娘のように、兄のように

長岡更紗

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ロレンツォ編

第22話 注意しておきたい事は

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 この日、ロレンツォとコリーンはノルト村に来ていた。
 ロレンツォはユメユキナに、コリーンはユキヒメに乗っている。ユキヒメは相当老いたので、暇を与えるつもりだ。
 ロレンツォはまず、自分の家に行った。年に何度か帰る家だが、コリーンを連れて来るのは初めてである。
 コリーンは心なしか緊張している様にも見えた。

「ただいま」

 ロレンツォは扉を開けながら言った。が、中には誰もいない。畑に行っているのだろう。

「コリーン、荷物を降ろして適当に置いてくれ。昼時には皆帰ってくるから、その時に紹介する」

 ロレンツォも手土産をテーブルの上に置き、厩舎に向かった。
 ロレンツォの家の馬は多い。全部で二十頭近くいる。ほとんどがユキの血統の馬で、農馬として貸し出したり、他の農家の馬に種馬として貸し出したりしているのだ。

「お、バート」
「あ! にいちゃん!おかえり!」

 厩舎には、馬の世話をするバートランドの姿があった。

「お前、士官学校に行かなくて本当に良かったのか?」
「うん、俺、剣も持ったことないし。家を継ぐ事にするよ。畑は俺にくれるだろ?」
「ああ、勿論」
「よっしゃっ! で、その人は?」

 バートランドは視線を後方に向けている。そこにはコリーンがちょこんと立っている。

「俺のトレインチェでの妹みたいなもんだ。家の事を色々と手伝って貰っていてな。コリーンと言うんだ」
「初めまして、コリーンと申します」

 コリーンはまだ十七歳のバートランドに、深々と頭を下げた。

「こんにちは、次男のバートランドです。ゆっくりして行ってね」
「はい、ありがとう」

 ロレンツォは厩舎にユメユキナとユキヒメを繋ぐと、そのままコリーンを連れてアルヴィンの所に行った。
 話があるというアルヴィンに、コリーンを下がらせてその辺を見て回るように伝える。
 珍しく恋をしたというアルヴィンに適当なアドバイスを送ると、トマトをもぎ取ってコリーンを探した。

「いないな。どこまで行ったんだ?」

 うろうろと探していると、コリーンは数人の男に囲まれているのを発見した。やれやれと息を吐きながら彼らに近寄る。

「お、ロレンツォ。帰ってたのか」
「ゼフ、グリー、ノートン、久しぶりだな」
「この子、お前の女か?」
「まぁ俺が連れて来たには違いないが、別に俺の女という訳じゃ無いよ」
「ふーん、そっかそっか」

 コリーンは比較的かわいい部類なので、この村ではこうなる事を予想していなかった訳では無いのだが。
 ロレンツォはコリーンの手を取って、強引にその輪の中から抜け出させた。

「じゃあな」
「し、失礼します」

 コリーンは手を引っ張られながらもご丁寧に頭を下げている。これはノートンあたりに手を出されそうだと思いながら、自宅の方に向かう。

「ロレンツォ……、ちょっと、痛い」
「ああ、すまん」

 思いの外、強く握っていてしまった手を放す。と同時に、逆の手に持っていたトマトをコリーンに渡した。

「トマト? 食べていいの?」
「ああ、ちょっとそこに座って食べてくれ。話もある」

 道端に並ぶように腰掛け、ロレンツォはコリーンを見る。彼女は美味しそうにトマトを頬張っていた。

「今日は俺の家に泊まって貰う事になるが、ちょっと注意しておきたい事がある」
「ふわああ、このトマトおいしい……え? 注意?」
「ああ、まぁ食べながらで良いから聞いてくれ」

 ロレンツォは、ノルト村にある風習を話した。
 ノルトには、夜這いという風習があるという事を。そのルールを、ロレンツォは細かくコリーンに説明した。

「まぁ、コリーンが気をつけて欲しいのは二点だ。最低三分は会話する事。断る際は邪険に扱わない事。あとは自己責任だ。別に構わないと思う相手なら、受け入れればいい」
「初めてこの村に来たのに、そんな奇特な人はいないよ、きっと」
「それならそれでいいさ。でもまぁ心構えというか、ルールだけは知っておいて貰わないとな」
「うん、分かった。それにしても不思議な風習があるんだね」
「元は過疎化対策だったらしい。二百年以上前の話だが、この村は過疎が進んでいて、こんな対策を取らざるを得なかったんだと。その頃の夜這いはかなり無秩序で、ルールが明文化されたのはここ百年の事だそうだ。今では出会いの場、結婚前の相性チェック、性欲処理としての意味合いが強いな」
「……性欲処理……」

 コリーンは明らかに嫌な顔をしている。性欲処理の相手に使われるのは、たまったものじゃないと思っているのだろう。しかし。

「女の側だって性欲処理になるだろ? 一人でするより、よっぽどいいんじゃないか?」
「も、もう!!」

 コリーンは顔を真っ赤にしてロレンツォを叩いてきた。はは、とロレンツォはその手を背で受ける。

「じゃあ戻ろう。皆帰って来てるだろう」
「うんっ」

 家に戻ると、家族全員が揃っていた。バートランドにコリーンの存在を聞いていた為か、特に驚いてはいない様だった。
 ロレンツォはコリーンに家族を一人一人紹介していく。父親のレイロッド、母親のセリアネ、妹のユーファミーア、弟のバートランドを。
 コリーンはここでも馬鹿丁寧な挨拶をしていた。
 昼食を終えると、皆は畑仕事に戻って行く。コリーンとロレンツォは、ユメユキナの婿探しだ。血統表を手に持って、再び厩舎に戻ってきた。

「こいつが結構良い馬でな。ユキオウと言うんだが、種馬としても優秀で、かなりのやり手だ」
「へぇ。あ、シラユキの父親でもあるんだね」
「ああ。こいつとユメユキナと掛け合わせると、血統量はいくつになる?」
「うーんと、四クロス三のインブリードで、十八点七五パーセントの奇跡の血量になるね」

 ちゃんと勉強していたか、とロレンツォはコリーンを見て目を細めた。何でも幅広く勉強している女である。

「何?」
「いや。どう思う?この交配は」
「そりゃ、良い馬を作るという意味なら、この交配はまさに理想だよ。でも……」
「でも?」
「虚弱体質になる率を鑑みるなら、人の都合で近親交配させるのってどうかなとは思う」
「じゃあ、どうする?」
「一度、アウトブリードにしちゃ駄目? 後一代でアウトブリードになるんだし。もちろん私が口を挟めることじゃないんだけど」
「そうした方が良いと思うなら、そうしよう」
「え! いいの?」

 自分で提案しておいて、コリーンは驚いている。

「ただそうなると、ここにはユメユキナを強化出来るような種馬はいないからな。ちょっとアルバンの街まで行ってみよう。ジョージなら、良い馬を持っていそうだ」

 ロレンツォとコリーンはそれぞれユメユキナとユキヒメに跨り、アルバンの街を目指した。
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