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第30話 私に奥さんを重ねるのはやめてください
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食事が終わると、シェスカルはサビーナをオーケルフェルトの屋敷まで送ると言って歩き始めた。
屋敷からは遠く離れた店だったので、帰るまでも少し時間がかかる。なのにシェスカルは、少し回り道をしているようだった。
不思議には思ったが、こちらの方が大通りのため店の明かりで道は明るい。馬車が通る道なので、シェスカルは当然の様に車道側を歩いてくれている。
そんな彼に着いて行くと、シェスカルはその大通りから見える、遠くの家を指差して言った。
「あれ、俺ん家」
「え? ええっ!? あれ、隊長のお家だったんですか!?」
そこには一戸建ての大きな煉瓦造りの家があるのだが、目にした事はあってもそこがシェスカルの家だとは知らなかった。立派な家だったので、貴族が住んでいると思い込んでいたのである。
「まぁ元嫁が出て行ってからは、ディノークス商会の支部を兼ねてんだけどな」
「ディノークス商会……うそぉ……」
サビーナは眩暈を覚えた。ディノークス商会とは、このアンゼルード帝国全土に支店がある大きな会社組織だ。本部はこのランディスではないが、ここでも飲食店やホテル経営、時計から薬剤の販売まで幅広く手掛けている。かくいうサビーナの父親も、ディノークス商会の系列である馬のレンタル店で働いているのだ。
セヴェリがシェスカルの事を豪商の息子と言っていたが、まさかそんなに有名な商人だとは考えもしていなかった。
「嘘じゃねーって。俺はディノークス商会の本部がある、センザム出身でな。そこで親の金を使って散々遊びまわってたら、出て行けって親父に街を追い出された」
「追い出され……そんなに遊びが酷かったんですか……」
サビーナは半眼でシェスカルを見上げた。
昔はどんな女の子でも良いと思っていたシェスカルだ。何をしていたのかは容易に想像がつく。
「おいおい、そんな目で見るなよ。俺はこれでも可哀想なお子様だったんだぜ?」
「どこがですか。豪商の息子として生を受けて、何不自由無い生活を送っていたんですよね」
「まぁ確かに金に関しては困ってなかったけどよ。物心つかねぇうちから商法やら政治やら剣術やら軍術やら、その他色々学ばされてみ? 思春期にグレちまっても、仕方ないと思わねぇか?」
「グレたんですか……」
「まぁなぁ。今なら親父らの気持ちも分からねぇでもないけどな。でもみんなが遊んでる中、俺だけ毎日習い事ばっかってのはマジでキツかった」
どうやらシェスカルは、相当の英才教育を施されてきたようである。
彼は珍しく笑顔を見せずに遠くを見ていた。それだけ幼少期の記憶が壮絶だったのだろう。
家はそれほど裕福ではなかったが、自由に暮らしてきたサビーナとは対照的である。
「隊長は……センザムを追い出されて、どうして騎士に?」
「商人になんかなってやるもんかって気持ちがデカかったからだな。小せぇ頃から剣は習ってたし、身を立てるにはこれしかないと思った。まぁ結局ここへの移動費用もここで暮らす費用も、全部親が出してくれてたんだけどな」
追い出しておいてお金を援助するとは、かなり甘い親のようだ。確かに無一文で放り出されては、生きていける気はしないが。
「どうせ身を立てるならデカイ騎士隊が良いと思ってランディスに来たんだ。元嫁は当時オーケルフェルトのメイドでさ。出会った時は、ちょうどサビーナくらいの年だったな」
シェスカルは懐かしそうに目を細め、こちらを見ては頭をポンポンと撫でるように叩いている。
当時の事でも思い出しているのだろうか。まるで生まれたばかりの子猫を愛でるような、とてつもなく優しい瞳だ。
「元気にしてっかなぁ。あいつ」
「会われてないんですか?」
「ああ、離婚すると同時にこの街を出て行ってな。ちょっと抜けてるとこがあるから心配だったんだが……今頃どこにいるんだろうな」
ふっと吐き出す息と共に遠くを見るシェスカル。そんなに大切に思っていたのだろうか。哀愁漂うその姿を見ると、可哀想に思えてしまう。
少しの憐情を示すと、シェスカルは今までの態度を一転、ニカッと嬉しそうに笑った。
「寄ってくか、俺ん家」
「遠慮しておきます」
「っくー、やべーな。それ眼鏡掛けて言ってくんねーか?」
「……私に奥さんを重ねるのはやめてください……」
「悪ぃ悪ぃ」
シェスカルはやはりサビーナの頭を撫でくりながら、苦笑いしていた。
そうしてシェスカルと大通りを歩いていると、左前方の路地向こうから一人の男の子が現れた。顔だけ見ると女の子のような、可愛らしい男の子だ。その子を見て、シェスカルは目を広げている。
「あいつは……」
「あ! たいちょだ!!」
少年はシェスカルを見つけて、嬉しそうな声を上げた。そしてそのままこちらを目指して駆け始める。
「おい!! 戻れ!!」
その言葉と同時にシェスカルは走り始めた。
見ると、車道に飛び出した男の子の向こう側から、スピードを上げた馬車が走って来る。
ガラガラと音を立てて迫ってくるというのに、男の子は足を止める様子がない。
サビーナはそこから一歩も動けずに固まるしかなかった。
その間もシェスカルは狙った獲物を逃さぬ肉食獣の如く、その子に突進して行く。
「た、隊長ーーっ!!」
迫り来る馬車が、男の子を轢く直前。
シェスカルが一歩早く、その子を体当たりするかのように抱き締めて歩道へと転がり込む。
二、三回転してシェスカルの動きが止まった。
ガラガラガラと馬車が目の前を通り過ぎ行く。その向こう側の路地にシェスカルが転がったままだったが、サビーナはオロオロとしてしまって状況に対応出来ない。
どうすべきかと見ていると、シェスカルがゆっくりと頭を上げているのが分かった。怪我はしなかっただろうか。
とにかく急いであちらに行かなければ。
そう思ったサビーナは、左右の確認もせず、車道へと飛び出してしまった。
屋敷からは遠く離れた店だったので、帰るまでも少し時間がかかる。なのにシェスカルは、少し回り道をしているようだった。
不思議には思ったが、こちらの方が大通りのため店の明かりで道は明るい。馬車が通る道なので、シェスカルは当然の様に車道側を歩いてくれている。
そんな彼に着いて行くと、シェスカルはその大通りから見える、遠くの家を指差して言った。
「あれ、俺ん家」
「え? ええっ!? あれ、隊長のお家だったんですか!?」
そこには一戸建ての大きな煉瓦造りの家があるのだが、目にした事はあってもそこがシェスカルの家だとは知らなかった。立派な家だったので、貴族が住んでいると思い込んでいたのである。
「まぁ元嫁が出て行ってからは、ディノークス商会の支部を兼ねてんだけどな」
「ディノークス商会……うそぉ……」
サビーナは眩暈を覚えた。ディノークス商会とは、このアンゼルード帝国全土に支店がある大きな会社組織だ。本部はこのランディスではないが、ここでも飲食店やホテル経営、時計から薬剤の販売まで幅広く手掛けている。かくいうサビーナの父親も、ディノークス商会の系列である馬のレンタル店で働いているのだ。
セヴェリがシェスカルの事を豪商の息子と言っていたが、まさかそんなに有名な商人だとは考えもしていなかった。
「嘘じゃねーって。俺はディノークス商会の本部がある、センザム出身でな。そこで親の金を使って散々遊びまわってたら、出て行けって親父に街を追い出された」
「追い出され……そんなに遊びが酷かったんですか……」
サビーナは半眼でシェスカルを見上げた。
昔はどんな女の子でも良いと思っていたシェスカルだ。何をしていたのかは容易に想像がつく。
「おいおい、そんな目で見るなよ。俺はこれでも可哀想なお子様だったんだぜ?」
「どこがですか。豪商の息子として生を受けて、何不自由無い生活を送っていたんですよね」
「まぁ確かに金に関しては困ってなかったけどよ。物心つかねぇうちから商法やら政治やら剣術やら軍術やら、その他色々学ばされてみ? 思春期にグレちまっても、仕方ないと思わねぇか?」
「グレたんですか……」
「まぁなぁ。今なら親父らの気持ちも分からねぇでもないけどな。でもみんなが遊んでる中、俺だけ毎日習い事ばっかってのはマジでキツかった」
どうやらシェスカルは、相当の英才教育を施されてきたようである。
彼は珍しく笑顔を見せずに遠くを見ていた。それだけ幼少期の記憶が壮絶だったのだろう。
家はそれほど裕福ではなかったが、自由に暮らしてきたサビーナとは対照的である。
「隊長は……センザムを追い出されて、どうして騎士に?」
「商人になんかなってやるもんかって気持ちがデカかったからだな。小せぇ頃から剣は習ってたし、身を立てるにはこれしかないと思った。まぁ結局ここへの移動費用もここで暮らす費用も、全部親が出してくれてたんだけどな」
追い出しておいてお金を援助するとは、かなり甘い親のようだ。確かに無一文で放り出されては、生きていける気はしないが。
「どうせ身を立てるならデカイ騎士隊が良いと思ってランディスに来たんだ。元嫁は当時オーケルフェルトのメイドでさ。出会った時は、ちょうどサビーナくらいの年だったな」
シェスカルは懐かしそうに目を細め、こちらを見ては頭をポンポンと撫でるように叩いている。
当時の事でも思い出しているのだろうか。まるで生まれたばかりの子猫を愛でるような、とてつもなく優しい瞳だ。
「元気にしてっかなぁ。あいつ」
「会われてないんですか?」
「ああ、離婚すると同時にこの街を出て行ってな。ちょっと抜けてるとこがあるから心配だったんだが……今頃どこにいるんだろうな」
ふっと吐き出す息と共に遠くを見るシェスカル。そんなに大切に思っていたのだろうか。哀愁漂うその姿を見ると、可哀想に思えてしまう。
少しの憐情を示すと、シェスカルは今までの態度を一転、ニカッと嬉しそうに笑った。
「寄ってくか、俺ん家」
「遠慮しておきます」
「っくー、やべーな。それ眼鏡掛けて言ってくんねーか?」
「……私に奥さんを重ねるのはやめてください……」
「悪ぃ悪ぃ」
シェスカルはやはりサビーナの頭を撫でくりながら、苦笑いしていた。
そうしてシェスカルと大通りを歩いていると、左前方の路地向こうから一人の男の子が現れた。顔だけ見ると女の子のような、可愛らしい男の子だ。その子を見て、シェスカルは目を広げている。
「あいつは……」
「あ! たいちょだ!!」
少年はシェスカルを見つけて、嬉しそうな声を上げた。そしてそのままこちらを目指して駆け始める。
「おい!! 戻れ!!」
その言葉と同時にシェスカルは走り始めた。
見ると、車道に飛び出した男の子の向こう側から、スピードを上げた馬車が走って来る。
ガラガラと音を立てて迫ってくるというのに、男の子は足を止める様子がない。
サビーナはそこから一歩も動けずに固まるしかなかった。
その間もシェスカルは狙った獲物を逃さぬ肉食獣の如く、その子に突進して行く。
「た、隊長ーーっ!!」
迫り来る馬車が、男の子を轢く直前。
シェスカルが一歩早く、その子を体当たりするかのように抱き締めて歩道へと転がり込む。
二、三回転してシェスカルの動きが止まった。
ガラガラガラと馬車が目の前を通り過ぎ行く。その向こう側の路地にシェスカルが転がったままだったが、サビーナはオロオロとしてしまって状況に対応出来ない。
どうすべきかと見ていると、シェスカルがゆっくりと頭を上げているのが分かった。怪我はしなかっただろうか。
とにかく急いであちらに行かなければ。
そう思ったサビーナは、左右の確認もせず、車道へと飛び出してしまった。
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