女とそう年は変わらないだろう。涼しげな目元の、素敵な男性だった。
「この女がさっきからここに座っているのでな」
リックバルドと呼ばれた男が、貴女に目を向けてそう言った。彼は背が高く威圧感があるので、少し恐怖を感じてしまった貴女は、自然、もう一人の男に目を向ける事となる。
「ん? 気分でも悪いのか? 大丈夫?」
そちらの男の物腰は柔らかで、貴女はホッとしてうずくまっていた理由を話した。
「足、挫いちゃって……動けなくて……」
なんと貴女は新しい靴を買って浮かれていたら、その靴が足に沿わずにグキンと捻ってしまったのである。
痛くて情けなくて、でも動けなくて。ちょっと涙が出て来そうになった所で、彼らに声を掛けられたというわけだ。
「セルク、家まで送ってやれ」
「はい、リックバルド班長!」
リックバルドは青年にそれだけ告げると、見回りに戻っていった。セルクと呼ばれた彼と一緒にリックバルドを見送った後、貴女とセルクは視線を合わせた。
「大丈夫? ちょっと足見せて」
そう言いながらセルクは貴女の足にそっと触れる。激痛が貴女を襲い、体がビクッと勝手に震えてしまった。
「ごめん、痛かったか。めちゃくちゃ腫れてるな。医者に診せた方がいいよ、これ」
そう言ったかと思うと、セルクは貴女を抱き上げた。いきなり体がふわりと持ち上がり、貴女は「きゃっ」と可愛い悲鳴を上げてしまう。
「お、おろして……歩けますからっ」
「歩けないから座ってたんだろ?」
セルクが不思議そうな顔を向けたので、貴女は口を噤んだ。肩でも貸してもらえれば歩けるはずだが、それを言うのはやめる事にした。セルクの顔は、貴女の好みのどストライクだったのだ。近距離で見る彼の顔に、貴女はポーッとなってしまう。
「俺の顔になんかついてる?」
「え、いえ……」
貴女は顔を赤らめてセルクから目を離した。それでもチラチラと見てしまっていたけれど。
彼は病院に貴女を連れて行ってくれ、診察の合間も付き添ってくれた。
そして支払いの段階になって、貴女は財布の中身が寂しかった事に気付く。
「三千ジェイアになります」
会計で金額を告げられるも、残念ながら貴女の財布の中には、千ジェイア札が一枚しか入っていなかった。どうしようかと青ざめていると、隣からそっとセルクが二千ジェイアを足してくれる。
「ご、ごめんなさい! 必ず返すんで!」
貴女が頭を下げると、セルクはニッコリ笑って頷いてくれた。
そしてまたお姫様抱っこをされて家に帰ってくる。扉の鍵を開けると、中のソファまで貴女を運んでくれた。
「あの、ちょっとお金を取って来ま……っつ!」
無理に立とうとすると、足が痛みを訴えてくる。貴女は顔を歪めて、また椅子に座る事となってしまった。
「ああ、お金はいつでもいいよ」
「そんなわけには……」
「お金の在り処を知られるのも嫌だろうし、また今度で」
「はい、じゃあ……すみません」
貴女が謝ると、セルクは帰りかけて足を止めた。
「ああ、君の名前を聞いてなかった。俺はセルク。君は?」
「私は……」
貴女は自分の名前をセルクに告げた。アンゼルード帝国では馴染みのない貴女の名前を、 彼は復唱している。
「なんか、不思議な響きの名前だな」
「私はずっと東方の出身だから」
「そっか。でも可愛いよ。似合ってる」
貴女は自分の名前を褒められて、嬉しくて微笑みを見せた。そしてセルクがまた貴女の名前を呼び、彼も嬉しそうに笑った。その顔を見て、貴女の心臓は勝手にドキドキと打ち鳴らしている。
「また来ていいか?」
「え、あ、もちろん。お金を返さなきゃいけないし……」
「そうじゃなくて……これで終わりなのは勿体無いっていうか」
貴女はセルクの言っている意味が分からず、首を傾げた。すると彼は逡巡するも、意を決したように貴女に向き直った。
「君が気になるんだ。友達からでいいから、仲良くしたい」
「え……え!?」
貴女はとても驚いてしまった。貴女好みの顔をしたセルクが、直球を投げ込んで来たのだ。
「明日、仕事が終わった後、来てもいいか?」
貴女はなんとかコクコクと頷いた。貴女も同じ気持ちだったのだ。これで終わりなのは勿体無い。友達からでいいから仲良くしたい、と。
セルクは「ありがとう、じゃあな」と言った後、貴女の名前を口ずさむように声にして、帰って行った。
貴女の胸はまだドクドクと強く脈打っていた。
それからの貴女とセルクは、毎日のように会った。足が治れば、一緒にお出かけもした。
セルクは貴女にとって、まさに理想的な男性だった。彼といるだけで胸がいっぱいになり、幸せな気分で満たされる。
「ねぇ、セルク。来週の月光祭、一緒に見て回らない?」
「ああ、ごめん。その日は俺、仕事なんだ。オーケルフェルトの騎士は全員警備に当たることになってて」
「あ……そうなんだ……」
貴女はガックリと肩を落とす。月光祭は年に一度の大きなイベントだ。セルクと一緒なら、絶対楽しめたはずなのに。
そんな風に気落ちする貴女に、セルクは優しい目を向けてくる。
「月光祭は夜七時に終わる。八時には警備の仕事も終わるから、それから会ってもらってもいいか?」
セルクの問いに、貴女は仕方なく頷いた。一緒に月光祭を回りたいのであって、月光祭が終わった後に会ってもあまり意味は無い。それでも会わぬよりかはマシかと、貴女は承諾したのだった。
月光祭当日。
貴女は女友達と月光祭を楽しむ。特にオーケルフェルト騎士隊の隊長シェスカルと、班長リックバルドが行う模範演武は凄かった。セルクと一緒に見たかったなという思いが心に舞う。
祭が終わると貴女は家へと帰ってセルクを待った。
八時をいくらか過ぎた時、ようやくセルクが家に現れる。騎士服姿の彼はとても格好良く、何度見ても惚れてしまう。
「ごめん、遅くなった」
「ううん、大丈夫」
「行こう」
セルクはいきなり貴女の手を取り、グンッと引っ張ってくる。
「どこ行くの?」
「劇団タントール」
「タントール?」
ここランディスの街では有名なアマチュアの劇団だ。貴女も何度かその劇団に足を踏み入れた事がある。タントールの太陽組にはルティアという可愛らしい女優がいて、貴女も大好きだ。
しかし今日は祭りで一日中劇団を解放していたため、夜の講演はなかったように思った。セルクは何故、劇団タントールへと向かっているのだろうか。
劇場の中に入るも、観客席に人影はなかった。しかしセルクは気にもせずに一番前の席に貴女を座らせた。
「ちょっとだけ、待っててくれ」
それだけ言うと、セルクは何処かへと消えてしまった。暗い観客席には、貴女一人。
いきなり意味も分からずに連れて来られて、貴女の不安は増していく。
ほんの少しセルクを恨みかけた所で、舞台の幕が上がった。
そこには、リカルドという太陽組の劇団員が立っている。彼もまた、セルクと同じ騎士服を纏っていた。
「嗚呼、名も知らぬあの人の事が忘れられない。森で怪我をしていた私を手当てしてくれた、あの天使のような人。今はどこにいるのだろうか……」
そんな風に劇は始まった。何事だろうと思いながらも、貴女は舞台に釘付けになる。
リカルド扮する青年は、想い人を探す旅へと出ていた。道すがら、色んな人へと聞き込みを行っている。
「東方の顔立ちなのだ。そして清い心を持っている」
「知っているわ! この人じゃなくて?」
唐突に後ろから声がした。いつの間に後ろの席についていたのか、ルティアという女優が貴女の両肩を叩く。
「え、わ、私!?」
「嗚呼、まさしく! まさしく貴女だ!」
困惑する貴女を、ルティアは手を引っ張って舞台に上げてくる。オタオタしながら目を泳がせていると、リカルドが跪いて貴女の手を握った。
「っひゃ」
「この髪、この目、この東方の顔立ち。ようやく見つけた。どうか私の花嫁となってください」
「っふぇ? ええーー!??」
どう答えていいか分からずあたふたしていると、「ちょっと待ったー!」と舞台袖からセルクが現れた。
貴女は状況が理解できず、目を白黒させる。
「その人は、俺の想い人だ。貴殿に渡すわけにはいかない!」
「ほう、私に楯突こうというのか? 面白い。剣を抜け。ようやく見つけたこの方を、お前などに取られてなるものか」
何故かリカルドとセルクは剣を抜いた。
と言っても、どうやら刃は潰してあるようだ。模擬剣という物だろう。当たれば痛いに違いはないが。
「まぁ、貴女を奪い合って決闘が!? 危険ですわ、少し下がりましょう」
ルティアに言われ、彼女と共にまたも観客席に戻る。舞台を見ると、二人は剣を抜いたまま睨むように対峙している。
「本気で来い、セルク。彼女に良い所を見せたいんだろう?」
「……行きます、リカルド班長!」
何だ何だ、何がどうなっているんだと状況を整理する前に、セルクがリカルドへと斬り掛かる。
リカルドはそれを受け止め薙ぎ払い、セルクの繰り出す攻撃を易々と切り返している。
「どうした! お前の力はこんなものか!? 本当に私が彼女をもらってやろうか!」
「っぐ!!」
リカルドは攻撃を受けるだけでなく、セルクに太刀を浴びせに掛かる。セルクはどうにかその剣を受けるも、劣勢なのは貴女でも分かってしまう。
「セ、セルク……」
貴女の口から、思わず彼の名前が漏れた。いつの間にか握られていた拳には、汗がじっとりと滲んでいる。
「嗚呼、駄目だわ。そんな小さな声では彼には届かない。貴女は誰に勝ってもらいたいの!?」
ルティアに体を揺すられるように問われ、貴女は「セルク……」と小声で答えた。
「言葉には力が宿ります。もっと大きな声で、彼を応援してあげて!」
「セ、セルク…ッ」
「彼が負けても良いんですか!?」
ルティアの怒気の籠った声に、貴女は思わず顔を上げて叫ぶ。
「セルクッ!! 頑張って!!」
こんな声が出せるのかと思ったくらい、貴女の声は大きかった。
その言葉がセルクに伝わった瞬間、彼の表情は精悍さを増し、押されるだけだった剣を巻き返している。
「セルクーー」
もう一度彼の名前を叫んだ時、セルクはリカルドの剣を弾き飛ばし、その喉元に剣を突きつけた。
弾かれた剣は舞台上でクルクルと回り、やがてその動きは止まった。
セルクの肩はゼェゼェと大きく上下している。
「……まいった」
リカルドが手を上げながら言うと、セルクはその剣をカシャンと鞘に戻す。
彼はまだ大きく息をしながら貴女を見つめ、その名前を呼んだ。自分の名前を突如呼ばれた貴女は驚き、「はい」と背筋をシャンと伸ばす。
セルクは舞台を飛び降り、貴女の前まで歩を進めて来た。激しい剣技の後のせいか、その顔は上気している。
「俺は……」
何を言われるのかと、貴女はドキドキする。
セルクは、貴女の瞳を逃すまいと真っ直ぐに見つめ。
「俺は、君が好きだ。結婚を前提に、俺と付き合って下さい」
そう、言った。
大好きな人からの告白に、貴女の顔は一瞬で燃えるように熱くなる。
「セルク、私……」
「駄目か?」
その問いに、貴女は首を横に振った。驚いて、でも嬉しくて、顔がニヤニヤしてしまいそうになりながら。
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
ホッとしたように微笑むセルク。そして彼は貴女を優しく包んでくれた。
セルクの温かい腕の中で、ドクドクと激しく波打つ鼓動を聞いて、彼がどれだけ緊張していたのかが伝わってくる。
貴女はそんな彼を心の底から愛おしく思い、ギュッと抱き締め返した。
いつかセルクと結婚する事を、夢見ながらーー。
ーーーーーーーーーーー
お読みくださり、ありがとうございました!
アンゼルード帝国の騎士シリーズ、随時公開していきます。
よろしくお願いします!
『たとえ貴方が地に落ちようと』公開中
『令嬢ルティアは眼鏡騎士に恋をする』公開中
『素朴騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は騎士隊長に恋をする』公開中
『隻腕騎士は長髪騎士に惚れられる』公開中
『主役は貴女です!』公開中
『強勇の美麗姫は幸せになれるのか』公開中
『長髪騎士と隻腕騎士の、ほっとミソスープ』
『団長と美麗姫のハッピーバレンマイン』
一人の男が貴女に話しかけてきた。とても背の高い、ランディスの街では有名なオーケルフェルト騎士隊の服を纏った青年だ。
「リックバルド班長、どうしたんですか?」
その後ろから、また別の騎士が現れる。貴女とそう年は変わらないだろう。涼しげな目元の、素敵な男性だった。
「この女がさっきからここに座っているのでな」
リックバルドと呼ばれた男が、貴女に目を向けてそう言った。彼は背が高く威圧感があるので、少し恐怖を感じてしまった貴女は、自然、もう一人の男に目を向ける事となる。
「ん? 気分でも悪いのか? 大丈夫?」
そちらの男の物腰は柔らかで、貴女はホッとしてうずくまっていた理由を話した。
「足、挫いちゃって……動けなくて……」
なんと貴女は新しい靴を買って浮かれていたら、その靴が足に沿わずにグキンと捻ってしまったのである。
痛くて情けなくて、でも動けなくて。ちょっと涙が出て来そうになった所で、彼らに声を掛けられたというわけだ。
「セルク、家まで送ってやれ」
「はい、リックバルド班長!」
リックバルドは青年にそれだけ告げると、見回りに戻っていった。セルクと呼ばれた彼と一緒にリックバルドを見送った後、貴女とセルクは視線を合わせた。
「大丈夫? ちょっと足見せて」
そう言いながらセルクは貴女の足にそっと触れる。激痛が貴女を襲い、体がビクッと勝手に震えてしまった。
「ごめん、痛かったか。めちゃくちゃ腫れてるな。医者に診せた方がいいよ、これ」
そう言ったかと思うと、セルクは貴女を抱き上げた。いきなり体がふわりと持ち上がり、貴女は「きゃっ」と可愛い悲鳴を上げてしまう。
「お、おろして……歩けますからっ」
「歩けないから座ってたんだろ?」
セルクが不思議そうな顔を向けたので、貴女は口を噤んだ。肩でも貸してもらえれば歩けるはずだが、それを言うのはやめる事にした。セルクの顔は、貴女の好みのどストライクだったのだ。近距離で見る彼の顔に、貴女はポーッとなってしまう。
「俺の顔になんかついてる?」
「え、いえ……」
貴女は顔を赤らめてセルクから目を離した。それでもチラチラと見てしまっていたけれど。
彼は病院に貴女を連れて行ってくれ、診察の合間も付き添ってくれた。
そして支払いの段階になって、貴女は財布の中身が寂しかった事に気付く。
「三千ジェイアになります」
会計で金額を告げられるも、残念ながら貴女の財布の中には、千ジェイア札が一枚しか入っていなかった。どうしようかと青ざめていると、隣からそっとセルクが二千ジェイアを足してくれる。
「ご、ごめんなさい! 必ず返すんで!」
貴女が頭を下げると、セルクはニッコリ笑って頷いてくれた。
そしてまたお姫様抱っこをされて家に帰ってくる。扉の鍵を開けると、中のソファまで貴女を運んでくれた。
「あの、ちょっとお金を取って来ま……っつ!」
無理に立とうとすると、足が痛みを訴えてくる。貴女は顔を歪めて、また椅子に座る事となってしまった。
「ああ、お金はいつでもいいよ」
「そんなわけには……」
「お金の在り処を知られるのも嫌だろうし、また今度で」
「はい、じゃあ……すみません」
貴女が謝ると、セルクは帰りかけて足を止めた。
「ああ、君の名前を聞いてなかった。俺はセルク。君は?」
「私は……」
貴女は自分の名前をセルクに告げた。アンゼルード帝国では馴染みのない貴女の名前を、 彼は復唱している。
「なんか、不思議な響きの名前だな」
「私はずっと東方の出身だから」
「そっか。でも可愛いよ。似合ってる」
貴女は自分の名前を褒められて、嬉しくて微笑みを見せた。そしてセルクがまた貴女の名前を呼び、彼も嬉しそうに笑った。その顔を見て、貴女の心臓は勝手にドキドキと打ち鳴らしている。
「また来ていいか?」
「え、あ、もちろん。お金を返さなきゃいけないし……」
「そうじゃなくて……これで終わりなのは勿体無いっていうか」
貴女はセルクの言っている意味が分からず、首を傾げた。すると彼は逡巡するも、意を決したように貴女に向き直った。
「君が気になるんだ。友達からでいいから、仲良くしたい」
「え……え!?」
貴女はとても驚いてしまった。貴女好みの顔をしたセルクが、直球を投げ込んで来たのだ。
「明日、仕事が終わった後、来てもいいか?」
貴女はなんとかコクコクと頷いた。貴女も同じ気持ちだったのだ。これで終わりなのは勿体無い。友達からでいいから仲良くしたい、と。
セルクは「ありがとう、じゃあな」と言った後、貴女の名前を口ずさむように声にして、帰って行った。
貴女の胸はまだドクドクと強く脈打っていた。
それからの貴女とセルクは、毎日のように会った。足が治れば、一緒にお出かけもした。
セルクは貴女にとって、まさに理想的な男性だった。彼といるだけで胸がいっぱいになり、幸せな気分で満たされる。
「ねぇ、セルク。来週の月光祭、一緒に見て回らない?」
「ああ、ごめん。その日は俺、仕事なんだ。オーケルフェルトの騎士は全員警備に当たることになってて」
「あ……そうなんだ……」
貴女はガックリと肩を落とす。月光祭は年に一度の大きなイベントだ。セルクと一緒なら、絶対楽しめたはずなのに。
そんな風に気落ちする貴女に、セルクは優しい目を向けてくる。
「月光祭は夜七時に終わる。八時には警備の仕事も終わるから、それから会ってもらってもいいか?」
セルクの問いに、貴女は仕方なく頷いた。一緒に月光祭を回りたいのであって、月光祭が終わった後に会ってもあまり意味は無い。それでも会わぬよりかはマシかと、貴女は承諾したのだった。
月光祭当日。
貴女は女友達と月光祭を楽しむ。特にオーケルフェルト騎士隊の隊長シェスカルと、班長リックバルドが行う模範演武は凄かった。セルクと一緒に見たかったなという思いが心に舞う。
祭が終わると貴女は家へと帰ってセルクを待った。
八時をいくらか過ぎた時、ようやくセルクが家に現れる。騎士服姿の彼はとても格好良く、何度見ても惚れてしまう。
「ごめん、遅くなった」
「ううん、大丈夫」
「行こう」
セルクはいきなり貴女の手を取り、グンッと引っ張ってくる。
「どこ行くの?」
「劇団タントール」
「タントール?」
ここランディスの街では有名なアマチュアの劇団だ。貴女も何度かその劇団に足を踏み入れた事がある。タントールの太陽組にはルティアという可愛らしい女優がいて、貴女も大好きだ。
しかし今日は祭りで一日中劇団を解放していたため、夜の講演はなかったように思った。セルクは何故、劇団タントールへと向かっているのだろうか。
劇場の中に入るも、観客席に人影はなかった。しかしセルクは気にもせずに一番前の席に貴女を座らせた。
「ちょっとだけ、待っててくれ」
それだけ言うと、セルクは何処かへと消えてしまった。暗い観客席には、貴女一人。
いきなり意味も分からずに連れて来られて、貴女の不安は増していく。
ほんの少しセルクを恨みかけた所で、舞台の幕が上がった。
そこには、リカルドという太陽組の劇団員が立っている。彼もまた、セルクと同じ騎士服を纏っていた。
「嗚呼、名も知らぬあの人の事が忘れられない。森で怪我をしていた私を手当てしてくれた、あの天使のような人。今はどこにいるのだろうか……」
そんな風に劇は始まった。何事だろうと思いながらも、貴女は舞台に釘付けになる。
リカルド扮する青年は、想い人を探す旅へと出ていた。道すがら、色んな人へと聞き込みを行っている。
「東方の顔立ちなのだ。そして清い心を持っている」
「知っているわ! この人じゃなくて?」
唐突に後ろから声がした。いつの間に後ろの席についていたのか、ルティアという女優が貴女の両肩を叩く。
「え、わ、私!?」
「嗚呼、まさしく! まさしく貴女だ!」
困惑する貴女を、ルティアは手を引っ張って舞台に上げてくる。オタオタしながら目を泳がせていると、リカルドが跪いて貴女の手を握った。
「っひゃ」
「この髪、この目、この東方の顔立ち。ようやく見つけた。どうか私の花嫁となってください」
「っふぇ? ええーー!??」
どう答えていいか分からずあたふたしていると、「ちょっと待ったー!」と舞台袖からセルクが現れた。
貴女は状況が理解できず、目を白黒させる。
「その人は、俺の想い人だ。貴殿に渡すわけにはいかない!」
「ほう、私に楯突こうというのか? 面白い。剣を抜け。ようやく見つけたこの方を、お前などに取られてなるものか」
何故かリカルドとセルクは剣を抜いた。
と言っても、どうやら刃は潰してあるようだ。模擬剣という物だろう。当たれば痛いに違いはないが。
「まぁ、貴女を奪い合って決闘が!? 危険ですわ、少し下がりましょう」
ルティアに言われ、彼女と共にまたも観客席に戻る。舞台を見ると、二人は剣を抜いたまま睨むように対峙している。
「本気で来い、セルク。彼女に良い所を見せたいんだろう?」
「……行きます、リカルド班長!」
何だ何だ、何がどうなっているんだと状況を整理する前に、セルクがリカルドへと斬り掛かる。
リカルドはそれを受け止め薙ぎ払い、セルクの繰り出す攻撃を易々と切り返している。
「どうした! お前の力はこんなものか!? 本当に私が彼女をもらってやろうか!」
「っぐ!!」
リカルドは攻撃を受けるだけでなく、セルクに太刀を浴びせに掛かる。セルクはどうにかその剣を受けるも、劣勢なのは貴女でも分かってしまう。
「セ、セルク……」
貴女の口から、思わず彼の名前が漏れた。いつの間にか握られていた拳には、汗がじっとりと滲んでいる。
「嗚呼、駄目だわ。そんな小さな声では彼には届かない。貴女は誰に勝ってもらいたいの!?」
ルティアに体を揺すられるように問われ、貴女は「セルク……」と小声で答えた。
「言葉には力が宿ります。もっと大きな声で、彼を応援してあげて!」
「セ、セルク…ッ」
「彼が負けても良いんですか!?」
ルティアの怒気の籠った声に、貴女は思わず顔を上げて叫ぶ。
「セルクッ!! 頑張って!!」
こんな声が出せるのかと思ったくらい、貴女の声は大きかった。
その言葉がセルクに伝わった瞬間、彼の表情は精悍さを増し、押されるだけだった剣を巻き返している。
「セルクーー」
もう一度彼の名前を叫んだ時、セルクはリカルドの剣を弾き飛ばし、その喉元に剣を突きつけた。
弾かれた剣は舞台上でクルクルと回り、やがてその動きは止まった。
セルクの肩はゼェゼェと大きく上下している。
「……まいった」
リカルドが手を上げながら言うと、セルクはその剣をカシャンと鞘に戻す。
彼はまだ大きく息をしながら貴女を見つめ、その名前を呼んだ。自分の名前を突如呼ばれた貴女は驚き、「はい」と背筋をシャンと伸ばす。
セルクは舞台を飛び降り、貴女の前まで歩を進めて来た。激しい剣技の後のせいか、その顔は上気している。
「俺は……」
何を言われるのかと、貴女はドキドキする。
セルクは、貴女の瞳を逃すまいと真っ直ぐに見つめ。
「俺は、君が好きだ。結婚を前提に、俺と付き合って下さい」
そう、言った。
大好きな人からの告白に、貴女の顔は一瞬で燃えるように熱くなる。
「セルク、私……」
「駄目か?」
その問いに、貴女は首を横に振った。驚いて、でも嬉しくて、顔がニヤニヤしてしまいそうになりながら。
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
ホッとしたように微笑むセルク。そして彼は貴女を優しく包んでくれた。
セルクの温かい腕の中で、ドクドクと激しく波打つ鼓動を聞いて、彼がどれだけ緊張していたのかが伝わってくる。
貴女はそんな彼を心の底から愛おしく思い、ギュッと抱き締め返した。
いつかセルクと結婚する事を、夢見ながらーー。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
いつ読んでもニヤつくわ。
物語のようなプロポーズだよねー。
ありがとうございますw
珍しく苦難無しの直球恋愛話を堪能してもらえたようで、なによりです♡
主役があなたというのが新しいですね!
短編で読みやすくておもしろいです(^O^)
表紙のイラストも素敵だと思います(*^^*)
感想ありがとうございございます! 嬉しいです!
表紙はあえてモザイクにしていますので、お好きな顔を想像していただければと思っています♪