たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

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第8話 これが月見草……

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 サイラスが味方になってから幾日かが過ぎた。
 リックバルドの話によると、キアリカの意思も確認出来、彼女もまた反対派だったという事だ。
 そしてデニスは賛成派である事が確定したが、おバカなのでどうにかして丸め込むつもりらしい。
 隊長であるシェスカルと残りの班長リカルドは、中々核心に触れられず、今も探り合いが続いている状態だとの事だった。

 サビーナの方はと言うと、相変わらずさっぱり進展がないままだ。
 しびれを切らしたリックバルドが「仕方ない、協力してやる」と呟いたのが気にかかる。一体あの兄は、何をしでかしてくれるつもりなのだろうか。

 その日、サビーナが来客対応を終えて一息ついていると、セヴェリが姿を現した。彼はいつもの微笑みでサビーナを見つめている。

「あの、セヴェリ様? お茶……ですか?」
「いいえ、散歩に出ようと思いまして」
「そうですか、気を付けて行ってらっしゃいませ」
「少し付き合って頂けませんか?」

 そう言われて、サビーナはキョロキョロと周りを見回す。辺りに人は、自分しかいない。

「え? 私、ですか?」
「ええ、勿論」
「そ、そんな、私なんかと、めっそうもない!」
「隣が私では、不服だと?」

 セヴェリは意地悪に目を細めて、にっこりと笑う。サビーナは焦って首を左右に振った。

「いえ、とんでもない! 光栄の至りです!」
「では、行きましょう」

 スッと歩き出したセヴェリに、数歩離れて着いて行く。玄関を出ると門扉には向かわず、庭に向かっていた。

「庭内でも構いませんか? 外に出るとなると、護衛の騎士をつけなければならないので」
「はい、私はどこでも構いません」

 そう言うと、セヴェリはまた微笑んで歩き始めた。
 オーケルフェルト邸の庭は広い。ちょっと見て回るだけでも三十分は掛かる庭である。
 他のメイドたちは季節ごとに庭を見て回ったりしているようだが、サビーナはあまり木にも花にも興味がないので、庭内を散策したことはなかった。

「庭師のユーゴは実をつけるものも多く植えていますから、何か欲しい物があれば遠慮なく言ってください」
「はい! ……あ、いえ、大丈夫です」

 木には興味はないが、果実を食べる事には興味のあるサビーナは思わずそう答えてしまい、カァッと赤面する。
 その様子を見たセヴェリはクスクス笑いながら、「女性は素直な方が可愛いですよ」と助言してくれた。
 そしてセヴェリは黄色い実のなっている木の前に行くと、ひとつもぎ取っている。

「どうぞ、サビーナ」
「あ、ありがとうございます。これは……?」
「アデラオレンジという種類です。ユーゴが品種改良して作った物ですから、美味しいですよ」
「アデラ、オレンジ……」

 普通のオレンジと違い、薄い黄色の皮だ。あの肖像画のアデラと同じ髪の色……つまり、セヴェリと同じ髪の色だった。

「ありがとうございます。後でゆっくり頂きます」

 サビーナが頭を下げると、セヴェリは嬉しそうに笑っている。そして彼は、目につく花や植物の名前を、次々に教えてくれた。
 あれはジューンベリー、これはコニファー・エメラルド、こっちはイチジク、桃の木、それはソヨゴ……そんな風に説明してくれている姿は、少年のように目をキラキラとさせている。
 彼は木の名前だけなく、花の名前も細かに教えてくれた。しかしこの花は庭師のユーゴが植えているのではないらしい。花が趣味の使用人たちが、家から株分けした花を持ってきたり、家では植えたくても植える場所のない花を、買ってきては植えているとの事だった。『趣味でオーケルフェルトに貢献』というやつである。

「花は皆が色々植えているので、統一性に乏しいのですが……でも、美しいでしょう?」
「はい、なんか見た事もない花がいっぱい……これは?」

 ふと目に止まった咲きかけの花を指差すと、セヴェリが隣から覗き込んで答えてくれた。

「ああ、これは月見草ですね。今が丁度季節ですから、誰かが植えてくれたのでしょう」
「これが月見草……」
「知ってるんですか?」
「この間読んだ小説に出ていたんです。見るのは初めてで……夜に咲くんですよね?」
「ええ、夕方から明け方に咲きます。折角植えてくれていますが、この花が咲いているのを見る人は、この屋敷にはあまりいないでしょうね」

 殆どの使用人は夜には家に帰っているし、わざわざ夜に花を見に来る者はいないだろう。一生懸命咲いても誰にも見られないとは、少し可哀想な花である。
 そんな風に花に同情していると、セヴェリに「見たいですか?」と問いかけられた。サビーナは視線を花からセヴェリへと移す。

「そうですね……でも夜にここまで来るのはちょっと怖いですし、真っ暗だと何も見えないと思います。残念ですが、咲いているところは図鑑か何かで確認してみますね」

 そう言って一通り花を愛でると、また歩きはじめた。本当に広い庭だ。説明を受けながらゆっくりと歩いているので、余計に時間が掛かる。
 オーケルフェルト家の庭は多種多様な植物が植えられているが、雑然とした感じは受けなかった。サビーナに庭の良し悪しなどは分からないが、美しく剪定された木々が遠近に配置されていて、上手く空間を利用出来ているように思う。
 そこかしこに勝手に植えられている花も、枯れた花はすぐに摘み取られているようだ。生き生きと花が咲いていて、とても綺麗だった。この屋敷にはどれだけの花好きがいるのだろうか。みんな暇を見つけては植えに来たり、手入れに来ているのだろうなと思うと、少し笑えた。

 セヴェリがそんなサビーナを見て、嬉しそうに目を細めている。しかしサビーナは植物に目を向けていたため、気付く事はなかった。
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