強勇の美麗姫は幸せになれるのか

長岡更紗

文字の大きさ
8 / 12

08.きっと喜ぶわよ

しおりを挟む
「昨日の魚はどうだった?」
「ええ、とても美味しかったわよ」

 朝、いつものように出会うとそんな会話を交わした。
 いきなり『どういう事!?』と詰め寄る程、子供ではないのだ。とりあえずは通常運転を心掛けるに越した事はない。手を出されないように気を付けてはおくべきだが。

「エルドさんもあのお魚を食べたの?」
「ああ、皆で食べた。子供らもがっついてたぞ」
「……そう。良かったわね」
「また今度釣りに行くか?」
「行かないわよ。手が臭くなるもの」

 つっけんどんにそう言うと、エルドレッドは「そうか」と少し寂しげに笑っている。
 本当の事を言うと、また一緒に釣りに行きたかったが……素直に行きたいと言ったところで、残り四日でさよならなのだ。行ける機会などないではないか。

「じゃあ、今日はちょっと俺の買い物に付き合ってくれるか?」
「良いわよ。いつも私に付き合わせてばかりだったものね」

 思えばエルドレッドもこんなに長い休暇は今後無いというのに、ずっと付き合わせてしまっていた。『詫び』は十分にして貰ったし、そろそろ負担を強いるのは遠慮した方が良いかもしれない。
 そう思いながら、二人は以前来た通りを歩いて行く。

「どこに行くの?」
「そっちの店なんだが……すまんが、ちょっとここで待っててくれないか?」
「え? 構わないけど」
「すぐ戻る」

 そう言ってエルドレッドはそそくさと路地に入って行ってしまった。一人で買いに行くなら、一緒に来る必要は無かったのではないだろうか。
 そう思ったが、文句は言わずに待つ事にした。
 そして待つ事数分。見るからにガラの悪い奴らがキアリカを見つけてこちらにやって来る。

「おやおや、こいつぁ『強勇の美麗姫』さんじゃあないですか?」
「その怪我は団長補佐にコテンパンにやられた傷でしたっけねぇっ」

 ギャハハハ、と唾が飛びそうな勢いで笑っている。キアリカが顔を顰めると、男達は更に楽しそうに笑い叫んだ。
 こういう手合いは無視するに限る。けれど鬱陶しくて早く消えて欲しいので、キアリカはドンッという音が聞こえそうな程の怒気を発しながら睨んだ。
 直後、男らはビクッと体を震わせ、「良い気になってんじゃねーぞ」とかなんとかくだらない捨て台詞を吐きながら去って行った。馬鹿な連中はどこにでもいるものである。
 そうしているとようやくエルドレッドが戻って来た。怒気の余韻でも残っていたのか、エルドレッドは奇妙に顔を歪ませながら近づいて来る。

「おい、今何かあったか?」
「別に何も無いわ。それより何を買って来たの?」
「ああ、これを買って来た」

 そう言ってエルドレッドに紙袋を手渡された。中を覗いてみると、どうやらアクセサリーのようだ。髪飾りとネックレス、それにイヤリングの三点セットである。妻への贈り物だろうか。

「へえ、センス良いじゃない。きっと喜ぶわよ」
「え?」

 そう言って紙袋を押し返した瞬間、何処からか女の悲鳴が響いた。直後、キアリカとエルドレッドは放たれた矢のように走り出す。悲鳴が聞こえると駆け出してしまうのは、騎士のさがであると言えよう。
 駆け出して数分も経たぬ間に、その現場は見つかった。
 ガラの悪い男二人と、その男に手を掴まれている女性、それに男の子。その四人が何やら揉めている。

「そっちからぶつかって来たんだろーっお母さんを離せーっ」
「ああ? 子供の躾がなってないんじゃねーのか? こいつも連れてくかぁ?」
「すみません、謝りますっ! 謝りますから、子供に手は出さないで……っ」

 先程キアリカ相手に因縁を付けてきた連中が、今度は腹いせに別の親子をターゲットにしているようだった。キアリカは迷わず声を上げる。

「やめなさいっ!! その女性を離すのよっ!」
「ああ? 何だってぇ? 聞こえねぇな!」

 またも下品に笑う男の顔を、キアリカは一瞬でも見たくは無かった。

「離さないと、酷いわよ?」
「ああ? やんのかコラ、その怪我でよ」

 男の一人が拳を胸に構えた。キアリカはフンと鼻で息を吹き出す。

「おい、キア。俺がやる」
「大丈夫です」

 言うなりキアリカは男の一人へと突っ込んだ。
 繰り出された相手の拳を避けると同時に、その腕を右手だけで掴んで背負い投げる。
 ドタンと音を立てて倒すと、すぐさまもう一人の男に後ろ回し蹴りを決めた。
 男の後頭部に、キアリカの長い足が綺麗に決まって飛ぶように地にのめり込む。男はピクリとも動かず、気を失っていた。
 キアリカはペタンと座り込んでいる女性に手を差し伸べる。

「大丈夫ですか? 怪我は?」
「だ、大丈夫ですっ。ありがとうございます! 『強勇の美麗姫』様!」
「うわー、おねえちゃん、かっくいー!! お母さんを助けてくれて、ありがとう!!」
「ふふ。どう致しまして」

 彼女を起こしていると、後ろからエルドレッドやがやって来る。

「ハハハハッ! 流石だな! 怪我してんのに、大したもんだ」
「当然よ。こんな奴らにやられるような鍛え方はしてないわ」
「まぁでも、次は俺に任せといてくれ。せめて左腕が治るまでは、大人しくして欲しい」
「平気よ、この程度」
「そう言うな。もしもキアに何かあったら、俺は悔いるからな」

 そう言ってエルドレッドはキアリカの頭をグリグリと撫でて来た。
 そんな心配は不必要だというのに、エルドレッドは心配性なのだろうか……と、そう思った瞬間に気付く。

 ああ……私の怪我はエルドさんが原因だから、その状態で更に怪我されると困るって訳ね。
 新しい怪我の原因まで自分の所為にされちゃ、かなわないって事か。

 それが理解できたキアリカは、素直に頷いた。

「分かったわ。エルドさんがいる時はエルドさんに任せるから安心して」
「ああ、助かる」

 しかし、この状態で満足に戦えないのは確かだが、怪我を負った時にエルドレッドの所為にすると思われているのがショックだった。キアリカはこの怪我の事でエルドレッドを責めた覚えは無かったのだが。
 もしかするとずっと『詫び』をしていて、いい加減うんざりしていたのかもしれない。
 お互いに楽しめていると思っていたのは自分だけで、エルドレッドは義務感だけだったのか。キアリカは自嘲気味に薄く笑った。

 そうよね……愛する家族が居るっていうのに、休暇を丸々私への贖罪に使っていたんだから。
 きっと楽しくも何とも無かったわよね。
 彼の家族にも申し訳ないわ。
 私がずっと、エルドさんを独占しちゃってて……

 キアリカの心にだんだんと罪悪感が芽生えてくる。
 己が暇だったからと、彼に『詫び』などさせるのでは無かった。付き合わされた方は、どれだけ苦痛だったか。それを考えると、胸が痛い。

「悪い、キア。休暇中だが、こいつらの処理だけしてくる」
「ええ、分かってるわ。じゃあ、今日はこれから互いに自由に行動しましょう」
「そうだな……じゃあ、また明日な。キア」

 エルドレッドに『キア』と呼ばれるのは心地良かった。
 恐らく、これが最後となるだろう。

「じゃあね、エルドさん」

 別れの挨拶を、キアリカは笑顔でしてみせた。
 しかし彼に背を向けた直後、顔は悲しく歪んでいた。
 キアリカはエルドレッドと別れた後、すぐに宿に戻り荷物をまとめると……宿の主人に、明日来るであろうエルドレッドに手紙を言付けて、帝都を出たのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...