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02.勝てばいいんでしょう?

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 キアリカが隊長になり、サイラスが結婚し、更に数ヶ月が過ぎた。
 もう結婚なんてしないと心で決めておきながら、やはりそういう話になるとピリピリしてしまう。
 いっその事、『結婚しない宣言』でもしてしまえば楽になるかもしれないが、それを言うのは憚られた。心のどこかで、出会いを拒否するような行動は駄目だと警鐘を鳴らしているのかもしれない。

 キアリカはそんな自分の胸の内を打ち消すかのように、バシンと模擬剣を振り下ろした。

「うわ、気合入ってるなー、キアリカ隊長」
「サイラスが腑抜けてるのよ、いつまでも新婚気分はやめて頂戴」
「えー、でもアイナさんってほんっと可愛くって! 昨日も僕のために美味しい料理を……」
「一試合、勝負しましょうか。サイラス」
「き、今日はやめとくよー」

 そそくさと逃げて行くサイラス。キアリカが鍛錬所内をキッと見渡すと、誰もがパッと目を背けてしまった。
 情けない事この上ない。それとも今の自分は、そんなに怖い顔をしているのだろうか。

「そんなに殺気を込めんなよ。新人騎士が怯えてるじゃねーか」

 そう言いながら顔を出したのは、元隊長であるシェスカルだ。

「殺気なんて込めてません。それよりシェスカル様、今日はどうしたんですか?」

 隊長職を退いたシェスカルを、皆は敬称を付けて呼ぶようになった。もちろんキアリカも、むず痒いがそのように呼んでいる。

「暴れたそうなお前に朗報だ。ちょっと来い」

 特に暴れたいわけではないのだが、少しむしゃくしゃしているのは確かだ。
 別室に移動すると、シェスカルが嬉しそうに白い歯を見せて笑いながら、一枚の紙をこちらに見せる。

「キアリカ。お前これに参加しろ」
「え……? 第一回アンゼルード帝国騎士隊対抗剣術大会?」
「おう。各騎士隊から一人だけこの大会に出られる。お前はこれに出て優勝しろ」
「私より、シェスカル様の方が優勝できるでしょう」
「俺はもう騎士じゃねーし。お前じゃねぇと意味ねーだろ」
「私じゃないと意味ないって……どういう事ですか?」

 シェスカルの言っている意味が分からず、素直に問う。
 優勝を目指す意味は分かっている。各隊から選抜された者の剣術大会など、この国の縮図と同じだ。
 貴族は大なり小なり騎士隊を保有している。権力と財力を持つ貴族は、強い騎士を有しているという事だ。上位に食い込んでくるに違いない。しかし逆に言えば、二年前に騎士隊長としての功績を買われて貴族となったばかりの駆け出しディノークスでも、この大会に優勝する事でその存在を誇示し認めさせる事が出来る。
 確かに優勝しなければいけない事項ではあるが、それがキアリカである必要はないはずだ。こういう大会ならずば抜けた体力の持ち主であるサイラスか、知略を巡らせ眈々と勝ち進むであろうリカルドの方が相性が良いように思う。
 シェスカルの意図読めなかったキアリカは、小首を傾げた。

「分かんねーか? お前が女だからだ。男を蹴散らして来いよ。ディノークス騎士隊の隊長はお前だと、煩い貴族を黙らせるいい機会じゃねーか」

 イシシと歯を見せて笑うシェスカルを見て、キアリカもクスリと口の端を上げる。
『女だから』『女のくせに』そんな風に言う奴らを、完膚なきまでに打ちのめす。想像するだけでとても楽しそうだ。

「分かりました。私が出ます」
「おう、絶対負けんなよ」

 キアリカは強く首肯すると、すぐに鍛錬所に戻った。
 それから全員を相手に片っ端から打ちのめして行ったのは、言うまでもない。


 キアリカは気合の入ったまま、剣術大会の日を迎えた。キアリカは主人であるシェスカルと共に、帝都へと向かう。ランディスの街からは馬車で一時間程の道程だ。
 アンゼルード帝国には貴族の数と同じだけ騎士隊があるので、とんでもない人数になっているだろうと思いきや、参加者は五十名もいなかった。参加者の殆どは高位貴族の所持する騎士隊で、他の隊はこぞって不参加という事だ。出る杭は打たれるという諺もあるし、下位貴族は参加に積極的ではないのだろう。
 だがシェスカルの思惑は違う。ここで優勝する事で、一目置かれる事になると分かっているのだ。だからこそ、中途半端な結果では終わらせられない。狙うは優勝のみである。

「キアリカ、トーナメント表が貼り出された。見に行くぞ」

 シェスカルに連れられて見に行くと、右端の方にキアリカの名前があった。数えてみると、五回勝ち抜けば優勝だ。
 ちらりとシェスカルを見ると、彼は一瞬だけ険しい顔をしていた。

「戻るぞ」

 トーナメントを確認すると、すぐに用意された控え室に戻る。誰もいない部屋に入って、ようやくシェスカルが口を開いた。

「まあ、三回戦くらいまではお前なら余裕だろ。大した名前はなかった。四回戦目も、誰が勝ち上がってくるか分かんねーけど、勝てなくはない相手ばっかだ。自信持っていけ、お前ならやれる」
「はいっ」
「問題は……五回戦だな」

 シェスカルは大きく息を吐く。
 あのトーナメント表には明らかにおかしな点があった。一人だけ、依怙贔屓とも言える超シード権を獲得していたのだ。五回戦目は絶対にその男と当たるようになっているのである。
 そのシード権を持った男の名前を、キアリカも聞いた事があった。

「エルドレッド……もしかして、帝都騎士団のエルドレッドですか?」
「ああそうだ。くそ、騎士団が参戦するなんて話は聞いてねぇっつの!」

 シェスカルが悔しそうに机を打つ。
 帝都騎士団は精鋭中の精鋭揃いだ。かつての恋人、リックバルドも帝都騎士団に引き抜きの話があったと聞いた事がある。つまりはリックバルドクラスの剣の使い手が、帝都騎士団にはごろごろ居るという事だ。

「帝都騎士団の団長は七十を過ぎたジジイだ。今も活躍しているが、実質的な団長はもうエルドレッドと言っても過言じゃねーだろ。まさかあいつが出て来るとはな……」
「強いんですか、その人」
「今俺がやっても苦戦するだろうな……俺と互角か、それ以上の実力だ」

 シェスカルは悔しそうに顔を歪めている。彼は、キアリカが思っている以上にこの大会に掛けているのだろう。そんなシェスカルの姿を見て、キアリカはきつく拳を握った。

「勝てばいいんでしょう?」
「……キアリカ?」
「大丈夫です。私は今、負ける気がしませんから」

 キアリカの闘志に、火がついた。
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