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02.恐怖侯爵はなにかを隠してる①
それから私とシャロットは時間を忘れてたっぷりと遊んだ。
いい加減に戻ろうと説得する頃には、シャロットはうとうとし始めていて。
「抱っこしようか?」
私の問いに両手を広げてくれて、そっと抱き上げる。
すると一分もしないうちに、シャロットはこてんと寝てしまった。
今日はお昼寝もなしに遊んでしまったものね。怒られちゃうかな。
五歳って意外に重くて、運ぶのも大変。
疲れた足に鞭を打って玄関まで戻ると、ちょうど恐怖侯爵……もといイシドール様がちょうど帰ってきたところだった。
「イシドール様……おかえりなさいませ」
「寝ているのか」
ただいまもなしに、イシドール様はギラリと私を睨んだ。
思わず体が固まりながらも、コクっと頷いて見せる。
「申し訳ありません。遊び疲れてしまったようで……」
「俺が運ぶ」
相変わらずの威圧感のまま、イシドール様は私の手からシャロットを奪っていった。
愛娘が私に抱かれているのは気に入らなかったのかもしれない。
距離を詰めなきゃ、仲良くならなきゃと思うけど、なにを話していいものかわからない。
部屋にシャロットを寝かした後、私とイシドール様の食事が始まった。
いつもはシャロットがいるから空気も明るいけど、今日はたった二人での食事。
ああ、カトラリーの音がやたらと気になるわ。沈黙をどうにか破らないと!
「あの、今日は申し訳ありませんでした……」
「なにを謝っている?」
イシドール様の眉間にぐいっと皺が寄った。
ひぃ。やっぱりちょっと怖いし、緊張する。
「シャロットと時間を忘れて遊んでしまい、お昼寝もさせなかったので食事の時間に寝させることになってしまって……」
「構わない。食事は起きた時にすればいい話だ」
「はい、すみません……」
「謝るな。そんなに俺が怖いか?」
イシドール様の冷ややかな氷の目が突き刺さる。
これ、なんて答えればいいの?!
「え、っと……その……」
「正直に言ってもらおう」
正直に……本当に言っていいの? 怒らないかな……。
「あの、確かに怖いなと感じる時はあります……あ、でも! シャロットに対してはすごく甘いお顔をなさっているので、優しい方なんだろうって思っています」
言っちゃった。
イシドール様のアイスブルーの瞳が私を見てる。
冷や汗が流れてきちゃったわ。正直に言いすぎた? どうしよう、機嫌を損ねて出ていけって言われたら……
「そうか」
だけど予想に反してイシドール様はそれだけを言い、食事を再開した。
……セーフだった?
ほっとしてガチガチに固まっていた肩を弛緩させる。
「シャロットは随分と君に懐いているようだな」
食事をとりながらイシドール様がぽそりと言った。
今のは独り言……じゃないわよね?
「はい、とてもありがたいです。私もシャロットのことは本当の娘のように感じて……」
「君はシャロットの本当の母親じゃない。無理はするな」
ピシャリと言い切られて、浮かれた心が一瞬で沈んだ。
不仲の両親に愛されず育てられた私が、シャロットのことはかわいいと、愛しいと感じ始めている。いいえ、すでに愛おしさしか感じていないのに。
「……私の気持ちを、否定しないでくださいっ」
気づけば私は、そんな言葉を叫んでいた。
「そりゃ、私はシャロットの本当の母親じゃないですけど、シャロットの心のよりどころになれたらいいって、心から思ってるんです!! 私はもう、あの子の母親のつもりでいますから!!」
勢いのまま続けてしまった私を、イシドール様はじっと見ている。
母親のつもりでいるなんて、迷惑でしかないのかもしれない。きっとイシドール様の中では、自分の妻も娘の母親も、変わらず一人だけなんだろうから。
「……シャロットに、俺が再婚したことは伝えていない」
少ししてイシドール様から放たれた言葉はそれだった。
まぁそうだろうなとは思っていたけど。使用人の皆さんも、私のことを『奥様』ではなくて『レディア様』って呼んでくるし。
「けれど書類上は夫婦ですし、私はシャロットの母親ですよね?」
「そうだ」
「どうしてシャロットには再婚を教えないんですか?」
「母親が二度もいなくなっては、娘がショックを受けるだろうからな」
無愛想な恐怖侯爵が口の端を開けて笑った。瞬間、私の背筋にぞぞぞっと怖気が走る。
今のは、どういう意味なの……。
母親が二度も……二度目は私、ということ……?
いい加減に戻ろうと説得する頃には、シャロットはうとうとし始めていて。
「抱っこしようか?」
私の問いに両手を広げてくれて、そっと抱き上げる。
すると一分もしないうちに、シャロットはこてんと寝てしまった。
今日はお昼寝もなしに遊んでしまったものね。怒られちゃうかな。
五歳って意外に重くて、運ぶのも大変。
疲れた足に鞭を打って玄関まで戻ると、ちょうど恐怖侯爵……もといイシドール様がちょうど帰ってきたところだった。
「イシドール様……おかえりなさいませ」
「寝ているのか」
ただいまもなしに、イシドール様はギラリと私を睨んだ。
思わず体が固まりながらも、コクっと頷いて見せる。
「申し訳ありません。遊び疲れてしまったようで……」
「俺が運ぶ」
相変わらずの威圧感のまま、イシドール様は私の手からシャロットを奪っていった。
愛娘が私に抱かれているのは気に入らなかったのかもしれない。
距離を詰めなきゃ、仲良くならなきゃと思うけど、なにを話していいものかわからない。
部屋にシャロットを寝かした後、私とイシドール様の食事が始まった。
いつもはシャロットがいるから空気も明るいけど、今日はたった二人での食事。
ああ、カトラリーの音がやたらと気になるわ。沈黙をどうにか破らないと!
「あの、今日は申し訳ありませんでした……」
「なにを謝っている?」
イシドール様の眉間にぐいっと皺が寄った。
ひぃ。やっぱりちょっと怖いし、緊張する。
「シャロットと時間を忘れて遊んでしまい、お昼寝もさせなかったので食事の時間に寝させることになってしまって……」
「構わない。食事は起きた時にすればいい話だ」
「はい、すみません……」
「謝るな。そんなに俺が怖いか?」
イシドール様の冷ややかな氷の目が突き刺さる。
これ、なんて答えればいいの?!
「え、っと……その……」
「正直に言ってもらおう」
正直に……本当に言っていいの? 怒らないかな……。
「あの、確かに怖いなと感じる時はあります……あ、でも! シャロットに対してはすごく甘いお顔をなさっているので、優しい方なんだろうって思っています」
言っちゃった。
イシドール様のアイスブルーの瞳が私を見てる。
冷や汗が流れてきちゃったわ。正直に言いすぎた? どうしよう、機嫌を損ねて出ていけって言われたら……
「そうか」
だけど予想に反してイシドール様はそれだけを言い、食事を再開した。
……セーフだった?
ほっとしてガチガチに固まっていた肩を弛緩させる。
「シャロットは随分と君に懐いているようだな」
食事をとりながらイシドール様がぽそりと言った。
今のは独り言……じゃないわよね?
「はい、とてもありがたいです。私もシャロットのことは本当の娘のように感じて……」
「君はシャロットの本当の母親じゃない。無理はするな」
ピシャリと言い切られて、浮かれた心が一瞬で沈んだ。
不仲の両親に愛されず育てられた私が、シャロットのことはかわいいと、愛しいと感じ始めている。いいえ、すでに愛おしさしか感じていないのに。
「……私の気持ちを、否定しないでくださいっ」
気づけば私は、そんな言葉を叫んでいた。
「そりゃ、私はシャロットの本当の母親じゃないですけど、シャロットの心のよりどころになれたらいいって、心から思ってるんです!! 私はもう、あの子の母親のつもりでいますから!!」
勢いのまま続けてしまった私を、イシドール様はじっと見ている。
母親のつもりでいるなんて、迷惑でしかないのかもしれない。きっとイシドール様の中では、自分の妻も娘の母親も、変わらず一人だけなんだろうから。
「……シャロットに、俺が再婚したことは伝えていない」
少ししてイシドール様から放たれた言葉はそれだった。
まぁそうだろうなとは思っていたけど。使用人の皆さんも、私のことを『奥様』ではなくて『レディア様』って呼んでくるし。
「けれど書類上は夫婦ですし、私はシャロットの母親ですよね?」
「そうだ」
「どうしてシャロットには再婚を教えないんですか?」
「母親が二度もいなくなっては、娘がショックを受けるだろうからな」
無愛想な恐怖侯爵が口の端を開けて笑った。瞬間、私の背筋にぞぞぞっと怖気が走る。
今のは、どういう意味なの……。
母親が二度も……二度目は私、ということ……?
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