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第73話 出来れば、どうか……
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夜の風は冷たかった。
コートも何も羽織らずに出て来てしまったので、凍えてしまいそうだ。
家の前でセヴェリの許可が出るまで待っていようかと思ったが、プリシラに止められてしまった。彼女の強い勧めで二人の家にお邪魔する事になり、サビーナは寒さを凌ぐ事となる。
しかしプリシラの家に入っても、体の震えは中々治りそうにはなかった。
「大丈夫? サビーナさん」
そう言いながら紅茶を差し出され、己の手を温めるようにカップを持つ。
紅茶の表面が、不安で波打っていた。情けない事に、まだ手が震えているのだ。
セヴェリは一体、どんな結論を出すのだろうか。サビーナを許してくれる可能性はあるのだろうか。
新しい年を迎えたあの日、セヴェリはサビーナに『出て行くことを考えなさい』と言った。でもそれは、彼の本心ではなかった。しかし今度は本当に、偽りのない言葉でそう言われてしまうかもしれない。
今度出て行けと言われたら、どうすれば良いと言うのだろうか。
「私……出頭すべきでしょうか……」
答えを模索するようにサビーナは呟いた。自分では出せない答えを、誰かに出してもらいたくて。
「私には分からない。罪は償うべきだとは思うけれど、自首してあなたを待ち受けるものは……死だもの。出頭しろだなんて、私には言えないわ……」
プリシラの辛そうな顔の横で、シェルトが難しい顔をしている。サビーナはそんな彼に縋るように視線を送った。するとシェルトは迷惑そうな苦り切った顔で、サビーナと視線が合うと大きく息を吐き出している。
「はぁ。あのな、自首はすべきじゃないだろ」
「……しなくて、いいの……?」
「したいなら勝手にすればいいよ。けど多分、死ぬより辛い目に遭わされるぜ」
「どういう事?」
サビーナが問う前に、プリシラが不思議そうに首を傾げている。
「お前、出頭してすぐに死ねると思ったら大間違いだからな。帝国側は絶対にセヴェリの居所を吐かせようとするだろうし、お前は絶対に喋ったりしないだろ? つまりは拷問が一生続くって事だ。それでも良いってんなら、別に止めたりしねぇけど」
シェルトは我関せずな態度を取りながらも、サビーナを迂遠に止めてくれた。
死ぬのは嫌だが、拷問はもっと嫌だ。なにより、拷問に耐え切れずにセヴェリを売ってしまう可能性がある事を、サビーナは恐れた。
出頭するのは無しだ。罪を償わずに生きていく事に罪悪感はあるが、セヴェリ優先で物を考える事を止めてはならない。
「私……どうしたら……」
「好きにすれば?」
突き放すような言い方をされても、怒りより先に消沈してしまう。食って掛かる元気が全くなかった。そんなサビーナを見て、シェルトはまたも大きな息を吐き出している。
「ウジウジしてても仕方ないだろ。セヴェリの出方次第なのもあるし、普通にしてろよ、普通に」
「……うん」
それでもウジウジしているサビーナに見切りをつけたのか、シェルトは「もう寝る」と言って去ってしまう。それを見送ると、今度はプリシラが息を吐き出した。
「もう、あの子は……サビーナさん、あなたも今日は休んで。診療用のベッドが空いているから」
プリシラの言葉に、サビーナは首を横に振る。ずっと蹲(うずくま)っていたい。膝を抱えていたい。そんな気分だ。
「あのね……あなたはシェスカルの名前なんて、聞きたくもないかもしれないけど……」
そう前置きをしてプリシラはサビーナを覗き込み、どこか憐れむような視線のまま語りかけてくる。
「シェスカルは、国も人も、とても大切に思っている人よ。今回の事、とても驚いたけど……シェスカルは死者を出さないように作戦を立てていたと思うの。マウリッツ様とセヴェリ様が捕まっても、処刑をされない算段を取っていたはず……実際、マウリッツ様は処刑にはならなかったでしょう?」
確かにそう言われると、思い当たる節がある。
あの日レイスリーフェに、分かり辛い家へと遣いに出されたのは、シェスカルがいつの間にかレイスリーフェと結託していたと考えるのが自然だろう。
サビーナが居る前でセヴェリを連行するのは危険と判断したからに違いない。もしくはサビーナにまで罪を犯して欲しくなかったからなのか。
どちらにしても、セヴェリが連行された後に諦めずに追うという事までは想定していなかったようだ。シェスカルにしてみれば大誤算だったのだろう。ただのメイドがクラメルの騎士とレイスリーフェを殺して追い付き、セヴェリを連れて逃亡。その所為でデニスもシェスカルに刃を向ける事になり、彼も反逆者となったと考えているに違いない。
もしサビーナが何もしなかったなら。
レイスリーフェもクラメルの騎士も誰も死なず、デニスも捕まる事はなかった……かもしれない。
セヴェリだってシェスカルの思惑通りに生かされていたはずだ。今のような、捕まれば処刑されるような立場に追いやられる事もなかった。
……けれど。
私は『生かす役』。
セヴェリ様がセヴェリ様らしく生きられるように。
死んだようには生かさないように。
それがデニスさんとの約束だった。
セヴェリ様の残りの人生を、牢獄なんかで過ごさせるわけにはいかない。
だから……私のやった事は、間違ってないはず。
そう思いつつ、殺人を犯した罪を無理矢理正当化しようとする自分に怖気が立つ。
過ぎてしまった事をあれこれ考えてもどうしようもない事は分かってはいる。しかし人を殺してしまったという事実が、己の死を目前にする事で、罪悪感を増幅させていくのだ。
「サビーナさん、今日は寝た方がいいわ。私、傍に居てあげるから……」
プリシラの厚意にサビーナは首を振る。アンゼルードに降り積もる雪よりも白い顔を、サビーナは凍りつかせたまま玄関へと戻った。
「サビーナさん?」
「私……街へ行きます。仕事……休んだままだし……」
「今から? 夜中になるわよ。明日にしたら?」
「大丈夫、です……」
サビーナはプリシラの家を出て、蹌踉としながらも一度セヴェリの居る家に戻った。と言っても中に入る事はせず裏に回り、ルッツリオンの縄を解く。
「ルッツ、こんな時間にごめん……今からお願いね」
ヒヒンとルッツリオンが小さく嘶(いなな)くと、裏の戸がキイっと錆びれた音を立てて開いた。そこには顔色の悪いセヴェリが立っている。
「あ……申し訳ありません。すぐに消えますので……」
「どこへ?」
「街へ、行ってきます……その、働きに」
「そうですか」
そう言うと、セヴェリはサビーナの言葉を待たずに扉を閉めた。無機質な音がサビーナを拒絶し、彼の姿が見えなくなる。
「……セヴェリ様……」
不意に涙が溢れそうになった。期待などしてはいけないと分かっていても、それでも。
おかえりと、家の中に入りなさいと、言って欲しかった。
「……行こう、ルッツ」
心に積もった雪を振り払うようにルッツリオンに飛び乗ったその時。何故か再び扉が開くのが目の端に入る。
驚いて見ると、セヴェリが眉間に皺を寄せたまま、こちらを見ていた。
「セヴェリ様……?!」
声を上げたサビーナに、セヴェリはコートを投げてくれた。それはサビーナのコートだ。馬上でそれを受け取ると、見開いたままの目を彼に向ける。するとセヴェリは、サビーナの視線から逃げるように横を向いてしまった。
「すみません……まだしばらくは一人で考えたいんです」
「……はい」
「気をつけて」
最後の言葉と同時に扉が閉められ、また静寂が訪れる。
サビーナは冷たい風を背に受けながら、渡されたコートをギュッと握り締めた。
まだ、望みはあるかもしれない。
セヴェリの優しさが、まだこの手の中にある。
期待してしまっては後が辛いだけかもしれないのに、そう考えずにはいられなかった。
セヴェリ様のお考えに従おう……
出て行けと言われたら出て行って、出頭しろと言われたらそうしよう。
でも、出来れば、どうか……
どうか、傍に居て欲しいと言ってくれる事を祈りながら。
暗い森の中を、劈(つんざ)くような風にさらされながら馬を走らせた。
コートも何も羽織らずに出て来てしまったので、凍えてしまいそうだ。
家の前でセヴェリの許可が出るまで待っていようかと思ったが、プリシラに止められてしまった。彼女の強い勧めで二人の家にお邪魔する事になり、サビーナは寒さを凌ぐ事となる。
しかしプリシラの家に入っても、体の震えは中々治りそうにはなかった。
「大丈夫? サビーナさん」
そう言いながら紅茶を差し出され、己の手を温めるようにカップを持つ。
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セヴェリは一体、どんな結論を出すのだろうか。サビーナを許してくれる可能性はあるのだろうか。
新しい年を迎えたあの日、セヴェリはサビーナに『出て行くことを考えなさい』と言った。でもそれは、彼の本心ではなかった。しかし今度は本当に、偽りのない言葉でそう言われてしまうかもしれない。
今度出て行けと言われたら、どうすれば良いと言うのだろうか。
「私……出頭すべきでしょうか……」
答えを模索するようにサビーナは呟いた。自分では出せない答えを、誰かに出してもらいたくて。
「私には分からない。罪は償うべきだとは思うけれど、自首してあなたを待ち受けるものは……死だもの。出頭しろだなんて、私には言えないわ……」
プリシラの辛そうな顔の横で、シェルトが難しい顔をしている。サビーナはそんな彼に縋るように視線を送った。するとシェルトは迷惑そうな苦り切った顔で、サビーナと視線が合うと大きく息を吐き出している。
「はぁ。あのな、自首はすべきじゃないだろ」
「……しなくて、いいの……?」
「したいなら勝手にすればいいよ。けど多分、死ぬより辛い目に遭わされるぜ」
「どういう事?」
サビーナが問う前に、プリシラが不思議そうに首を傾げている。
「お前、出頭してすぐに死ねると思ったら大間違いだからな。帝国側は絶対にセヴェリの居所を吐かせようとするだろうし、お前は絶対に喋ったりしないだろ? つまりは拷問が一生続くって事だ。それでも良いってんなら、別に止めたりしねぇけど」
シェルトは我関せずな態度を取りながらも、サビーナを迂遠に止めてくれた。
死ぬのは嫌だが、拷問はもっと嫌だ。なにより、拷問に耐え切れずにセヴェリを売ってしまう可能性がある事を、サビーナは恐れた。
出頭するのは無しだ。罪を償わずに生きていく事に罪悪感はあるが、セヴェリ優先で物を考える事を止めてはならない。
「私……どうしたら……」
「好きにすれば?」
突き放すような言い方をされても、怒りより先に消沈してしまう。食って掛かる元気が全くなかった。そんなサビーナを見て、シェルトはまたも大きな息を吐き出している。
「ウジウジしてても仕方ないだろ。セヴェリの出方次第なのもあるし、普通にしてろよ、普通に」
「……うん」
それでもウジウジしているサビーナに見切りをつけたのか、シェルトは「もう寝る」と言って去ってしまう。それを見送ると、今度はプリシラが息を吐き出した。
「もう、あの子は……サビーナさん、あなたも今日は休んで。診療用のベッドが空いているから」
プリシラの言葉に、サビーナは首を横に振る。ずっと蹲(うずくま)っていたい。膝を抱えていたい。そんな気分だ。
「あのね……あなたはシェスカルの名前なんて、聞きたくもないかもしれないけど……」
そう前置きをしてプリシラはサビーナを覗き込み、どこか憐れむような視線のまま語りかけてくる。
「シェスカルは、国も人も、とても大切に思っている人よ。今回の事、とても驚いたけど……シェスカルは死者を出さないように作戦を立てていたと思うの。マウリッツ様とセヴェリ様が捕まっても、処刑をされない算段を取っていたはず……実際、マウリッツ様は処刑にはならなかったでしょう?」
確かにそう言われると、思い当たる節がある。
あの日レイスリーフェに、分かり辛い家へと遣いに出されたのは、シェスカルがいつの間にかレイスリーフェと結託していたと考えるのが自然だろう。
サビーナが居る前でセヴェリを連行するのは危険と判断したからに違いない。もしくはサビーナにまで罪を犯して欲しくなかったからなのか。
どちらにしても、セヴェリが連行された後に諦めずに追うという事までは想定していなかったようだ。シェスカルにしてみれば大誤算だったのだろう。ただのメイドがクラメルの騎士とレイスリーフェを殺して追い付き、セヴェリを連れて逃亡。その所為でデニスもシェスカルに刃を向ける事になり、彼も反逆者となったと考えているに違いない。
もしサビーナが何もしなかったなら。
レイスリーフェもクラメルの騎士も誰も死なず、デニスも捕まる事はなかった……かもしれない。
セヴェリだってシェスカルの思惑通りに生かされていたはずだ。今のような、捕まれば処刑されるような立場に追いやられる事もなかった。
……けれど。
私は『生かす役』。
セヴェリ様がセヴェリ様らしく生きられるように。
死んだようには生かさないように。
それがデニスさんとの約束だった。
セヴェリ様の残りの人生を、牢獄なんかで過ごさせるわけにはいかない。
だから……私のやった事は、間違ってないはず。
そう思いつつ、殺人を犯した罪を無理矢理正当化しようとする自分に怖気が立つ。
過ぎてしまった事をあれこれ考えてもどうしようもない事は分かってはいる。しかし人を殺してしまったという事実が、己の死を目前にする事で、罪悪感を増幅させていくのだ。
「サビーナさん、今日は寝た方がいいわ。私、傍に居てあげるから……」
プリシラの厚意にサビーナは首を振る。アンゼルードに降り積もる雪よりも白い顔を、サビーナは凍りつかせたまま玄関へと戻った。
「サビーナさん?」
「私……街へ行きます。仕事……休んだままだし……」
「今から? 夜中になるわよ。明日にしたら?」
「大丈夫、です……」
サビーナはプリシラの家を出て、蹌踉としながらも一度セヴェリの居る家に戻った。と言っても中に入る事はせず裏に回り、ルッツリオンの縄を解く。
「ルッツ、こんな時間にごめん……今からお願いね」
ヒヒンとルッツリオンが小さく嘶(いなな)くと、裏の戸がキイっと錆びれた音を立てて開いた。そこには顔色の悪いセヴェリが立っている。
「あ……申し訳ありません。すぐに消えますので……」
「どこへ?」
「街へ、行ってきます……その、働きに」
「そうですか」
そう言うと、セヴェリはサビーナの言葉を待たずに扉を閉めた。無機質な音がサビーナを拒絶し、彼の姿が見えなくなる。
「……セヴェリ様……」
不意に涙が溢れそうになった。期待などしてはいけないと分かっていても、それでも。
おかえりと、家の中に入りなさいと、言って欲しかった。
「……行こう、ルッツ」
心に積もった雪を振り払うようにルッツリオンに飛び乗ったその時。何故か再び扉が開くのが目の端に入る。
驚いて見ると、セヴェリが眉間に皺を寄せたまま、こちらを見ていた。
「セヴェリ様……?!」
声を上げたサビーナに、セヴェリはコートを投げてくれた。それはサビーナのコートだ。馬上でそれを受け取ると、見開いたままの目を彼に向ける。するとセヴェリは、サビーナの視線から逃げるように横を向いてしまった。
「すみません……まだしばらくは一人で考えたいんです」
「……はい」
「気をつけて」
最後の言葉と同時に扉が閉められ、また静寂が訪れる。
サビーナは冷たい風を背に受けながら、渡されたコートをギュッと握り締めた。
まだ、望みはあるかもしれない。
セヴェリの優しさが、まだこの手の中にある。
期待してしまっては後が辛いだけかもしれないのに、そう考えずにはいられなかった。
セヴェリ様のお考えに従おう……
出て行けと言われたら出て行って、出頭しろと言われたらそうしよう。
でも、出来れば、どうか……
どうか、傍に居て欲しいと言ってくれる事を祈りながら。
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