恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

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14.ストロベリー侯爵、私を溶かす。①

 シャロットの実の母親、ラヴィーナの行方を探すと私は決めた。

 でもどうしよう、最初から手詰まりすぎる!

 どこからどう手をつけたらいいのか、本当にわからなかった。なんておまぬけ。
 だって、人探しなんてしたことないもの……!
 はい、言い訳、ごめんなさい。

 とりあえず町に行って、「聞き込みしてきます」って出かけようとしたら、イシドール様にめちゃくちゃ止められた。

「君は、シャロットがはぐれた日のことを忘れたのか? 俺にまたあんな思いをさせるつもりか」

 って。
 私、実家にいた頃は、平気で一人で街を歩いてたんだけど。
 でも確かに、今は書類上だけとはいえ、侯爵の妻だものね。

 結局イシドール様が、信頼できる情報屋を雇ってくれて、徹底的に調べてもらうことになった。

「私、ただぼんやりしてるだけのつもりはなかったんですけど……」

 思わずそうこぼすと、イシドール様は困ったように笑う。

「君が傍にいることの方が、ずっと大事だ。シャロットのために……わかるだろう?」

 ……それはそうかもしれない。
 シャロットは今、とても繊細になっているから。

 ラヴィーナさんのことを話してから、シャロットは前より少し静かになった。もちろん、相変わらず天使みたいに可愛くて、笑ってもくれるんだけど──
 ふとした拍子に、ぴたりと声が止まる時がある。
 私の顔をじっと見つめる目に、言葉にできない不安が滲んでいることも──




 そんな、ある日のことだった。

 シャロットはお昼寝の時間なのに、どうしても眠れなかったみたいで、私の部屋にやってきた。
 お気に入りの毛布をぎゅっと抱えて、扉のところで立ち止まってる。

「どうしたの? 来ていいのよ」

 そう言って手を広げたら、ぽてぽて歩いてきて、私の膝にすとんと座った。
 しばらく何も言わずに、私の胸に頬を寄せてくるだけ。
 それがいつもと少し違って、私は背中をゆっくりさすりながら、ただ黙って待った。

 そしたら、小さな声がして。

「……レディアおねえちゃんも、いなくなっちゃう?」

 天使みたいなシャロットが不安に沈む瞬間……それが、本当につらい。

「どうしてそう思うの?」

 否定するのは簡単。でも根本を探らなきゃ。

「だって、シャル、わるい子だもん……」

 心臓が、きゅうってなる。
 悪い子? どこが? シャロットに悪いところなんて、一つもないのに。

「シャロット、悪い子なの?」
「だって、おひるねのじかんなのに、おきてるもん……っ」

 ちょ、どれだけ天使……!

「大丈夫よ、シャロット。眠れない時は誰にだってあるもの。きっと、お姉さんになった証拠よ。ほら、大人はお昼寝なんてしないでしょう?」

 私がそういうと、シャロットはほっと息を漏らした。

「なんだ……じゃあシャル、わるい子じゃない?」
「当然よ!」
「だったら、すてられない? いらない子じゃない?」

 シャロットが必死になって縋るように聞いてくる。
 捨てるわけ、ないのに……いらない子なわけ、ないのに……!

「当たり前よ。捨てたりなんて絶対しない。いらないなんて思うわけないでしょう?」
「シャル……いい子にするから……もっといい子にする!」
「シャロット……あなたはもう、十分にいい子なのよ……!」

 ぎゅうっとシャロットを優しく、でも強く抱きしめる。
 イシドール様が、ずっとラヴィーナさんを死んだことにしていた理由がわかった。
 本当に繊細なんだ、この子は……。
 ラヴィーナさんの駆け落ちを伝えて不安定な状態をとるか、死んだことにして安定を図るか。
 その二択で、イシドール様は後者を選んだ。

 今のシャロットのこの状態を見れば、それは正解だったと思う。
 だけどもう、彼女は真実を知ってしまった。
 この状態から抜け出すためには、やっぱり……ラヴィーナさんの言葉が必要なんだ。
 捨ててなんかないっていう、彼女の言葉が。

「シャル、パパにすてられたら、どうしよう……」
「あなたのパパは、絶対にそんなことしないわ」
「レディアおねえちゃん……シャル、いい子にするから……すてないでぇ……すてちゃやだぁ!」
「シャロット!」
「うわぁぁぁあん!!」

 大泣きを始めたシャロットを、私は力一杯抱きしめる。
 やがて泣き疲れて眠ったシャロットを手の中に、私は息を吐いた。

 もし、ラヴィーナさんを探し出せなければ、シャロットはずっと不安定なまま──?

 私は地下にいる彼女のことを思い浮かべる。
 心が壊れてしまった、憐れなクラリーチェのことを。
 彼女は今も地下で治療を受けている。
 家礼のエミリオが毎日クラリーチェに話しかけているらしいけれど、何も変わりはないって。
 人の心は、ちょっとしたことがきっかけで、ああして壊れてしまうものなんだ。

 このままじゃ、シャロットも同じ道を辿りそうな気がして……ゾッとした。

 だけど、ラヴィーナさんを見つけ出せたとしても──もし彼女がシャロットに会いたくないって言ったら?
 なんとか会えたとしても、捨てたんだって、いらない子なんだって言ってしまったら?

 娘より、恋を選んだって事実は……シャロットにとって、捨てられたも同然だから。

 きっとラヴィーナさんなら、シャロットを愛してるって言ってくれるって信じてる。
 けど、もし言ってくれなかったら……そう思うと、体が震えた。

 そして実際に、シャロットを愛していた場合でも。
 もしも母娘で一緒に暮らすことを望んだらと考えると、胸が苦しくなる。
 イシドール様は、シャロットの願いを拒否したりしないもの。自分がどれだけつらくても。
 イシドール様だけじゃない。私だって、今さらシャロットのいない生活なんて考えられない。
 毎日、泣いてしまうかもしれない。

 まだ決まりもしていない未来を想像して。
 私の涙は、勝手に溢れた。



 夜。
 シャロットの寝顔を見届けて部屋を出た私は、静かに廊下を歩いていた。

 向かう先は、イシドール様の部屋。

 扉の前で一度、深呼吸。
 ノックするとすぐに、低く落ち着いた声が返ってきた。

「どうぞ」

 扉を開けると、イシドール様はソファに腰を下ろし、ランプの灯りだけで本を読んでいた。珍しく眼鏡をかけていたせいか、一瞬で妙なときめきが走る。

「……どうした?」
「少し、お話……したくて」

 本を閉じて眼鏡を置き、私に手を差し伸べるイシドール様。
 その手を取ると、私の腰を引き寄せるようにしてソファへといざなわれた。

「シャロットのことか?」

「……はい。今日、泣いたんです。たくさん。『いい子にするから、捨てないで』って……」

 話してるうちに、目の奥が熱くなった。
 イシドール様は何も言わず、私の肩をそっと抱き寄せてくれる。

「本当に……繊細な子なんですね、シャロットって。今はもう平気そうに眠ってますけど……」
「君のおかげだな」
「そんなこと……」
「いや、本当だ。俺だけじゃ、きっと抱えきれなかった」

 その声が、あまりに優しくて。
 不意に、涙がぽろりとこぼれてしまった。

「未来が、怖いんです。ラヴィーナさんを見つけても……どうなるかわからない。ごめんなさい、私が言い出したらことなのに……」
「でも君は続けるんだろう?」
「……はい」

 確かな決意を向けると、イシドール様は少し笑った。

「そうだと思った」

 その声に、胸の奥がじんわりと熱を持つ。
 私……イシドール様の優しさに甘えに来ちゃっただけだ。
 自分で決めたことだったのに……情けない。

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