たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

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第96話 私に出来る事があれば、何でもしますから!

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 クスタビ村に来てから二度目の年が明けた。
 セヴェリは相変わらず勉強三昧の日々だ。日曜にはキクレー邸に行っているが、絵画や音楽の勉強は後回しにして、ラウリル公国特有の教科を教わっているようだった。
 二月に入ると一ヶ月間、セヴェリはブロッカの街で講習を受ける事になる。その間は講習場所に缶詰状態なので、セヴェリに会う事は出来なかった。勿論、村の授業もお預けである。
 セヴェリは、一ヶ月も授業が出来なくなるのだから、絶対に落ちるわけにはいかないと意気込んでいた。長い間セヴェリと会えなくて寂しかったが、彼が合格証書を持ってサビーナの職場に現れた時の事は忘れられない。
 サビーナは、セヴェリなら落ちる心配はないと思っていたが、本人はそうは思っていなかったようである。感慨無量というように、誇らしげに合格を知らせてくれたセヴェリは、とても可愛かった。

「おめでとうございます、セヴェリさん!」
「ありがとうございます。キクレーの皆様のお陰ですよ」

 サビーナはセヴェリと共に、キクレー邸へ合格の報告に来ていた。久しぶりに会ったクリスタは、更に美しくなっている。

「セヴェリよ、ちゃんとした資格が取れたならば、ブロッカの街で働いてはどうだ? 住む場所が必要なら、いくらでも提供出来るぞ」
「有難いお話ですが、私はクスタビ村で教師をしていたいのです。私を応援してくれた村の人達の為にも」
「そうか……残念だが、仕方がないな」

 ザレイもクリスタも本当に残念そうだが、無理強いをするつもりはないようだ。言っても無駄だという事が、なんとなく分かっているからだろう。

「まぁ、せっかく合格したのですから、お祝いのパーティーをしませんか?」

 クリスタが名案を思い付いたという感じで、両手を胸の前で合わせる。しかしセヴェリは申し訳なさそうに首を横に振った。

「すみません、村の皆にも早く知らせたいのです」
「あ……そうですわね。早く皆さんに知らせてあげてください」
「ありがとうございます」
「セヴェリさん、また次の日曜には来てくださいますか?」

 不安そうなクリスタに、セヴェリは笑顔で頷いた。

「勿論です。また一緒に絵画を習いましょう」
「はい! お待ちしていますわ!」

 礼をして退室し、キクレー邸を出る際にマティアスとすれ違った。彼はこちらを見て、丁寧に頭を下げてくれている。

「合格されたそうで、おめでとうございます。セヴェリ様」
「マティアス……あなたから祝いの言葉を貰えるとは、意外ですね」
「セヴェリ様は僕を嫌っておいでのようですが、僕はそんな事はありませんから」
「よく言う……」

 マティアスにはひとつの笑顔も見せず、セヴェリは無表情でその場を離れて行く。
 二人が何故こんなに険悪な雰囲気になるのか、全く分からない。

「マティア……」
「行きますよ、サビーナ。早く来なさい」

 彼に声を掛けようとすると、セヴェリにきつく促されてしまい、結局何も話す事は出来なかった。
 サビーナは儚げな青年を背にして、セヴェリを追いかける事となる。セヴェリがここまで人を毛嫌いするのは、初めてではないだろうか。
 屋敷を出ると、サビーナはその疑問を口にした。

「セヴェリはどうしてあんなにマティアスの事を嫌ってるんですか?」
「逆に聞きたいですね。あんな男の一体どこが良くて、友人などというのかを」

 苛々している様子が見て取れて、サビーナは口を噤んだ。どうやらセヴェリにマティアスの名前は禁句のようだ。またあの時のようにいつまでも苛つかせてしまうだけなら、もうこの話題はやめておいた方が良さそうである。

「帰りますよ、サビーナ」
「はい」

 結局何も言わず、何も聞き出せず、帰途に着く事になった。
 クスタビ村に戻ると、村人が今か今かと家の前で待っている。普段、授業を受けている生徒が勢揃いしているようだ。

「あ! セヴェリ先生!」
「セヴェリ先生!!」
「セヴェリ先生、どうだった!?」

 こちらに気付くと、全員が走り寄って来てくれる。セヴェリは彼らににっこりと微笑み、合格証書を取り出して見せた。その瞬間、ワッと歓声が上がる。

「よっしゃーーっ!!」
「さっすがセヴェリ先生!!」
「ようやった、ようやった……うんうん」
「なー!? セヴェリ先生が落ちるはずないって言っただろ!!」
「えーん、良かったよぉ~セヴェリ先生……」
「お疲れさん、頑張ったな!」
「おめでとう、信じてたよ」
「セヴェリ先生の授業がないと、寂しかったよー」

 セヴェリは取り囲まれながら口々に紡がれる言葉を、嬉しそうに頷きながら聞いていた。そしてそこには、ケーウィンの姿もある。

「ケーウィン、私の出した宿題は終わりましたか?」
「とっくに終わってるよ。これからはもっと手応えのある問題を出してくれよな!」
「言ってくれますね。じゃあ、これからは覚悟していなさい」
「……っへへ」

 セヴェリの意地悪な笑みに、ケーウィンは嬉しそうに歯を見せて笑っていた。

 しかし、その日の夜の事だ。
 そろそろ寝ようかという時間に、ノックの音が舞い込んできた。サビーナはサッと剣を構え、扉に移動する。

「どなたですか?」
「夜分に申し訳ない。ガロクだ」

 聞き覚えのない名前に眉を寄せていると、セヴェリが「ケーウィンの父親ですよ」と教えてくれた。剣を置いてそっと扉を開けると、確かに秋祭りの時にビーフシチューをよそってくれた顔がそこにある。

「すまない。少しセヴェリ先生に相談があって」
「とにかく、中へどうぞ」
「どうされました、ガロクさん」

 中へ促すと二人は席に着き、サビーナは紅茶を淹れる用意をする。
 ガロクは浮かない顔で、申し訳なさげにセヴェリを見ていた。

「息子に、先生が教師の資格を得たと聞いて……おめでとう、セヴェリ先生」
「ありがとうございます」
「しかし、こう言うのは何ですが……」
「何でしょうか」

 言い淀むガロクを見て、セヴェリは首を傾げている。もしかして……とサビーナは察知したが、セヴェリは頭が良い割に気付いていないようだ。

「ガロクさん?」

 黙り込んでしまったガロクを訝るように話しかけている。それでも言い出せない彼の代わりに、サビーナが声を発した。

「もしかしてガロクさんは、ケーウィンを大学に行かせたくないんですか?」

 その言葉に、ビクッと体を震わせるガロク。どうやら、正解だったようである。

「……そうなのですか、ガロクさん」
「ああ……すまない、セヴェリ先生」
「何故……」

 そこまで聞いても理由が分からないというように、眉を寄せるセヴェリ。サビーナはそれ以上は口出しせず、二人をジッと見守る。

「あいつが教師になりたいって言い出した時には、まず無理だと思ってたんですよ。でも最近のあいつの集中っぷりがすごくて……このままじゃ大学に受かってしまうんじゃねぇかと……」
「何故ケーウィンが大学に行っては行けないのですか。彼には夢もやる気もある」
「それは……」

 ガロクがチラリとサビーナの方を見た。それだけでもう何となく理由が分かる。
 またも口籠ってしまったガロクに代わり、サビーナが教えてあげた。

「一度村から出た者は、ほとんど帰って来ないからですよ」

 サビーナの答えに、ガロクは項垂れるように頷いた。

「ああ……イーフォの奴もそうだったが、村を出て行った奴は、その町に住み着いちまうか異国へ行っちまうか……ケーウィンは一人息子だ。もし出て行かれたら、俺はもう子供にも孫にも会えずに……」

 ガロクは暗に、サビーナの祖父の事を言っているのだろう。サーフィトは長い間、ここで一人寂しく過ごしていたのだ。それを知っているガロクが、不安にならないはずがない。

「では、ケーウィンがここに帰って来られる基盤を作れば良いんですね?」

 あっさりと解決策を出す予想外の発言に、サビーナとガロクは目を丸めた。一体何をするつもりなのだろうか。彼の笑みは人をからかう時のそれで、少し不安になる。

「そ、そんな事出来るんですか、セヴェリ先生……」
「要はケーウィンが大学を出るまでに、ここに教師が二人以上必要な状況を作れば良いわけでしょう」
「へ? あ、まぁそういうわけなんだが……」
「ど、どうするつもりなんですか?」

 セヴェリの考える事が分からずに問い掛けると、彼はいつものようにクスリと笑った。

「村の人口を増やします。ケーウィンが大学に合格して卒業する六年後までに、ちゃんとした学校が必要なくらいには」
「そ、そんな簡単に……」
「簡単には行かないでしょうね。村の皆に協力して貰う必要があります」
「出来るんですか、そんな事が……」

 ガロクとサビーナが口々に言うも、セヴェリは既に意を決した顔をしている。

「とにかく、この村に人を呼び寄せる必要があります。荒れた畑を耕し直し、季節ごとの花を植えましょう」
「観光地にするって事ですか? でも、お花だけでは弱いのでは……」
「ここには沢山、実のなる物があるでしょう? うちでもキウイ狩りが出来ますよ、サビーナ」
「あ……体験型観光……?」
「そうすれば、農業に興味を持ってくれる人がいるはずです。まずは宿泊施設を整えましょう。幸い空き家が沢山ありますし、それらを綺麗に使えるようにするんです。食事も宿泊客が自分達で出来るように整えておけば、別荘感覚で来る事が出来るでしょう」
「良いですね! 自分で収穫した果物や野菜をすぐ調理出来れば、楽しみも倍増ですし!」

 サビーナが顔を綻ばせるも、ガロクは逆に顰め面になっている。

「そんなんで、人が来るのか? 花は分かるが、わざわざ農作業をしに来る者が居るとは思えないんだが……」
「収穫の喜びというものは大きいものですよ。その中でも果物狩りは人気が出ると思います。普段農業と関係のない暮らしをしている人には、新鮮だと思いますよ」
「にしても、誰も世話のする者が居ない家に泊まって……楽しいのか?」
「楽しいですよ!!」

 サビーナが割り込むと、ガロクは不思議そうに首を傾げている。

「現地調達したもので、皆とわいわい作ったり食べたりするだけで十分楽しめます!」
「それに人の居ない宿だからこそ、子連れで来やすくなるんですよ。大騒ぎしても、迷惑を掛ける人がいませんからね」
「うーん、成程……」
「ある程度集客が見込めるようになれば、民宿をしたいという人も出て来るでしょうし、積極的に探していきます。雇用するという手もありますしね。どちらにしろ、働くベースをこちらに持って来させる事が出来れば、人は確実に増えて行きますよ」

 自信満々なセヴェリを見るに、他にも色々と考えているのだろう。アンゼルードでは街や村の発展に尽くしていた人だし、悪い事にはならないはずだ。

「だがなぁ……それが上手く行かなければ、ケーウィンはここで働く場所がないという事だろう?」
「ケーウィンが受験する二年以内に、ある程度の見通しを立てられるように計画しますよ。ですからそれまでは、ケーウィンの夢を奪わないでください」
「そう……だな。分かった」

 セヴェリの切実な願いに、ガロクは頷いて帰って行った。

「これから、忙しくなりそうですね」

 そう呟くセヴェリは、どこか生き生きとしている。嬉しそうに弧を描く口元は、己の手腕の見せ所だと誇っているようだ。それとは対照的に、サビーナは少し眉を寄せる。

「村の皆が、協力してくれると良いんですけど……荒地を耕して種を植えるのも、空き家を掃除するのも、二人だけでは何程も出来ませんし」
「とにかく明日、シャワンに相談してみますよ。今日はゆっくり眠りましょう」

 そういうと、そっと唇を落とされた。久々の感触に胸が震える。

「一ヶ月ぶり、ですね」
「はい」
「長かった。ようやくまた一緒に居られる」

 嬉しそうなセヴェリの顔が飛び込んで来て、サビーナの顔は自然と染まった。
 やはり一ヶ月もの間、セヴェリと会えなかったのは寂しかった。こうして一緒に過ごせるという事に、強い幸せを感じてしまう。

「これからも苦労を強いてしまうと思いますが……村起こしを手伝って貰えますか?」
「もちろんです! 私に出来る事があれば、何でもしますから!」

 元気良くそう答えると、セヴェリはクスッと笑い……

「前に言ったでしょう? 何でもなどと、軽々しく言うものではないと」

 その意地悪な笑みと同時に抱き上げられる。何か勘違いしているのではないかと指摘する暇もなく、サビーナはベッドへと連れられてしまったのだった。
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